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君と創る歴史  作者: 秋月
第3章~王国騎士選抜試験~
42/48

第41項:一次試験終劇

騎士選抜試験一次試験もシグレを残した残り数組と終わりに近づいていた。

ここまでまともな勝利を手にしていたのは数えるほどであり、それだけこの試験の難度が高いことを示している。

最初は穏やかでピクニックには最適な場所だったはずのアルガ山の一端は最早荒野といっても過言ではない状態だ。

所々地面は抉れ木々は炎に包まれているものもあれば根元から折れ地に臥しているものまである。

これはカディウス曰く、試験終了後に元に戻すとのことらしいが可能なのだろうか。

―――いや、可能なのだろう。

何せこの世界は向こうの世界と違って魔法というものも存在しているのだから。


キシャアアアアアアッ!


獣の甲高い声が木霊した後、続けるように小さな爆発音と男子生徒のかすれた悲鳴が耳に飛び込んでくる。

この感じだともうそろそろ戦闘不能(リタイア)といったところだろうか。

つい先程までは相方と思われる生徒の声も聞こえていたが、ある一声を境にピタリと止んでいた。


『…そこまで』


辺りが閑散とし、風が吹き抜けパチンと火が爆ぜる。

ウォンと魔法陣が起動するのを確認すると俺は残りの組数を数えてみる。

試験を終えた者は少し離れたところで待機、傷の手当てをしているので残りを数えるのは容易だった。


(1,2,3,4,5,6……ってことは後は俺を含めて四組か。案外早いな)


とはいえ一組当たり短くて三分、長い組で五分から十分といったところだから早いペースで進むのは当然だ。

既に試験を終えたサンたちは俺とは離れたところで雑談中といったところだ。

時折皆がそれぞれのタイミングで此方を心配そうな目で見てくるが目があった時だけ手を振るなりで返している。

あの喰えない腹黒教師(バーン)が俺に対して、一人で戦うという枷だけで済ますとは到底思えないからだ。今は少しでも集中しておきたい。


『マスター』


最近では最早当たり前のようになってきた美しい弦の響きの様な冷たい声。

脳内で反響するそれをしっかりと受け止め心で思う。


(どうした?)

『いえ。そろそろマスターの番ではないかと思いまして。ですから、あの…その)


冷静なようで妙に歯切れが悪い。

表情を変える事無く視線を彷徨わせるヴァルナの姿が浮かび、微笑ましく思えた。


(分かってる。この戦い、アイツの許可さえ出ればヴァルナと一緒のつもりだ)

『あ…ありがとうございます…マイマスター』


心なしかパッと明るい表情になった気がする。

―――が、すぐに顔に朱がさし俯いたかと思うとそこでプツッと声は途切れてしまった。

ヴァルナの姿も浮かんでこない。


(…何か悪い事でも言ったかな)


後で謝っといたほうがいいのか?

