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神に世界は救えない。  作者: 大川Sun
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#4:旅立ち

目玉焼きには塩派です。

 

 ティルは、顔に微かな息づかいを感じて薄目を開けた。そこには金色の、薄暗闇にあっても輝く宝石のような瞳があった。目があったことに気づいたようで、驚いたように大きくなり、何度か瞬きした。目蓋は赤く、やや腫れていた。


「お、おはよう、ございます。ティルさん。」

「あぁ、おはよう、エニアス。」


 ティルが起き上がると、彼の背中はセメントが張り付いてしまったかのように固まっていて、少し曲げただけなのにべきべきと音が背骨のあたりから響いた。肩を伸ばすように動かすと、そこからも小気味いい音が鳴った。


「ごめんなさい。私が、その、使ってたから……」


 エニアスは申し訳なさそうに目を伏せて言った。ティルはその頭を優しく撫でてやった。特に何も言わずされるがままになっている彼女を見ていると、昔の故郷に置いてきた妹を思い出した。


「いやぁ、大丈夫だよ。それにしても早起きだね。」


 欠伸をしつつ窓を見れば、赤い太陽の光が地上を照らそうとしているところだった。しかし、漁師などが多いミルズでは、もう起きだしている人もいる。


「あの、おばさんが来て、ご飯が出来たから起こしてって、言われたんですけど……その、ごめんなさい。」

「大丈夫。今日から一緒に旅に出るんだ。遠慮なく叩き起こしてくれて構わないよ。あと呼び捨てでいいよ。」

「わ、わかりました。ティルさ……ティル。」

「じゃあ、行くか。女将の飯は美味いんだ。」


 エニアスが頷いたのを見て、ティルは立ち上がった。そのついでに近くに用意してあった荷物を肩にかけて、2人は連れ立って部屋を出た。下の階から美味そうな香りが漂ってきた。


 この時間では宿に泊まっている者たちはまだ眠りについていて、潮騒亭は普段からは想像できないほど静かであった。階段を下りて食堂に向かうと食器を並べる音が響いたのを聞いた。女将の独り言も聞こえてきた。


「おはよう、女将さん。」

「おはようございます。」

「あらあら、おはよう寝坊助さん。お嬢ちゃんもおはよう。そうそう、少し待ってて。」


 女将はエニアスも返事を待たずに厨房に小走りで引っ込み、また同じ調子で出てきた。手にはエニアスが持っていた肩掛けカバンがあった。肩ひもは直されていて、また内容物で膨らんでいた。


「はいこれ! 着替えとか色々入れておいたから、あと化粧品とかもね!」

「あ、ありがとうございます。」

「さぁさぁ、早く席に着きな、朝ごはんはとっくにできてるよ!」


 またどたどたと忙しなく厨房に引っ込んでいった。手にパンパンのカバンを持って、エニアスはティルの顔を見上げて少し微笑んだ。


「なんだか、忙しい人ですね。でも元気があって、いい人です。」

「うん、ほんとそう思うよ。じゃあ早いとこ座って待とうか。もう腹ペコだからね。」


 2人は向かい合って座った時、すぐに女将が料理を満載した盆を両手に持って出てきた。少し固い茶色のパンと温かな魚介のスープ。それにあまりこの港には出回らないノル牛のステーキだった。


 エニアスはくぅと腹を鳴らして顔を赤らめた。そして2人はあっという間にそれらを平らげてしまった。エニアスはその細い体でティルと同じ分だけ食べた。ティルは少し膨らんだ腹を撫でながら満足げなエニアスを眺めていた。2人が食べ終わるのを見計らい、女将が声をかけてきた。


「さぁさぁ、2人とも! すっかり食べたんなら外に出る支度をしないとね! お嬢ちゃんはこっちへおいで! ティルは自分で出来るね!?」

「もちろん、じゃあまた後でね、エニアス。」


 エニアスが頷いたのを見て、ティルは潮騒亭の裏手の井戸に向かった。そして水で顔や体を洗い、また口もすすいだ。東の山の陰から太陽がようやく顔を出して、空は一点の曇りもなく蒼く染まっていた。旅立ちには幸先の良く、絶好の天候であるように思えた。


