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君と創る歴史  作者: 秋月
第3章~王国騎士選抜試験~
44/48

第43項:Avalon Garden

副部長である風宮華音(かざみやかのん)の説教を受け一時間、更にさぼった罰として終わっていたモノを含めたメニューを全部やり直し。

部員たちが申し訳なさそうに帰宅していくのを横目に、華音の背後からの監視の元でメニューを全てやり終えた時は既に日が暮れようとしてた時間だった。

華音に一言だけ残し俺は校門へとひた走った。

もしかすれば、今もまだ待っているかもしれない彼女の元へ向かう為に。


「ハァ…ハァ…ハァ」


部活で流れた汗も拭かずに向かった先には、校門にもたれ掛りながら堕ちてゆく夕日を眺めている一人の姿があった。

それが彼女であると気付くのにさしたる時間はかからない。

ふと此方を向き、俺の姿を認識するや否やサンは早めの足取りで駆け寄ってくる。


「遅かったんだな、時雨」

「スマン、ちょっと色々あってな」

「ふふふ。大方、サボっていたことが華音にばれて罰を受けていたといったところか」

「うっ…」


サンには全てお見通しらしく、仕方がないなとぼやきつつ苦笑していた。


「確かに待っている間は何かトラブルでもあったのではないか、と心配すらもした。少しばかり呆れもした。しかし、キミが現れた瞬間にそういったものは全部飛んで、嬉しくすら感じたよ」

