第5項:召喚の儀と再会
シグレの掌が魔方陣の中心部にそっと置かれると、陣は中央部から外へ広がる様に線を伝いながら光を発した。
その光はシグレがいる生徒会室の中を黒く包み込むが、不思議と周りの物が見えなくなりはしなかった。
部屋の机はガタガタと物音を立てながら少しずつ宙に浮かび上がり、窓は大きく振動したかと思うと次々に割れていく。
棚に置かれていた本や花瓶は床へ落ち、電灯は思い切り大きな音を立てて崩れ去った。
「おいおい…なんつー力だ。こんな召喚はあいつ以来だな…」
眠そうにしていた男はガタンと椅子から立ち上がり、シグレを見ている。
その額には冷や汗のようなものが見え始めていた。
「くっ……」
俺は依然、魔方陣に手を置いたままだ。
どっちかっていうと手が離せないと言ったほうが正しい。
何か大きな力が迫っているのは分かるのだが、逃げる事が出来ない。
肌の感覚を通して、自分の汗が流れ落ちたのを感じた。掌のすぐ向こう側で大きな力がこちら側へ現れようとしている。
あとは、自分がどうするかでこの力の行方が決まる。
「掴め!!お前の力で、自分の半身をその手に収めろ!!」
男の声が聞こえた刹那、俺は手に力を籠めて何かを握った。
棒のようなものを握った感覚が手を通して自分の脳に伝わってくる。
更に力を籠めて抜こうとしたにも拘らず、ゆっくりとしか出てこない。
俺は三分の一くらい抜いた所で―――月を見た。いや、正確には月ではなかったのかもしれない。
漆黒の闇の中に浮かぶ満月の中からその刀はゆっくりと姿を現す。
やがて、切っ先まで抜けきったが闇は消えなかった。
「斬れって言ってるのか…?」
自分以外に今声を出した者はいなかった。
だが、聞こえたのだ。「闇夜に浮かぶ月を斬れ」という声が。
シグレは未だ手にしか感触がなく、その姿の片鱗しか見えない刀をじっと見詰めた。
刀はぼんわりと淡い黄色の光を出しながら今にも消えてしまいそうなくらいに弱く呼応している。
「……よし」
ギュッと刀の柄を握りなおすと、目の前に浮かぶ月に向かって走り出す。
勢いをつけて大きく振りかぶり、右斜め上から月を薙いだ。
斜めに真っ二つにされた月が音もなく静かに消え去ると同時に、部屋を覆っていた闇が一瞬にして消滅した。
シグレは改めて自分の右手にある刀を見る。
刃長八十cm・反り約三cmの刀身を漆黒に染め、その黒の中に輝く刀身と同様の形を持つ一回り小さな黄色の模様はまさに夜空に輝く月のようだった。
シグレはいつのまにか左手に持っていた漆黒の鞘に刀を納める。
端でその様子を見ていた男はコツコツとシグレの方に近づいてきた。
「お前の召喚の儀、確かに見届けた。その刀の潜在能力は計り知れないな…」
男はポケットからタバコを取り出すと口に銜え、パチンと指を鳴らす。
すると、何もないのにタバコの先が赤く光り煙が浮かぶ。
「お前のクラスは聖騎士組だ。しっかりやれよ」
タバコに引き続き、ポケットから少ししわくちゃになった紙を取り出すと指でなぞる様に何かを書いている。
「ほいっ」と言ってシグレにその紙が渡された。
その紙を見てみると、サインが書かれた後がある。これも魔法なのだろうか。
「そいつをもって、受付に行きな。そうすりゃ、正式にこの学園の生徒となった証を作ってくれるだろ」
こんなしわくちゃな紙受け取ってくれるのだろうか。そんな考えが脳裏を掠めたが、すぐに振り払った。
シグレは「ありがとうございました」と一言お礼を言って頭を下げる。
男は少し照れくさそうにそっぽを向いた。
「よせやい。これが俺の仕事だっての。責務なの。…そういや、お前。その刀の名前つけておいてやれよ」
「名前…ですか?」
「そうだ。その刀はお前が召喚の儀で呼び出した言わばお前の半身。大切にしてやれよ」
シグレは再び「ありがとうございます」と言って頭を下げる。今度は男も「おう。まぁ、がんばれや」と返してくれた。
あの人が教師ならまたそのうち会う事になるだろう。
そんな事を思いつつも、シグレは生徒指導室を後にした。
