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神に世界は救えない。  作者: 大川Sun
6/13

#5:襲撃者

僕は料理が出来ません。


いやいや、全く出来ないと言うわけではないのです。作れるのは肉じゃがとシチューとそれからカレーです。つまり、材料はだいたい同じで、最後に何の調味料を入れるかの違いしかありません。


中学生でも作れます。なんなら、お手伝いをしている女子小学生なら作れるでしょう。


つまり、僕は女子小学生です。若さが欲しい。

 

 2人がミルズの港を出てから、およそ4時間が経った。雲が何処からか流れてきたが、それでも太陽は眩しく、彼らを照らしていた。決して広くはない粗く舗装された道で幌馬車がガタガタと揺れ、エニアスの柔らかな尻を痛めた。今はティルに渡された毛布を下に敷いていた。


 彼らの周りには樹木が取り囲んでいて、侵入し放題の間の広い柵が何とも頼りない。また、時折木々がざわついて、警戒を煽るような鋭い鳥の鳴き声がした。


 エディス宿場町に向かうには2つの道があった。片方が森を抜ける道で、もう一方は森に入らず大きく迂回する道だ。もちろん、最初は安全のために迂回することを考えた。その道はティルも仕事のために何度か通ったことがあり、慣れていたからだ。


 しかし、朝早くに出発してことから、夕日が見える頃には森を抜けられるし、更にエニアスが危険を承知で急ぎたいと言ったことから、比較的近道を行くことになった。


 馬は体が強く、調子も良かったので、荷物を満載した馬車はぐんぐんと進んでいった。しかし、出発から随分と経ってだんだんと腹が空いてきた。ティルはそう思って休めるような場所を探していると、彼の隣からぐぅと控えめな音が聞こえた。見るとエニアスが少し顔を伏せていた。彼女は隠せているつもりだろうが、耳は赤く染まっていた。


「そろそろお昼にしようか。俺も腹が空いてきた所なんだよ。」


 エニアスは嬉しそうにティルを見上げ、また恥ずかしそうに控えめに頷いた。


 ちょうど開けた場所に彼らは出た。青々とした草が生え、朽ちかけた屋根があった。また、切り倒された木が積み重ねられ、そのままにしてあった。伐られてなお新しい芽が芽生えている切り株が幾つかあり、かつて大木であったのだろうそれらの中には、2人で座り、荷物を広げるのに十分な大きいものもあった。またこの広場の周囲は道沿いにあったものよりは丈夫に組まれた柵があり、蔦がしっかりと絡まっていた。彼らはここで一度休憩をとることにした。


 ティルは御者台から飛び降りてエニアスを降ろしてやり、そして馬のハーネスを取ってやり自由に青草を食べられるようにした。ティルは荷馬車に載せていた自分たちの荷物と、女将から貰ったお弁当を持って行った。


 先に歩いて行ったエニアスは、緑の樹木を興味深そうにきょろきょろと眺めていた。2人は切り株に座り、弁当を食べて水を飲んだ。パンは少し硬かったが美味しく、柔らかな魚のおかずと合わせて食べるとそれも気にならなかった。


「ティル、重ね重ねありがとうございます。」


 ぽつぽつとエニアスが話し始めた。


「私、どうしても神像に行かなきゃいけなくて、でも一人じゃどうしようもなくて。あの人たちは追いかけてきて。だからもしティルがいなかったらと思うと……本当にありがとうございます。」

「随分酷い目にあったのはわかるよ。エニアスを俺の部屋に担ぎ込んだときは多分忘れられないなぁ。」

「う、ごめんなさい。その、私混乱していて。もう忘れてください!」


 そう言うとエニアスは耳の先まで真っ赤になった。ティルはかねてからの疑問だったことを問いかけてみた。


「エニアスはどうしてあいつらに追われているんだ? あんなに乱暴にされる理由が何かあるのかい?」

「それは……私にはわかりません。あの日はお父さんに連れられて、見せたいものがあるって言われて、そしたらあの兵士さんたちがたくさん来て。逃げたんですけどお父さんは捕まって……」


 エニアスの声は押し寄せる悲しみに尻すぼみになっていった。さっきまで晴れやかだった顔は俯けられ、ティルはなんと声をかけるべきか分からなかった。しかしすぐにエニアスは顔をあげて、健気にも明るい声を出した。


「あぁ! お弁当美味しかったですね! 女将さんに感謝しないと。」

「……うん、そうだね。俺が思うにヘイシャス一美味いよ。」


 そこにひらひらと白い蝶が鼻先に飛んできてエニアスを驚かせた。ただそれは虫を怖がるのではなく、まるで未知の生き物を見つけてしまった人のそれだった。その蝶が羽ばたくときらきらとした光をまき散らした。