「…何故?」


時雨が尋ねると、サンは手に持っていたカバンの中から一枚のハンカチを取り出し、そっと時雨の額の汗を拭う。

乾いた布地が流れる汗を吸い取っていくがやけに心地よかった。


「キミは、剣道でかいた汗も拭かず懸命に走って私の元へ来てくれた。もし悠然と歩いて来ていでもすれば私は失望していただろうな」

「……本当にすまなかった」

「いいさ、誰にだってボーっとしたい時位あるだろう。ただ、今度からは華音には見つからないようにサボるんだな」


汗を拭き終えるとサンは躊躇いもなく俺の汗で湿ったハンカチをカバンに入れる。

そして向き直るとそっと右手を差し出してきた。


「………?」


俺が訳も分からずじっとしているとサンが少しむくれた様に顔をしかめる。


「…手。その…恋人、ならば、…手ぐらい繋ぐものなのだろう?」

「あ、ああ」


頬を朱に染めたサンに少しばかり呆けてしまうが、直ぐに我に返り俺は左手で掴む。

俺の手に満足したのか、紅くなりながらもサンは満面の笑みを浮かべてくれた。


「…時雨の手、大きいんだな」


そこで俺は認識した。

俺とサンは繋がっているんだ、と。




   ***




帰宅の途中、繋がれた手は決して離されることはなかった。

それはすなわち俺とサンが別れることはなく、同じ場所に帰るという意味だ。

同棲しているというわけではなく、海外から留学しているサンが俺の家にホームステイしているのだ。

当然の如く俺の両親もサンの事を大いに可愛がっているわけで。

家の前まで辿り着くとサンは今まで繋がれていた手を名残惜しそうにしながらも手放し、玄関の戸を開けた。


「ただいま帰りました」

「おおおおおおお帰りいぃぃぃぃぃ~~~~~~!!」

「だあああああ、何やってんのよ変態親父ぃぃぃぃぃっ!」

「ぶるあぁあああぁあぁ!!」


サンが戸を開けたと同時に危ない顔をした奴がサンに飛び掛かろうとし、それをお玉を持った女性が空中で飛び蹴りをかます。

空中での回避はままならずに男は女性によって壁に減り込まされた。


「あ、あはは……。ただいま帰りましたおばさま」

「あら、サンちゃん。お帰りなさい…本当にごめんね? こんな変・態・親・父で」


そう言いつつ足で壁に減り込む頭をぐりぐり。


「い、いえ……」

「失礼な。俺はただ愛しい娘と親子のスキンシップをだな…」


何事もなかったかのように起き上がり素で鼻血を出しながらキリッと恰好つけたその瞬間、再び壁に減り込む男の顔。

女性の方は全くといっていいほど気にせず笑っているが、ふと俺の存在に気付いたようだ。


「時雨? なにそんな所で突っ立ってるの? 早く入ってきなさいな」


親しげに話しかけてくるも俺はなぜか呆然としていた。


「ん? 時雨、どしたの?」

「……………………母さん、だよな?」


俺がそうと呟くと何とも不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げる。


「何当たり前なこと言ってるのアンタ。いつもだったらクールにただいまって言うだけなのに」

「勉強のしすぎか本の読み過ぎなんだよお前は。だからいきなりボケた事を言い出すんだ。もっと外で遊べ外で」


いつのまにか復活していた男―――俺の親父であるオーディン。

確かに俺の記憶の中には残っている。

親父と母さんが並び立つ姿が、その間で楽しそうに笑っている自分の幼い姿が。


「あ、ああ…いや……その、ただいま」

「? お前、本当に大丈夫か?」


訝しげにする親父たちを前に、サンが前へと出て、


「時雨は今日の部活を頑張っていたので。少しばかり疲れているのかと」

「あらそう。流石私の自慢の息子! 本当にこの人に似なくて良かったわね」

「失礼なっ! 俺のように完璧な男はそういないぞ。翼もそんな俺に惚れたからこそ結婚したのだろうが」

「んー、私はどっちかっていうと時雨の方がいいな~」

「…(ズーン」


落ち込むオーディンを余所に翼は時雨たちに着替えてくるように促す。

幼い頃から幾度なく上り下りを繰り返した階段を上がると廊下を挟んでの二部屋、突き辺りに一部屋がある。

自分の部屋のドアノブを握ったところで、時雨は足を止め、奥の部屋を見る。

何か大切なことを忘れているような、そんな思いが沸々とわき上がってくる気がする。


「どうした時雨」

「いや………あの部屋って……」

「あの部屋? ああ、突きあたりの部屋か。前に物置だって時雨が言ってたんじゃないか」

「そうだったっけか」

「そうだぞ。全く、今日の時雨は変だぞ?」


クスリと笑い、サンは自分の部屋へと入っていく。

頭をポリポリと掻き毟りつつ、気のせいかと自分に言い聞かせてみる。

横目でチラリと奥の部屋を見やってから時雨も部屋に入った。



その後、騒がしい食卓を四人で囲んだり学校での話を織り交ぜたりして話している内にあっという間に時間は経っていった。

風呂に行こうとも考えたが、サンと翼にレディファーストだと押し切られ仕方なくオーディン相手に将棋で暇つぶし。

最初の方はやる気満々だったが、時雨が飛車角取りをした時点で少しずつテンションが下がってゆき、最終的に玉以外の駒を全て奪ってしまった時点で泣きながら走り去って行った。

暫くして風呂からあがってきたサンたちと代わって入浴。

時間は既に九時過ぎで風呂上がりに一杯の牛乳を飲んでから部屋へと向かうべく階段を上る。

ふとした拍子に、またあの奥の部屋が気になって立ち止まってしまった。


「………………」


何故か、惹きつけられてしまう。

あの部屋は単なる物置。以前からそうであり、今も何も変わっていないはずなのに。

中に入らねばならないなどという使命じみた気持ちの行くままに奥の部屋のドアノブに手を掛ける。

今まさに、部屋に入ろうとしたその時だった。


「―――時雨、すまないが明日の数学の宿題について聞きたい事があるのだが……今いいか?」


ピタリと行動を起こそうとしていた手は止まり振り返る。

もじもじと照れくさそうにするサンを相手に断る理由があるはずもなく、俺はサンの部屋へと向かうことにした。




   ***




翌日、いつも通り(・・・・・)俺とサンは一緒に登校する。

雑談をしながら登校することも当たり前のことで特に何かを思う事もない。

変化のない、類稀なる才を持つ者たちによる普通の生活が始まるというだけだ。

そしてこれから起こる事もまた当たり前のように慣れたことである。


「しっぐれ~~~~! サ~~~~~~~~ン!」


登校する生徒たちの声の中でも一際キンと耳に響いてくる快活な声。

振り返ろうとすれば目の前には宙に投げ出された見慣れた姿がある。

咄嗟に足に力を入れて踏ん張り、主に俺の首と身体にかかる衝撃に備える事で何とか持ちこたえることはできた。

これも、何回となく繰り返された日常だ。


「おっと…、お前なぁ、毎朝毎朝同じことを繰り返すな。少しは受け止める身にもなれよ」

「あっはは~。いいじゃんいいじゃん。小さい頃からの習慣って奴? なんかこう…飛び付かなくちゃ! って感じがするんだよね」

「猫かお前は」


俺の首にしがみ付いてはにかんでいるのは幼馴染の忍足藺草(おしたりいぐさ)

