姉妹
高校の授業、3時間目。大体の人が眠くなり始め、集中力も切れ始める時間帯。
例に問わず、桜井真と光崎零の教室後部、窓側の端に位置する隣同士の2人は、ウトウトし始めた。
そして4時間目が終わって昼休みになると、いつも通り屋上に3人で集まってご飯を食べ始める。
他の人達は、校舎内でスピーカーで音楽を流してははしゃいだり、ダンス部が踊ってそこに女子が集るや世界的動画配信アプリの撮影などをしていて、屋上は俺達以外誰もいないのだ。
屋上が開錠されていることを知っている者すら少ないんじゃないだろうか?
「ねぇ真、零。さっきの時間とその前も。ほぼ全部寝てたけど、大丈夫なの?」
ただ1人。一切眠くならずに真面目に授業を受けていた優等生の真姫は、勉学で遅れを取らないかと心配して声を掛けた。
「んー? 大丈夫だよー。テスト前になったら真姫ちゃんに教えてもらうからー」
「俺もそんな感じー」
「ちょっと、あんた達は……」
呑気に危険なことを発言しているが、実際この2人の容量がいいのか、それで高得点を取れていることに頭を抱えずにはいられない真姫だった。
「せんぱーい、どこですかー? ……あ、やっぱりここにいた」
「ん? お、どしたの?」
いきなり屋上にやってきた2人の女子に、真は親しげに問うた。
「お、黎ちゃん明ちゃん。来たねー」
「え、来たって?」
今屋上にやってきた2人は、双子の姉の、望月黎と、妹の望月明。中学3年生の、真達の後輩だ。
真達の通っている高校は中高一貫で、中学校と高校が同じ敷地内に位置する形式だ。2つの校舎も、大きな廊下で繋がっている。
ひょんなことから3人と2人は知り合い、気も合い、あっという間に親しくなった。
「うん。昨日ね黎ちゃんからこれから自分達もお昼一緒にしたいですってメッセージもらったから、いいよーって返したの。いーよね?」
当然のように説明した後に真と真姫に異論はないか確認すると、こっちもまた当然のように異論はないと認めた。
「そういえば、俺変な夢見たんだよな」
「ん、夢、ですか?」
突然切り出した突拍子もないことに、行動力がある姉とは違い、どちらかと言えば控えめな性格の妹、明が興味ありげに返した。
「うん。なんか、真姫だけ置いて、俺と零が異世界に行くっていう夢」
「ナニソレ……ひどいなぁ」
「え、それ私もみた!」
「ええぇ……」
運命!? とでも言いたげにはしゃぎ始める零。そのテンションを嫌がることを零にアピールする真。そしてやれやれとそれを傍観しながらも軽くショックを受ける真姫。
この3人を見て、望月姉妹は相変わらずだな。と微笑ましくなった。まるで同級生のように分け隔てなく接してくれるこの人達に、感謝をしながら。
「それで、その夢ってどうなって終わったんですか?」
「うーん……それが、不思議なことにめちゃくちゃ綺麗な花が咲いてて……そしたら何事もなかったみたいに戻って……? っていう、不思議な夢だったんだよ」
「え、私もそーだったよ。でもなんか違ってたよ?」
歯切れ悪い真の説明に返した零の言葉で、いよいよ本格的に同じ夢を見た説が濃厚になってきて顔つきが変わったが、最後の発言でやっぱり違うか。と現実を見た。
「異世界で綺麗な花が咲き誇ると終わり……?」
「ほんとに変な話ですね」
「話じゃなくて夢だけどね」
そんなこんなで平和な生活をいつも通り送っているある日。
真姫は剣道の試合で他県へ。零は家族旅行、黎は生徒会の仕事でと、真と明が、2人で帰ることになった。
姉の黎は、真のことを弟と見ている……いや、少し見下してからかうことも多々あるが、妹の明は決してそんな目では見ていなかった。
むしろ、他の感情でいっぱいいっぱいだった。
……先輩は、零先輩と真姫先輩と、ものすごくなんて言葉じゃ表せないほど親しい。それに比べて、私はまだ知り合ってでも日が浅い。なのに、こんな風になっちゃうなんて、迷惑かな……。
その不安と、それでも抑えられない恋心との葛藤で明はしばらく悩んでいた。
そんな時、初めて真と2人きりになるチャンスが訪れた。告白は難しいだろうが、何か、せめて距離は縮めようと。そう決意をしていた。
「なんかあった?」
学校の敷地を出てすぐに放たれたその言葉に、明は動揺した。