「こ、これは、何ですか!? こんな、小さい飛ぶものがいるなんて!」

「これはココアデハだよ。トルズ大陸にはよく飛んでいる蝶だね。初めて見るのかい?」

「は、はい、ヴィットリンデにはこんな生き物はいませんでした。でもお父さんからそういう話を聞いたことがあって。」


 エニアスが手を差し伸べると、蝶はそこにひらひらと舞い降りた。羽を開いたり閉じたりすると、その模様が太陽に反射して何種類もの柄に見えた。エニアスはそれをじっと見つめた。まるで脳裏に焼き付けようとしているかのようだった。しかし蝶は飽きてしまったかのように突然飛び立ってしまい、彼女は小さくため息をついた。


 ティルは何か嫌な予感がしてあたりを見回した。というのも馬が突然嘶きだし、落ち着かない様子であたりをうろついていたからだ。また鼻をぶるると鳴らしてひどく不安げだった。そしてまるでティルたちから距離を取ろうとするように走って行ってしまった。周囲の森は嫌なほど静かで、鳥の声もしなかった。


 ティルの警戒に気づいていないエニアスは、ぼんやりと空の暖かな光を放つ太陽を見、爽やかな風を感じ、心地好い土の匂いを吸い込んでいた。彼女にとっては、何もかもが目新しいものであったのだ。


 ティルは自分の右手近くに剣を引き寄せ、左手はエニアスの腰に回した。急なことに、エニアスは目を丸くさせてティルの顔を見上げた。だが厳しい表情から察して小声で言った。


「誰か、いるんですか?」

「わからない。でも俺たちの馬がどこかへ行ってしまった。魔獣の類いかもしれない。気付いたことがあれば教えてくれ。」


 静かに頷いたのを見て、ティルは神経をナイフよりも尖らせた。その時、彼らの右手の茂みからガサガサという物音がして、ティルは弾けるようにそちらを向いた。


 だが、どうやらちょうど鳥が飛び立っただけのようで、甲高い声を残して東の空に飛んでいった。ティルは自身のピンと張られていた緊張の糸を一瞬間僅かに弛緩させた。


 それが誤りであった。というのもそれは、見事な陽動であったからだ。そうとも知らず、ティルはそれにまんまと引っ掛かり、針の穴ほどだが確かな隙を生じさせてしまった。そして攻撃の主はそれを利用した。


 しかし、太陽はティルに味方をした。彼は影を感じて咄嗟に剣を突き出した。鉄と鉄が勢い良くぶつかり合い、静かな森には似合わぬ激しい音が響き渡った。剣を持つ右手はその衝撃でしびれ、危うく落としそうになった。


 あわてふためくエニアスを背中に庇い、襲撃者に剣を向けた。窮鼠の如き反撃を恐れたのか、襲撃者は跳ねるように距離を開けた。


「追手か!」


 ティルは歯噛みした。目の前の敵が持つのは、その身の丈と同じくらいの槍だ。硬い白木を削りだし、先に返しのある刃を付けた極めてシンプルな得物だ。しかし、シンプルであるからこそ、その破壊力は凄まじいものだった。盲に振り回した剣がその穂先を受け止めたのは奇跡に近かった。


 相手は日の光を厭うかのような茶色い分厚いフードのついた裾の長いマントを着ていて、表情を全く読むことができない。そこから伸びる足は細く引き締まっていて、編み上げの硬いブーツを履いていた。


 ティルが観察できたのはここまでだ。なぜなら敵が、猫のように身を屈め、そして放たれた矢のように真っ正面から突進してきたからだ。


「くそっ!」


 毒づきながらエニアスを抱えて身をよじる。目にもとまらぬその槍先を、勘だけに頼って剣でそらし今度はティルが距離をとった。されど、ここで距離をあけるのは愚策であると考えた。得物の長さだけで言えば、ティルは圧倒的に不利であるのだ。


「エニアス! 隠れてろ!」


 ティルは突き出される槍を間一髪で避けつつ、エニアスを突き飛ばすように離れさせる。泣き出しそうな金の瞳がちらりと見えたが、もう少しのよそ見もできなかった。避けきれなかった一撃が彼の頬を傷つけ、動く度に赤い液体が流れて緑の地に落ちた。


 エニアスが悲痛に叫ぶのが聞こえた。鋭い突きがティルの脇腹を掠めて、容易く服が裂け血が溢れた。槍は徐々にティルの体を捕らえ始め、鋭さは増していくのだった。ついに足がよろめいて、槍が彼の胸に迫った。


 が、その前に握り拳よりは小さな石が飛来し、襲撃者の頭に見事に当たって槍の先は逸れていった。中途半端に伸びた体を引き伸ばした隙を、ティルは見逃さなかった。


「でぇぇい!」


 腹からの声をあげ大上段に斬りつけた。それは槍を横にした束の部分で受け止められた。しかし、受け流すことはできずに力比べの様相と化した。そして今度はティルの動くのが早かった。足を持ち上げ力任せに相手の腹を蹴りつけた。