***
いくつかの曲がり角を曲がり、シグレは再び受付に戻ってきた。
ふと外を見るとサンが何やら不思議な舞を舞っていた。別に変ではないのだが、どこか神秘的な舞だ。
しばらく見ていると自分を見ている俺に気づいたのか、こちらへ駆け寄ってきた。
「で、どうだった?」
「単刀直入だな…。俺のクラスはだな…」
「ふむ。君のクラスは…」
「治癒騎士組だ」
「……似合わんな」
「…冗談だ」
「何だ、冗談か」
変な空気の会話が終わり、会話は通常に戻る。
「で、実際はどうだったのだ?」
「聖騎士組だった。それでこれが俺の相棒…になるのかな」
シグレが召喚した刀を前に出すと、サンが「おおっ!」と声をあげた。
その顔には驚きと嬉しさが混じった表情が表れていた。
「なら同じグループ。この学園…聖シュバルツ学園には上位騎士組の者が少ないから、上位騎士組で一つの纏まりとされているんだ」
どうやらこの学園は素質の段階を上下に分けているようだ。
教師らしき男に渡された紙にも、下の三つのクラスは上の三つよりも上位に位置していた。
実際、下位に位置する騎士組・魔法騎士組・治癒騎士組は数が多くそれぞれがいくつかのグループに分けられている。
それに比べて、下三つは合わせて一つのグループだ。どちらが稀少なのかは比べるまでもない事だろう。
「それで…頼みがあるんだが」
「何?」
「その刀を見せて欲しいんだが」
サンはそう言うと、シグレの左手にある漆黒の鞘をを指差す。
人とシンクロしうる武具といわれれば、誰もが興味を惹かれるのであろう。
ましてや稀少な上位騎士組の武具といえば、それだけで稀少であるという事だ。
サンも例外ではなく、自分と同じ上位騎士組の手にしている武具に興味があるのだ。
「ああ、別にいいよ。別に減るもんでもないし」
「すまないな。恩に着る」
そうして、シグレは左手にある鞘をサンに手渡す。
サンは丁寧に鞘を受け取ると、ゆっくりと鞘から刀を抜き切っ先を上に向ける。
今はまだ陽が落ちてなく、空は青い。
その青の中に煌く漆黒に浮かぶ黄色の月がさっき指導室で見た時よりも綺麗に見えた。
サンはただ唖然とし、自分の手によって支えられている刀の刀身を見つめている。
「素晴らしい業物だな…。思わず見とれてしまった」
ふぅ、と一つ感嘆の息を漏らすとゆっくり刀を鞘に納めてシグレに返した。
サンから返してもらった刀を手にすると、刀独特の重さをズシッと感じた。
「それにしても、召喚の儀ってあんなにもの凄いものだったんだな。窓が割れたり、部屋が真っ暗になったりで随分焦った」
「君の召喚の儀はそういうのだったんだな。私の時は、部屋中に赤とオレンジの光が広がって周りの物が溶け出していた」
「…そっちの方が危険そうだな」
「ああ、私もそう思う。だが、付き添いの者達には特に影響はなかったのだからやはり召喚とは神聖な物であると改めて思ったな」
どうやら召喚の儀の内容はそれぞれ違うらしい。それも考えてみれば当然の事であるらしい
召喚とは、その者の半身を呼び出す。つまり、自分の心の中を具現化させるようなものだから、心が冷たい者だと吹雪が吹いたり、熱い奴なら火山が噴火するかもしれないという。
心の中の様子なんて、形容詞がいくらあっても足りないだろう。
明るい、暗い、冷たい、熱い、温かい、大きい、小さい…など。
つまり、言ってみれば人の数と同じだけ召喚の儀の内容があるようなものだ。人の心の中身は全て形容詞の足し算なのだから。
「それじゃ、俺はこれ出してくるわ」
「ああ。待ってる」
そうして俺は受付へと小走りで走った。受付にはさっきと同じ人が座っている。
シグレは教師(決定事項)にもらった紙を渡す。
すると、受付の人はしばらくその紙をじーっと見詰めてから奥のほうに歩いていった。
しばらくすると、ゆっくりと歩いて戻ってきた。
そして、シグレに定期入れのようなものを差し出す。
「これがあなたの身分証明書となる学生騎士証です。もし紛失されるような事があれば、入学手続きを再度行ってもらう必要がありますので、決して紛失されないようお願いいたします」
