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君と創る歴史  作者: 秋月
第3章~王国騎士選抜試験~
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第44項:躍進

ゆっくりと開ききった扉の向こう側にあったのは、洋風と言ってもいいこの家には不釣り合いな小さな和室。

六畳ほどの広さのその部屋は物置と称されるには些か綺麗に片付きすぎていて一般的な客室のようにも見える。

しかし、部屋に一歩踏み入れた瞬間、奇妙な違和感が時雨を襲った。


(何だ……ここは)


まるでこの場所だけ、ぽっかりと世界から切り離されたような異質な孤独感が漂う空間。

先程まで地に降り注いでいたであろう雨の音も全く聞こえないという異様な一角。

何の変哲もないただの和室であるはずなのに、そこは世界の理から逸しているようにさえ思えた。

そんな中、時雨の意識はある場所へと惹きつけられていた。


「…………………………、」


和室の最奥、意匠を凝らされた豪華な造りの(とこ)

左右対称両端にススキが飾られ、壁には夜天に煌めく月を描いた一幅の掛け軸が掛けられている。

その中央に位置するのは、まるでじっと(・・・・・・)己の主の来訪(・・・・・・)を待つ侍のように(・・・・・・・・)佇む一振りの刀(・・・・・・・)

凛とした雰囲気を醸し出す刀はこの静かな空間の中、異色の匂いを漂わせていた。


いつの間にか、時雨は刀が創り出す雰囲気に呑み込まれていた。

無意識な自分の中で使命感染みたものがどんどん膨らんでゆく。

手にしなければ、取り戻さなければ……、と一歩また一歩と刀へと近づく。

やがて腕を伸ばせば掴む事が出来るであろう距離まで辿り着きゆっくりと、ゆっくりと手を伸ばしその手に刀を納めようとした時、


(っ……取らなければいけない。そう思っているのに、どうして…… )


シグレの手がピタリと止まる。


(どうして取りたくないと思っているんだ……)


何だこの相反した二つの気持ちは、一体何なんだこれは。

さっきまでは取らなければと思っていたじゃないか、なのに何故。

考えれば考えるほどにただでさえ複雑怪奇な二つの思いが更に絡み合っていく。

どちらが本物なのだろうか…取るべきなのか、取らないべきなのか。

固まったまま頭の中をフル回転させるもどんどん思考の深みに嵌ってしまい抜け出すことが困難になってゆく。

手掛かりも見当たらず答えも出ない終わりなき葛藤。

気持ちが纏まらず動くこともままならない状態、音がなく誰もいるはずのない空間で静かな声が響いたのはその時だった。


「キミは、一体何を迷っている? 何を求めているんだ?」

「…っ!」


突然現れた人の気配と声に入口へと顔を向けると、扉の前にいたのは顔を強張らせたサン。

しかし、そこにいつも見せてくれていた笑顔はなく、辛そうな寂しそうな複雑な表情を浮かべている。

その瞳に普段の太陽の様な輝きはなく薄ぼんやりとした陰りを帯びている。


「―――もう一度聞こう。キミは、一体何を望んでいる? 心の奥底で、何を願っている?」

「…………サ、ン…?」

「…………………………………っ、」


より一層瞳の陰りを深くするサン。

思わず駆け寄りたくなる衝動に駆られるが何とか思い留まる。

何故今この時にこの場所にサンがいる?