「な、なな、なんで、で、すか?」
「え、あーいや、今日はなんだか遠いなって思って」
それもそのはず。明は緊張から真の顔を直視出来ず、ここまでずっと俯いたまま歩いてきたのだから。
「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃっ……」
どうにか挽回しようと、明は決死の想いで真に近寄った。
すると、いつの間にかあまり整備されていない、道路と歩道の境界線すら怪しい道を通っていたことにより、地割れで出来た出っ張りに足を取られてしまった。
「きゃっ!?」
「うおっ!」
明は、またやってしまった……。痛みは感じず、羞恥心から顔を埋めた。そして全身で、体温の温かみを感じた。
「ねぇ、ほんとに大丈夫?」
明が声のした方を向こうと、顔を上げると心配そうな真の顔があった。
「え!?」
よく感じてみると、今のこの体勢は、真が上に乗る明を抱き抱えていることになっている。
「ご、ごめんなさい!」
焦って立ち上がろうとするが、足がすくんで動かなかった。その様子を見て、真は悩んだ。何があったんだ? どう声を掛けてあげれば助けになるか。と。
「焦らないで、落ち着いて?」
「は、はい……」
立ち上がった2人は、話をしようと向き合った。
「何があったの?」
俯き気味な明の目を見るように、顔を覗かせる。
何かあったの。この聞き方だと、控えめな日本人は高確率で何もない。と見栄を張る。
それに比べ、何があったの。そう聞くと、何かあったのは分かられているから弱みを吐こう、と安心して言える。さり気なく何もないという選択肢を消す聞き方だ。
顔を覗かせて目を見ながら聞くのも、相手に真剣に向き合おうとしている証拠。
そうした心理を地味に利用しながら、真は明に質問した。
「……いえ、ちょっと2人きりで緊張しちゃって」
さっき痛みを感じなかった。それでさっきの体勢ということは、先輩が庇ってくれたのではないか? その疑問に至ってしまい、不審な罪悪感を抱きながら真実ではない本当のことを話した。
「……あぁ、そういえば俺達が2人きりになることって、これが初めてか」
気が回らなかったことに後悔しながら、今更手の甲で口辺りを隠して恥ずかしがった。
「あ! あの!」
「ん?」
明は、もう一度帰路に付こうした真を止めるように勇気を出して大きな声を出した。
直視はできない。また俯いてしまったが、話を切り出す準備が整ったのにここでやめるわけにはいかない。せめてこれだけは何が何でも言おう。
祈るように胸の前で手を重ね、硬直気味な口を無理やり開く。
「5日後にある花火大会! い、一緒に……行きませんか……?」
急にこんなことを言ってしまって、引かれてないだろうか? その時は緊張も忘れ、不安で少しだけ顔を上げた。
「お……。うん。いいよ」
若干嬉しそうに真はクシャっとした笑顔を見せ、静かに返事した。明はそれを見て、太陽を直視してしまった時のように上がった顔を下げた。
「でも、5日後に花火大会なんてあったっけ?」
「は、はい。横須賀で、6時から……!」
真達の住所から横須賀までは、電車を使っても1時間弱は掛かる。これは明が一緒に行くのが待ちきれなくて時期が近いものを選んだわけじゃなく、これだけ遠いなら、零などの知り合いに遭遇する確率が低いからそこを選んだ。
明には、真と2人で出かけているところを見られて平常でいられるほどの精神力はないと、理解しているからこその判断だ。
それから帰った後、メッセージアプリで待ち合わせ場所や時間、門限の確認等を済ませて布団に潜った。
「はぁうぅぅ……楽しみだなぁ」
恥ずかしさと達成感に悶えながらなかなか眠りに付けない明を差し置いて、当の真はあることを呑気に思い出しながら寝転んでいた。
それは、今日の授業中に見た不思議な夢のこと。人間の見る夢は、その人の精神年齢に応じて内容も変わると言う。異世界って、俺大丈夫か……?
でも、夢にしては、リアリティがありすぎじゃなかったか?
ただの夢で片付けていいのかと不信感に苛まれるが、考えている内にいつの間にか深い眠りについていた。
明を庇った時に負った左肘の傷の痛みを忘れて。




