第37項:サンダーストーム
「(アニーに関しては何も言うことはないな…これまでの成長の成果、十分見せてもらった。イグサ=ハーミレイ…一族伝来の結界の技に依存しすぎな面もある…あれは格上相手には危険だが…最後の強化には目を見張るものがあった)」
周りには見えないように冊子を広げ、今の戦いについてを軽く纏め上げる。
危うい場面も多々見られたが少なくとも即席のコンビネーションすらなってない奴らよりかは数段上のレベルか。
まあ、二人とも前陣を切って出れるようなタイプじゃないし、その点でいってしまえばこの勝利は十分な実力の示唆にもなる。
速さ特化型と後方支援型のペアで岩石兵を倒したのだからな。
「…さて」
パタリと冊子を閉じて気持ちを切り替える。
次の受験者は…ウェイバー=グラハムか。
***
「お疲れだったな」
満身創痍…とまでは言わないまでも服が所々破け肌が露になっているイグサに言葉をかける。
「アハハ…結構手強くってさ。最後の方は無我夢中って感じだったね」
「だが、最後のあの炎を纏うやつ。前々から練習してたんだろ? 今日は一段と決まってたじゃないか」
「そうでもないよ。やっとさ手応えを感じて、感覚を掴んだってところ。それも…」
言葉を続けながらイグサはチラリと視線を自分の後ろへと移す。
サンたちに囲まれ、嬉々としているアニーの姿を認識するとフッと微笑して再び前を見やった。
「それも全部あの子のお陰。アタシが感謝したい位」
「フフッ…収穫があったのならあの苦戦もあって良かったんじゃないか?」
「冗談。もうご免ってね」
肩を竦めて小さく鈴を鳴らす。
二人で小さく笑い合っていると、此方に気づいたのかアニーがテテテッと駆け寄ってくる。
それに着いてくるようにサンたちも此方へと足を向ける。
「兄様兄様! 私頑張りました!」
「ああ、アニーが頑張っていたのはずっと見てたさ。お疲れ様」
俺を見上げるようにして屈託のない笑みを向けてくるアニーの頭を撫でる。
それを恥ずかしそうに、だが決して嫌悪感はなくとても幸せそうにアニーは受ける。
「これでようやく俺らん中じゃ一組目か。一体全体何人いるんだよって感じだよな」
「ぶつくさ言っても仕方ないよ。学園の殆どの生徒が受けてるんだから二人一組って言っても結構な数だよ」
「そりゃ分かってんだけどなー…」
こう長く待たされるのもなー、とウェイバーが退屈そうに渋る。
「…そんなに急く事もないだろう。幸いにもかなりの数の組は短時間で脱落しているからな。焦らず待っていればそのうち…」
『次、ウェイバー=グラハムとそのパートナー…前に出てこい』
「御覧の通りだ」
パートナーの名前が呼ばれ、カノンの口元が待ってましたと言わんばかりに釣り上がる。
ウェイバーには何だかんだ言っておいてカノンも強敵との戦いを目の前にずっと待ち望んでいたらしい。
「んじゃ、行ってくるわ」
「余計な心配などせず、高みの見物でもしておいてくれ」
自らの獲物を確認しバーンの元へ向かおうとする二人に、
「はい! お二人とも頑張ってください!」
「休憩がてらゆっくり見させてもらうからね?」
「心配はしてないケド、油断だけはしないようにね」
「健闘を祈っているぞ」
「ま、気楽にな」
上からアニー、イグサ、カディウス、サン、シグレの順で声をかけていく。
ウェイバーとカノンは何も言わず笑みだけを浮かべると軽く脚に力を入れ、ウェイバーは真っ直ぐ、カノンは上空へと飛び出した。
ざわ……ざわ…
紫電の軌跡を描きながら込み合った生徒の中を光速で駆け抜けるウェイバーと、宙にまるで足場があるかのようにステップしながら人混みの上を進んでいくカノンに生徒たちがどよめきを上げる。
だが当の本人たちは全く気にせずに腕組みをしているバーンのすぐ目の前にまで参上した。
「お前ら…もう少し普通に出てこれないのか…いや、いい。…ウェイバー=グラハムとそのパートナー、カノン=ウィアルド。間違いはないな?」
「はい」
「…よし。特に言うことはない。というか、めんどいからさっさと行って来い」
「おいおい……」
雑すぎだろ…て言っても仕方ないけどな。
そんなことはお構いなしに、バトルフィールドへと動く。
フィールドは今までの戦闘の分なかなかに荒れ果てており、ある所は大きく地が裂け、ある所はゆらゆらと炎が揺らめき、またある所は霜が立つほどに凍てついている。
「おーおー、こりゃまたえらいことになってんな」
「兵たちが夢の跡…とはこの事か。しかし、こうも荒れていると……」
「充分な力が出せない、ってか?」
わざと挑発気味に言ってみる。
だが俺の相棒は予想通りの笑みと言葉を返してきた。
「ふっ……まさか。逆に遣り甲斐がある」
「上等…! どうやらお出ましのようだぜ」
「ああ、そのようだな」
目の前に広がる荒れ地に幾重にも重なる光が走り召喚用の陣を形どる。