謝罪の言葉を考えつつも、バーンが次の生徒の名前を呼んだのが聞こえ、俺は再び意識を沈めた。




   ***




『…………!』


あれから俺は心の中で意識を沈めつつ一秒一秒を心の中で刻む。

静かに漂う水面にポタリ、ポタリと一定の旋律を奏でる音は美しく時間を俺に教えてくれる。


『………キッ!』


煩いな。

綺麗な旋律を阻害するかのような不協和音。

心の中でポタリと雫が垂れる。

今ので丁度……集中し始めてから約四分といったところ。る


『……ガサキッ!!』


……それにしても本当に煩いな…誰だ騒ぎ立てているのは。


『次、シグレ=アマガサキッ!! いないのか!』


ハッキリと聞こえてきたのは俺の名前を呼ぶ声。

軽く怒気を含んだ声だったがそれは確かにバーンの声だ。

イカンイカン、周りの音をシャットアウトしすぎた。

こんな事で失格になっても困るので俺は横断信号を渡る小学生のように手を上げつつバーンの元へと向かう。

ふとサンたちの方へと目を向けると……


『……ッ! ……ッ!!』


ウェイバーが此方を見ながら一人で爆笑していた。

他の皆は言わずもがなウェイバーから微妙に距離を置きつつ此方を気にしている様子だ。

…うん、とりあえずウェイバーは後で殺す。


周りに奇異の目で見られながら居心地悪い雰囲気の中、ようやくバーンの元へとたどり着く。

どうやらお怒りのご様子らしく額に青筋を浮かべ似合わない笑顔を浮かべてご丁寧に迎えてくれた。

目は笑っていなかったが。


「お前、何俺になんか恨みでもあるワケ?」

「いえいえトンデモナイ。俺に向かってお前は一人でやれとバッサリと言ってのけてくれた事なんて全くこれっぽっちも気にしてませんよ俺は」

「てめぇ…。ふん、まあいい。それよりお前で最後だ。さっさとしやがれ」

「最後?」


はて、俺の他に後三組残ってたはずだが……。


「一組がこれでもかって言う位にのされてな。後の二組は積もり積もった緊張と恐怖でダウン。結果、お前の番だ」

「ああ、なるほどね」


まあここまで長かったしな。

っと、始める前にヴァルナの事聞いとかないとな。


「なあ腹ぐr……じゃなかった、先生。ちょっとばかし質問なんだけど」


おっといけないつい本音が。


「いいだろう。俺としてはお前が何を言いかけたかについて問い詰めたいところだがな」

「それは置いといて…流石に俺一人じゃアレなんで。助っ人を頼んでもいいですか?」

「助っ人だと?」

「ええ……俺の半身ともいえる存在ですよ」


直後辺りの気温が二、三度下がったように感じ、ハラハラと季節にそぐわない白いものが散り始める。

そんな中、何処からともなく風が吹き荒びヴァルナが宙に現れ、途端に周りからは驚きと羨望が入り混じった声が上がる。

前のお披露目(という名のヴァルナの勝手な行動)によりヴァルナには根強いファンが大勢付いたらしい。

それでも顔色一つ変えないところが流石守護十騎士の一人といったところだ。


「お前の守護精霊か。かなり上位の精霊だな」

「助っ人といっても正確にいえば俺自身。ペアというわけでもないので何ら問題はないと思いますが?」

「…言い方に若干棘があるがいいだろう、認めてやる。流石に残った獣全ての始末は一人ではきついだろうからな。実力を測る点から見てもむしろ好都合か」

「―――――――は?」


一瞬、俺の思考回路が機能停止する。

今この男は何と言った? 残った獣全ての始末だと?


「ちょっと待て。試験っての本来全員に対して平等でなければ意味を成さないだろうが。どうして俺がそんな後始末的な大がかりな事を」

「試験官として言わせてもらう。…試験だからだ」

「いやいやいやいや、理由になってねーよ!」

「………………………」

「黙るなよおいっ!?」


瞬間、俺の言動にイラッとでもきたのかスッと額に青筋が入りバーンの目は鋭くなる。


「ちっ…ガタガタぬかしてんじゃねーよ。どの道お前には戦う以外の選択肢なんざ残ってやしないんだ。こんな程度で負けるようなら、王国管理下の元、全てにおいて拘束され自由など一生手に入らないような暮らしをしてもらうつもりだ。勿論、祖国グラスノアに了承を頂いて、な?」

「ぐっ…」


静かに、挑発的に、高みから見下ろすようにバーンは言う。

力なき者に自由はなく、それが嫌ならば己の全てを見苦しく曝け出してでも勝て、と。

バーンの言いたい事は頭ではハッキリと理解しているつもりだ―――だが、


(踊らされるしかないって事には無性に腹が立つな)