いつものメンバーの中では一番古い付き合いで、子供の頃から一緒なせいか俺に対して遠慮の欠片すらも感じられない。

快活で人見知りしない性格のおかげで、地味な奴とか大人しい奴からには絶大な人気を誇っているとかいないとか(ウェイバー談)。


「……藺草。そろそろ時雨から離れてはどうだ? は、破廉恥だぞ」

「やだ。自由奔放がアタシの信条だもん。サンにとやかく言われる謂れはないもんね」

「…わ、わわわ私は、その…時雨…の、かっ…、…かっ、かっ…彼女なのだぞ!と、とやかく言う権利はあるはずだ!」

「今だけ、ね。暫定暫定。一回は譲ったけどアタシはまだ諦めてないもんね! にしても、こんなトコで彼女宣言しちゃうなんてサンってば、大胆っ」

「~~~~~~~っっ!!」


この火花散る闘いもまた、日常。

少し前に俺は二人から…その、何だ、告白と云うものを受けて随分悩んだ。

結局は藺草のことは幼馴染と云う事もあるのか、どうしてもそういった存在として見る事が出来なかった。

だが、それ以上にサンに対する好意があったのもまた事実だと記憶している。

その結果が、今のこの状況である。


「あの……時雨様……?」


犬猿…とまではいかない二人をどうしようかと思考に耽っていた時に、小さく静かな声。

目を向けてみれば美術部所属の美しい銀髪の持ち主である後輩が恐る恐る見上げてきている。

俺の日常生活において、大切な存在の内の一人だ。


「おはよう、アニー」

「………はいっ! おはようございます!」


遠慮しがちだった顔がみるみるパアァッと明るくなり、たちまちに向日葵の様な笑顔を咲かせる。

アニー=トレアベル―――サンやウェイバーたちと同じく海外からの留学生だ。

転校初日に俺とサンは、あっちに行ったりこっちに来たりとアタフタしつつ涙目になってるアニーを発見。

時間もあったので学園を案内してあげたらいつのまにか慕ってくれるようになっていた。


「今日は、剣道部の方は朝練はなかったのですか?」

「うん。練習は大事だけど、何でもがむしゃらに時間を費やせば良いってものでもないからな。毎週毎週、朝練がある日は決まってるんだよ。で、今日は朝練無い日」

「そうなんですか……えへへ」

「? 何かおかしかったか?」


俺は今何か変なことは言っただろうか。

そう思って尋ねてみればアニーは一瞬ハッとした顔になり、すぐに焦った表情へと変わり、


「い、いえ! あの、その、可笑しいとか面白いからとかで笑ったんじゃなくてっ! 時雨様の練習がないから、一緒に登校できたんだって思ったら嬉しくなりましゅて…あわわ」


