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君と創る歴史  作者: 秋月
第4章~星詩~
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第46項:カノン

―――明けの明星が見えるかという時刻。

かつては星とさえ謳われた金色に煌めく髪は見る影もなく、薄汚れたものになり果てていた。

白く透き通ったような肌は幾つもの切り傷に覆われ涙の如く血を滴り落とす。

既に服と呼べるものではない服はかろうじて原型を留めており、少女は上から全てを覆いつくすように外套を羽織りなおす。

思った以上に、奴は私を逃したくないらしい。



レスティアへの出奔を決めたあの日、私はすぐさま行動に移る為の準備を始めた。

奴の行動を見極め、信頼できる家臣に助力を求め、道中に備えての装備を整えた。

転送魔法を使用すればその瞬間、奴に気づかれてしまう恐れがあった為に敢えて徒歩を選んだ。

何度も城からの脱出を想像し、成功の形を作り上げていく。

そして数日後。

月が出ない日を見計らって私は家臣の協力の許、ゼルガドの城を抜け出した。

ここまでは想定通りだった。

しかし―――


「レスティアまで後ようやく半分といったところ、ですか。………厳しいですね」


予想していたものよりずっと早く、奴は私の不在に気付いた。

その証拠に私が抜け出して僅か二日という短時間で追手が私に追いついて来たのだ。

おそらく私に加担してくれた忠臣ももう……。


ギュッと唇を噛み締め、腰に携えたレイピアに左手を、母の形見である不思議な色をしたイヤリングに右手を添える。

ほんの少しだけ、力が戻ったような錯覚に襲われるが嫌な気分ではない。

茂みに潜ませていた身体を闇の中で踊る様に飛び出し、再び駆け出した。


「一刻も早く、レスティアへ…月の使者様のところへ…!」


少女の孤独な戦いは、まだ続く。



   ***




一閃。

空気を裂く鋭い音と当時に額から汗が弾け飛ぶ。

時の頃は朝日が顔を出した位の程。

一人黙々と月の名を冠する刀を振るう。

いや、正確にいえば一人ではなく二人(・・)ではあるが。


『…夜が明けました。そろそろ終わりにしなければ一日に差し支えますマスター』


どこからともなく澄んだ声が聞こえてくると同時に背後に気配を感じた。

一息ついて刀を鞘に納め、振り返ればそこにいるのは自分と同じ年の頃に思える少女だ。

空の色にも雪の色にもとれる水色がかった白の長髪、さりげなく髪を装飾する二つに雪結晶の髪飾り。

そして青と白のノースリーブのチャイナ服と左耳につけられた三日月形のイヤリングは彼女を彩るだけのものでしかない。

エメラルドの様な緑色の瞳は大枚を叩いても決して得られるものではないだろう。

彼女はヴァルナ―――黒髪を揺らし刀を振り続けていたシグレ=オーフェニア=ベルナークの守護精霊である。


ヴァルナはシグレに歩み寄り、手にしていた何処から持って来たのかもわからないタオルをそっと差し出す。

タオルの出所に若干の疑問を抱いたがシグレは厚意に甘えてタオルを手に取り汗を拭い取った。

一通り拭い終えた所でシグレはヴァルナへと目を向ける。


「最初から見ていたんだろう? 今日のアレ(・・)は少し手応えがあったんだがどう思う?」

『はい、今までよりは格段に良くなっているとヴァルナは思います。精製は申し分なし、強度や魔力通りも少しずつ向上しています』

「そっか」


精霊のお墨付きの言葉に満足する。

たとえ僅かにしか進んでいなくとも、進んでいるのならば問題はない。

軽くクールダウンした後にヴァルナに一声かけてから寮に戻りシャワーを浴びる。

その後、部屋で刀の手入れなどをしているとあっと今に時間は過ぎてゆき、気付けば学生たちが活動し始める時間となっていた。

本来ならばシグレも学園へ行かねばならない時間なのだが、騎士選抜試験を見事合格したシグレたちは騎士の位を授与されるまでの間は休暇とされている。

そのためこの時間からは周りに騒がれることもなく比較的穏やかなのだ。


身嗜みを整えて部屋の扉をあけると目の前の壁に手持無沙汰らしいウェイバーが寄りかかっていた。

シグレを視認するとだるそうに壁から背を離して肩を並べる。

向かう先は寮の外だ。


「どうした、こんな朝から」


聞くとウェイバーは重い溜息をハァと一つ。


「サンは用事、カノンは……ば、バイト、カディウスは帰宅、アニーも出かけてるしイグサもいやがらねぇ…」

「つまり暇だから俺のところに来たってことか?」

「そりゃな、俺だって朝っぱらから男二人で肩並べてトボトボ歩きたくねえよ。けどよ、誰もいねえしすることもねえし…」


再び大きな溜息を一つ。


「嫌々ならわざわざ来てもらわなくても俺としては結構なんだが。お前と違って俺はやる事があるんでね」


此方としてもやりたい事はあるわけで、べったりと張りつかれて暇つぶしに付き合うのも御免だ。

ウェイバーはといえば「お前にやる事なんてあるのか」とでも言いたそうな失礼な顔をしている。


「何か言いたそうだな」

「いや、だってお前……ここはあれだろ。『仕方ないな…暇人同士、どっかに遊びにでも行くか』的な展開になるはずだろっ!?」

「知らん」


騒々しくウェイバーが文句や愚痴を吐きだしながらも寮の外へと出る。

そこでシグレとウェイバーは一端足を止めた。

視線の先には貴族らしい整った身なりをした一人の老いた男性がキョロキョロと辺りを見ている。

容姿からいって不審者とは思えないが困っている様子ではあるし一応声を掛けておいた方がいいだろう。

隣のウェイバーに目をやれば、任せたと言わんばかりにめんどくさそうに首を振っていた。


