第40項:嵐の果ての華
目の前の不思議かつ異常、異様な光景にそれを実行しているカディウス本人以外の全てが唖然としていた。
それはシグレたちも例外ではない。
衝撃的な現実に言葉を失い、ただただ炎の花弁を見続けるだけ。
そんな中、バーンが驚愕の顔で言葉を漏らす。
「まさか元始者…そうか、それなら合点が…」
「元始者って…何だよそれ、一人で何得してんじゃねえよ。確か属性は人其々一系統しか使えないはずじゃ…」
皆の時が止まる中、シグレはバーンがポツリと漏らした言葉を聞き逃しはしなかった。
バーンも別段聞かれて困ることもないため続ける。
「俺は今まで、何故カディウスが簡単な魔法の使役にも困難な色を見せているのかが分からなかった。あまりこういうことは言いたくはないが、程度の差はあれ魔法の才は血に依存していることが多い。ましてや先祖が大魔法使いとされたフェブレード家は代々、多くの優秀な魔法騎士や賢者騎士を世に送り出してきた。カディウスはそんな一族の中、凡才の烙印を押された」
「ちょっと待てよ! 幾ら血に依るといっても、一族って程古い家なら才能のない奴だっていたはずだろ!」
「勿論。だが、それは俺たちの主観だ。フェブレード家程の一族での凡才は、俺たちの中での非凡に値する。そんな一族からすれば魔法発動に媒体を用いなけれならないカディウスは異常で凡才以下の存在だった。言ってみればもはや一族の面汚しだそうだ。このことは昔、大きく話題になったな。まごうことなき名家に在り得ん位の落ちこぼれが生まれた、とな」
想像するだけで嫌になる状況に幼い頃から身を置いていたカディウスの事を思うとゾッとする。
思わず痛くなるほど拳を強く握っていた。
家の面汚しと言われたカディウスはどんな気持ちだっただろうか。それは俺には分からない。
だが今のカディウスはとてもそんな事を言われていたようには到底思えない。
今、最大の一撃を準備するサンを背に、異様な現実を作り出しグリフォンの攻撃を軽々と受け止めているのはカディウスだ。それはどう見ても落ちこぼれなどではなく、一人の騎士だった。
直ぐにバーンの方へと向き直る。
「それで、結局元始者って何なんだ。何の合点がいったんだ」
「……昔な、俺もカディウスの事を疑問に思っていたんだよ。媒体を用いなければならず、用いても限られた魔法しか使えなかった。だが、使える魔法の精度は明らかに周りを逸脱していた。昔の俺は何かしらの違和感しか感じなかった。落ちこぼれと言われている奴がここまでの事ができるのか、と。俺はカディウスには内緒で裏で魔力総量の測定を行った。その結果…」
「その結果、どうだったんだ」
バーンはオレの声を聞き流したようだったが何事もないように続けた。
「驚く事に魔力総量は他の同年代の子に比べて圧倒的に多かった」
「才能はあるはずだと思っていた。あそこまでとは思わなかったがな」と後から付け加えるように呟く。
それでもオレはバーンがとどのつまり何を言いたいのかは分からない。
「―――昔はそこで止まってた。俺には何もしてやれることはなかったからな。だが、今ようやくその原因が分かった。何故、何故もっと早く気付いてやれなかったんだろうな。気付いていればあいつをもっと早く救えたかもしれないのに」
バーンが自嘲気味に唇を噛み締める。
「その原因っていうのがさっき言ってた……」
「そう、元始者。またの名を『異種魔力路内包者』。自分の本系統の魔力路と異なる魔力路を持つ者たちのことだ。カディウスは未熟だった為に今の今まで本系統である樹の属性の魔力しか扱えなかったって事だ」
「あー…うん。どういうことか、よく理解できないんだが」
「ハァ…つまりだ、魔力路は謂わば流した何色にも染まっていない白色の魔力を自分の属性の色へ染め、それと放出…まあ、技・魔法発動へと繋がる道の事だ。白色の無属性の魔力を赤色の炎属性の魔力へ、そして炎系統の技や魔法を発動、って感じでな。本来なら流した白の魔力を魔力路全てで属性の色に染めるんだが、元始者であるカディウスはまだ未熟だった為に今の今まで道が通行止めになっていた」
シグレは話を聞きつつ親指と人差し指を唇に当てて思考に耽る。
結果、弾けるように顔を上げた。
「まさか―――」
「そう、元始者…異種魔力路内包者の本系統魔力路以外の魔力路はある程度の実力が伴わなければ封鎖された通路と同じだ。 動かす為の実力がなければ、燃料のない機械のように魔力路は魔力を通さず変換する事もない。例をあげるとすれば、実力が不十分な元始者が七割の本系統魔力路と三割の異種魔力路を持っているとする。その元始者は未熟なために異種魔力路を動かすだけの実力がなく、そのために魔力を流しても十割のうちの三割の魔力路は機能せず、結果流した魔力量の七割しか変換・使役できないって訳だ。一度に流した魔力をフルで使役できる者と、一部しか使役できない者。実力差はともかく、どちらが優れているかと言われれば答えは明白の理だろう」