今日は確か藺草たちと一緒に出かけていたはずじゃ……。


「何故すぐに答えてくれない? 自分が望でいるのはここだ、と。この世界さえあれば他には何もいらない、と」


時雨にはサンの言っている事が理解できない。

否、理解はできる。

無意識のうちにサンの言葉を理解したいという気持ちと理解したくないという気持ちが時雨の思考に歯止めをかける。


「この世界にはキミの望んだ全てのものが存在する。大切な人が傍にいて、争いもない…非の打ちどころがない究極至高の理想世界。それなのに――――」


微動だにしない時雨をサンは一瞥するとスッと目を伏せる。

一拍空けた後に、少しばかり躊躇った様子だったが意を決するように口を開く。


「――――キミは、この世界を、良しとは思わないのか」

「…分からない。サン、お前の言っている事が…分からない」

「それはそうだろう。決してキミに分かりはしないように|この世界は創られている《・・・・・・・・・・・》」


サンはぎゅっと手を握り締める。

よく見なければわからない程小さく、唇を噛み締める。


「この世界は心の深層の無意識による想いにより展開し、進んでいく。望む事は必然と共に起き、望まぬ事は絶対と共に起こり得ない」

「それは……今俺たちがいるこの世界は偽りのもの、って言っているのか」

「私はそれを肯定することも否定することもできない。答えは、示し合わせるべくもなくキミの中にあるはずだ」


目を伏せたままサンは時雨の隣にまで歩み寄る。

飾られた刀を視界の端で捉えつつ時雨に向き直り、


「本来ならば、私がこんなことを話すことは有り得なかった。同様に|この部屋の扉も開くはずがなかった《・・・・・・・・・・・・・・・・》」


混乱と戸惑いに捕われる頭を必死の思いでフル回転させて考える。

この世界では心から願った事しか起こらない。

本来ならばサンが家に戻りこの部屋で俺にこんな事を打ち明ける事も、それ以前にこの部屋の扉が開けられる事もなかったとサンは言う。

つまり誰かが望まない限り…今この瞬間、この状況事態が起こるはずがない世界の展開なのだ。

誰かが望まなければ、この世界は今までと何ら変わらなかった。

変わらない日々を拒絶し新しい展開を望むのならば、そこには望んだ者が必ず関わってくるはずだ。

変わることを望み、そして変わったということは、その変化の中に望んだ者はいる。

創られたという世界、望まれることによって変わったもの、そしてその変化の中にいる者。

そこから導き出されるのは…、


「………この、世界は、俺を中心として成り立っているっていうのか」


今この変化の中にいるのは俺とサンの二人のみ。

サンは先に自分が変化したものの一部だと自分で明かした。

それはつまり、尼崎時雨という存在が変化を望んだ者と言う事になる。

俺を核とし、全てが自分の為だけに創り上げられ、全てが自分の望みの為だけに進む道を変えるゲームのような世界。

それはまさに楽園、人々にとっての桃源郷に違いない。


「ははっ……はははは…」


自らを嘲るような笑みが口から零れてしまう。

創りだされた幸せとも気付かないで、ただ変わらない日常の心地よさに身を任せて。

何と愚かなことだろう……そんな世界が存在するはずもないというのに。

そんな都合のいい世界が、現実にあるわけがないというのに。

何かを忘れているような気さえもしていたというのに。

毎日が楽しくて、誰一人欠けていなくて、大切なもの全てが揃っている世界を前に、俺は現実から逃げてしまっていたんだ。


口元を手で覆うように抑えてもその笑みは止まらない。

途端に頭の中の全てが靄にかかったような感覚に襲われる。

今までの生活全てが、誘惑に溢れた世界での思い出が陽炎のようにゆらゆらと揺らめき、その陰に何かが見える。


「馬鹿か俺は……ありもしない夢に縋りついて、挙句の果てには本当に大事な何かを忘れるなんて」


指の爪が肉に食い込み血が出るくらいに拳を固く握りしめる。

次々と浮かび上がってくる現実での記憶とこの世界での記憶が交差し、後悔と自己嫌悪の気持を噛み締める。

馬鹿か俺は……、と再び時雨が呟いた瞬間、時雨の顔を覆う手にサンの温かく柔らかな手が触れた。

現ではなく夢でのものとはとても思えない温かな手はとても心地よかった。


「キミは、馬鹿でも愚かでもないよ。人は誰しも欲望には逆らえない。全ての人はいつも心の中の理想の世界を夢見ている。愚か者とは、目先の幻想ばかりに目を奪われ溺れ、本質である現実に向き合わないものを言うんだ。しかし、キミは夢見ながらも無意識に気付いていたじゃないか。何かおかしい、何かを忘れているのでは、この世界は違う、と。だからこそキミはこの部屋に入る事が出来た。だからこそ、私はキミにこうやって話す事が出来た」