茶の高価そうな素材でできたスーツと帽子に老眼鏡、老人によく見られる白髪に杖と典型的な貴族の御老体と言った感じだ。

ウェイバーを引き連れて近づいていくと老人の方も気付いたらしく、シグレたちの方へと向き直った。


「何かをお探しでしょうか?」


丁寧に声をかけると、老人はシグレたちを一瞥し表情を緩めた。


「これはこれは…御親切にどうも。実は人を探しておりましてな」


意外にも予想に反して老人の声はしっかりとしていた。

よくよく見れば身体はあまり衰えてはおらずがっしりとした感じだった。


「人、ですか。失礼ですが、お探しの人物のお名前は…?」

「この学園の聖騎士組(パラディンクラス)というものに所属している、カノン=ウィアルドという子なのですが…」

「カノン? 爺さん、カノンの知り合いなのか?」

「おい」


ウェイバーの言葉遣いに肘で注意しながらも目の前の老人に見据える。


「お二方は…あの子の、カノンのお友達か何かですかな?」




   ***




「そうですか…シグレ殿とウェイバー殿はカノンの同期の方でしたか。いつもカノンがお世話になっております」

「いえ、こちらこそいつも彼女には助けられています」


立ち話というのもなんだったので、寮にある応接室へと移動した。

目の前で頭を下げている老人はカノンの保護者であるセネット=ウィアルド氏だ。

騎士選抜に通ったというカノンの手紙を見て居ても立ってもいられずに学園にまで来たらしい。

もっともカノンが出かけていると聞いて残念そうな顔を浮かべていた。


「ウェイバー殿はカノンと共に戦ってくれたのですな。本当に、ありがとうございます」

「べ、別に礼を言われるような事はしてね…してません」

「いいのです。私が言いたいだけなのですから」


セネットは微笑を浮かべながら湯呑に入った茶を啜る。

その丁寧な一挙手一投足から相当な位の貴族である事が伺える。

半分くらいまでに減った湯呑を置き、ホゥと息をついた。


「このような素晴らしい仲間を持って……私の長年の心配事も杞憂に終わってようで良かったです」

「心配事…ですか?」

「ああ、そうですね。カノンのお仲間ならば、話しておいた方がいいのかもしれませんね」


些か思案顔になるセネット氏だったがそれもすぐに元に戻った。


「あの子は…カノンは、私の実の娘ではありません」

「っ!」

「って…おいおい、いきなりそれってどういうことなんだよっ」

「―――あれはやけに雨の匂いがきつかった十二年前の曇天の日でした」



・・・・

・・・

・・


当時、私は王より地方に点在する多くの部族への使者の任を任せられ、各地を転々としながら逐一王へと報告を行っていました。

ところがある時から怪奇じみた事が起こるようになりました。

尋ねる村の尽くが異常な形で滅んでいたのです。

ある村は一面焼け野原になり、またある村では村は全て消え代わりに大きな穴がぽっかりとあいていたり。

共通して言える事はどの村にも人っ子一人見当たらなかった事です。

このことを王に報告すると、王は大層お心を痛められ、私に更なる調査を命じました。


その道程で私はある部族の集落へと立ち寄ることに決めました。

国の騎士たちも認める腕前を持つ者が集う、武に誇りを持つ部族でした。

―――しかし、訪れてみればそこは無残な光景と化していました。

大地は抉り取られ、家は一つ残らず燃え尽き、形あるものは皆破壊されつくされていました。

他の村と同様、その集落でも人は見当たりませんでした。

そんな時、狂気の光景に呑み込まれていた私の後ろの茂みの方でパキンと何かが砕けるような音がし思わず飛退いてしまいました。

私は驚きと恐怖に襲われながらも恐る恐る近づいて覗きこんでみると、風の魔力で造られた無数の破片と小さな女の子が倒れていました。

おそらく誰かが風の魔力で造った結界で少女を空気と同化させ隠したのだと、私は判断しその少女を家へと連れ帰りました。


元々私と妻は子宝に恵まれなかった為、カノンと名乗るその少女を私たちは喜んで引き取りました。

カノンには血筋のお陰もあってか武の才能がありました。

私も各地を回る仕事柄上、双剣の心得がありまして、カノンに手ほどきをしたところあっという間に抜かされてしまいましたよ…ははは。

しかしカノンは、カノンの顔に笑顔が戻る事はなく、また私たちを親と呼んでくれることもありませんでした。

私たち夫婦は何度も相談した結果、聖シュバルツ学園へ入学させることを決めました。

そしてカノンは貴方達に出会いました。



・・・・

・・・

・・


一端区切りを入れるように、再び湯呑を口へと運ぶ。


「カノンに笑顔が戻れば…と思ったのですが、どうやら正しかったようでなによりです」


部屋の中なので外していた帽子を手に取り、セネットは立ちあがった。

シグレとウェイバーもそれに倣う。


「あの子は未だ私たちを親とは呼んではくれません。けれども、私たちにとってはあの子は我が子も同然です。どうか、カノンの事をよろしくお願いします」


セネットは一礼に頷くと、セネットは満足したように顔を綻ばせて寮から去って行った。

残されたシグレとウェイバーは互いの顔を見合わせた。


「カノンにはセネットさんが来ていたって事だけ伝えようと思うが、それでいいか?」

「ああ。流石の俺でも空気くらいはちゃんと読むさ…あんな内容ならなおさら、な」


そうして二人は寮の応接室を後にした。








世界は動きだす、定まらない未来に向けて。

月は、太陽は、星は廻る、世界を覆う黒を払う為に。

暗雲は蔓延る、己が為に。

世界の行方は如何様なものか、それを知るのは世界のみ。

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