第38項:勇なる炎と優なる樹木
やれやれ…やはりあの二人は他の奴らとは段違いだな。
元々優秀な方ではあったが月と陽の傍で影響を受けたせいか、更に磨きがかかっている。
…少し派手な気もするが。
「…それにしても……」
面倒。
心の中でそう思ってしまう俺がいた。
だってそうは思わないだろうか…試験を始めてから約四時間強、なのに残っている組はまだ半分と少しぐらいだ。予想していた通り、生徒の大半が参加した為にペアにしたんだがそれでもまだ多い。
「……いっその事、五人組ぐらいにすりゃ良かったか」
そうすればもっと早く終わる。
ぶっちゃけて言えば、俺から見た感じ一次試験を突破できそうなのはアイツらと他の極少数。
後の奴らは己の実力を見極めることも出来ず、なおかつ与えられた唯一の力の増強の可能性―――協力という細い道を通り抜ける事すら出来ていない。
相手との最初の接触はそうであるか否かを示すには充分だ。
「――――――今更うだうだ言っても後の祭り、か」
軽い疲労から小さく溜め息し、再び冊子を広げる。
次の受験者の名前はお目当てのモノではなく、俺はまたちいさく溜息をつくのだった。
***
(Side カディウス)
ウェイバーとカノンが圧倒的な勝利で場を後にした後、しばらくはあまり聞き覚えのない人たちの名前ばかりが続けて呼ばれていた。
呼ばれてはフィールドに立ち、ものの一分もしないうちにリタイア…そういった人たちが依然絶えないでいる。
そんな中、僕たちはというと……
「雷の属性を使役する感覚はどんなものなのだ?」
「あぁ? あー、そうだな……口では言い難いんだけどな…なんつーかこう、自分と周りの時間の経ち方が違うってか…つーか、そんなもん人によって変わるだろ。教えてどうなるもんでもないんじゃねーのか?」
「それはそうだが…あの幾重にも敵を貫く浸透力、そして何よりあの息も止まるような高速、いや光速。私も使えるようになりたい」
「それって、”Lightning Load”の事か?」
「ああ。あれを使えるようになれば戦いの幅がグンと広がるだろう?」
「まあ、そうだけどな……ただ人其々によって適正とか得意不得意ってのがあるだろ? 風の武装は得意だけど雷は苦手、とかな。俺もお前のあの空中でジャンプする奴……出来れば欲しいと思うけど風のコントロールはなんか苦手でな」
「む……適正か」
向こう側で既に出番が終わったウェイバーとカノンが珍しく木に寄りかかってさっきの戦闘について話している。普段は相反する性格のせいか、あまり仲良いようには見えないケド最近何か怪しいような気もしないでもない。
……まあ、気のせいだとは思うけど。
「そう言えば……イグサ様」
「んー?」
「その…ずっと聞こうと思っていたんですけど、その首につけてる琥珀…でしょうか。その鈴、一体どうしたんですか? いつのまにか着けてましたよね?」
「あー、えーとこれは……」
一方でイグサたちの方に目を向けてみるとアニーがイグサにじりじりと迫っているのが見える。
「確か、グラスノアの件まではありませんでしたよね。ということは…」
「え、えーとそのあの……」
「……何やってるんだお前ら」
あ、シグレが気まずい雰囲気の中に……。
突然のシグレの出現にイグサもアニーも少し驚いたみたいだけど、アニーがすぐにシグレに駆け寄った。
「あのあの、シグレ兄様!」
「な、なんだ…?」
あらら、アニーに詰め寄られて少し引いちゃってるよシグレ。
今までよくこんな光景を見てきたけど、もしかしてシグレって押しに弱かったり…なんてね。
「ちょ、ちょっとアニー!」
「兄様はイグサ様の首の鈴の事、何か知っていますよね!?」
「鈴…?」
首を少し傾げてシグレはイグサの方を見やる。
「ああ。グラスノアの装飾品の店で買ってやったアレか」
「シグレ!」
「ん? 何か拙かったか?」
なるほどね…それでイグサが必死に隠そうとしてたわけか……今も少し頬を赤らめている気がする。
一方、アニーはというと…
「か、かかか買ってやった…やった…やった…そそ、それは所謂プレゼントという奴なのですかそうなのですか!」
…アニー、キャラ壊れてない?
というか呑気というか緩みすぎてないかな……まだ僕たち試験終わってないんだけどな……おや?