全てが腹黒鬼畜教師(バーン)の思惑通りに事が進んでいるとしか思えない。

そこに俺の意志や想いはなく、バーンの思うがままに俺は試験に参加し、仲間と離され、多勢の敵を相手にしなければならない。

此処は俺自身の実力を測るにはうってつけの場所だろう。

抗う事さえも叶わないシナリオ通りに進んでいく、開幕してしまった演劇の如き舞台。

―――だが、どんなに完璧で、どんなに注意していても、予測不可能な事態(イレギュラー)というものは存在する。


『マスター。何故かは分かりませんがそのようなお顔をなされる必要はないかと』

「…うん? ……俺、どんな顔してた?」

『そうですね。憎々しげとでも言いましょうか。それでいて不安と緊張が混ざったような焦燥めいた顔でした』

「あー……駄目だな俺。どうも顔に出やすい」

『そのような事はないと思いますけど。それよりも、もう一度申し上げます。マスターがそのようなお顔をなされる必要はありません』

「何でか、聞いてもいいか?」

『積み重ねた日々と守護精霊たるヴァルナが傍にあるから、です。マスターはあの日以来、誰よりも多く、濃く、地道な鍛錬を積んで進んできました。真の兵とは、そのような地道な事を積み重ねた者を言うのです。マスターが重ねた”時”は決してマスターを裏切る事はありません。だから……マスターは重ねた時を”矛”に、そして守護精霊たる”ヴァルナ”を盾にして向かえば良いのです。それが成されるならば、このような所でマスターが折れる道理などありません』


淡々とただ言葉を連ねているように感じるが口ぶりは至って嬉々としたもの。

まるで全てを見ていたかの如く語るが、おそらくは本当に見ていてくれたのだろう。

それこそ一人での修業の時も皆での修業の時も、片時も離れずに。

そんな彼女が優しい小さな笑みを浮かべてこの戦いの勝利は必然だというのだ。

ならば俺は―――


「――――――よし。行こうかヴァルナ」

『イエス、マイマスター』


俺たちは一歩前へと踏み出した。




   ***




元々は穏やかな山の一端だったはずの場所。

今やその面影はどこにも残っておらず凄惨な状況と化している。

辺りには生徒たちが獣が放った攻撃によって刻まれた無数の傷が小規模の戦争跡を思わせるように彩られている。


『マスター、来ます』


途端、辺りに空気はズンと重くなる。

鳴っているはずのない地鳴りが聞こえ、低い轟音のそれは俺の頭の警鐘けたたましく鳴らす。

目の前には地から空へと昇る光が幾つも立ち上り、獣たちはその中で徐々に姿を現してゆく。

俺は、覚悟と共に心を凍らせた。


「行って来い」

『イエス、マイマスター』


俺の腹から絞り出したような声に肯定すると迷うことなくヴァルナは獣の群れに突貫する。

旬の間に獣との間を詰め、懐に肉薄しか細い腕で獣の身体を張りの如く突き刺し、相手に絶命の運命を辿らせる。

続けて背後に迫る獣に振り返り際の回し蹴りを叩き込み、その上空を舞う獣に捻りを加えた踵落としをお見舞いする。

周囲の獣を残す事無く殲滅し続けるヴァルナを俺は遠くから眺め、俺は毛を逆立て獲物を狙う針鼠の様な獣を見つける。

ヴァルナの死角に位置しているがあの距離ならばヴァルナは気付いているはずだが、あそこまでに行くには多少時間はかかるだろう。

俺は迷わず地を蹴る。


「シッ!」


針鼠の真横を駆け抜ける際に一閃、その身体は針を発射する事無く二つに割れる。

瞬間、背後に後を追ってくる獣の気配を感じるが俺は振り返らない。

俺の視覚の範囲に捉えた獣を全て絶命させて初めて振り返る。

そこには既にヴァルナの拳圧と共に放たれた冷気によって凍てつかされた複数の獣が立ち並んでいる。

ヴァルナの姿はそこにはなく、少し離れたところで全身をしならせる様に振るっている。

俺もすぐさま次の獣に刃を向けた。




   ***



(Sideサン)

美しいとさえ思ってしまった。

時折飛び散り霧散してしまう無数の氷の破片、獣を断絶した時に弾ける鮮血。

それら全てが今まさに演武とも思える戦いを繰り広げている二人をより輝かせている。

しかし、同時に”何故”とも思ってしまった。


(何故、こうも離されている。何故…)


シグレも私たちと同様の時を過ごしてきたはずだ。

そこに何の差が出来ていたというのか。

訓練の仕方? 集中力?

