第4項:猫の少女と騎士の学び舎
キューレの元から王都へ向けて出発してからおおよそ二時間が経った。
シグレとサンはキューレから貰ったペンダントを首から掛け、それを見ながら歩いていた。
時折、サンはペンダントの先についている小さな水晶玉を摘んだり、目を瞑りながらギュッと握ったりしていた。
そのうちどこかにぶつかりそうな感じだ。
「ふんっ!…ぬぅ、ふんぬっ!」
「…何やってるんだ?」
「見て分からないか?意思を疎通させようとしているのだ」
サンが目を瞑りながら水晶球を握り締め、邪魔するなと言わんばかりの大きめな声で返事を返してきた。
しかし、見て分かるもんじゃないだろ。意思の疎通とかさ。
「別にいいけどさ、ちゃんと目開けて歩かないとどこかにぶつ―――」
ゴンッ!
「遅かったか…」
自分より少し後ろを歩いていたサンを見ると手から水晶は離れていて、代わりに手が抑えていたのはおでこであった。
押さえている部分は手に隠れてよく見えないが、結構赤くなっている。
「痛い…」
少し涙目になりながらも歩くペースは衰えない。
やっぱり何か武術をやっているのだろうか。
「言わんこっちゃないな。それに、意思の疎通とかは王都についてから試せばいいんじゃないのか?」
「王都についたら忙しくなるからな。暇の状態である今のうちに試しておくべきだと思ったのだが…、またぶつかりたくはない」
未だ、サンがどんな人物なのか分からない。
剣を持っているところを見ると戦う事はできるのであろう。
しかしながら変な所でドジなのも事実のような気がする。
「サンは何か武術とかやっているのか?」
「うん?どうしたのだ、急に」
一旦歩くのを止め、振り返るとキョトンとした顔がそこにある。
小動物のような目がシグレを真っ直ぐに覗き込んでいる。
「いやさ、サンって剣持ってるだろ?だったら、何かやってるんじゃないかなぁって」
使わないのに持ってる奴っていったら商人かそこらかもしれない。
民間人の中でも護身用に剣を持ってる者も居ると思うが、あれだけの大きさの剣だと使うのは大抵男だと思えるし、女の場合は短刀かレイピアあたりを使うんじゃないだろうか。
サンはその言葉を聞き、少し偉そうにした。
「聞いて驚くな。私は聖騎士なのだ!」
「聖騎士………ぶっ!ククク…アッハハハハハハ!」
サンが「何がおかしいのだ!」と抗議の声をシグレに向かってあげている。
その顔はリンゴの様に真っ赤で、彼女自身何故笑われているか分かってはいない。
「ククッ…サン…お前小説の読み過ぎだって!夢に持つのはいいが、人前でそんな事言うのはどうかと思うぞ?」
「ゆ、夢なんかじゃない!この剣は学園に入る時に学園側がそれぞれにあった物を召喚してくれるのだ!」
「分かった分かった。それより、あれがサンの国じゃないのか」
シグレはサンの言葉を冗談半分に聞き流して、向こう側の大きな門を指差す。
シグレのその反応に、サンは思い切り抗議の声をあげていた。
「だから、本当なんだってええええ!!」
***
シグレ達が王都の門を潜り抜けた時、太陽はまだその身を隠すには早い場所にあった。
サンは夕方には着くと言っていたが、実質かなり早く着いてしまったようだ。
「シグレはしばらく市でも見ていてくれ。私はちょっとしなければならない事がある。あ、それとくれぐれも市から出るんじゃないぞ!」
そう言って、サンは駆けて行ってしまった。
市から出るな、と言われてもどこからどこまでが市なのか分かるはずもないので、とりあえず適当にぶらつく事にした。
「やっぱ、元の世界とは結構違うところあるよな…」
一番の違いといえば言うまでもなく、獣人の存在であろう。
辺りを見渡せば耳やら尻尾、挙句には翼までついている者もいる。
他に違いがあるとすれば、パイナップルと思える物がリンゴと表記されていたり鉱石や武具が店に並んでいたりなど…。
まさにゲームのようなファンタジーな世界である。
「さて、これからどうするかな…」
これからの行動を考えようとしたその時、大きな声が後ろのほうから聞こえた。
振り返ってみると、三人の男に一人の獣人の女の子が絡まれている。
絡んでいる側の三人は人間、つまり獣の耳や尻尾はついていない。
絡まれている側の女の子は獣人、猫の耳と尻尾がついている。
髪の毛が赤いからアカトラの猫の獣人だろうか。
(そういえば、ウチによく来てた猫もアカトラだったよな…)
少し元の世界の事を思い出すが、今はそれどころではない。