 食堂に戻るとエニアスは、体にカバンを下げ、背中にリュックを背負い、両手には小包を持っていた。


「あ、あの……」

「えぇとね! あと、これも持っていきな! テルシの干物だよ。長持ちするし、噛めば噛むほど味が出て栄養満点だから! ほら、持って!」


 女将は奥からどんどん物を持ち出して、エニアスはまるで行商人のようになっていた。エニアスはティルを見つけると助けを求めるかのような顔を向けた。彼女は新しい白いひらひらした服に着替えていて、髪も綺麗にされてほどかれていた。


「女将さん、もういいよ。あんまり持っていってもしょうがないさ。」

「あら、ティル! 備えあれば憂いなしと言うでしょう。」

「だからと言って荷物が多すぎても駄目なんですよ。旅は身軽な方が良いんですよ。」


 エニアスの手から多すぎる荷物を受け取って女将に返した。長持ちする食材や、貴重な調味料はありがたく受け取って、彼の背負う背嚢に突っ込んだ。


 1つの小袋を手に取ると、それはずっしりと重く、じゃらりと金属の擦れる音がした。ティルの握り拳ほどの大きさのそれの中を見ると、多くのセタ硬貨が入っていた。1セタは1000ピタである。だいたい100ピタがあれば、その日の食には困ることはない。


「こ、こんなに受け取れないよ! さすがにこれは、女将さん、受けとるわけにはいかないよ。」

「でもあんた! 金は持っているのかい!? また道端で飢えて倒れるのはよしておくれよ!」


 ちくりと痛いところを突かれて、苦笑いを浮かべた。ティルはこの港に来た時には、食べ物を買うことも、宿に止まることもできなかったのだ。そんなときにこの潮騒亭の女将に出会い、それからというもの女将には頭が上がらないのだった。


 ティルは腰につけていた革の袋を女将に見せた。中には、さっきの小袋と同じくらいのセタ硬貨が入っていた。


「ほら、金については大丈夫! この数ヶ月きっちり働いたからね。だから大丈夫だよ。」

「そうかい。じゃあ、もう、私がしてあげられることはないのかね。」

「……女将さん、今までありがとう。」


 頭を下げるティルの額を、女将は指先でつついた。


「何を今生の別れみたいな調子で言ってるの! いつでも戻っておいで、皆何でも屋ティルを待ってるんだから。エニアスちゃんもそうだよ! いつでも頼ってきて良いんだから!」

「…はい。」


 外に出ると、ペドが馬を連れて待っていた。茶色の毛並みのそれはしっかりとした筋肉がついて、またよく手入れがされていた。


「ティルさん、おはようごぜぇます!」

「やぁ、ペド、もう大丈夫なのかい?」

「はい、もう調子は戻りましたよ。えぇ、なんならもうわすれちまいました。」


 鼻を指で擦りつつ言う彼の顔色は確かに良かった。


「ティル、エニアスちゃん! いってらっしゃい!」


 ティルとエニアスは、手を大きく振る女将に深く礼をした。そしてペドから馬の手綱を受け取り、歩きだした。


 ふと、女将には、ティルのしようとしていることが全てわかっているのではないか、という気がしてならなかった。


 エディス宿場町は確かに離れてはいるが、距離で言えば馬車で一日と半日といった程であって、女将が渡した分の荷物はどう考えても多すぎるのだ。


 ティルの考えすぎでなければ、女将は全てを知って、何も言わずに見送ってくれたのだろう。そう思うと、ティルの心に深い感謝の念が溢れ、涙がこぼれそうになった。しかし、隣にエニアスが居たので、明るくなり始めた空を見上げ無理やり涙を引っ込ませた。



 まずティルが行こうとしているのはアドル商会だ。というのも、彼が何でも屋であったとき、最後に受けた依頼が彼らからのものだったからだ。


 彼の商会は港近くにあって、街の外れの遠くからでもわかるような、派手な、小太りの男がおかしなポーズをとっている看板が目印であった。まだ早朝であるために、人通りはなかったがその建物の前には幌馬車が停められてあった。