時雨の手を取りゆっくりと顔から引き離す。

サンは一歩前へと踏み出し背中に腕を回して抱きしめる形をとる。

ふわりと優しい香りが漂い不思議な感覚が沸き上がる。


「これも、俺が馬鹿みたいに望んだ事、なのか?」


サンは何も言わずにスッと離れて、


「さぁ、どうだろうな。キミの望みかもしれないし、そうではないかもしれない。例えキミの望みだったとしても、私は私の気持ちに従っているだからな」


悪戯をした子供のように小さく笑った。

その笑みには辛いとか寂しいといった気持ちはなく、純粋な優しい笑みだった。


「さあ、その刀を取るんだ時雨。そうすれば夢幻の世界は終焉を迎え、キミは在るべき場所へと戻るだろう」

「もし俺がこの刀を取ったら……この世界はどうなるんだ?」

「それは刀を手に取れば分かることだ。心配しなくとも、刀を取っても暫くは私はキミの傍にいるさ」


時雨の後ろに回り込み、文字通り刀へと後押しする。

さっきまでの後悔の念はどこへ行ったのやら、苦笑いをしつつもサンの言葉を信じて時雨は再び刀を見据える。

相も変わらず静かに佇む、意味ある刀の雰囲気に圧倒されそうになるがサンの後押しは身体だけではなく心も優しく押してくれているようだ。

臆することなく、真っ直ぐに手を伸ばして黒の刀をその手に掴んだその瞬間。


ピシッピシッ、と世界に幾つもの罅が入りパラパラとガラスが割れて散る様に崩れてゆく。

一瞬その光景に動揺してしまったが、大丈夫、とサンが肩に手を置いていてくれたので安心する事が出来た。

その間にも世界の崩壊は進み、絵画が破れていくように風景がなくなっていく。

やがては世界は漆黒の闇に包まれ、そこに立つのは刀を握り締めた時雨とサンの二人のみとなった。

そこでようやくサンは手を離した。

時雨はサンへと振り返り、


「この世界は、サンは、どうなるんだ?」

「さっきも言った通り、この世界はキミがその刀を手に取った事で終焉を迎えた。私も同様にやがては消え去るだろう」


なっ、と声を荒げようとするのを必死で抑える。

息を飲み口を開こうとした瞬間、キミが気にすることではない、とサンは遮った。


「私はキミの知るサンであって、君の知るサンではない。キミが望む世界を構築する際、必要とされたから生み出されただけの存在だ」

「っ……………、」

「気付けばこの世界に居て、私はサンという存在だった。ただそれだけだ。キミの知る本当のサンにはなにも影響はない。安心するといい」

「でも、お前はっ」


そこでサンは手で言葉を制し横に首を振る。

もうこれ以上は何も言うな、とそう目が語っていた。


「私は幸せだったよ。たとえ夢の日々であったとしても、この数日はかけがえないものだった。ただ一つ、願う事があるとすれば」


コツ…コツ…、とサンは小さく音を立て離れない程度に時雨の周りを歩く。

時雨は何も言わずただじっと空元気に振舞うように見えるサンを眺めていた。


「現の世界に戻ったら、ちゃんともう一人の私に接してあげてほしい。そしてちゃんと見ていてあげてほしい…私の想いを」

「それはどういう………いや、必ず」

「ふふっ、キミならそう言ってくれると思っていたよ」


微笑を浮かべクルリと回って、此方へと向き直るとタッタッと駆け寄ってくる。

その次の瞬間。

頬に柔らかな感触が触れた。

一瞬何が起きたのか理解できなかったが、我に返り思考が蘇ってくると自分でもカァと顔が熱くなるなるのが分かる。

対して目の前のサンもこんな黒の世界の中でも鮮明に分かるほどに紅かった。


「最後くらい、な。時雨……私の事、頼んだぞ」