今の俺は、元の世界の基礎の能力に大きなプラスが施されているようだ。
これも月の使者って奴の力なのだろうか。
ともかく、ある力を使わないに越した事はない。
良い事に使ってこそ意義があるのが力なのだ。
「離せって!!あんた達みたいなチンピラにあたしは勿体無いんだよ!」
「いいから来いっつってんだろ!可愛がってやるからよ!!」
「…」
物凄くありきたりなシーンだな、とか思ってしまった。
そういや、元の世界の友達に「獣耳もえ〜」とか言ってた奴がいたっけな。
そいつがこの世界にきたら、鼻血出してカメラとか激写しそうだ。
おっと、思考がずれた。
「いい加減にしろってば!!あたしがどこの学園に通ってるか教えてやろうか!?あたしは、あの聖シュバルツ―――」
「ちっ!こいつ黙らせろ!」
「うっす!」
リーダー格の男が命令すると、知能指数が低そうな男が大きく平手打ちの構えをする。
腕を掴まれている猫の少女は叩かれると察知し、目を瞑り覚悟した。
「……?」
しかし、いつまでたっても頬を叩かれた時の鋭い痛みは感じなかった。
恐る恐る瞑っていた目を開けてみると、何と自分の腕を掴んでいる男のもう片方の腕が振り上げられたまま掴まれているではないか。
彼女は驚愕し、唖然としていた。
「おい、てめぇ!邪魔するつもりか!?」
「邪魔っつーかなんていうか…まぁ、とりあえずもう止めとけよ」
「ざけんじゃねえ!!」
長身の男が思い切り殴りかかってきた。
このままだと、顔面クリーンヒットはまず間違いない。
「危ないっ!!」
一瞬、声がした方に視線を向ける。
そこには既に解放されこちらを見ている猫の少女がいた。
なら、話は早い。あとは、倒すだけだ。
「死にやがれっ―――て、あれ?」
殴りかかってきた男の拳は空を切った。
シグレは拳を大きくしゃがんで避けていた。
左足を軸にし、右足で脚払いをかけると長身の男は背中から石畳にダンと倒れた。
受身すら取れなかったらしく、大きく咳き込んでいた。
「な〜にすんだ〜」
ノンビリとした口調で、太った知能指数が低そうな男が走ってきている。
腹の肉は大きく波打ち、ゼイゼイと息を切らしながら走ってきている。
シグレは難なく脚払いをかけてすっ転ばせると太った男は前のめりに倒れた。
残るはリーダー格の男一人だけだ。
「凄い…」
感嘆の言葉を零したのは、シグレに助けられた猫耳少女だ。
ただただ、彼の素早い動きに見とれている。
更に、この喧嘩(仮)はかなりの野次馬が集まっている。
今では、野次馬の壁が出来て一つの円形のフィールドが出来ているくらいだ。
辺りから色んな野次もとんでいる。
「さて、どうする?まだやるか?」
「ぐっ…」
リーダー格の男は言葉が詰まると、いきなり走り出した。
そう、男は他の二人を見捨てて逃げ出したのだ。
最も最悪な行為。シグレの頭にはその言葉が浮かんだ。
「ふざけ―――」
「ふざけんじゃない!!」
シグレの言葉は誰かによって遮られた。
そして、スタスタとこちらの方に歩いてくるのはさっきの少女だ。
逃げ出そうとした男は野次馬に邪魔されて、立ち往生していた。
「ホントにふざけんじゃないよ。三対一で勝負仕掛けて、挙句の果てに一人になったら仲間見捨てて逃げる?最低じゃん」
猫のような鋭い目が男をジッと見る。
男は怖気づいたのか、少し後ずさりすると腰からナイフを取り出した。
「女相手に刃物使う気か!」
「うっせー!てめえら二人ともぶっ殺してやる!」
男は既にヤケクソになっている。
そっちの方が余計に厄介だ。考えもせず振り回してくるから、やりづらい。
ヤケになった男はナイフを振り回しながら、少女のほうへ向かう。
「死にやがれえええええ!」
マズイ。
そう判断したシグレは大きく叫んだ。
「逃げろ!!!!」
しかし、彼女は走り出そうともせずに膝を思い切り曲げていた。
男のナイフが彼女に触れるか触れないかのところで膝のバネを大きく使って…
彼女は跳躍した。
普通の人にはありえない跳躍力だ。
そのまま、空中で一回転すると同時に手裏剣を二、三発放っていた。
かなり遅めのスピードで投げていたが、男はキョロキョロと少女を探していたので十分間に合うだろう。
手裏剣が相手に届く前に、少女はスタッと着地した。
ようやく男は少女を見つけた。
「調子に乗ってんじゃねえぞ!!」
男が再び、少女に向かって走り出そうとした瞬間に手裏剣が男の足元にカカカッと刺さる。
次の瞬間に、ボンという音が爆炎と共に立ち上った。
爆発の風が周りに大きく広がる。
