第3項:湖の占い師
「あんた、誰?」
時雨は自分の前に唐突に現れた彼女にそう言い放った。
彼女はスタスタと時雨にゆっくりと歩み寄ってくる。
そうして、時雨と彼女の距離がおよそ一メートルほどになった所で彼女は止まった。
「私は――――」
「その前に、ストップ」
「?」
時雨は話し始めようとした彼女の言葉を遮った。
時雨の目の前に居る女性は不思議そうな顔で首を傾げている。
「まず、何故にそんな格好?」
「おおっ!!」
今、気づいたらしく自分の体を見ている。
彼女自身、それが必要最低限の衣服だったのだが傍から見れば下着だけの恥ずかしい格好だ。
だが、彼女は別段時雨に己の肢体を隠そうともせずに淡々と話を続ける。
「こんな格好で悪いな。つい先程まで向こうの温泉に浸かっていてな、こちらから何やら不気味な声がしたので様子を見に来ていたんだ」
この人は絶対普通じゃない。
そう時雨は直感した。
まぁ、だれでも直感しそうな事ではあるが。
時雨は小さくため息をつくと会話を続けた。
「とりあえず、まずは服着て来なよ」
「ふむ。では、そうさせてもらおう」
そう言って小走りで茂みの向こう側へと駆けて行った。
それから3分ほどして再び小走りで彼女は戻ってきた。
服の形態から見て、おそらく学生だ。
先程の剣は変わらずに背中に携えられている。
変わったところといえば、髪が結われていてポニーテールなっているところか。
そういえば、よく見ると微妙に目つきが鋭い、本当に微妙にだが。
「待たせたな」
「いや、女の支度からすれば十分早いレベルだったけど」
時雨の言葉に彼女は、さっきと同様に小首を傾げた。
「そうか?まぁ、そんな事はどうでもいい。それよりも、今見ればお前のその服…」
「服?」
今、俺が着ているのはアメストリア学園の制服だ。
黒を基調としていて、ボタンや裾などが少し金色の学ランだ。
ちなみに、この学ラン。女の子達には人気であり、カッコいい人が着るだけでキャアキャア騒がれるほどになる。
今の例えでは、学ランが人気なのか着る人が人気なのか分からないがそこはまあ、よしとする。
「漆黒と金色で紡がれた衣服…。やはり…いや、しかし…むぅ…」
何かよく分からないが彼女は唸っている。
考える人のようなポーズをとりながら、その姿のとおり何かを考えているようだ。
それが何かは分からないが、とりあえず待っておくべきだろうと時雨は判断した。
「…悩んでいても仕方がない。今から、君をキューレ老の所を連れて行くとしよう」
「キューレ老?誰?」
「キューレ老はこの世界で一番の高名を持つ占い師だ。その方に確認してもらわねばならない」
「何を?」
「君がこの世界の運命を握る者かどうかを、だ」
「俺が…運命をねぇ…」
「驚かないのか?」
「いや、別に」
正直、そんな事を言われてもピンと来ない。
実際、驚くべきところなのだろうが俺はそこんところの感性が鈍いようだ。
「そうか。君は変わっているな」
彼女はクスリと微笑し、こちらを見つめた。
自分のほうを見つめてくる目を見て、時雨はあることに気がつく。
「そういえば、あんたの名前…聞いてなかったよな?」
時雨の言葉に、彼女はキョトンとしていた。
すぐに再び考える人のポーズをとり、唸りだす。
「そういえばそうだな。私の名…か。むぅ…」
何をそんなに悩んでいるんだろうか。
たかだか自分の名前を言うだけなのに、彼女は何故か悩んでいる。
少ししてから、ピーンという効果音が聞こえたような気がしたが気のせいだった。
彼女の顔を見ると、さっきまでの悩み顔とは打って変わって笑っていた。
「私の名だったな。私の名はナイト=プラウドだ!」
「…」
ナイトと名乗る彼女は満面の笑みだった。
(嘘くさっ!!というか、明らか偽名じゃん!!)
