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第70話 雲と泥

挿絵(By みてみん)


「もう、大丈夫」

 優しく、それでいて力強くはっきりと口角を上げ、瞼を下げた。


「な、んだよ、それ……」

 興覚めのムードから一転、あきらかに動揺して見る少年。


「なん……なんなんだよッ!! それはァ!!」

 なぜだか、レイの覚醒した姿を目の当たりにした途端に激昂して拳を握りしめる。


 ——力が、無限に湧いてくる。気持ちがたかく変動するのに比例したよう共に込み上がる。何でもできてしまうと妄信してしまう程のものが。


「どうするの? 今ここで襲ってくるのも、1人の代表者を潰す……つまり、ライバルがいなくならせる戦法として間違っていない。禁止もされてないしね」

「……!」


 レイが落ち着いて話すと、少年はそれに触発されたよう、隠しもせず魔力を放出する。


「来るなら……私も相手になるよ?」

 半身を引き、決して油断せず敵となる者を見やる。双銃の一欠片、雷華を右手としていつでも撃てるよう前方に構え、もう一欠片のアポロンを左として引く。


「そんなの……決まってるじゃないかよ!」

 意表を突く目的で急発進をすると髪や肌などが風に邪魔をされる。それを躱しもせず、真正面から対抗して突進を続ける。


 激昂している少年は小細工など一切なし。竜の鉤爪かぎづめかたどった右手にその魔を宿し、大きく振り上げて叫んだ。


「ねェ、破そうよ! 宿竜しゅくりゅう覇苅はがい!」


 そんな危機の中、レイは感じていた。先日のシンとの異創空間での鬼ごっこの時、自身に起きた覚醒。それに今は似ている。でも、全く違う。


 違うんだ。


 あの時はまるで誰かに身体を乗っ取られたように、操り人形にでもされたような感覚だった。勿論自意で動けたが、どうしてもそんな感覚が拭えなかった。


 でも今は、覚醒した力が自分の魂から浮いてくるような、そんな感覚。新たな力を手に入れたような。


 目の前に少年の右手が視える。超速で事件が起きている中、レイはゆっくりと行動した。


 ……ゆっくりに視える動きで、超速で右手の銃口を当てた。

「天罰だよ」


 何が起きたか少年の攻撃は当たらなくともその風圧だけで周囲に被害をもたらした。

 レイのそれは、言い切るのと全く同じタイミングで周囲に被害ではなく、破滅をもたらした。


 2つの攻撃の被害総量は雲泥の差。青空に真っ白な雲が1つだけ浮かぶように澄んだ眼をしているレイと、泥のように不格好に不満を露わにしている少年。


「ぐっ……なんだよそれ……!」


 もれなく被害を受けた少年は、地面に弾かれた反動で損傷した肺が原因で口から垂れている血を強引に拭ってレイを睨みつけた。


 余裕のあった顔からはそれが面影もなく消え、怒りが見える目が、汗のせいかバラバラに分かれた髪の隙間から覗ける。

 歯を擦って噛み締める口からは荒い吐息が窺える。


「なんで……そんなに怒ってるの?」

 レイは、急に力が増大したことでこれだけ怒るとは到底信じられなかった。だから他の理由を探ろうと初めて少年とまともに会話をしようとした。


「……関係ないでしょ」

 その少年は学園対抗戦の代表メンバー。レイと同い年かそれ以上のはずだ。それなのに小さな子供が不貞腐れたような印象を覚えたレイは思わず吹いてしまった。

「ぷぷっ……」


「な! なんで笑うんだよ!」

「いやぁ、ごめんね?」


 今の雰囲気にそぐわない態度に少年は声を荒げて責めたが、レイは慣れた手口で華麗に流した。まさか、小さな子供の様だと思ってしまったなんて言ったら怒られるだろうから。


「ただ、私と君ってここで戦わなきゃいけないのかな? 出来れば、穏便に済ませたいんだけど……。せっかく競技の内容だって選手同士で戦り合うのがメインじゃないんだし」


 アルスベリア島にディザイアを名乗る者が襲撃してきた時、シンとレイの2人はソイツに人を傷付けることに対しての嫌悪感……自制心のようなものを壊された。


 そのお陰で2人は前のように色々と考え、葛藤しながら戦わずにこの世界に生きる人と同じくらいの余裕で戦えるようになった。


 だがそれは完全に心を壊したわけじゃない。レイ達の心には、まだ戦いたくないとの思いが残っていた。


「あぁ……正直、戦う理由はないね」

 抱えた怒りを感じさせない声で、冷静を取る繕うように言う。レイの姿は眼中にないと言いたそうな佇まいで他の物を拒否する。


 レイはこの言葉でそれなら……! と希望を持ったが、決して声に出すことはなかった。分かってしまったからだ。少年の空気で、希望なんて意味のないことが。


「でもさ」

 裏切るように冷酷な声を上げる。


「ただボクが……気に入らないんだよッ! キミのことがァッ」


 せっかく取り繕った冷静も意味を失くし凶暴な獣のように単純に襲い掛かる。叫び続けて腕を振り回す少年の攻撃を、レイは静かに受け止めていた。

 シンと戦った時に使った、雷豪 剣のけいで。


 本来この世界の住人らは、深淵級スキルという例外を除いて使用可能な魔法や型は万人共通だ。だからシャムルはディザイアの破壊属性を目の当たりにした時驚くことが出来た。


 四天王第4席に平民でありながら君臨する、完全的実力者且つ、それ故に国民の大勢に最も親しく人気のあるプロット=ケタールが、最も得意とする鎖魔法。それですらも、ただ使う難易度が高すぎるという理由だけで使用者は少ないが、原理としては誰でも使える。