 近づくとその陰から、荷物を運び込んでいる人がいた。この店の看板よりもさらに太っている彼こそが、アドルであった。


 鼻の下にちょび髭を蓄えた、上は肌着を着ているのみの中年の男だ。まだ涼しいころだというのに額には玉の汗が流れ出ていた。彼はティルを見つけると手を振った。だがティルの隣を歩く少女を見て、不思議な顔をした。エニアスは街並みを興味津々にキョロキョロと見回していた。


「おはよう、アドルさん! 荷物はもう積み終わったんですか?」

「おはよう、ティル。随分と早いじゃないか。まぁ今ので最後だ。それで、隣のお嬢ちゃんは?」


 アドルが少し腰をかがめてエニアスを覗き込むと、彼女はティルの服を掴んで後ろに隠れるように動いた。


「アドルさん、あんま近づかないでくださいよ。とても汗臭いですから。この娘はエディス宿場町にちょっとの間預けてもらうことになったんで、この仕事のついでに連れて行くんですよ。」

「おや、そうなのかい?」


 アドルはエニアスの姿を、その細い目でじっと見て、ティルに低い声で言った。


「彼女、昨日のことと関係があるようだね。あのふざけた帝国の奴らが聞きまわっていた特徴と一致しているからなぁ。銀髪に金の瞳ねぇ、この多様な人が集まるミルズでも見ない珍しい色だ。隠しておくには目立ちすぎる。だから場所を変えるってわけか。」

「アドルさん、あんまり詮索するのは良くないと思いますよ。」

「おっと、すまんすまん。でもいいのか? お前が彼女を守る必要なんかどこにもないんだぞ。俺は残酷なことなんて言いたかないが、でもお前を心配しての言葉だと思ってくれ。」

「……アドルさん、俺は彼女に頼まれたんですよ。だから、お節介といわれても助けてやりたいんですよ。それに、俺は多分こういう機会を待っていたと思うんです。これは俺が望んでやろうとしていることなんだ。だからさ、アドルさん、心配はしないでいいよ。」


 そう言うティルを、アドルは眩しそうに見た。その瞳にはある種の羨望の光があった。


「はぁ、まったくまったく。俺も年寄りになっちまったかね。つい説教臭くなるんだよなぁ。」


 若さが羨ましい、と小さく呟き思い出したようにティルの連れてきた馬を馬車に繋ぐ作業に入った。ティルはエニアスを抱え上げ、御者台に乗せてやった。


 またエニアスの持つ荷物は、馬車に積んである魚の干物や香辛料などの荷物の隙間に置いた。ティル自身も荷物をまとめて置いて、エニアスの隣に座った。そうしているうちに、アドルが手際よく準備を進め、ティルに手綱を渡した。


「よし、準備はいいかね? 後悔は……いや、何でもない。さぁいけ! おっと、馬車は誰かに頼むかして戻してくれよ、大事な財産だからな!」

「あぁ、わかった! 行ってくる!」


 軽く声をかけて馬を歩きださせると、少々の揺れとともに馬車は動き始め、車輪が石畳のせいでガタガタと音を鳴らした。エニアスはその初めての感覚に驚きティルに腕にひしっとしがみついた。


 空にはようやく太陽が上り、その眩しい光を真っ向から浴びて、彼らの進む先には幸運が待っているように思えた。されど、帝国の腕は彼らが思う以上に長く、そして様々な道具の使い方を心得ていた。彼らに追跡者達の足音が聞こえるのは、そう遠いことではなかった。



卵料理には無限の可能性があると思うのです。焼いても煮ても茹でても、何だったら生で食べれますし。あと、ほら、卵って命の源ですし。


ふわっとろっのオムライスのオムが三度の飯より好きなんですが、自分でやろうとするとべっちゃべちゃになるのはどうしてなんでしょうか。つらたん。

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