心の中で突っ込むも、あえて口には出さなかった。
ちなみに、ナイトとは騎士、プラウドは誇りという意味だ。
彼女は騎士が好きなのであろうか。
「さぁ、今度はそっちが名乗る番だ。まさか、名乗らないというのはないだろう?」
「当然だろ。俺は尼崎時雨だ。よろしくな」
「アマガサ=シキグレ?随分変な名前だな…」
「きる所違う!!アマガサキ、シグレだ!」
「ふむ…では、シグレと呼ぶことにしよう。では、シグレ。行くぞ」
こうしてシグレは自称ナイトである彼女と共にキューレという占い師の元へ向かう事となった。
***
シグレが占い師の所へ向かい始めたのと同刻。
ある国の王室の更に奥の隠し部屋で二人の男と一人の少女が秘密の会談を行っていた。
「何だと…。もう既に月の使者は敵国の手に落ちたのか…」
周りの二人に比べて背が高く、立派な黒い髭を生やした男が無念な顔つきへと変わる。
「そうでございます。すでに月の使者は太陽の巫女と共に行動しております」
この三人の中では一番背が低く歳をとってはいるが、幾重にも重ねてきた経験や知識を持つ鋭い目つきの老人が自分の遠見の結果を伝える。
遠見とはこの世界の魔法の一つで、自分が念じたものならば妨害されない限り例え何万キロメートル離れていようとも見ることが出来るといった優れものだ。
だが、この手の便利な魔法は警戒されるため妨害される事が多くなり成功確率が低いのが難点であったりする。
「相手の手中にあるとすれば、奪回するのは至難の業。もはや、我等に勝機が見えることはないのだろうか」
「そんなことはありません!!」
諦めかけている男に強く否定の言葉を投げつけたのは、セミロングの金髪に青い瞳を持った女性だ。
その瞳には強い意志が宿っており、輝きは失われる事がないくらいに強い。
「太陽の巫女が何だというのですか!月の使者は星の巫女であるこの私が必ず手に入れて見せます!!」
「おお!やってくれるか!」
俯いていた長身の男の顔がパァッと明るくなり、女性の手を握る。
「月の使者がこちらに来れば、長き戦争にも片がつこう。今は冷戦状態であるが、近い将来に攻め入るために準備をさせるとしようではないか」
「当然です。何としても月の使者をこちら側に連れてきましょう。敵国に攻め入る時には私も戦います」
女性は鞘から剣を抜くと、剣に誓うように自分の指先を切って刀身を少しだけ赤く染めた。
血の誓い。この国では、自分自身で流す血が決意の証になっている。
「今はまだ戦うべき時ではありません。たとえ星の巫女様の加護があろうとも、無茶をすれば大きな痛手を負うことになりましょう。今は来るべきに備えて戦の準備を」
「うむ。そうするとしよう」
老人と男が会話する中、女性だけが窓から空を見つめていた。
***
ナイトと名乗る少女とシグレが出発してから二時間。
彼等の目には、湖の畔にある小さな小屋が映っていた。
「ここはカイス湖。この国では最も大きな湖になる。そして、あれがキューレ老のおられる小屋だ」
シグレはナイトに連れられ、小屋に近づいた。
小屋から数メートルの所まで近づいた時、体に少し違和感を覚えた。
まるで、自分の体じゃなくなってしまったように上手く動かなくなってしまったのだ。
「結界が張ってあるからな。しばらくは上手く動けないが、じきに動けるようになるだろう」
そう言って歩いて行ってしまった。
シグレは上手く動かない体を懸命に動かしながら、後を追った。
そうして入った小屋の中は異様な雰囲気に包まれている。
奥の横長のテーブルの手前にはナイトが立っている。
その更に奥に座っている人はローブをつけていてフードを被っているので顔までは見えない。
「この坊やがあんたの言ってた奴かい?」
いきなり喋りだした事にも驚いたが、もっと驚いたのは声が若かったからである。
シグレは占い師と聞いて、もっと歳をとった老人を想像していたのだ。
「おや、失礼な事を考えているようだね。私はこれでも1027歳だ。まだまだお婆さんじゃあないよ」
「…」
人の心まで読むとは一体何者だろうか。
少なくとも、歳から言って人間じゃないだろ。
「キューレ老。それで、彼はどうなのでしょうか」
真剣な眼差しでキューレ老という人を見つめるナイト。