必死に取り繕おうとし、早口で言った挙句に噛んでしまい、真っ赤になるアニー。

コロコロ変わる表情が面白くてついつい笑ってしまうが、アニーはどうやら不服なようだった。


「あの、あまり笑わないで下さいよぉ…」

「ははっ…悪い悪い。それじゃあ一緒に登校するか」

「はいっ!」


元気よく返事するアニーはご機嫌な様子で歩き始める。

俺もそれに続こうとして、首に腕を回し抱きついてる藺草の事を思い出し、回された腕を力ずくで引き剥がし、前へと進む。

問答無用の力で剥がされた腕に加えて、今まで時雨にもたれ掛っている体勢だった藺草は突然支えを失った為にベチャリと前のめりに地面に倒れた。

当然、抗議の声が飛んでくる。


「痛っ~~~~…ちょっと! 何でいきなりそんな事するかな!?」

「ふむ、然るべき処置というものだろう。時雨もいい加減にしろと態度で表したに過ぎない」

「もし今のでスカートの中が見えでもしたらどうしてくれるのよぉ!」

「スカートの中以前にお前はいつでもスパッツだろうが!」

「そ、それはそうだけどさぁ…」

「それとサン。何か勝ち誇った顔してるけど、いい加減にしろっていうのはお前も藺草と同じだからな」

「な…!」


何故、と続くであろう驚きのサンの言葉に俺は先んじて割り込む。


「一応、ここも往来だってこと忘れるなよ? 朝から騒ぎまくってたらそのうち苦情が来るっての。騒ぐなら学園でやれ学園で」

「うっ…」

「し、しかし……」

「口答えしない。さっさと行くぞ、遅刻するだろうが」


キッパリ言い放ち、少し先で心配そうに此方を伺っているアニーの元へと向かう。

後ろからはう~と藺草の不満げな呻き声が聞こえてくる。

それでも構わずにいると観念したのかタッタッタッと軽快さの違った二人の小走りの音。

ピタリと俺の隣にサンが位置付け不安げな、心細げな声で質問してくる。


「なぁ、時雨。その…私と君は、つ、付き合っているのだよ…な?」


おそらく自分を擁護してもらえなかった事に起因するであろうその質問。

世間一般では大体の男は、自分の彼女に対して甘くなるとか贔屓するようになるとか。

そういった知識は万国共通みたいなものなので、当然サンもそんな風に思っていたのだろう。

で、先の事で本当に恋人同士なのか不安になった、と言ったところだろう。


(なんだこの可愛い生物は……やばい。可愛過ぎじゃないか)


俺はこんなに馬鹿だっただろうか……馬鹿だったのだろう。

不安げに見詰めてくるサンにとてつもない愛くるしさを感じてしまう。

本当に夢なんじゃないかと思えてしまう位、この世界は(・・・・・)愛しかった。


「何で、そんな事、聞くんだ?」

「それは! 何というかだな……つまり、その…」


どう言えばいいのか分からずに言葉に詰まってしまったらしく、シュンと表情が暗くなり、俯いてしまった。

俺が含み笑いをすると、何事かと言った体で頭を上げる。


「馬鹿だな。俺がサンを嫌いになるなんてありえないだろ」


クシャリ、と自分の肩の高さにあるサンの頭を撫でる。

するとフワリと香ってくるシャンプーか香水の甘い匂いが漂ってきて鼻孔をくすぐってくる。


「好きな相手と一緒にいたいと思う気持ちをお互いが相手に抱いてるからこそ、付き合うんだろう? 俺はサンと一緒にいたいと思っているんだが、サンはそうじゃないのか?」

「そんなことないっ!」


怒鳴る様に、悲痛にも聞こえる声を出す。

サンの必死さが目に見える分、俺は心底嬉しかった。


「だったら、心配なんかする必要ないだろ?」

「あっ……」


まじまじと俺の顔を見つめ、暫くすると安堵と照れと喜びが入り混じったかのような笑いを小声で漏らす。

自分の腕を俺の腕に絡ませピタリと寄り添うようにくっついてきた。

勿論、振りほどく理由なんて、俺にはなかった。


「……………………アタシら置いてけぼりで二人の世界ですかそうですか」

「……羨ましいです」


若干二名は羨ましいような、悔しいような複雑な気持ちでいたのだった。




   ***




学園に着けば、皆それぞれ自分のクラスへと別れてゆく。

大抵このような学校は専門分野によってクラス分けをするものだが、アメストリア学園はその中では少しばかり異質を放っていた。

クラス分けは普通の学校と同じく完全にランダムで、時間割の中に専門の授業が多く組み込まれており、その授業でスポーツや芸術などの各自の才能を伸ばすカリキュラムをこなしていく。

同じ分野を固める事によって交友関係の幅が狭まることを危惧した学園側の配慮であり、そのため専門が違う者がクラスになるのはここでは当然の事だった。

時雨はスポーツ―――剣道が専門となるのだが、同じクラスには陸上のウェイバー、そして、


「今日はまたギリギリだったね。登校中何かあったの?」


化学の分野において他を寄せ付けない才を持つカディウス=フェブレード。

彼もまた、時雨の日常において重要な人物の一人だった。


「どーせまたサンと藺草辺りがいがみ合ってたんだろ。なんとなく想像つくわ」

「ご明察。毎度のことながらよくやるもんだよ」


肩をすかして小さく溜息。

まるで御愁傷さまとでも言わんばかりにカディウスが苦笑いする。


「相も変わらず両手に花って感じだよね。男として誇りに思っていいことじゃないかな?」

「いつもながら嫌味にしか聞こえないのが玉に傷って感じだけどな。全くもってウラヤマシイカギリデス」

「あのな…そういうお前らなんか、両手どころかむしろ花畑ド真ん中にいるじゃないか」


カディウスは自分の才能を活かすために、更に伸ばすために化学部に所属。

紺碧の髪の色が映える白衣に普段は見る事が出来ない眼鏡をかけるために知的さが更にアップ、お陰で化学教室の前はいつも誰かしら女子がたむろしている。

ウェイバーはといえば、陸上での普段のチャラさからは想像できない位の真剣さが女子に受けているとか…ギャップ萌え?

