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君と創る歴史  作者: 秋月
第1章~異なる世界~
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第8項:遠き夢への誓い 其の二

時は既に夜遅くにまで進んでいた。先程まで響いていた爆発音は今は聞こえず、虫の鳴き声が辺りを包んでいた。

曇天であった空はいつの間にか晴れており、雲一つない黒い天に眩いばかりの月が星と共に浮かんでいる。

シグレ達は消耗した体力を回復させるために仮眠を取っていた。


「………」


急にシグレは横にしていた体を起こし、洞窟の外を見やった。

外は夜中とは思えないほどに光が照っていた。時折、樹が風に吹かれてガサガサと音を立てている。

ふと、周りを見た。

カディウスは毛布を大きく被って潜り込むようにして眠っている。襲い掛かる不安を必死で押さえようとしていたのだろうか。

イグサは静かにスースーと寝息を立てながら丸くなっている。これは猫だからであろう。

入り口付近で壁にもたれ掛かるようにして眠っているカノンのすぐ側には彼女の相棒”ホワイトウィング”が立て掛けられている。

そして、自分の隣で寝ていたはずのサンは――――。


「あれ?」


視線をサンが寝ていたはずの場所に向けると、そこにサンの姿はなく静かに抜け出た後の毛布が残っていた。

もう一度、仲間が眠っている所に目をやっても彼女の姿は見当たらない。


「もしかして…外か?」


毛布からゆっくり抜け出ると、先程見やった外へ目を向ける。

その際に視界に入った少しずつ煙を上げる焚き火を踏み、煙の出を絶っておいた。

外に出てみて改めて月の光が強い事をシグレは感じた。

今ほど月が明るいと思った事は今までに一度もない。しばらく感慨無量になったが、今はサンを探すことが先だと判断して周りを見渡した。

色々な方向に動き回るシグレの目は少ししてからある一つの影を捉えた。


「サン…?」


目に映ったのは少し離れた所にある大きめの岩に座り、月を見ているサンの背中だった。

どこか寂しげな雰囲気を漂わせるその背中がいつもより小さく見えたのは気のせいだろうか。

シグレは周りから聞こえてくる虫の音を止めないように静かにサンに歩き寄った。


「サン、眠れないのか?」

「ああ、シグレか」


突然のシグレの出現にも驚かず、サンは一度振り返りシグレを見ると再び見ていた月を眺めた。シグレはゆっくりとサンの隣に腰を下ろして彼女が見ている月を同様に眺めた。

月は変わらずに星と共に深い闇の夜を照らし続けている。自分達を光に染めて、なお光り輝いている。


「なぁ、シグレ」

「何…だ…」


サンの呼びかけに振り返ると、彼女の頬には月の光が映った水滴が流れていた。

綺麗な涙を滴らせながらも彼女は月をじっと見詰めている。今までにサンがシグレに見せた事がない姿にシグレは言葉を詰まらせた。


「サン…それ…」

「今は…何も聞かないでくれ」


依然、涙を流し続ける彼女の枯れ果てそうな声に何も言えなかった。

今の彼女に何を言っても気休めにしかならない。頭では分かっていても何を言うべきかと考えてしまう。迷い迷って顔をしかめていると腕が少し引っ張られるのを感じた。

横目で見てみると、サンの細い指が自分の服の袖を掴んでいるのが見えた。


「私だって…人間だ…。辛い時には泣きたくなる…」


自分に言い聞かせるかのようなその言葉を聞き、シグレは改めてサンという者を認識しなおす。彼女は騎士の学園のトップである前に自分と同じ歳の女の子であると言う事を。

周りの女の子と同じで、怖いものもあれば苦手なものもある。ただ少し、普通の女の事は違って勇ましく武に優れているだけで。

この状況で学園のトップである彼女が恐怖し、取り乱していたのなら俺達は酷い状況になっていたかもしれない。俺も、カディウスも、イグサも、カノンでさえも。もしかしたら、全員がばらばらになっていたかもしれない。

それを防ぎ、纏め上げているのは俺と同じ歳で…しかも女の子。

男である自分が何もしていないのに彼女はただ一人で皆とは違う恐怖と戦っていたのだ。


「初めて…人を斬ったんだ。いつか時が来るとは分かっていた。覚悟もしていた。だが…」


サンの涙がより一層溢れ出し、膝へポタポタと流れ落ちる。


「だが……手に感触が残っているんだ。鎧を貫き、人の体を、人の命を引き裂いた感触が…」


シグレの袖を掴んでいる手とは逆の震える右手を見詰めて苦しそうな顔をする。

袖を掴む手の力は強くなり、左手の震えが袖を通して伝わってきた。


「今まで強くなる事に喜びを感じていた。人を、国を護る力が身についてきている事を感じるのが嬉しかった。しかし、護るという事は同時に相手を傷つける事だ…。私は今日、それを悟った。シグレ…私は…どうすればいいんだ…?」