「わ、分かりました」
「それでは―――」
声の高さからして女性だろう。
彼女は、一拍の間をあけると閉じていた目を開けてシグレのほうを見た。
「ようこそ。騎士の学び舎、聖シュバルツ学園へ」
俺が受け取ったのは歓迎の言葉だった。
その言葉を聞き終えたあと、サンが先程のように小走りで駆け寄ってくる。
「改めてよろしく頼む。さぁ、教室へ行こうか」
「えっ…。今授業やってるのか?」
「この学園は全寮制でな。夕方の五時まで授業がある。今の時間なら、授業中だが問題ないだろう」
「ちなみに…一日の授業開始時刻は?」
「朝八時からだが?」
「はち……」
とてつもなく長い授業時間である。
シグレが通っていたアメストリア学園は朝八時半から始まり一日の授業が終わる時間は昼の三時だ。
それだけで、かなりの差である。
「そうはいっても、一日の授業の半分以上が戦闘訓練などの主に外での授業だ。飽きる事はないだろう」
「…飽きる事はなくても、挫折しそう…」
「?…とりあえず、教室へ行こう」
サンに連れられ、ひたすら学園内を歩く。
入り口を入ってから何回角を曲がり、何回階段を上っただろう。
どれだけ広いんだ、と突っ込みを入れたいくらいだ。
途中で何回も授業をしているクラスを見かけたが、サンの足が止まる事はなかった。
「この学園、外からの大きさと中の広さが矛盾してないか?」
「ここは王都の学園だぞ?空間魔法を使ってこれぐらいにまで広くしなければ、全ての生徒が余裕を持って授業を受ける事が出来ない」
「つまり、それだけ生徒多いって事か…」
「下位組で約千五百人、上位組だけで約五十人。それだけの生徒が実習などを同時に行うから狭ければ何も出来ないんだ」
「というか、もの凄い比率だよな…。三十対一の割合だろ」
「それだけ、上位組が稀少ということだ…話しているうちに着いたぞ」
サンが足を止めたのは『上位騎士組』と達筆な文字で書かれた看板がかかっている教室の前だった。
他の教室の看板には『騎士組壱』や『魔法騎士組参』などの数字が刻まれていた。
上位組は一つだけなので、数字を入れる必要はない。
そして、数字が入っていない事によって他のクラスとは圧倒的に違う雰囲気を醸し出していた。
「それじゃ、入るぞ」
「あ、ああ。ちょっと緊張するな…」
その言葉にサンはクスリと微笑した。
「ふふ。大丈夫だ。ここの者達は皆、変わってるが気さくな者達ばかりだ。すぐに慣れる」
「ああ。上手くやるさ」
サンがガラガラと引き戸を引いていく。
先にサンが中に入り、俺はしばし廊下で待機する。
中では授業の真っ最中のようで、教師の声が教室の中を響き渡っていた。
「それぞれの心の属性因子は生まれた時より決まっていて、これによる相性は戦いにおいても重要な要素となりうる…覚えておけよ―――おっ、イシュタリアか」
教壇に立っていたのはシグレの召喚の儀に立ち会ったボサボサ髪の男だった。
上位騎士組を教えていたのか…。
「ただいま、もどりました。バーン先生」
「おう。で、ここに来たっつーことは連れてきたんだな」
「はい。今は外で待たせています」
「分かった。よーし、お前ら。今から転入生を紹介する。おい、入ってこいや」
呼ばれた。転入生は俺しかいないから呼ばれたのは俺に決まっている。
今更になってさらに心臓がバクバクしてきた。
こういうことは苦手なのだが、やるしかない、やるっきゃない。
とりあえず、右手と右足が同時に出ないように注意しながら中に入った。
案の定、中はヒソヒソ話で持ちきりである。
「お〜い。お前ら、少し静かにしろ。んじゃ、自己紹介ヨロシク」
「分かりました」
返事をし、一歩前に出る。みんなの視線が集中していて、泣きたいくらいだ…。
え〜と、普通に名乗るとサンの時の二の舞になるから…。
「シグレ=アマガサキです。クラスは聖騎士組。これからよろしくお願いします」
教室内にシ〜ンと静寂が訪れた。