いや、それだけではあの流麗かつ滑らかな動きを説明できない。


「―――私とシグレでは、才の器が違うというのか…」


私がそう呟いた時、獣は全体の半数以下にまで減っていた。




   ***



(Sideシグレ)

「ハァッ!!」


身体を屈め低い体勢から攻撃を仕掛けようとしていた獣を蹴り上げ鞘から直接居合いの一閃を浴びせる。

俺の周りではそいつが最後の一体だったらしく辺りを見渡せば粗方片付いたようだ。

俺は一息吐き、”月華”の刀身に付いた獣の血を一振りで払い落す。

すぐさま目を細め次の標的を定めるが俺の周りにいないのであれば、当然の如く獣たちはヴァルナに集中していた。

まるで甘い餌を前に自我を抑えきれずに群がっていく蟻の群団のように。

――それがとてつもなく甘い魅力を持つ毒入りの(エサ)とも知らないで。


『マスターの道を阻むモノ、許されるなど…思わない事です。―――七対連撃(チートイレンゲキ)


身を翻し際に一喝。

振るわれる腕が、脚が吸い込まれるように獣の体を討ち十四体もの数を大地に沈める。

それでもなお獣は仲間の骸を踏み越えヴァルナへと襲いかかる。

正直きりがなかった。

それはヴァルナも同じだったらしく表情には出していなかったが頭の中に憂鬱そうな溜息が聞こえてくる。

だがそれも一度きりでヴァルナは迫りくる獣の攻撃を受け流しつつ俺の方を見つめてきた。

頭の中に次いで声が響いてくる。


(ヴァルナが動きを止めます。マスターはその隙に全てを仕留めてください)


ヴァルナを囲む獣は未だ相当な数だ。

それらを一度に止めるのも、仕留めるのも容易ではない。

俺にそれだけの数を葬る手段は……


(マスターの考えている事は分かります。しかし、今一度思い返して見てください。マスターがヴァルナと契約した時の事を)


なお攻撃を捌きつつヴァルナの声は続く。

一瞬、キスの事を思い出し思わず熱くなるが直ぐにかき消す。

情けなく立ちつくして少しばかり頭を働かせ引き出しを開け回った結果、俺はある出来事を記した記憶に辿り着いた。

辿りつくや否やヴァルナの声が飛んでくる。


(それが数の大に対する今のマスターの”技”です。―――では、始めます)


直後にヴァルナの声は途絶える。

獣の群中でヴァルナは体を柔軟に捻り円を描く回し蹴りを撃ち、周囲の敵を瞬の間だけ自分の身から遠ざける。

すかさず両足を地に固定し、振り上げた拳を―――


『凍て尽せ―――凍一色(トウイーソー)!』


大地に深く突き刺した。

そこから波紋のように地が、空気が極寒の世界のモノへと変わってゆく。

大地はスケートリンクさながらに煌めき、木々が纏う生い茂った緑葉はクリスマスツリーを彩る装飾さながらに世界を照らす。

離れた場所の木々がかの状態なのだ。

ヴァルナに最も近い獣たちはと言えば、全てが凍てつき動くことも許されない。

比較的無事な奴を見ても脚や翼を凍らされて移動能力は封じられている。

ゆっくりと地に着けた拳を引き戻し、ヴァルナは軽やかに宙を跳ぶ。


「雪月華」


全てが凍りついた世界。

音もない世界で俺は握りしめた月華に氷の魔力を宿す。

辺りの冷気も徐々に月華に宿り始め、少しずつ少しずつ刀身を氷が覆い包みこんでゆく。

やがて以前、グラスノアで紅龍相手に形作ったものよりも鋭く、美しく、長く、薄い巨大な一振りの氷の刀が出来上がった。

…以前のは水の魔力で練ったものだが。

不思議な位に重さを全く感じない(それ)を一振りし、凍りついた獣たちの群れを見据える。


「これで終幕―――アリーヴェデルチ」


氷上によって加速し、俺は一刀両断の意を込め刀を振るう。

冷たい氷の刃によって世界にガラスが割れるような音が轟いた。

ウェイバー「ダハハハハハッ! バーンの奴無視されてやがんの!! ざまーみやがれ!!」

カディウス「……端から見たら絶対シグレを笑ってるようにしか見えないよね…」

カノン「ふむ。さっきシグレが殺気を向けていたような……それはともかく、次のキミレキは『ノゾムセカイ』(仮)だそうだ。何時になるかは分からないが」

カディウス「作者次第だよね。気長に待ってあげてください」

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