地に描かれた陣の輪郭が光の柱を宙へと昇らせる。
俺がゆっくりと相棒である棍”エアード”を構えると、カノンの奴も腕を交差させて腰に携えた双剣を鞘から抜き取った。
「先制攻撃、ぶちかませや。っつーわけで掴まれ」
「先制はいいが…何をするつもりだ?」
「そらまあ、雷の速さって奴を味合わせてやろうかと」
脚にバチバチと弾ける金色の雷を纏わせて見せる。
少しの間があったものの、小さくため息が聞こえ肩に手が置かれた。
「これも経験だと思わせてもらうよ。私が雷の属性を使うための、な」
「どうぞご勝手に、ってな。…振り落とされんなよ?」
「遠慮は無用だ」
…相変わらずの可愛げのないほどバッサリかつ毅然とした態度。
普通の女の子なら少しは可愛い反応を見せてくれるもんだがな~…まあカノンだしな。
今更か、などと思いながらも口元が歪む。
こいつのこういう肝が据わったところは、嫌いじゃない。
「んじゃあ…行くぜ」
立ち昇る光の柱がより一層強い輝きを放つと同時に魔法陣の上にわらわらと獲物が溢れ出てくる。
その瞬間、俺は地を蹴った。
”LIGHTNING LOAD”
雷を纏った俺の脚は問答無用で俺たちを光速以上の速さの世界へ連れて行く。
正直なところ未だこの技術は完成していなく、一度決めた方向から向きを変えるためには一瞬だけ止まらなければならない。
それは自分でも致命的な欠陥だとは分かっている。
だがやがてはトップスピードのままで自在に動きまわせるようにするつもりだ。
まあ、今は無理だが獣程度の相手ならその欠陥も問題ではない。
こいつ等に、俺のスピードを知覚するなんて芸当は不可能だ。
まさにあっという間。
俺たちが姿を消したことで困惑している獣たちの群れの後方へと回り込んだ。
「おら、行ってこいっ!!」
「誰に物を言っている!」
俺が叫ぶや否や、カノンは既に俺から離れ獣たちのまうえに跳び上がっていた。
無防備な状態の奴らに構わず脚を曲げ、妖艶に腰を捻って大きく回る。
「いざ! 舞刀・壱の太刀”凪叉”」
その長くサラサラな黒髪を大きく揺らし、カノンは大きく双剣を振り下ろす。
その数は一つや二つではなく、曲芸でもしているかのように何度も回転し獣たちが視界に入る度にそれを振るう。
突然の背後からの襲撃で獣たちが更に戸惑いの色を強くするのが目に見えて分かる。
カノンの風の刃は容赦無しに一か所に固まっていた獣たちの殆どを殲滅した。
あっけねえな、などと思いながらも俺は再び脚に電気を宿らせ地を砕いて進む。
狙うは目の前の固そうな甲羅を持つ巨大な亀。
俺が光速に入った瞬間に動物的本能が危険を察知したのかすぐさま甲羅の中へ四肢を引っ込める。
ガギンッ
俺の放った一撃は大方予想していた通り強固な甲羅で威力を全て吸収される。
その機に乗じてカノンの攻撃を免れていた獣たちが後方より飛び掛かってくるのが気配で感じ取れる。
「(やっぱ所詮は獣ってか。歯応えねえな)」
別段窮地であるわけでもなし、慌てる事はないし慌てる必要もない。
もともとこの亀だけを狙っていたわけじゃない。
魔力を凝縮させ掌中にある棍へと移行、球体の雷が弾け飛ぶ光景をイメージする。
術技とはすなわち、魔力とイメージの生成物。
最近になって俺はそう思うようになった。
「命が惜しい奴は今すぐ退きな……」
途端、獣たちが何かに脅えるかのように足を止める。
何かが起こる、地震か津波か台風か。
人間よりも鋭く高性能の本能がガンガンガンと警告の鐘を鳴らす。
迷いもなく、一目散に目の前の人間に背を向け走り出す。
だが判断を下している時点で手遅れだった。
「今更無駄だけどな! 果てろっ”CHAIN-VOLTICS”!」
棍に溜めた雷の魔力が四方八方にに炸裂。
さながら雷の槍の如く幾重にも獣を貫き、その姿を哀れな黒炭へと変える。
最も間近で雷を受けた巨大な亀はピクリとも動かず、甲羅の中で事切れていた。
続け様に風が吹き荒び、上空にいたカノンが俺の隣の静かに着地すると、身体が地面とほぼ平行になるように膝をつきながら手に持つ双剣を振るう。
剣が巻き起こした風は炭となった獣どもを粉々に砕き、空高くへと舞い上がってしまった。
「やりすぎじゃねえか?」
「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうよ」
「へへっ…違いねえ」
時間にして約十秒足らず。
それは観戦する者たちを驚愕させるのには十分な時間だった。
次回予告『勇なる炎と優なる樹木』
シグレ「…全然更新できないからといって作者の奴次回予告で締めようとしてるぞ」
サン「そういってやるなシグレ。ひたすらない脳みそに知識を詰め込んでいるのだからな」
シグレ「…最近毒舌になってきてないか?」
サン「? 何がだ?」




