第36項:紅蓮舞う
「あいつも、ようやく壁を越えたか……」
誰にも聞こえないような声量で一人ごちる。
こいつらの中で俺が最も長く見てきたのは言うまでもなくアニー=トレアベル。
そう、あいつに頼まれてから…
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『ねぇ、バーン。一つだけ、お願いがあるのだけど…頼んでもいいかしら?』
『願いの内容にもよる。お前は自分一人で捌けなくなると大体俺に色んな事を回してくるからな』
アレナは他人が嫌がるような仕事も率先して引き受ける節がある。
それに加えて上位の治癒騎士であるからか、『豊穣の治癒騎士』と謳われる。
だが結果的に、引き受けたはいいが自分一人の手に負えなくなるといつも俺にこう言ってくるのだ。
『ふふっ。大丈夫、バーンだったらきっと引き受けてくれるわよ。だってバーンですもの』
『お前な……』
どうして俺の周りには常識人というか、普通の奴がいないのだろうか。
この天然に加えて熱血馬鹿やて唯我独尊に引きこもり……。
苦労性だな、俺。
『で、そのお願いってのは何なんだ』
それでも引き受けてしまうのが俺、バーン=ゲートルだった。
何だかんだ言って俺もアレナに劣らぬお人好しに違いない。
『うん。お願いっていうのはね…私の娘知ってるでしょ?』
『ああ、アニーか。前に会ったのは何時だったか……アイツは俺のこと覚えてないだろうがな。で、そのアニーがどうかしたのか?』
『そのアニーが、聖シュバルツ学園に入って騎士を目指したいって私に言ってきたの。あの滅多な事で自己主張をしなかった、アニーがね』
『なるほどな。それで学園で教師をしている俺に白羽の矢が立った、というわけか』
「そのとおり」と言わんばかりにアレナは嬉々として両掌を合わせて満面の笑みを浮かべる。
『他の十騎士の誰かにでも頼もうと思ったんだけど皆副業で忙しいから、ね? 私も自分の仕事があるし…』
ちなみに副業が許されるのは王の意向だったりする。
鍛錬を怠らず、尚且つ召集には副業があろうが直ぐに応じることが条件だが。
その為、俺を含めて守護十騎士は皆副業を持っている。
『で、それなら間近で教師やってるバーンにアニーの事、任せようかなーって。…ダメかな?』
そうして身長差を利用してお願いするように見上げてくる。
こういう事を無意識にしてくるから俺も困らされるわけだが。
呆れ顔でため息を吐きつつ、頭を掻く。
『……遠くから様子を見とくだけだかだからな』
『うん、それでいいの。ありがとうね、バーン…』
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最初の方はアレナに頼まれたから見ていただけだったが、ここ最近は否が応でも目を向けたくなる。
だがアイツらに出会ってからアニーは変わった。
シグレたちに出会った事が良い方向に転がったみたいだ。
結果、アニーは身体的にも精神的にも大きく成長した、それこそ全く不安を感じさせないほどに。
だからこそ、今も心配はしていなかった。
「アイツはもう大丈夫だ。十分、一人前だよアレナ」
俺は恐らく仕事でバタバタしているだろう同胞に向けて小さく呟いた。
***
口に獅子王を咥え右手は未だ印を結んだまま、空いている左手を後ろへと回す。
指で三の数字を作り、ゆっくりとその数を減らしていく。
依然として岩石兵は自分たちに向かって岩を飛ばし続けている。
この結界がある限り、今しりていることが全くの無駄な行為ということが分からない所はやはり獣だな、などと思いながらも神経を研ぎ澄ませる。
機を誤れば自分はともかくアニーが危険になる。
そんなことにはさせないためにも、飛来する岩石を全力で見極める。
やがて長くて短いような数秒が過ぎその機は来た。
「っ!」
立てていた一を表す人差し指を折り曲げ、瞬間結界の印を解いて脚に力を込めて突貫する。
自分の後ろでも同時に走り出す気配が感じられて少しだけ笑みが浮かんだ。
だがすぐに気を引き締め、自分ではなくアニーに照準を向ける岩石兵に脚に付けたホルスターから抜き取った苦無を投擲。
ダメージこそ与えられなかったものの、キンッと当たった苦無は岩石兵の注意を惹き付けるのには十分だった。
体を反転させ連射をこちらに向けて放ってくるが、こちらも持ち前の速さと反射神経、動体視力で対応して眼前に迫る岩石を寸での所で回避する。
既に乗ったトップスピードと共に岩石の雨を潜り抜けて岩石兵へと接近する。
スピードに身を任せ、勢いを殺さずに真下へと滑り込んで全力の一撃を放つ。
「吹っ飛べえええええ!」
ドスと鈍い音が響くが構わず力を込め続ける。
しかし、岩で造り上げられたその巨体を支える足は依然として地に着いたままだった。
「クッ…!」
思わずギリリと歯を噛み締め、イグサの額から汗が一滴垂れ落ちた。