 まともに蹴りを腹に食らった相手はよろめいたが、追い打ちの横凪ぎの剣は体を屈めて避けた。その時に浮き上がったフードが斬り飛ばされ、その下から長い艶やかな白いい髪が溢れた。そしてティルの目は、驚きに見開かれた真紅の瞳を見た。


「くっ……!」


 転げるように退いた襲撃者は、やはり女であった。褐色の肌の顔は苦々しげに歪められ、その目は憎らしげにエニアスに注がれた。ティルはそちらを見ることは出来なかったが、先刻の見事な助太刀の投石は彼女のものであった。


 女襲撃者は口に手を当て吹くと、甲高い笛の音が森に響き渡った。それは美しく、風の吹きわたる平原を想わせた。それに応える声があった。人のものではない。翼を大きく広げ、疾風の如く飛ぶ大鷲だ。獲物を捕らえる爪は鋭く、頭には長い飾り羽根が生えている。


「ドーンミー! やるぞ!」


 女は声を張り上げ、その身を一本の槍のようにさせ突っ込んできた。息を整えたティルはその変幻自在の槍さばきに翻弄されてしまう。突いたと思えば横凪ぎに振るわれ、引いたらと見えれば空気を貫いき次の突きが放たれた。加えて、ドーンミーと呼ばれた大鷲は、ティルの背中を爪で切り裂こうと飛び、また肉をついばもうと滑空してくる。


 ティルはみるみるうちに傷だらけでボロボロになっていった。俯瞰して見る必要もなくそれがわかった。どれも致命的なものではないが、いずれ命を断たれることは明白であった。


「ティル!」


 エニアスが泣きそうな声で叫ぶのが聞こえた。時折脇から石が飛んできたが、女には二度と同じ手は通用せず、束で弾かれ避けられた。


 ティルが大きく剣を横凪ぎに振った。女は身を屈めて避け、ティルの重心の載った右足を掴み力任せに引っ張って転げさせた。強かに背中を打ち付けたティルは肺の空気を全て吐き出してしまい、正常な呼吸が出来ない。薄れる視界には、距離をとった女が、その全体重をのせた槍を突き刺さんと体を曲げているところだった。


 立ち上がろうにも遅すぎ、転がって避けようにも体は傷ついていた。唇を強く噛んだ。旅の終わりがこんなことになるとは全く思っていなかった。あまりにも早すぎる。自分が死んだらエニアスはどうなるのか。死ぬことの恐怖よりも、約束を守れない悔しさの方が勝った。しかし、心がどんなに奮起しても、手に掴んでいる剣は重く、手足すらも自分のものではないようであった。彼はただの試し切りの薪のように死ぬのだ。


 迫る刃が太陽の光を反射して彼の目を潰した。その眩めきからティルを救ったのは、小さな背中であった。


「ダメ!」


 その喉元に刃が迫ろうとも、両の足をしっかりと大地に立たせ、怯むこともなかった。金の瞳はギラギラと輝いて、銀の髪は大きく広がった。


 突然のことに槍はほんの少し鈍ったがそれでも勢いは遅くなることはない。その切っ先が柔らかな肉を抉る前に、エニアスはまるで取りつかれたかのようにゆっくりと腕を差し出して叫んだ。


「離れよ!」


 その手から、白日の下でもなお眩しい光を放った。光は押し寄せる波のような、突風のような力を持ち、女をその槍ごと吹き飛ばした。大鷲はあわてふためいてどこかへ飛び去った。光が収まっても、木々は異常にざわめいて雲の流れは異様に速くなった。


 襲撃者が受け身も取れずに無様に地面に転がると、エニアスはへたへたと尻餅をついた。ティルはその背中を支える。不思議なことに、彼の身体の傷はふさがり、またその身に力が湧き溢れていた。唖然として動かないエニアスの顔を見た。今はもう、その目に力はなかった。


「あ、ぁ、わた、私は……?」

「エニアス大丈夫か! 今のは一体?」


 草を踏む音に、見れば女が起き上がっていた。その手には槍はなく、両手は力無く垂らされて足はぶるぶると震えていた。顔は青ざめて、艶やかな唇は凍えたように紫である。ふらふらした足取りで一歩一歩、意思なき人のように近づいてくる。その異様な姿に、ティルも武器を構えることを忘れた。


 女は剣の間合いまで歩いてきて、半歩引いて跪いた。むしろうずくまったというようであった。地面に転がるとついた手はなおも震えていた。そして、か細い声を出した。


「我らが主、救い主、シ・インクル・アム(慈悲深き神)よ。我らをやがて訪れる滅びよりお救いください……」



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