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第61話 本能

挿絵(By みてみん)


「んで、今日はまずどこに行くんですか?」

 レイと2人で行くことにかなりの憂鬱と後悔を感じながらも、やらなければならない仕事をする気分で問うた。


「んー……この国のこと全然知らないから、まずはてきとーに歩いてよっかな」

 すると、ここに詳しくないからてきとーに探検しようという、当然と言われれば当然という回答が返ってきた。


 そしてそれから数秒程経った時、何の前触れもなく地獄の時間は始まった。


「あ! じゃあまずはここね!」

「アーハイハイ……」


 もう始まったか……。そうとても憂鬱に感じたところ、無気力に言葉を返した。


 言い換えると、何も確認せずに了承した。


「……ってえ?」

 了承した後に、もう遅い確認をすると、その衝撃的な事実を目の当たりにした。


 ——そう。ラブコメなどでは定番の、彼氏の気持ちを考えずに彼女が入店してしまう魔の店。


 ……下着屋か、水着屋。

 今回は、水着屋だった。


「あの、ちょっとレイさん? ここはよしましょ?」

 レイを刺激しないようにと、安全にここから去れるようにと、声を荒げずに提案する。


「え、なんで?」

 いつもはすぐに俺の気持ちに気が付くが、今回は何故か本気で分からない様子のレイ。


 これもいつものように本当は気付いているが、それに困っている俺を見て楽しんでいるだけかとも思ったけど、その顔を見れば違うということが察せてしまった。


「……なんでここに入ろうと思ったの?」

 俺の気持ちを説明するよりも、理由を聞いた方が俺をからかっているのか分かりやすいと思い、質問を変えた。


 ……説明したら逆にレイが、必死にここに入ろうとするかもしれないし。


「あ、そーなの。あのね、アルスべリア島で海水浴した時あったじゃん? あの時の水着がちょっとキツかったように思えたから、新しいの欲しいなって」


 思い出したように訴えてくるレイと、その言葉に思わず驚き引いてしまった俺。


 だって…………あのスタイルで?


「胸辺りがね……」

 そう言いながら自分のそこを悩むように触れ、見る。


 ……俺はこれにどう反応したらいいんだろう。


 てかそれよりも……。


 あの大きさでまだ成長するの? もう十分だと思うよ?

 『爆』ってほどではないと思うけど、でもそれなりにある。


 普段は着痩せするタイプだが、水着だとそれは一切自重しない。


「あー……うん。そうだね……」


 しかもちゃんとした理由だからやめようって提案できないよぉ……。


「じゃ、入ろっか……」


 もう仕方ないと、そう腹を括りまずはここを乗り切ってやると気合を入れる。


「うん!」

 そんな俺の悲壮な決意は知る由もなく、芥蔕かいたいもない様子で縦に首を振るレイ。


 そして店内に入り、レイが辺りを見回す。でも俺は一切目線を動かさず、微動だにしていない。


 なぜなら……この店で男子の俺が辺りを見回してるのを見たらどう思う? 控えめに言って気持ち悪いでしょ?