「じゃあ…カディウスが本系統であるはずの樹属性の魔法発動にさえ媒体が必要だったのは、樹の系統の道と同等、もしくはそれ以上の割合が他の属性の系統の道で占められているから、ということになるのか?」
「恐らくな。大方、媒体であるあの指輪は変換した魔力を増幅する力でもあるんだろう。あれがなけりゃもっと悲惨な状態になってたはずだ。昔計測した値と使える魔法、その二つから考えて全魔力路の五割方かそれ以上が異種魔力路といったところだろうな。…どんな天才でも、魔法を扱う為に要る魔力が不足していればそりゃ落ちこぼれ呼ばわりもされるだろうな」
周りの冷酷な視線をただ一点に受け続けてきた天才かつ稀有な才の持ち主。
その稀有な才を有しているがために、本来ならば天才や神童と呼ばれてもいい才はスッポリと陰に隠されてしまっていたのは皮肉なことだった。
俺が押し黙っているのには構わずにバーンは俺に問いかけた。
「元始者、そして元始者という言葉が世にあまり出回っていない理由。分かるか?」
その問いに目だけをバーン方へと向ける。
考えるまでもないその問いの答えは、少し考えれば容易に思いつくことだ。
それが生まれつきの物であるのならば尚更。
「元始者は殆どの奴が大成しないんだよ。大成しうる器を、他人が持ち合わせない特別な器をもっているのに、多くの者が幼い頃に自分に鍵が掛けられているとは露知らず自身の無力に絶望し、己を練磨することをやめてしまう。その子供の親でさえ元始者の存在を知らないからそうである可能性を子に示唆してやることもできない。結果、落ちこぼれとして学校に入れる事すらできずに魔法に縁のない職についていく。王国騎士の中でも元始者は数えるほど存在しない。そんな中カディウスは―――」
「必死に足掻いた」
俺が口を挿むとバーンは同意の意を示すように頷く。
「あいつは諦めなかった。絶望はしても希望はまだ残っていた。例え魔法発動に媒体がいる自分でも努力すればきっと、ってな。ウチの学校に来て辛さを一時たりとも見せず誰にも劣らぬ努力をしていた事は俺が知っている。アイツは努力し、挫折し、苦しみ、泣き叫んだ。己の不甲斐なさに。雨に打たれ、泥に塗れ、それでも必死に前に向かって一歩ずつ歩み続けた。道中、お前と出会ったことで更に歩みの幅が広がった。お前らと一緒にいる事で進む速度が上がった。そしてアイツはようやく辿りついた。―――誰にでも誇れる力に」
そう、カディウスは閉じきっていた蕾から大きく美しい華へと成ることができた。
その華は燃やすことも、凍てつかせることも、吹き飛ばすことも、枯らすことも不可能な力強い華。
もはや―――勝負は決した。
***
(Sideサン)
私の目の前では美しい大輪の花がユラリユラリと揺らめく紅焔を纏いつつ展開されている。
時折飛び散る赤と黄色の火の粉は夕日に照らされた雪を思わせる。酷く幻想的だった。
何が起きているのかは分からないがそれでもサンは危機感を感じる事は微塵もなく、あるのは絶対の安心感と信頼だけだった。
「(カディウスが自分の意志を貫き、意地を見せた。ならば私は……)」
華が示す想いに応えるのみ。
考えた刹那、身体中が更に熱くなるのを感じる。
全身の血液が燃えるように熱く、今にも爆発しそうな勢いが物凄い速さで私の中を駆け巡っているのが分かる。
身体中の至る所から蒸気のように魔力が噴き出していて我が身を覆う。
「……”勇敢なる斬光”」
炎属性に変換された魔力は身体を介し外に出でる事で赤く揺らめく炎と化す。
サンの全身はオレンジ色の炎を纏い、その掌中に収められた剣は灼熱のマグマの如く鮮血に煮え滾っている。
瞬間、グリフォンが何かに反応するかのようにビクンと身体を揺らし、警戒の意を示すように低く呻り始める。その脚はガタガタと震え、怖れを抱いているようにも見て取れる獣の本能ならではの反応だ。
「すまなかったなカディウス。もう、大丈夫だ」
私が声をかけるとカディウスは前髪を靡かせ手を前に突き出したままでゆっくりと後ろを振り返り、そうして薄く笑った。
「こんな僕でも役に立てて嬉しいよ。……本当にありがとう」
「…こちらこそ」
直後突き出して手を振り払うと、大輪の華に大きな亀裂が入り全体にまでそれが広がるとガラスのように音を立てて砕け散った。
間髪を入れず私はグリフォンへと突貫する。
途中カディウスの隣を駆け抜ける時、彼の頬に薄く光るものが流れていたのが見えたがそれは私の心の中にしまっておいた。
「ハアアアアアアアッ!!」
シャオオオオオオ!
