#6:新たな仲間
ぎっくり腰
大陸や国を問わず、世界には賞金稼ぎと呼ばれる者達がいる。彼らは金でどんな汚れ仕事もこなすことが由来である。それは全うにはとても見えない仕事であり、また事実気性の荒い者達が多いのであった。
仕事として基本的なものは、国外に逃げた罪人を内密に捕まえ引き渡すことであるが、猛獣や害獣、盗賊団などの討伐や、要人の警護から暗殺まで、様々であった。金さえ貰えれば何でもやる、というのが一般人の彼らに対する認識であった。
出身も様々であるが、中にはかつて追放された者達もいた。というのも、仕事さえ出来ればそんな事は考慮される必要はないからだ。落ちぶれた人が行き着く地の底のような職であることも、嫌われる要因の1つであった。
唖然とするティルとエニアスの前で、女はうずくまり、懇願するように頭を地面に擦りつけた。
「何卒、どうか、世界に巣食う魔を滅ぼし、真なる平和を……!」
「あの、えっと、どういうことでしょうか?」
たまらずエニアスは言葉に出した。
「それは、言葉の通りに、ございます。世界に魔が生まれし時、罪の生まれし時、主たる神が、我らの救い主が地に降られて魔を滅ぼし、罪を灌がれるのです。」
「私がその、救い主って?」
「まさしく、先ほどお見せになられたあの力こそ地上の民を救い、あの光こそ闇を照らす光にございます。」
「で、でも、私はただの人間で……」
「いや! ただの人にそのような力はございませぬ。御身の敵を滅ぼし、御身に付き従う者を癒す、それこそはまさしく我らが神の力でございます。人の使う魔法は、傷つける為だけのものにすぎません。」
女の顔は伏せられていた。微かにその肩が震えているのがわかった。ティルの察するに、彼女は自身の神に刃を向けてしまったことを深く後悔し、罪悪に押し潰されようとしているのだろう。ただ彼の中に、神が人のようなカタチをとるなどという知識はなかった。エニアスのあの力も、確かに魔法の輝きとも違うように見えた。しかし、この少女が神で、もしくはそれに近しい何かであるとはどうしても思えなかった。
「なぁあんた、少し座って話さないか? エニアスも困ってるし、ほら、水でも飲んで落ち着こうじゃないか。」
「いやしかし、従者どの。私は主に刃を向けたのだ。その罪は重くなりこそすれ、消えることはありませぬ。故に私はここで自害致します!」
そう言って女は腰の短刀を抜き放ち、その首に押し当てた。ティルは慌ててその手を押し留め、思い切り奪い取った。
「やめろやめろ! 一度話をしよう! そんなことしようとするな!」
「し、しかし! 私は、守護者にあるまじき行動を!」
「それは今はいいから! 自分で死のうとするんじゃない。それは無駄なことだ。」
女は悲痛に顔を歪め、視線をさ迷わせた。時折、落ちている槍に目が向くことがあったが、長い沈黙の後ようやく答えた。
「は……慈悲に、感謝致します。」
女はティルの指し示す布が引かれた切り株へと足を引きずりつつ向かった。ティルは、静かな振る舞いで座った彼女に、やはり独特な雰囲気を感じた。女が広い切り株に胡座をかくように座ったので、ティルとエニアスもそれぞれ座りやすいように座った。
ティルは女の姿をまじまじと見た。彼女は茶色の長いマントの下には、黒い民族衣装のような衣服を着ていて、微かに金属の擦れる音がすることから鎖帷子を着込んでいるのだろう。首には木製の無骨な飾りものがあり、腕には分厚い造りの籠手をつけ、指先にはたこができていた。太股にはしなやかな筋肉からかなりの使い手であることがわかった。
そこでティルは、表情には出していないが、女がその視線に居心地悪そうにしていることに気づいて自分の行動を恥じた。エニアスが口を開いた。
「あの、お名前は何と? 私はエニアス、こっちの彼はティルといいます。」
「は、私はセウドと呼ばれています、エニアス様、ティル殿。」
「……えぇと、それであんたは何で俺たちを襲ったんだ?」
「は、私は……つまり、賞金稼ぎに身を落とした者です。さまざまな依頼、今回は帝国からの依頼でした。」
「それが俺たちを殺すことだったと?」
セウドは黙ったまま頷いた。拳は固く握られている。ティルは疑問に思った。あまりにも早すぎるのだ。それを問うと、セウドは隠すようなこともせず話し出した。
「私は各地に目と耳を持っているのです。私は地に生きる者、大空を飛ぶ者達と心を通わせる術を持っていて、彼らに協力をしてもらっているのです。」
セウドは指笛をふいた。透き通るようで力強い響きが森に響くと、しばらくもしないうちに、遠くの方から甲高い声と共に大鷲が風を切って飛んできた。空を我が物顔に飛ぶ姿は勇ましく美しかった。ドーンミーと呼ばれていた巨大な鷲だ。それはセウドの腕に器用に止まった。誇らしそうに胸を張っているが、セウドの様子を見たのか、その鋭い目でしきりに顔を覗き込んでいた。
