俺がジャック・オー・ランタンと呼ばれるようになったワケ
始まりのことはよく覚えている。だいぶ昔のことだったが、まぁ不思議なことだったからか鮮明に思い出せる。
俺は確かジャックなんとかって名前のカッコいい男だったんだ。結構な金持ちのボンボンで、酒、女、賭博、ヤク。まぁ、悪い遊びの殆どをやっていたはずだ。
確かその日も行きつけの賭博場で一儲けしに行ったんだ。その時にへんな爺さんが賭けに誘ってきたんだっけ。
「もしこのポーカーでお主が勝ったならお前さんが飲んだことのない珍しい酒をあげよう」
なんてな。俺は酒と女にゃ目がないんだ。もちろん二つ返事で飛びついたさ。
結果?
俺の豪運をなめんじゃねぇよ。もちろん勝った。しかもロイヤルストレートフラッシュでな。
そんで、爺さんから約束通り酒を貰ったんだ。
今になって思えばありゃ、神やら精霊やらそんな存在だったんだろうよ。そのあとどこを探しても見つからなかったからな。
そんでもらった酒はそりゃぁ凄かったさ。黄金色にキラキラ輝いたトロリとした酒でよ。飲んだ瞬間、ふくよかな芳香が鼻を通るんだ。甘み酸味苦味が絶妙にブレンドされて舌の上を駆けて行っちまう。
うまかった。本当に美味かった。
独り占めしたくなって、俺は人の少ない公園にこっそり移動して一人酒を飲んでたんだ。そんとき賭博場で飲み干しときゃよかったんだ。あれが運命の転換点ってやつでな。
悪魔にあったんだよ。
聖書とかに書いてあるだろ、人を堕落せしめるモノとやらだ。掌に収まりそうな小さい人型で灰色の肌をした痩せて貧相な男の姿でな、真っ黒なツノと尻尾そして蝙蝠羽を持ってた。印象的なのは真っ赤な目が闇夜でギラリギラリ光ってて、その上、鮮血を舐めてきたみたいに紅い舌がチロリチロリって口から見え隠れしてたんだよ。
其奴はいつのまにか俺の目の前に浮かんでいて、キイキイと猫なで声で囁いた。あの定番の台詞をさ。
「魂を取る代わりに
お前さんの願いを一つ叶えてやろう」
それで俺はちょっとばかり考えた。ずる賢い俺様はちょいと其奴を騙くらかして願いをタダで叶えさせようとしたって訳だ。
「一生この酒がのみてぇんだ。だから悪魔さんよ俺の魂はやるからこの酒を欲しい時に欲しいだけ作り出してくれよ。」
「ほぅ、その酒はうまいのか?」
「ああ、魂売っちまいたくなるほど美味いぜ、壺の底に少し残ってるから味見してみるか?お前さんなら中に入って舐めれるだろう?」
それで小さい悪魔が酒壺に入った瞬間、蓋をしちまったワケさ。
愉快だったよ。ざまぁないと思ったぜ。
天下に名だたる悪魔サマがツボに閉じ込められて、ここから出せ人間!ここから出せ人間!ってキイキイ叫けんだ。
「お前が俺の魂を取らずに願いを叶えるってならだしてやろう」
「騙したな人間!騙したな人間!貴様の願いなぞ叶えるものか!」
「ならお前さんはずぅっとこの壺に入ったままだな!」
悪魔もなかなか頑固でな、その日中は喚いてばかりだった。だから昔、親父が教会から貰った聖なる布とやらをかっぱらって、それで壺をぐるぐる巻きにして家の棚に飾ってやったのさ。
それから二日ぐらい壺に閉じ込めたら、悪魔のやつは懇願し始めたんだ。
「頼む、頼む、これ以上ココにいたらオイラは消えちまう!願いを叶えてやるから!頼むここから出してくれ!」
「本当だな?約束するか??」
「約束する!約束するさ!」
そんで、結局何を願ったかって?
なに、もし俺が死んだら魂を地獄に落としてくれるなって願ったのさ。
閃いたそん時は名案だと思ったんだ。俺は金持ちのボンボンで遊びが大好きだ。だから堕落している俺はきっと地獄落ちだろうとは思ってたからな。これなら地獄に行かなくて済むってな。
願いを叶えると約束を交わしたあと、悪魔は何度も頷いて煙になって逃げってった訳だ。
けどな、いい気分だったのもそれまでだ。
7日後、俺は馬車にひかれて死んじまったからな。
似合いの死に方だって言われたよ、夜酔っ払って道に倒れたところをひかれたからな。
不思議な感覚だったよ。
気づいたら俺は魂になってて、自分のスプラッタな体の上でぷかぷか浮いてたんだからな。
少ししたら天から天使様が降りてきて、地面から死神様が這い出てきたんだ。
そんで、死神様が言うわけだ
「お前は罪深い人間だ。だから地獄行きと言いたいところだが、お前の魂を地獄の悪魔どもが拒否していてな。地獄にいけんのだ」
そう。あの時の悪魔は約束を守ったわけだ。それで俺はワクワクしながら天使様を見た。
けどな、やっぱり悪魔は悪魔だったんだ。
天使様は申し訳なさげに言ったんだ。
「貴方は罪深すぎるにです。天の門をくぐることはできないでしょう」
「つまり俺はどうすればいいので?」
「魂は現には留まってはいけぬ。しかし、貴様は地獄にもまして天国にも行けぬ。となれば貴様の行く末は一つしか無いのだよ。憐れなことにな」
そう言って、死神様が連れて行った先はあの世の境目ってわけさ。きっと悪魔の奴は地獄のでせせ笑っているだろうよ。ざまぁないねってさ。
あの世の境目は恐ろしいところさ。真っ暗で何にも無い。自分がどこにいるのか、上か下か、しまいには自分がなんなのか忘れちまって狭間を彷徨う化け物になっちまいそうだった。
じゃあなぜ、化け物にならなかったのかって?
そりゃ死神サマがお優しい方だったからだな。
怯える俺を哀れに思ったのか、地獄の燃え続ける炎を一つ分けてくださったのさ。それを死んだ場所の近くにあった畑から採ってきたカブをくりぬいてそこに入れてランタンを作ってくださった。
人間ってのは面白いもんで光があるだけで正気が保てる。死んでてもな。
だから俺は真っ暗で何も無い此処を彷徨ってる。
カブのランタン持ってさ、いつか何処か戻れるところを探してな。