「サ――――――――ッ!」


時雨がはにかむ彼女の名前を呼ぼうとした時、世界は完全に黒へと暗転した。




   ***



誰かが言い争う声が聞こえる。

今にも泣きそうな声、誰かに対して怒りをぶつけるような怒声、静止を呼び掛ける安定した声。

騒々しく目まぐるしく飛び交う声は纏まりがないくせに何処か安心感を与えてくれる。

目覚めなければ。

いつまでも過ぎ去った夢になど浸って傷心ではいられない。

望んだところで所詮は脳内の偶像の産物だ、そこは理想郷ではあるだろうが現実ではない。

何よりも。

ここで後ろを振り返り悔んでしまえば彼女に申し訳が立たない。

自分が消えてしまうと分かっていながらも俺の背中を押してくれた―――彼女に。

目覚めよう。

仲間たちが待つ現実に。


「……………………………」

「「「あっ……………」」」


目を開いてすぐに飛び込んできたのは、心配そうに覗きこんでくるイグサとアニー、サンの顔。

それも少し体を起こせば鼻と鼻が触れ合ってしまう距離でだ。

最初は安堵した顔を見せていたがそれも束の間。

三人ともババッと飛退きそれぞれ視線をあちこちに泳がせる。

どことなく三人の顔は赤い気がする……おそらく今の自分も真っ赤なのだろうが。


「おっ、やっと目覚めやがったなこの野郎っ! 心配させんじゃねえよ」

「はぁ……これで全員だね」


時雨の覚醒に気付いたのか、ウェイバーが嬉々と声を上げ、カディウスも胸を撫で下ろした風に呟く。

離れた所に忽然と立つバーンの近くにいた二人が駆け寄る。

二人の後方で壁に寄りかかっていたカノンもゆっくりと近づいてくる。

その顔はどこか呆れていた。


「俺……そんなに長く眠ってたのか?」

「いや、実のところを言えば私たちが目覚めてからものの十分も経ってはいない。が、あのお方が言った言葉に皆が不安になってしまって、な」

「あのお方?」


ああ、とカノンが頷き視線を右に視線をずらす。

白くきめ細かい肌、照明の光でキラキラと鈍く反射する銀髪、眠る前には見えなかったわさわさと揺れる尻尾。

黒のローブを身に纏い飄々と立つ狐の獣人の女性―――キューレは楽しそうに口元を歪めていた。


「な~に。ただそ奴らに、この魔法『理想叶いし庭園(アヴァロン・ガーデン)』についてある事無い事吹き込んだまでの事よ。面白い位に反応してくれて実に楽しかった」


はぁっ!? とウェイバーが何だってと言わんばかりに声を張り上げる。


「…ってことはだ。さっきアンタが言ってたのは全部嘘だったってことかよっ! ふざけんな!」

「全部嘘なもんか。ちゃーんと本当の事も言ってるさね小僧」

「小僧言うなこの年m……」

「やめろウェイバーそれは禁句だ!」


ウェイバーが吐き捨てようとした言葉を逸早く察知しカノンが口を塞ぎに回る。

キューレも何となく分かったのだろうか、こめかみをひくつかせるも怒りをどうにかといった体で抑えている。

やれやれと呆れ顔のカディウスは小声で、


「あの人、夢に溺れて一生目を覚まさない、とかその人の心が分かる、とか色々言ってたんだよ。で、皆…っていうか僕とカノン以外は真に受けちゃってね」

「それでこの騒ぎってわけか」


それならばさっきの三人の心配した表情にも納得がいく。


「後者はともかくとして前者については僕もそんな魔法は聞いた事がなかったからね。有り得ないって思ったよ」

「そうか……ところで皆も夢を見たんだよな?」


その時、皆が一瞬ピクリと身体が反応し黙り込んでしまった。