「彼もその1人です。いや、彼だけは特別な相棒です。」
セウドの顔は晴れやかで自信に溢れたものになったが、その次の瞬間にはすぼめられてしまい、顔は伏せられた。やがて暖かな風が吹いて、周囲の木がさわさわと揺れた。エニアスは意を決したように口を開いた。
「あの、一緒に旅しませんか?」
その言葉にはセウドは飛び上がるように顔をあげ、赤い瞳を見開いた。その驚きはセウドだけのものではなく、ティルも同じようにエニアスを見た。
「私、さっきのこと何にもわからなくて。だから、セウドが居れば何かわかるんじゃないかって。」
「し、しかし、私は御身に大変な無礼を……」
「でも、私もティルも生きていて、あなたの手には武器はないです。それともまだ私たちを殺そうとするんですか?」
「そんなことは! しかし、わた、私は、罪深き私にはそんな資格はございません。御身と肩を列べて歩くことはできません。」
そう言って、今度は踞るように顔を伏せた。その動きに、腕に留まっていた大鷲は驚いて飛び上がり、彼らの上空を旋回した。
「もう! 頑固な人ですねティル!」
「なぁ、セウド、俺は思うんだよ、悪いことをしたなら償えばいいってさ。もちろん、最初からそんなことはしない方がいいんだが、してしまったものは仕方がないだろ?」
「その通りでございます、ティル殿。故に私は自らの罪を灌ぐ為に命を……」
「だから、それは駄目だ。じゃ、そうだエニアス、彼女に罰を与えてやればいいじゃないか。」
金の瞳がその言葉の訝るようにティルを見つめたが、すぐに得心がいき、面白そうに細められたのだった。
「はい。ではセウド、よく聞くのです。あなたへ罰を課します。」
「は、御心のままに。」
セウドは畏れに縮こまって手を固く握り直した。彼女は、断頭台に載せられた罪人のように、その斧が振り下ろされるのを震えて待つのだった。しかし彼女に下された判決は、冷たく暗い牢獄行きではなく、差し伸べられた暖かな手であった。
「私たちと一緒に旅に出なさい。断ってはいけませんよ。これは罰なのです。罰から逃れてはなりませんよ。」
セウドは、エニアスが何を言っているかわからないように、その目をしぱしぱとしばたたかせた。エニアスはそんな顔が面白くも見え、笑ってはいけないと思いつつも笑みがこぼれてしまった。
「は……天のように広く、海のように寛大な御心に、深く感謝致します。」
そう言って、深く深く、彼らが座る布の上に額を擦り付けるように頭を下げた。エニアスがその震える肩に手を置き、それからその頬をその小さな手で優しく包んだ。涙の筋がついたその顔に、にこりとエニアスが笑いかければ、釣られたようにセウドも笑みを作るのだった。
「さて! じゃあ、旅の仲間も出来たことだし、そろそろ出発しようじゃないか!」
意気揚々と言ったティルはすぐに出鼻を挫かれることとなった。彼は馬の行方が不明であることをすっかり失念していたのである。だが顔を拭いてすっかり凛々しい顔をしたセウドは言った。
「ティル殿、安心なさってください。彼は私の言葉に従って、少し離れた沢におります。彼はなかなか賢くて、最後の最後までここを離れようとしませんでした。今思えばその反応で気づけば良かったのですが。」
セウドは空に飛ぶドーンミーに手を振ると、大鷲はその体をひらりと軽やかに躍らせて森へと飛んでいった。しばらくも経たないうちに大鷲は戻ってきて、そのあとを追ってあの馬が駆けてきた。セウドはその耳に小さく何事か声をかけ、優しく鼻先を撫でた。
そして、彼らは荷物をまとめて準備を整えた。セウドは茂みの中に小袋を隠して置いてあり、彼女の荷物はそれと槍だけだった。
そして、太陽が彼らの真上から少し傾いた位に彼らは出発した。御者台には3人が座るには狭く、セウドはガタガタ揺れる幌馬車の後ろの空いているスペースに座ることになった。また、上空を大鷲が旋回して、その鋭い目を絶え間なく動かしていた。
何事もなくその日の工程を終え、エディス宿場町まであと半日といったところで日はとっぷり暮れた。暗闇を進むのは危険であり、セウドの言葉によれば、夜の森には得体の知れない魔物と呼ばれる存在がうろつくのだという。
一行は広場を見つけそこで夜を明かすことにした。堅い干し肉とセウドの取ってきた香草と山菜を一緒に茹でた簡単なスープは、素朴な味わいで腹を温かくさせた。エニアスは随分疲れているようで、焚火をぼんやりと眺めつつ船をこいでいた。セウドが、エニアスの体を、敷いた布の上に優しく寝かせると、すぐに眠りに落ちていった。
セウドが不寝番をするといって聞かず、しかしティルが説得して結局は交代ですることになった。それから新たな刺客も獣も現れることもなく、緩やかに時間が過ぎていった。眠っていたティルとエニアスは、朝飯の香りで起きた。セウドが朝の晴れやかな光を浴びながら、朝飯を作っていたのだった。
そして食べるべきものを食べた彼らは、暖かな光の下、出発したのだった。