誰も何も言ってくれないのは、騒がれるより辛い…。どうするか、何か言うべきか。
しかし、その静寂を破ったのは意外な人物だった。
大学のような教室の一番後ろ側の席で寝てた奴が、モソモソッと動き大きく伸びをしている。
誰も動いていなかったので、そいつの動きが嫌でも目に映る。
やがて、そいつはこっちを見るといきなり大声を上げてきやがった。
「あーーー!!さっきの!!」
「?」
いくら教室内といっても流石に後ろの席に座ってる奴の顔までは見えない。
俺が小首を傾げていると、そいつはいきなり大きくジャンプして何人かの頭の上を跳び越えて俺の目の前まで来た。
そこでようやく自分の目の前に来た奴がわかった。
「あっ!さっきの猫…」
「ね、猫って省略するな!!…ったく、アタシにはイグサ=ハーミレイって名前があるんだよ」
そう言って彼女、イグサ=ハーミレイは少しだけ頬を膨らませて怒りを表す。
そこへ今まで静観していた教師であるバーンとサンが割って入ってきた。
「何だ、お前ら知り合いか。じゃぁ、友人が出来ない心配はねえな」
「いつのまに知り合いになったんだ?」
「さっきサンが引っ張っていく前に話してたろ?あの時だよ」
「ああ。あの時は急いでたからな、よく見てなかった」
「そうですか…」
とりあえず、学園での友人第一号(?)ができたので安心だ。
仲間がいるかいないかで学園生活は変わる。それくらい仲間は大事なのだ。
ホッとしていると、チョイチョイと誰かが肩をつついてきた。
振り返ると、そこにいたのはバーンだった。
「俺はバーン=ゲートル。この上位組の担任だ。以後ヨロシク」
「あ、よろしくお願いします」
「んじゃ、今から放課後までの時間はアマガサキとの親睦を深める為の時間で。ってことで俺は帰る」
ガラガラガラ…ピシャッと音を立てて、扉が閉まると同時に少し静かになる。
静寂を再び破ったのはイグサだった。
「シグレは聖騎士組なんだってね。アタシは忍騎士組さ」
「忍騎士組か。どうりで身が軽いはずだ…」
「忍騎士組は身体能力の素早さに秀でてるからね。当然の事だね」
「シグレ」
「ん?」
イグサと話している時に、サンが呼びかけてきた。
サンは自分と少し離れてこちらを見ている。
「そろそろだ。注意、または逃走したほうがいいぞ」
「…?一体何の事なんだ?」
「まぁ、いずれ分かる」
訳が分からないまま、前を向くと今まで話していたイグサの姿はもうそこにはなかった。
探してみると、さっきまでイグサが寝ていた席に戻ってこちらに手を振っている。
よくよく見ると、なにか言っているようだ。
「『ガ・ン・バ・レ・ヨ』…。何がだ?」
何が何だか分からなくなってきて、サンに尋ねようと再び視線を戻すと…
周りにはこの教室の生徒の殆どがいた。
いつのまに囲まれたかも分からずに、シグレはかなり焦った。
「え、ちょっと…?」
これは所謂あれですか。新入生が調子に乗らないように全員で締めるという…。
俺は死を覚悟した。その次の瞬間、俺の鼓膜は破れそうになった。
壮絶な質問攻めが始まったのだ。
「なぁなぁ、どこからきたんだ!?」
「顔は良いよね?歳はいくつなの?」
「聖騎士組って言ってたよな!心の属性因子は何なんだ?」
「もしかして、さっきのもの凄い音ってキミなの?召喚の儀でそこまでになるなんて凄いよね!」
「お前の召喚した武具ってどんなのだ?見せてくれよ!」
この瞬間、俺は思い出し悟った。
サンは「皆変わってはいるが、気さくだ」と。
そして、このクラスにいるかぎり友人ができない事はないという事を。
俺の転入初日は壮絶な質問攻めによって幕を下ろしたのだった。
どうも、秋月です。
今回の話より、小説の書き方を今までの分を含め少しばかり修正しました。
対話の部分は行を空けずにしたほうが見やすいのではと思ったからです。
自分は見やすくなったのではないか、と思いますがあくまでも自分の観点からですので、逆に読み辛くなったという人はスミマセン。
これからも頑張って書いていこうと思っていますのでよろしくお願いします。