***
イグサの合図と同時に結界が解かれる。
アニーはその瞬間を見計らってイグサとは違う方向に大きく飛び出した。
「はっ…はっ…」
今までにないってくらいの力を振り絞って走り続ける。
横目でチラリと岩石兵の方を見やると、自分に向けて照準を合わせている姿が目に映った。
ゾクッと背筋が震え目を閉じてしまうも、暗闇の中でキィンと何かが弾けるような音が聞こえる。
目を開け、再び見やると岩石兵の気を惹くために岩石群の中を残像が残るくらいのスピードで動きまわるイグサの姿が見えた。
アニーは安堵し、そのまま走り続けて何とか岩石兵の射程範囲を脱した。
乱れた呼吸を整えて身を翻すとそこには予想外の光景が広がっていた。
「イグサ様…っ!」
その光景とは岩石兵の巨躯の真下で静止しているイグサ。
確か宙に飛ばしてそこで決めると言っていたはず……ならば何故…。
少しの間考えを巡らせてアニーはそこでハッと気がついた―――イグサはパワータイプではないということに。
「わ、私が…なんとかしなきゃ……でも、でも……」
こんなことになったのは自分のせいでもある。
ここでパニクってオタオタして何もできないのは……今までの自分だ。
「私だって……仲間の一人……だったら」
することはただ一つ。
それは……。
「今まで使った事なかったけど……お願いします! どうか、イグサ様を!」
アニーは自分の手の中にある鈴命を左右に振り、宙に明るい茶色の魔法陣を浮かび上がらせ、覚悟の籠った声で叫んだ。
「”ジオズ・ロック”!!」
アニーの叫びは魔法陣を震動させ、陣から放たれた光は大地を割くようにして岩石兵とイグサへと走った。
***
ただひたすら力を込め続けているイグサの額には筋が浮かび上がる。
砕けてしまうのではないかと思うほどに歯をきつくくいしばるも依然岩石兵の巨躯は動く気配すら見せない。
脚に全てを集中させる一方、イグサはあの岩石兵の動きにも気をやっていた。
速さで見失わせた自分の存在はそろそろ岩石兵に悟られる頃だ。
そう思った矢先、辺りを見渡す素振りを見せていた岩石兵がこちらに気づいたらしく、その極端に大きい剛腕を振り上げた。
「ぐ…ぅ…」
幾ら力を込めても上がる見込みがない現状。
一旦距離をとって、とも思ったがそうすれば先の状態に逆戻り。
下手すれば上手く引き離したアニーに矛先が向くかもしれない…今は引けない。
「うあああああああああぁっ!!」
高く吼えて、全身の力を集約させる。
自分の脚を中心に地がビキビキと罅割れる。
岩石兵はそれをものともせず振り上げた腕を重力に任せて振り下ろす。
焦りと共に再び歯を食いしばった時イグサの目には暖かい大地の色をした光が飛び込んできた。
その光が真下まで来たかと思うと、大地が大きく裂けイグサの脚にかかっていた重い負担がフッと軽くなった。
「なっ、なに…?」
巻き込まれないように大きく飛びずさって上を見上げる。
青い空に不自然な岩石の塊―――光と同時に現れた巨岩の山に打ち上げられた岩石兵が身動きを取れずにもがいていた。
『イグサ様っ!』
今です、と言わんばかりに呼ばれた自分の名前で直ぐに何が起きたかを理解する。
フッと口を笑みで歪ませ、岩石兵の後に続くように跳び上がり、そのまま岩石兵を跳びこして真上に位置付けた。
「あのアニーがあそこまで頑張ったんだから………アタシも応えないとね」
瞬間、イグサの意志に呼応するかのように四肢を深紅の炎が激しく覆う。
この感覚は今までにも何度もあったが、ここまではっきりしたものは初めてで…とても熱かった。
『イケる』と胸中で小さく呟き、素早くホルスターから苦無を抜き去り振り上げるように投擲する。
その苦無でさえも同じ赤い炎を纏い、今度は弾かれる事なく岩石兵の身体に突き刺さった。
「はああああああああっ!!!」
再び雄叫びをあげながら、落下する岩石兵に突き刺さった苦無目掛けて共に重力に逆らわずに降下する。
小刻みに動く細く小さな苦無の取っ手に狙いを定め、捻りを加えた渾身の炎の回し蹴り。
それは非力な方のイグサが放ったモノとは思えない威力で、寸分の狂いもなく取っ手に打ち込まれた炎の蹴りの力は苦無を通して一点に凝縮され、岩石兵の巨体を否応なく轟音と衝撃を響かせて大地に減り込ませ、跡形もなく砕いた。
それらの数瞬の出来事の後には、ただ閑散とした静寂だけが漂っていた。
ウェイバー「現在筆者は必死で勉強中…だってよ。良くやるよな」
カノン「そう言ってやるな。出来の悪い脳みそを必死で鍛えているんだからな」
カディウス「と、いうわけで更新低下はまだまだ続くみたいだね。見てくれている皆さんには悪いけど、どうかご了承をお願いします」
ヴァルナ「次回はどうやら風と雷が訪れるようです。……ヴァルナとマスターの晴れ舞台はまだまだのようですね」
イグサ「アンタが言うと何か含みがあるようにしか聞こえないんだけど…」