「手裏剣の先に火薬仕込んどいたんだよ。本当ならもっと多くの火薬仕込んでるんだ。感謝して欲しいね」
黒焦げになった男はその場にバタリと倒れ、その後警備兵に連れて行かれた。
野次馬達は満足した顔つきで散っていったが、シグレのほうに先程の少女が駆け寄ってきた。
「さっきはありがとうな。アンタのお陰で助かったよ」
大きな目がこちらを見つめてくる。
全体的に男らしい少女だった。
「いや、いいさ。それよりさっきの―――」
「シグレ!ようやく見つけたぞ!!」
後ろからの声に振り返ってみると、少し息を切らしたサンがそこにいた。
どうやら、探し回ってくれていたようだ。少し悪い事をしたな。
「ほら、急ぐぞ!転入のための手続きは午後三時までだ。あと十分しかないんだぞ!」
サンはシグレの腕を掴むと、引っ張りつつ走り出した。
シグレは後ろを向き、先程の少女に別れだけを言ってサンに引っ張られながら走り出した。
一人残された少女は口元を少し吊り上げニヤリと微笑した。
「転入…ねぇ。フフ、楽しくなりそうだ」
ボソッと呟くと踵を返して歩いていった。
時刻は二時五十三分。三時まではあと七分だった。
***
時刻は二時五十七分。シグレ達は未だに走っていた。
今の場所は、ある学園の校門を過ぎた所。
サン曰く、あともう少しだそうだ。
ここに来てサンが更にスピードを上げる。
そのお陰で受付前で止まるにはかなりの距離が必要になり、ブレーキをかけるもキキキキキッと音がしたまま滑っていってそのまま壁に激突。
俺達は軽傷を負った。
「ほら。これを渡せば正式な手続きが完了する」
サンに受け取った書類は厚さ十cmを越す分厚さだった。
ズシッとした書類を受付係の人に渡すと、受付の人はこちらを向き一枚の紙を渡してきた。
「何、これ」
「適性検査の検査場所の案内用紙だ。この場所で検査が行われるから行ってこい」
「適性…?それって、どういう?」
「向こうで説明があるから、聞けばいい。一緒のクラスになれるといいな」
そう言って、サンはシグレの背中をドンと押した。
その勢いで扉にぶつかったが、扉がぶつかりの衝撃で開いたので空ける手間は省けた、手間は。
「…ここか」
シグレは生徒指導室と看板の貼られた部屋の前に立っていた。
何もしていないとはいえ、生徒指導室に入るのはやはり少しイヤだ。
しかし、つっ立ていてもどうしようもないのでコンコンとノックをする。
中から「入れ」と低い声がした。どうしようもなく恐いが、静かに入る。
「失礼しま〜す」
中に入ると、ボサボサのオレンジ色の髪をした男性が眠たそうに座っていた。
おそらくここの教師だろう。
「お前が転入生だな?んじゃ、適性検査始めっぞ〜」
「あの、適性検査って何するんですか」とオドオドしながら質問をする。
「ああ、今から説明すっからよ〜く聞いとけよ」
教師らしき男性がブツブツと何かを呟いた後、シグレの目の前に白の大きな魔法陣が現れた。
これが、サンの言っていた召喚である。
「この学園にはだな、分類上六つのクラスがあるんだ。口で説明するのめんどいから紙渡すんで見てくれや」
そうして、シグレに紙が渡された。
クラスの説明が箇条書きで書かれている。
・騎士組
主に接近戦で戦う。身体能力のバランスが良い者のクラス。
・魔法騎士組
主に遠距離からの攻撃魔法で戦う。魔法力が高い者のクラス。
・治癒騎士組
主に支援系の魔法や特技を操る。治癒の才能ある者のクラス。
・聖騎士組
接近戦+魔法が使え、身体能力が騎士組より高い者のクラス。
・賢者騎士組
魔法と治癒の力が両方使え、かつ両方の力が魔法騎士組や治癒騎士組より高い者のクラス。
・忍騎士組
騎士組より身体能力が高く、器用さや素早さがずば抜けている者のクラス。
※注意書き
・聖騎士組以下三組は数が少ないため合同授業である。
・どのクラスになろうと、学園内の地位は変わらない。
・クラスの補足は、あくまで今までの結果から判断している。
・実質、召喚された自分に一番合う武器によってクラスが決まる為、クラスは本人の生まれ持つ特性によって変わるのであしからず。
「…長い」
「グダグダ言うな。読んだらサッサと手を魔方陣におけ」
眠そうにしている教師はシグレの手から紙を奪い取ると、椅子に座り込んだ。
というか、今考えればサンは聖騎士組だから一緒のクラスになるって難しいじゃん。
ただでさえ、数が少ないって記入されてるのに。
「ええい。なるようになれ、だ!」
そうしてシグレは魔方陣に手をおいた。