 シンもプロットの戦いぶりにてられて、鎖魔法を何度も試している、結果は全て惨敗。それでも夢見て人知れず練習を続けていることは、シンだけの秘密だった。


 それなのに雷豪 剣の形などのレイの魔法は、他に使えるものがいない完全なオリジナルだった。


 レイはプロットに紹介された師である、銃の共振武器のスペシャリストのカーミラ=スナイプル大将との訓練を終えたとき、あることで悩んでいた。


 もしシンのような近距離戦闘を主としてくる敵が現れたとき、もし中距離以下の範囲……相手の射程に入ってしまったらどうする? と。

 私も簡単なのでいいから剣とか使いたいなぁ……。不満で呟いてしまうと、ストレスを逃がすように魔力で遊び始めた。


 しばらく目を瞑り、腕を組んで首を傾げていると、師の焦った声が響いた。


「ちょっとレイちゃん! ナニよそれ!」

「え?」


 そのとき初めて目を開けて阿呆な顔をして振り向くと、人間の視野は自分が感じているよりも広い範囲を捉え、違和感に気付かせた。

 黄色を帝した剣を見た。


 レイは光景を見て思わず2度目の素っ頓狂な声を上げた。


 そんな原因不明の偶然から、レイの固有と言っても良い魔法『雷豪形』は生まれた。


 レイの望みに応えようと奇跡が与えた新たな理想の技は、影こそ薄いが十分な護衛を果たした。

 少年のその全てをいとも容易く撥ね退ける雷は、少年にとって自分の積み上げてきたものを全否定されたと思わせるほど冷酷に動いていた。


 触発され逆上し沸点を迎えた少年は距離を取り、叫びを上げて渾身の撃を放とうとする様を、レイはしっかりと見詰めていた。


 ——悲しげな、何とも言えない寂しそうな瞳で。し掛かる重みに必死で耐えるよう、口を結んで真顔を保とうとしながら。


 この少年が、必死に何かの重みから逃げているように見えてならなかったから。それを隠すために、こんな歪んだことをしているのかな、と思考を巡らせてしまったから。


 対する少年は凶暴ながらも周りの情報はしっかりと捉え、もちろんその目も視認した。もの悲しげな眼を見て、過去の記憶を思い出した。


 他の人間とは違う。ただ1人だけ。皆自分に畏怖や軽蔑の目を送ってきた中、1人だけ苦しそうな目を向けてきた1人の女性。


 ……自分が……この手で永遠に生を奪ったあの女性。


 不意な記憶で攻撃を忘れかけたが、すぐに放とうと元に戻った。その過程で、少年はずっと呪うように呟き続けていた。


「……違う。違うちがうチガウチガウ。ボクはタダしかったどうセあいつも他の奴ラとオなじなんだ」


 今も魔を高め続ける中、脳裏にシーンが浮かんだ。その女性を手にかけたときのもの。


『僕は……』

 ただその体の前に跪き、片手で流れる血を弄ぶ。すると、その手を別人の手がいきなり掴んだ。


『……ッ!? な……まだ」

 驚いて反射的にその手を乱暴に振り払うと、そこでその手の主がたった今手にかけたはずの女性だと気付いた。

『なんだよ。最期に呪いでもする気か?』


 どうせこいつ他の奴とも同じなんだ。自分の行為を無理に正当化しようと心の中で期待し、苦から逃れようとした。


『——ごめん、ね……』

 だがこいつもこんなことをされたら流石に自分を呪うだろう、あんな目を向けてこないだろうと思っていると、予想だにしない答えが返ってきて……いや、答えですらない。


 自分の罪を悔いるようなその謝罪は、未だに悲しそうな目線で告げられた。

『……なんでだよ。なんでオマエが謝るんだ……』


 自分では彼女をそこまで動かす感情が分からない。なんで死ぬ時に、そんな顔が出来るんだと少年は逆に畏怖した。


『私が……もっとしっかりしてれば……あなたもこんなことには』

『そうじゃないだろ! 僕は自分自身の意志でこうした! オマエが謝ることなんて……!』


 今まで必死に抑え殺していた家族愛……姉を想う気持ちが溢れ出たのか、少年は無意識に女性を庇っていた。そして、後悔した。


『ごめんなさい』

 その一言を告げて、今度こそその女性は完璧に息絶えた。体も栄養を充分に摂っていなかった証拠で血色が悪いまま、少年のたった1人の姉は動かなくなった。


 その現実を確認して少年は激しく自分を責めた。

 そして夕日が傾いてきた頃、少年の考えは切り替わった。


 ボクは正しかったアイツが悪いボクは悪くないお姉ちゃんアイツも心の中ではボクを侮蔑してたんだ僕は赦されない他の奴ら全員クズだ。


 ——ボクは、誰にも負けない。

 ——ボクは、誰にも支配されない。

 ——ボクは、誰にも負けてはいけない。


 この時を境に、少年は完璧に豹変した。




 ——ボクに、姉なんかいなかった。

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