さっきまで話していた彼女の目つきとはまるで違った目つきだった。
キューレという人はフードに手をかけていた。
その手は、あり得ないほど白く美しかった。
白く美しい手はスルッとフードを取る。
「そうさね。この坊やは間違いなく世界の運命を握る者だ。アンタと共に運命を創る者さ」
「!!」
「なんだい。鳩が豆鉄砲喰らった様な顔して」
彼女の顔は二十台の美しい女性の顔をしていて、なおかつ頭には耳がついている。
そう、獣の耳が頭についているのだ。
「もしかして…シグレは獣人族を知らないのか?」
「お、俺の国じゃ…そんなのはいなかったな…」
「ほぅ、小僧の国とやらには獣人がいないのか。それはそれで興味をそそる」
キューレと呼ばれる占い師はおそらく狐の獣人だろうと、シグレは思っていた。
独特の尖った銀色の耳に猫や犬にはない滑らかな尻尾。
それが、以前読んだ本の中の狐の絵と酷似していたのだ。
「まぁ、そんな事はどうでもいいわい。それより、小僧が私の予言した者と違うかもしれないから偽名なんか使っているんだろう?そろそろ本当の名前を教えてやったらどうだい?」
「やっぱり偽名だったのか…」
まぁ、少なくとも女の子につける名前じゃないよな…とか内心で思ってたりしてた。
しかし、俺の反応に彼女は衝撃を受けていた。
「な、なんで偽名だと分かったんだ!?」
「…」
「クカカ♪そういうところは小さい時から変わらんな♪」
俺は沈黙し、キューレは笑っていた。
笑われた彼女は少し顔が赤かったが、すぐに元のきりっとした目つきに変わる。
「君が月の使者であると正式に判明した。だから、私も真名を明かそう。私は太陽の巫女、サン=イシュタリアだ」
「分かった。よろしくな、サン」
「さて、話が纏まった所で…小僧。何か質問があるなら今のうちにしておけ。この後、お前はサンの国へと向かうのだからな」
(サンの国というと…あの絵にあった国か)
シグレは自分が開いた歴史書に描かれていた絵を思い出す。
今思えば、あの絵にはサンが居た。
サンと出会うのも運命だったのかもしれない。
「えっと…さっきサンが言っていた月の使者とか太陽の巫女っていうのは何なんだ?」
その質問をした瞬間、キューレの目がキラリと光った気がした。
「良い着眼だな…。まぁ、なんだ。ぶっちゃけ言えば、太陽の巫女は太陽の力を持った女で月の使者ってのは月の力を宿した者のことだ」
「ぶっちゃけ過ぎてサッパリだな…」
シグレの言葉にキューレは深いため息をした。
「今現在、これぐらいしか分かっている事がないんだよ。あと分かってる事って言えば、星の巫女って奴もいるってことぐらいさ」
「星の巫女は、我等の国が敵対している国に居ると聞く。おそらく、シグレが私と共に居るという事は知られているだろう」
「それってヤバイのか?」
「普通はな、普通はだが。少なくとも、今すぐ攻めてくるって事もなかろう。だが、早めに王都へ行ったほうが良いのではないか?」
キューレの耳がヒクヒク動いている。
気になる。物凄く気になる。
だが、そこは我慢してサンのほうを見る。
「そうですね。…では、私たちはもう出発します。今から出れば夕刻には着きますので」
また長く歩く事を予測して、シグレは少しストレッチをする。
あまり効果は無いだろうが、しないよりはマシであろう事を信じて続けた。
そんなシグレを見て、キューレは「アホか」と一蹴してシグレの後ろにある戸棚を開けて中の物を取り出した。
「ほれ。餞別だ」
ポンとシグレとサンに渡されたのは、ペアの小さな水晶玉がつけられたペンダントだ。
「その水晶は特別でな。一つの水晶から分けられて作ったのがそのペンダントだ。相手に危機が迫っている時、水晶は赤く光るという。更に握り締めながら強く念じれば意思疎通も出来るらしい」
「そんな珍しいもの貰っていいのか?」
「おう。持ってけ持ってけ。どうせ、ここにあっても使われない運命だ」
「ありがとうございます、キューレ老」
「ああ、元気でな」
カラカラと笑いながら、尻尾をバタつかせている。
俺とサンはキューレに別れを告げると、王都へ向かって歩き出した。
アクセス数を見てこんな小説でも読んでくれている人がいるんだなということに感動しました(泣)
これからも、暇つぶし感覚で読んでやってくださいませ。