「ふむ、それは聞き捨てならない話題だな」
「一体全体、どんな経過を経てそんなことになったんだ~?」
「お、おい…」
さっきまで向こうで話していたウェイバーとカノンまで……はぁ。
二人の加入で更に騒ぎが大きくなるだろうな。
「ねえ、サンは行かなくてもいいの?」
多分呆れ顔であろう僕は隣で目を瞑り静かに佇んでいるサンに声をかける。
僕の声に反応しサンがゆっくりと閉じられていた眼を開く。
「もうそろそろ……私たちの番が来るだろうからな。今は心を落ち着かせることに集中している。……まあ、気にはなるのだけどな」
「ふーん。僕からしてみれば、サンはいつも落ち着いている感じするけどね」
「そんなことはない。私だって人の子、君たちと同じ人間である以上大事に前には緊張もするし不安もある。何かあった時に自分を抑えられる自信も実力もない」
「僕にはそうは思えないな。君はいつだって自信、というか情熱に満ちている。そして、それに見合った才にも溢れてる。羨ましい位に、ね」
「それは過大評価というものだぞカディウス。私はいつも自分に自信が持てない小心者だ。目の前のことに全力で取り組む事しかできない未熟者。それが私だ」
「それが……」
それが凄いことなんだ、と言おうと思ったけどこれ以上何を言ってもサンは否定するだろう。
凡人が持ち合わせない才を持つ者が更に上に進むために他人以上の努力をする。
それが如何に凄く、辛く、そして難しいことか。
「まいったな……」
思わず情けない声が出てしまった。
「皆凄すぎて…追いつける気がしないよ」
「? よく分からないが…何故だ?」
「だってそうだと思わないかい? シグレはグラスノアの王子でついこの間までは周りより少し突出してるって感じだったのに、今じゃ学園トップの君でさえも圧倒するほどだ。その君も前よりずっと強くなり続けてシグレと競い合っている」
この二人は別格だと、途中で気づいていた。
でも……
「イグサもウェイバーもカノンも元々学園では実力もあった方だし、今でも君たちに負けない位の実力をつけている。治癒騎士組のアニーだって最近めっきり魔法が上達して、治癒の才能が芽吹いてきている。それに比べて僕は……」
「君は?」
僕の言葉に続けるサンの顔を見て、すぐに指に嵌めた指輪に目を落とす。
木々の葉の隙間から射しこむ木漏れ日を受けて”常盤の指輪”がきらりと煌めいた。
「召喚で呼び出したこれがないとろくな魔法も使えない賢者騎士組。その組でさえフェブレード家という名家の血筋だからこそ。魔法も上達している気がしない。所詮、僕は血筋だけの……」
「それは違うぞカディウス!」
落ちこぼれ、と続けようとした時にサンの小さめな叫びがそれを遮る。
「君は決して弱くないと私は思う。私たちの中で誰よりも努力していて、私たちの中で誰よりも魔法の事を知っている。それは皆が認めている。それに……」
少しだけ微笑んで、サンは僕の肩に手を置いた。
サンの炎の魔力のせいか身体が少しだけ熱を帯びたかのように熱くなってくる。
サンはゆっくりと、そしてはっきりと言った。
「君は誰よりも、優しい」
「僕が……優しい?」
唐突に言われた言葉。
その言葉の意味の不可解さに僕は困惑するしかなかったが、サンは至って真面目な顔で僕を見てくる。
「誰にでも優しく、誰よりも気が利き、誰よりも他人のことを第一に考える事が出来る。それは立派な強さだと私は思うぞ?」
「………でもそんな事強さには関係は……」
「ある。戦闘において常に味方に気を配り、常に味方にとって最善となる事を考え、そしてそれを行動に移すこと。それは、とても難しいことであり素晴らしいことだ。そして君はその素晴らしい才能を持っている。だから……」
少しだけ言葉を濁し、サンは顔を僅かだけ歪ませた。
「さっき言おうとしたことを、決して私やシグレたちの前で口にしないでくれ。そんな事を言われては私たちは悲しくなる。君がそんなものではないと知っているから、尚更だ」
「………………」
「私たちは人間だ。完璧な者など一人も居はしないし、他と完全に同じ者も居ない。足りない所は補い合えばいい。私たちは友であり、『仲間』なのだからな」
そう言ってサンははにかんだ。
と同時に少し照れくさそうに頬を赤く染めている。
……僕は涙が出そうなのを必死に堪え、指輪のついた手をぎゅっと握りしめた。
「…………ありがとう」
小さめだけど、様々な事に対しての本当の感謝の意を込めて。
サンは小さくしっかり頷いて木に立てかけていた大剣を手に取った。
「さあ、私たちの出番のようだ。戦いを目にするみなに、私たちの勇を見せつけようか」
「えっ…でも」
自分たちはまだ呼ばれていないはず。
そう思った矢先だった。
『次、サン=イシュタリアとそのパートナー…前に出てこい』
「………君は本当に別格だと改めて本気で思うよ……」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない」
今更弱音を吐きなおしても意味はない。
彼女は、彼女と彼らは僕の友で仲間だと言ってくれた。
ならばこの才無き自分―――カディウス=フェブレード…この戦いで意地を見せようか。
「というわけで、次は僕たちの戦いとなります」
「まぁ、そこまで期待するものでもないぞ? なんせ……」
「そうだね。必死こいてるあの人が書くんだからね」
「むぅ…これでは少なからず居るであろう読者様に顔向けができないな」
「こればっかりは仕方ないね。とりあえず、仮だけど次回予告だけしとこうか?」
「そうだな。ということで……」
次回『きっかけと意地』(仮)