とにかく放課後になればグラウンドに目を向ける女子が多いこと多いこと。

それに比べて俺は、


「お前らと比べると俺なんか全然だと思うんだが?」

「それはな、お前が所属している部活が剣道部だからに決まってるって。考えても見ろ、あの華音がいる部活だぞ? お堅くガチガチの委員長みたいな鬼がいる」

「…なんとなく納得」


華音がいる剣道場には野次馬が集まることは殆どないといってもいい。

何かしらの用があるならまだしも、意味もなく来る者なら構わずに竹刀を以て怒声と共に追い払ってしまう。

見学目的で来て騒ぐものなら尚更である。

男だろうが女だろうが、間違っているならば迷うことなく注意・説教する。

それが風宮華音という少女なのだ。


「剣道部って、四月から大体六月位まで入部希望者が絶える事ないんだよね。最初は純粋に入りたいって人、後の方は大体が時雨や華音目当て、でさ」

「あー、確かにその時期結構入部希望者は来るな。…その殆どが二~三日で辞めるんだけどな」

「時雨や華音目当てで行った、騒いだら追い返された、なら入部すればいい、入部する、練習ハードすぎ、泣く泣く退部…これ、当て嵌まる奴絶対多いだろ」

「過程や程度は違えど、僕らのところも同じようなものだしね」


カディウスの言葉に時雨とウェイバーは同意する。

それからも暫くは他愛ない雑談が続き、やがて授業開始三分前の予鈴が鳴るとそれぞれ自分の席と戻る。

その後も、何ら変わった事は起こることもなく、ただ平凡で平和な時間が経っていく。





―――昼になればいつものメンバーで集まり、食事を共にしたり。

「時雨のお弁当ってサンが作ってるの? 毎日美味しそうだよね」

「いや、俺の母さんの手製だ」

「まだ、まだ練習中なのだ!」

「ええいっウェイバー! その唐揚げを寄こせ!」

「断固拒否に決まってんだろぉが! 藺草テメェ、ただでさえ足りない俺の弁当から毟り取るんじゃねえ!」

「っだあああ! 少しは静かにしろお前たち! 食事中だぞ!」

「はわわわわ………お、落ち着いてください~」





―――放課後になれば各々が部活に精を出す。

~剣道部~

「胴オオオオォォォォォッ!」

「メエエエエエエエエエエンッ!」


互いに打ち込み、交差する。

放たれた一撃は両者の体捌きによって打点をずらされる。


『……何であんな動きが出来るんだよ、あの二人』

『尼崎先輩も凄いけど、風宮先輩も凄すぎだろ…二刀流であんなに戦える人見た事無いっての』

『ああ~、あの二人が決着付くまでまた部活時間延長か…』


~化学部~

「その薬品、揮発性が強いから取り扱い気をつけて。あ、そこの二人、ちゃんと蒸留水で洗って」


『……眼鏡をかけたカディウス君って、また違った雰囲気があっていいわよね~』

『…素敵』


「ん? ちょっ、ちょっとそこの二人! 手元! 手元ちゃんと見て! あ―――――――」


直後、化学室で小さな爆発音が響いた。


~美術部~

「~~~~~♪」


『……………………………』

『いつも思うけどさ、アニーの絵って毎回毎回独特だよね』

『剣を交差させる二人の男女、いがみ合う二人の男女、窓を拭く忍者、紺の髪の魔法使い……もしかしてアニーって』

『あっち系の人?』


「~~~~~~~♪」


噂されど、知らぬは本人のみなり。


~陸上部~

「おらおらおらおらテメエら! 遅れてんぞ!」


『ゼェ…ハァ…ヒィ……ま、待てって…速すぎ、だろ』

『あ、アイツ…体、力おかし、すぎだ、ろ』


「まだまだまだまだまだぁ!」



「……………ふっ」


タッタッタッタッタッ…タンッ

身軽な身体が綺麗に宙で曲がり、置かれたポールを飛び越える。


「…順調に記録が伸びてるみたいだな、藺草」

「トーゼン。まだまだ伸ばすつもりなの。こんなトコで止まってらんないんだから。それよりアンタはこんな所で油売ってていいわけ?」

「私たちスプリンター組は休憩中だ。何ら問題はない」

「あっそ。まあ、アタシには関係ないけど」


プイッと踵を返す藺草。


「アンタには絶対に負けないから。大会での成績でも、…恋愛でも」

「ふふっ、望むところだ」





―――――家では全員で遊んだり。

「ぬおおおおおおっ! 何故バトロワなのに俺だけ集中砲火っ!?」