 普通の水着店なら男子用のものもあるからそこに行けばいい話。でも、この世界は俺の持っている常識がない異世界。


 別にそのことが関係しているのかは分からないが、この店は、女子用水着しか売っていない。


 ……それに今視界の端に入ったから分かったけど、下着も売ってます。


「それで、どれにするの?」

 早くここから去りたく、急かす意味も込めて問うと、レイが意味もないところで、無駄に時間を使ってきた。


「……何? そんなに私の水着に興味があるの?」

 からかうように言う。


 ……外でならいくらやってくれても構わないんだけどなぁ。ここではやんないで欲しいなぁ。


「……とりあえず早く決めてくれませんかね?」

 いつもはこんな冗談にも付き合うが、今はそんなことしてる場合じゃない。


「全くもう……そんなに私の水着に興味があるの? しょうがないなぁシンはぁ」

「……早くしなさい」


 こんなこと言うレイに、怒りたくもなったが、そうなると更に長引く可能性が出てくることを考慮に入れてただ、そう言った。異論は認めないと、圧を掛けながら。


「はーい……なんで今日そんな冷たいの……せっかくの2人きりなのに」

 レイは俺に叱られ、選ぶために足を動かしたが、文句を言った。


 他の誰にも聞こえないほど、本当に小さな声で。


 そして意外とすぐに絞れたようで、レイにしては短い10分ほどで3つになった。


「うーん……難しいなぁ。そだ、シン。今から試着するから決めてよ!」

「……うあ?」


 その言葉を聞き、途端に絶望した。


 女性がこの言葉を使うときは、全てを気に入り、その中でも迷っているとき。

 だから、結局どれが良いと言っても女性は『やっぱこっちも……』となり、選択肢の先に決定がない悪魔の質問なのだ。


 ……ってことは、まだまだここに居座ることになりそうだな。

 誰か助けてぇ……。


 俺のそんな悲痛な叫びも結局自分だけに留めたもので、誰にも届かずレイに振り回されることになった。


 そして試着をするためにレイが室内に入ると、俺は更なる絶望を体感した。


「え……! てことは、今から1人でこの空間にいなきゃならないの……?」

 レイが俺から離れるということは、そういうことになる。


「あ」

 これからどうやって存在感をなくそうかと考えようとして、意味もなく首を動かすと、あるものを見つけた。


 それを見ると、俺はとても嬉しいような、悲しいような気持ちになった。


 するとそっちもこちらに気付き、同情の視線を捧げてきた。


 俺の目線の先には、1組のカップル。──俺とレイと同じような状況の男女。


 つまり、この店に拉致られた男性と、拉致った女性がいる。


 俺に捧げてきたのは、もちろんその男性の方。


 人として当然の挨拶も兼ねて、地味に会釈をすると、その人は気付いた。


 大変ですね。頑張ってください。という意味が込められた会釈に。


 それに返すようにペコ、と頭だけを動かす。

 それには、そちらこそ。なんて思いが感じられた。


「……俺だけじゃないんだし、もうちょいがんばろ」

 この時はそう思うことが出来たが、後に考えを改めさせられることになった。


「シンーできたよー」

 やっと1つ着終わったのか、試着室の中から完了の声が聞こえてきた。


 言い終わり、俺がちょうど試着室の方を向いた時、タイミング良くレイが出てきた。


「……」

 水着姿のレイに対して、俺の反応は何もなかった。……いや、何もできなかった。


 その可憐な、圧倒的な美貌を前にして、開いた口が塞がらなくなる。


 俺はここでやっと、思い知らされた。


 ……あぁ、そうだったんだ。

 俺はいつも、レイ達といるのが通常になってしまって、それが普通だと思い込んでしまっていた。


 一緒にいられることだけでもすごいことなのに。


 だから気付かなかった。近付きすぎて。


 こんなに……こんなに、俺。




 ——レイのことが大切だったんだ。




 出てきた時、一瞬誰かと思うほど見違えたように可憐になったレイ。

 その時ふと、俺は初めて、レイのことを他人だと……他人扱いしそうになった。


 そして思い、気付いた。


 ……なんで俺は、この人を守りたいと。そして、心が温かくなったんだ? そう思ったが、すぐにレイだと気付いた。


 更にその後、直感で。本能でそう思ってしまう程に、レイが自分の中で大きな存在だったことに気付いた。


「あのー……そんなに変かな? これ……」

 予想外に感想がなかったから焦ったのか、不満そうに、視界に入りやすいように引っ張り、そのシンプルできれいな、紫をベースにしたそれを見る。


「あ、いや、変じゃないけど……」

 やはりどうしても何を発すればいいのか分からず、籠ってしまう。


「かわい?」

 変じゃないの一言に嬉しがり、期待したような目で見てくる。


「まぁ、可愛いよ……」


 今までレイに可愛いなんて、落ち着かせるために言っただけが大体なので、本心の可愛いを言ったことに今まで感じたことのないような恥ずかしさを感じる。


「んふふ……。じゃ、次のも着るからちょっと待っててね?」

 にやけ、満足気に試着室の中に戻っていくレイ。


「……これがまだあと2回はあるのか。キツイな」


 あんなに可愛いのが出てこられたら堪ったもんじゃないと、誰にも聞こえない声で文句を言った。


 ……まぁ、眼的には全然いいんだけど。

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