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くちづけ

作者: 後藤章倫
掲載日:2020/04/30

仁は口をつぐんだまま黙って栄助の意見を聞いていた。栄助も栗助も、もう嫌だった。

「いつまで此を付けて活動するつもりだよ。もう充分だろ?大丈夫だよ」

棒留は仁を見たけど、まだ目を瞑ったままだった。棒留も栄助と栗助の言っている事に少なからず同意している節もあった。

仁が口を開いた。

「結果、駄目だったらもう元には戻れないんだぞ、それでも止める覚悟はあるのか?」

「周りを見てみろよ、こんな事してる奴居ないだろ?こんな事しなくても今はもう大丈夫なんだよ」

栗助の言葉に仁はまた考え込んだ。


観衆は見慣れない演舞に酔いしれていた。仁の組の独創的な出で立ち、観衆を魅了する立ち振舞い全てが新しくかつ素晴らしく都はおろか、地方公演にまで噂が噂を呼び観衆が詰めかけて熱狂していた。

最初こそ躊躇していた栗助に栄助、棒留も仁の考え、仁の行動に感心してこの新しい形の演舞を舞い踊った。

しかし、それを良しとしない者達も居た。云わずもがな他の組の連中である。

「あんなのアリか?」

鼠組の奴が不満を漏らす。毒組の連中も続ける。

「今だけだろ?こっちはコツコツとやってんだ、今に堕ちるさ」

中には、仁の組の奇天烈な容姿だけではなく、やってる演舞に秘密があるのかもしれないと研究する組も出てきて、乗組なんかは仁達の其を手本に新たに演舞を構築していた。


相変わらず仁の組は大盛況だった。もう此が永遠に続くのではないか?と錯覚するくらいそのムーブメントは続いた。

数年の間は仁達の天下だったが、少しづつ其の奇天烈な容姿に嫌悪感を示す者が観衆の中にも出始めていた。それでも矢張り仁の組のオリジナリティは際立っていて唯一無二だ。

そんな中、巷を騒がす組が話題になり始めていた。乗組である。

乗組は仁の組を研究し、更にアンテナを張り巡らせ観衆のちょっとした声や感情をリサーチしていた。

そして遂に乗組の富と二木は新たな演舞を産み出したのだった。富、二木に瓶助と未久の乗組は中性的な容姿を打ち出し、仁達の奇天烈だがあまり長いこと見ていると胃もたれしそうな容姿からの脱却をはかり、しかしその演舞は、紛れもなく仁達の演舞の流れを組むものであった。

仁の組の長きにわたる一人相撲は、この時あたりから少しづつ陰りが見えてきた。


乗組に成功の兆しが見えると、ぶつくさ言っていた鼠組や毒組の連中も挙って乗組が打ち出した中性的な容姿でのパフォーマンスを取り入れ、そういう感じの演舞が次第に支持されるようになり、観衆は仁の組の演舞からこちらのムーブメントに乗り換えだした。

この中性的で派手な演舞は、爆発的に広がっていき他の組達も次々とこのスタイルを打ち出していき、演舞=この形 みたいな事になりはっきり言って一大ブームとなった。

もう猫も杓子も中性的で派手。このブームの事を瓦版などのマスコミも挙って書き立てた。


ニュー演舞。世間は段々と感覚が麻痺していき次々と現れる組達も訳わからずに増殖していった。

仁の組の演舞公演は一部の熱狂的なファンを除き日に日に客足が遠退いていた。

「なぁ仁、腹を括ろうぜ。俺達もニュー演舞にシフトしないと此のままでは潰れてしまう」

栄助の言葉が仁に突き刺さった。仁もわかっていた、だが自分たちのこのスタイルを確立するのにどれだけ大変だったかを仁が一番知っている。しかし此のままでは本当に潰れてしまう。

「わかった。じゃそうしよう各々もうコレは取ろう、そしてあのニュー演舞な出で立ちになろう」

仁の目は真っ赤になり涙もあった。


それから遂に仁達の組もニュー演舞なスタイルになった。演舞の内容は、はっきり言ってうちらがオリジナルだ、その辺の昨日今日やり始めた組とは訳が違う。

仁達の組は息を吹き返し多くの観衆を魅了するつもりだったが、巷に溢れかえるニュー演舞はもはや飽和状態になっていて、組同士の違いなんかも見分けがつかなくなっていた。

だからどの組が公演を打っても多くもなく、かといって少なくもない中途半端な観衆がそこには居て、熱狂するわけでもなく、かといってつまらないわけでもない感じで公演は行われていた。


仁は棒留に聞いてみた。

「これで良かったんだよな?」

棒留は言葉が無かった。栄助も栗助も同様だった。それでも演舞の舞台に立ちニュー演舞を舞っていて、やる組の方も観衆の方も何となく変な空気が漂っているのを感じていた。

仁の組だけではない、鼠組、毒組、乗組までもがそんなで、その他の組も同じだった。

そして演舞は廃れていった。


演劇場や芝居小屋から観衆の歓声があがる。人々は歌舞伎に、旅芸人の芝居に、猿回しの猿に、熱狂していた。今ではあの演舞ブームが嘘だったみたいに忘れ去られており、あんなにあった組も数えるくらいに激減していた。

そんな中もう一度演舞を復活させようともがいている者が居た。

仁だ。仁はもう自分の進む道はわかっていた。そしてこの自分達にしか出来ないスタイルを崩す事は絶対にしないと心に固く誓い新たな演舞を構築していたのだった。

そして遂にあの激しい演舞に新たな演舞を組み込む事に成功した。

「良しこれで良い。これを稽古し、そして舞台に立つ」

栄助も栗助も棒留も、仁についていこうと決めていた。


久しぶりの演舞の公演に疎らなお客が入っていた。それでも仁は確信していた。そして誇らしげにあの奇天烈な容姿で新たに構築した演舞を舞い始めた。

始まって暫くは遠目に見ていたお客も次第に引き込まれていき、そうそう、コレだよ俺達が求めていたものはコレだよみたいな感じになって、次第に熱狂し始めた。

その熱狂ぶりが建物から外へ漏れ、それを感じ取った人々がチケットを購入して中に入ってきて熱狂が熱狂を呼び会場全体が何かトランス状態になってきて皆、意識が高揚していき爆発寸前になっていた。

仁は、ここぞというところで激しい舞いをゆっくりと止め、次のセクションへ入っていった。

観衆はイキそうでイケないなんかモヤモヤな感じになってきたが、これはこれで悪くないかもとM化していた。

そこで始まったのが、ゆったりとした動きの何ともムーディーで官能的な舞いだった。

観衆はもうメロメロだった。メロメロメロメロだった。

そして男女が、いや男女だけではなく男同士だったり女同士の者達もゆっくりと互いに歩み寄り、くちづけを交わした。


欧米では、くちづけのことをKISSというそうだ。



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