「勝負とは非情なのよ。邪魔な奴が叩かれるの」

「あああああああああ! 翼酷いっ! 吹っ飛ばされ……そこでメテオっ!?」

「スミマセンおじさま。勝負ですので」

「おおぅっ! サンちゃんまで……こうなったら最後の頼みの綱! 時雨、この俺に救いの手をプリーズ!」

「悪いな親父。俺もこの時間帯にコンビニにまで走るのは嫌なんだ」

「ええええええ! ちょ、何そのコンボ! 何でそんな繋がっ、ちょ、パーセントゲージやばいパーセントやばい! ああああああ!そこでスマッシュなんてそんな!」





――――――何事も起きない平和な時間は、ゆっくりと針を進めていく。

楽しい時間はすぐに終わってしまう、そんなことは決して無く。

どんな時でも、どんな状況でも、この世界には楽しくない時間など存在し得なかった。

戦いもなく、誰一人として欠けていなく、自分の力不足を呪う事もなく、涙を流すことも怒りを露にすることも必要ないこの平和な世界は。

理想的で誰もが追い求めはするも決して手の届かない、空想による虚像に過ぎなかった。

だが俺はそんな事を考えることもなく、理想と欲望の夢に溺れていた。

しかし、運命を司る神はそっと月へと手を伸ばす。




   ***



その日、家には誰もいなかった。

親父と母さんは珍しく二人でお出かけだ! とか言って、朝早くに家を出た。

サンもまた、藺草や華音、アニーと女子だけでの約束があるらしく、一時間ほど前に外出した。

俺はと言えば特に約束や部活があるわけでもなく家でゴロゴロするだけだった。

手持無沙汰を解消するために一応日課である素振りとイメージトレーニングをいつもの倍に増やしてみたものの、少しばかり時間が過ぎただけで手持無沙汰が解消されたわけではない。

何処かに出かけてみるかと思えば途端に空が黒く濁ってゆき、やがては雨が降り出す。

サンも親父たちも傘は持って出て行ったので特に心配する必要もない。

更に二時間ほどが経ち、俺の腹が食べ物を要求するようになったので余もので手早く昼食を作る。

それも食べ終え、食器も洗い終わったところでまた手持無沙汰となった。


「………………………たまにはこんな時間から勉強も悪くないかもな」


誰に言うでもなく、清と静まりかえった部屋でポツリと呟く。

思い立ったが吉日と言わんばかりにスッと立ち上がり二階の自分の部屋へと足を運ぶ。

その時だった。


「……………………………………」


部屋の戸を開けようとした時、視界の端に飛び込んできたのは物置と称される突き当りの部屋。

前は少しばかり気になりはしたものの何だかんだ言って結局はどうでもよくなってしまい、気にすることはなくなっていた。

それぐらい毎日が楽しかったということでもある。

―――――だが、何故か今日だけは、気になってしまっていた。


(今更だけど、何か大切なことを忘れている気がする)


前にも感じた事がある。

そう、それはとても大切な何かであるはず。

頭の中をフル回転させてみるもモヤモヤと霧がかった何かはハッキリとせず、代わりにと毎日の楽しい記憶だけが脳内を駆け巡る。

大切なものがなんであるかは已然定かではない。

しかし、”物置”と称されるあの扉の奥にこのモヤモヤを振り払う鍵がある。

不思議とそう思えた。

一歩、また一歩。

時雨は古く脆くなった木製の橋でも渡るかのように慎重にかつ確実に部屋へと歩みを進めてゆく。

やがて、時雨の目の前に扉が立ちはだかる。


「……………、」


心の何処かで「その扉を開けてはいけない」と囁く声がする。

それでも……しかしそれでも。

開けなければならないという使命感のようなものに時雨は駆り立てられる。

開けてはならない、開けねばならない、二つの気持ちが矛盾し混ざり合いせめぎ合う中、時雨はドアノブに手を伸ばし、ガチャリと部屋の扉を開け放った。

イグサ=ハーミレイ ⇒ 忍足藺草

カノン=ウィアルド ⇒ 風宮華音


この二人は元々、和風テイストで造ったキャラなのでこのように直すことも可だったり。

他のキャラの和名も作ろうかと思ったけれど思いつかなかったので載せてません。


―――これからは更新がちょっとは早くなる……はずです。

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