私が突貫するのを視認するとグリフォンはその逞しい両翼を目一杯はためかせ、風を巻き起こす。
起きた風の一つ一つが鋭利な刃と化し、私に向かって猛威を振るう。
私が脚に力を入れると地が減り込んでいくのを感じそれに見合うだけの速さが得られた。
今の私にとって風の刃は全く怖れを感じなかった。
炎の魔力は私の脚力だけではなく視力や思考の力、その他諸々全ての力を底上げしてくれており先程までは見る事さえもできなかった風の刃もくっきりとこの目に映っている。
白く緩い曲線を描いた刃が無数に此方へと向かってきている。私はそれを最小限の動きで避けるのみ。
右左上上右右左下左上下左右下。目に見えるものが避けられない道理はない。
シャオオオオオオオオオオオオオオ!!
自分の攻撃が当たっていないことを悟りグリフォンは更に大きな雄叫びをあげて翼を幾度となくはためかせる。
次々と数えきれないほどの風の刃が生成され此方に向かってくるが何という事はなく先程と同じようにして避ける。
その繰り返しが数度と続く事無く私の眼前にはグリフォンが迫っていた。
私はキッと目を細める。
「―――駆けろッ!」
怒号一閃。
サンライズを横薙ぎに払うと切っ先から炎が溢れだし、たちまち私とグリフォンの間に炎の壁が立ち塞がり両者の視界を遮る。
私は滾った剣を両手で高らかに上げ迷う事すら意識せずに炎の壁へと突貫する。
熱くはなく火傷をすることはない。今の私の身体はこの大炎よりも熱いから。
一瞬だけの炎の壁はすぐに消え去り、すぐ目の前では突如現れた私に驚き戸惑うグリフォンの姿があった。
捉えた。
「終わりだあああああああ! ”光輝の澪”!」
弾けるように私は勢いのままにサンライズを振り下ろす。
勢いづいた炎の刀身は止まる事無くグリフォンの肉に大きく減り込み、そして内側に圧縮された炎の魔力が一機に解放された。
次の瞬間、耳を劈くような音と共に巨大な爆発が辺りを覆った。
***
(Sideカディウス)
凄まじいほどの爆発だった。
周囲の木々は消し飛び燃えるような熱風が離れた場所にいる僕にまで届いた。
サンがグリフォンの前で炎の壁を作りそのまま突き進んでいった後に爆発が起きたのだから恐らくはサンの攻撃だろう。
おそらくサンの事だから思い切り肉薄して攻撃を放ったに違いないから、十中八九この爆発の中にいただろう。
…こんなレベルの攻撃を人間は耐えることはできるのだろうか。
「無事だといいんだけど」
急激に大きな不安を感じる。
観客たちも同様らしく静かなので、辺りはシンと静まりかえっているがその事が余計に不安に拍車をかける。
爆発の影響でもうもうと漂う煙のせいで視界は良好ではない。
今はサンの無事を祈るしかなかった。
『あっ…』
しばらくして誰かが声を上げ、その声の主の視線の先に皆が注目する。
カサッカサッと草を踏み分ける音が聞こえてくる。それは人のものか、はたまた獣のものか。
少しだけ構えを取っておく。
やがて何かが姿を現すのと煙が晴れるのは同時だった。
―――そこに立っていたのは横倒れで白目になったグリフォンを背後にし、所々破れた跡が目立つサンの姿だった。
その瞬間、大きな歓声が上がり、僕はふぅと小さく安堵したのだった。
ウェイバー「次回、いつになるかは分かんない!!」
イグサ「腹切って侘びとけぇぇぇぇ!」(飛び蹴り
ウェイバー「ぐぼはぁっ!!」(吹っ飛び