さっきまで普通だったカディウス、ウェイバー、カノンまでもが頬を紅くし視線を彷徨わせ、例の三人に至ってはリンゴのように赤かった。

自分で聞いといて何だったが気不味い雰囲気になってしまったようだし、自分も夢を思い出して恥ずかしくなってしまった。

この状況を打破するために助けを求めてバーンの方に目をやってみると、お前たちは馬鹿か、と冷ややかな目で見られた。

やれやれ、とバーンは溜息をついて、


「…………他の奴らは目覚める気配は、…ないようだな。キューレ、いつまでもそいつらをからかっているんじゃない」

「クフフ。尻の青い若造どもをからかうのもなかなかおつなものでな」

「仮にも女が尻とか言うな。…で、判定は?」

「仮にも、というところに少し引っかかるが、まあいいじゃろう。判定は言わずもがな合格。『理想叶いし楽園』を抜け出すには相応の意志と精神力が必要。ならばその点について文句などあるまいて」


もう一度クフフ、と笑いざっと辺りを見渡すキューレ。

術式を展開した時にはバラバラに崩れ落ちた生徒たちは少しばかり手間暇かけて綺麗に並べたので、誰が目を覚ましているかは一目瞭然。

この七人以外目を覚ましているものはいなく、他の生徒全てが欲に飲まれたと考えてもいいだろう。


「―――――ということだ。お前たちは合格。式典などの日程は後日追って知らせる。以上だ」


随分とあっさりとした締め。

あっけない合格通知にシグレたちは未だに実感が湧かないらしく、きょとんとしている。

特に意味のない業務連絡を適当に済ませるとバーンはそのまま踵を返して出口へと向かう。

お堅い奴じゃな、とキューレの皮肉めいた言葉にも動じずに。

唖然と放心しているシグレたちだったが、


「ちょ、ちょっと! 結局二次試験って何が目的だったのさ!? 意志とか精神力がどうとか…ちゃんと説明してくれなきゃわけ分かんないじゃない!」


戻ってきたイグサが言葉を投げかける。

課題の目的も説明もなくいきなり試験を受けさせられた側からすればもっともな疑問。

今までの話から察すれば『理想叶いし楽園』から抜け出すにはそれなりの意志と精神力が必要ということらしいが…。

確かにそれらは一般的に大切なことではあるとは思うが、だからといって騎士選抜において必要な要素と成りえるのだろうか。

反応はするものの後ろを振り返らず、また歩みも止めないバーンは、


「そこのキューレにでも聞いておけ。俺はこれから忙しいんだ」


と、部屋から出て行ってしまった。

清と静まる部屋の中、必然的に視線はキューレに集まる。

キューレは溜息一つ、


「心無くして身体は成らず。いくら体を鍛えようと技を磨こうと、それは結局表面的な強さでしかなく、心の強さとは異なるものだ。人にとって心とは、最も大切なものであり、最も鍛えるべきものであり、最も強さに直結するものだ。いくら表面が強くとも内面が弱ければそれはただの見掛け倒しにすぎず、脆い。―――心の成長無くして身体の成長などあり得ないということだ。この試験は、そういった意味でも力任せの弱者を振るい落すための試験。程度は軽かったとはいえ死線を彷徨いかけた事もあったお前たちなら大丈夫とは踏んでおったよ、私は」


その死線とは主にメアディ・アルでの戦闘とかグラスノアでの龍戦とからしい。

というか、グラスノアの事まで知ってるとか何だこの人……。


「精神力や意志の力が強いかどうかなんて普通だったら分かるはずもない。表面ばかりで内面を降ろしかにしている奴なんぞ、いざという時に心が折れて崩れさる。騎士としては致命的な欠点よ。だからこそ、先人たちはこのような魔法を生み出したさね。最も望む欲に溺れない強き心を見るために」