何らかの犠牲がなければ結果は出ない。戦争を終わらせようとするのであれば、相手の国の人の命や自国の者の命が必要となる。

何もないところから結果は出ない。結果を出すためには行動と、それ相応の代償が要る。

どんな結果が最善なのかは分からない。どんな行動が最善なのかも同じだ。

その応えは永久に謎であるもののうちの一つ。辿りつけないものの一つ。

誰にも分からない答えをどうして、どうして俺達が出さなければならないのだろうか。

ましてや、この震えている少女が、どうして…。俺は、乾いた口の中を唾液で少しだけ潤して口を開いた。


「どうも…しなければ…いい」


俺がひねり出した言葉にサンは目をキッと鋭くして、ガシッと胸元を両手で掴んで俺に叫んだ。


「ふざけるなっ!!何もしなければよいだと!?何もしなければ、民は殺され虐げられる!それを黙って見ていろだと!?冗談も大概にしろ!!」


胸元を掴む力がどんどん強くなってゆき、彼女の顔も怒りで歪んでいた。

もの凄い力によって胸元を掴んでいるサンの手を掴みつつも、必死で声を絞り出す。


「冗談…なんかじゃないっ!!」


手をギュッと握り、サンを岩に力ずくで押し倒した。押し倒された衝撃でサンの顔が痛みによって歪んだ。


「お前一人が頑張ったって!!変わるのは少しだけなんだよ!!それこそ、百分の一以下ぐらいにしか変わらないんだよ!!」

「それでも変えるしかない!変えなければいけないんだ!」


お互いに声を張り上げて叫んだ。サンは涙で顔がぐちゃぐちゃになり、シグレは大きく息を荒げている。


「何で一人でやろうとするんだよっ!!」


シグレの大きな叫びで、サンは黙ってしまった。大きく荒げている息を整えつつも、言葉を続ける。


「一人だけが頑張ったって意味ないだろ!何で頼らない!?何で弱音を表に出さない!?」

「私の頼みは!!私の頼みは…自分の意思に関係なく聞きいれる!たとえ、本心ではイヤだと思っていても!!」


もはや溢れ出す涙で目を開けていられないサンは悲痛な叫びで応えた。

その叫びの内容をシグレは理解できなかった。それに加えて、サンは理解するための時間を奪った。


「どんなに親しくなっても!!どんなに時を共にしようとも!!壁がある!溝がある!決して超えられないものがあるんだ!!」

「関係ないだろ!!」

「っ!!」


シグレの一蹴で辺りはシンと静まり返った。


「壁なんか壊せばいい!溝があれば埋めればいい!お前は一人じゃない!少なくとも、俺がいるだろ!!」

「何故、何故そこまで言ってくれるんだ…」

 

さっきまでの叫びはなく、彼女の声は弱弱しくなっていた。

サンが涙を流しつつもゆっくり目を開けると先程までの怒った顔はなく、シグレのニカッとした顔がそこにはあった。


「俺達が運命を変えるんだろ?一人だったら百分の一以下でも、二人だったらもしかしたら二分の一になるかもな」

「百分の一の可能性が一気に二分の一…か。…ふふっ」

「な、なんかおかしい事言ったか?」

「ふふふ…。いや、やっぱり君は変わっている。そう思っただけだ。まぁ、そんなことより…そろそろ放してはくれないか?」

「あっ!悪い!」


今この瞬間だけを見れば、シグレがサンを押し倒して強引に迫っているかのように見えるだろう。それほどまでに二人は密着していた。

シグレは顔を赤くすると、慌てて飛び退く。ゆっくりと起き上がったサンの顔も少しだけだが赤く感じた。


「すまなかったな…。つい、感情的になってしまった」

「こっちこそ悪かった。思い切り叫んで…」

「それは構わない。むしろ、押し倒している所を見られなくて良かったな」

「ギクッ…」

「もし見られていれば、今頃は…」


むふふと黒い笑い方をするサンにシグレは困っていた。弱みを握られた感じだ。


「安心しろ。別に弱みを握ったとは言わない」

「そ、そうか…」

「君と交渉の時のカードにはさせてもらうがな」

「お、おい!」

「ふふふ…」


サンが再び笑うと、今まで静かだった虫達が大きく鳴き始めた。月の光はシグレとサンのみを照らし、岩の上はまるでステージのように輝いていた。

その時、シグレ達の首から下げられている水晶のペンダントが薄く光を帯びている事にシグレとサンは気がつかなかった。


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