指を唇にあててクフフとほほ笑む。

なんて事のない唯の一連の動作が何処か妖艶に見えるのだから相変わらず不思議だ。

っと…そんな事を考えている状況ではないな…。

心、心なんて言うけど実際のところ見えるものじゃない。

夢、というか異空間での行動によって心の強さを見るための生み出された魔法―――それが『理想叶いし楽園』ということらしい。


「お前たちはちゃんと成長してるさ。身体も、心もね。それに…ちゃんと掴み取ったはずだよ、新しい力を」


片目を閉じてシグレたちを凝視するキューレ。

彼女の眼にはそれぞれの身体に宿る一際大きく輝く光を映している。

シグレたちはそれを知る由もない。

しかし、自分の中にある光を感じるかのように顔つきが真剣なものに変わっていた。


「あのバーンが無駄なことや話をすると思うならそれも良し。思わないのもまた自由。須らく己の世界は己の意志で進んでいる。これからどうするかは、また自分次第さね」


言い終えてキューレも部屋の出口へと向かう。

あのバーンが無駄なことや話をするわけがない。

短く浅い付き合いだがそれは俺たちが一番よく分かっている事だろう。

バーンが試験前に話していた武具の話、そして俺だけではなく皆が手にしたであろう夢を抜け出す際の鍵。

考えられるとしたらそれこそが新しい力。

この試験は、心というものの成長を促すためのものでもあったのかもしれない。

真相はわからない……が、反射的に俺たちは頭を下げていた。

キューレは振り返らない。

最後に、よく頑張ったな若造ども、とだけ言い残して部屋を出て行った。




   ***




「本当に見てて飽きぬな、あ奴らは」


あ奴らの中には物凄い光が渦巻いていた……私たち十騎士を凌駕するほどの大きな大きな光の塊。

あれらがどうなるか、見物でもあると同時にうかうかしてもいられんわ…下手をすればいつの間にか抜き去られているやもしれんからのぉ。


「クフフ……あのくそ真面目なバーンも内心の高揚を隠しきれんかったみたいじゃしの。あの顔ときたら…いつ以来だったか」


だからこそ私に後を任せて出て行きおった。

あ奴が、そして私が昂ぶるほどの光………ここ何年振りだろうか。

本当に楽しみだ。


「おっ…! そういえば嘘の事について訂正するのを忘れとった」


夢に溺れて一生目を覚まさない、とは真っ赤な嘘。

そんな事をすればたちまち危険指定魔法になるにきまっとるしの、少し考えれば分かるものじゃが。


「特殊広域魔法『理想叶いし庭園(アヴァロン・ガーデン)』……対象に対して悪意ある者には使えぬとされる一風変わった魔法。別名『大局展開の法』」


この魔法によって、善し悪しは別として対象に大きな変革をもたらすとされる。

性格、バトルスタイル、信念、人間関係………何がどう変わるかは本人次第。

その中でも人間関係には如実に変化が見られるそうだ。


「色んな意味でこれからどうなるのやら楽しみよ。さてさて……」


一人の乙女―――もとい女としてこの手の話は大好きだったりするキューレは鼻歌を唄いながら城へと向かうのだった。

「あー…なんかさ、日本の関東方面は大地震でえらい事になってるらしいな…」

「ふむ。確かM9規模の大地震で、地震による被害もさることながら津波の被害も深刻だそうだ」

「天変地異なんつー神様の気紛れみたいなもんは防ぎようがねえし、キミレキ筆者含めて無事だった奴らが出来る事は限られてる。けどよぉ…」

「ああ。被害にあっていない私たちだからこそできる事もあるはずだ。身近な所で募金とかそういうものだな」

「確かに小さい事かも知んねえけど、それで助かる人がいるんなら万々歳だよなっ。つーわけで、俺たちは被災者の人たちを応援してるぜ!」

「小さな善意が大切だ。皆も何か出来る事を探してみてくれ」

byウェイバー&カノン


※筆者&キミレキは地震被災者の方々を応援しています。

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