第34項:騎士選抜試験
楽しい時間であればあるほど、集中していればしているほど……時が経つのは早いというのは一切疑いの念を抱かれない事実である。
現にウェイバーの一件から更に早二ヶ月が過ぎようとしていた。
その間、修行やら勉強やらで忙しかったものの殆どの時間を仲間全員で過ごしたその時間は楽しく大切であったというに値する濃密なものだった。
互いに切磋琢磨し合えた事もあり、ここ最近になって自分が強くなっている事がそれぞれ感じられた。
そして、今日。
告知を見た日から丁度三ヵ月後であるこの日、俺たちはメアディ・アルの森に訓練に出たときと同じ様にグラウンドに集合していた。
***
「予想はしていたけど、受験する人はメアディ・アルのサバイバル訓練に比べると桁違いだね。まあ、この試験に合格すれば一足先に騎士になれるし、あの時と違って参加資格に制限は無いから当然といえば当然なんだけど」
自身の魔法発動の媒体である指輪を布で磨きつつカディウスが呟く。
実際グラウンドには、この広い土地を埋め尽くすのではないかと思うぐらいの人数が揃っており、その中の一人一人がピリピリと張り詰めた空気を醸し出している。
緊張からか、それともライバル意識からか仲間と話をしている者も決して多くはない様子だ。
そんな中でのんびりと言うかマイペースな雰囲気でいるのが俺たちなわけだが……。
「でもさでもさ、この騎士選抜試験って学園の卒業試験より難しいって話でしょ? 実技なら兎も角、ペーパーテストなんか出てきたらどうするのさ?」
「ぺ、ペーパーテストゥっ!!?」
一人驚愕の声を上げ、顔がどこかの絵画のように真っ青になっているのは言うまでもなくウェイバー。
一番年下のアニーを含めても筆記で成績が最も悪いのはおそらくこいつだろう。
「私は実技も不安ですけど……筆記試験であるならほぼ間違いなく、殆どの人が落ちるのではないでしょうか……。ここ、聖シュバルツ学園の卒業試験は難しいと評判になる位ですから、それより難しいとなると……」
今まで明るかった雰囲気が一気にズーンと暗くなる。
沈んだ空気に腕組みをしていたカノンが呆れたように溜息をつく。
「ここまで来て今更だな。試験の内容が通達されていないこの状況下で、内容についてあれこれ考えるのは無駄な徒労にしかなりはしない。騎士たるもの、どんな物事にも冷静に対応する力が求められる。今は心を落ち着かせることぐらいしか出来はしない……どうした?」
「……いや、なんつーかさ。お前、大丈夫なのか?」
何のことだとカノンは小首を傾げる。
何かに怯えるようにするウェイバーたちにカノンはただ?マークを浮かべるだけである。
「お前って確か、朝……、弱かったよな?」
「その割には、ていうと失礼ですけど……特に苦もなく平気そうですよね……て、はわぁっ!? 」
瞬間、カノンの眉間に皺が寄り、額には薄っすらと青筋が浮かび、目が鋭くなる。
急な変化に思わず飛び上がったアニーは着地すると同時に結構な距離を置いた。
「平気? 苦もなく? そう、見えるか、この、私が……?」
「ひぅっ! す、すすスミマセンごめんなさいもうそんな事軽々しく言いませんから許してくださ~い!!」
「あのさカノン。僕たちなら兎も角、アニーに八つ当たりしないでよ」
「…朝弱いって騎士にとってある意味致命的じゃない?」
どうやら前途多難といった感じであった。
***
一方でシグレとサンはウェイバーたちから少し距離を開けて立っていた。
勿論、他人の振りをしているわけではなく話を聞かれないためである。
ついでに言えば周りにも聞かれないようにある程度声は抑えている。
「…この選抜試験。俺たちが強制された理由はやっぱり…」
「多分、月詠と天照であるからだろうな。おそらく彼は知っているよ。私と君の秘密を」
「……何故そう言いきれる?」
「彼―――バーン=ゲートルは我が国が誇る王国守護十騎士のうちの一人。ちなみに、カイス湖にいたあのキューレ老も守護十騎士の一人だ」
「…………………………マジ?」
「マジもマジの大マジなのだが」
俺が疑惑に満ちた視線をぶつけてみてもサンは至ってあっけらかんとしたまま。
サンの事を疑うわけではなかったが、余りにも突拍子な内容だったのでただ唖然とするしかなかった。
それに不服を感じたのか、ほんの少しばかりサンはムスッとする。
「君だって私がこの国の中枢に位置する立場にあるのを知っているだろう? ならば驚きこそすれどその疑惑に満ちた視線をぶつけるのは間違ってると思うぞ」
「だってお前……………いや、あの二人が守護十騎士の仲間っていうのなら俺らのこと知ってても当然っちゃ当然か。………………なぁ、サン」
俺の呼びかけに疑われて拗ねていたサンが「なんだ」と小さく応える。
「俺とお前が最初に会ったとき……俺のこと『世界の運命を握るもの』とか言ってたよな。あれって……」
「ああ、あれはキューレ老の神託の内容の一部分だ。そういえばまだ話していなかったな」
「神託?」
単語自体に聞き覚えはあるがこの場合、どのようなことを指しているのかがいまいちピンとこない。
それを察したのか、シグレにどう説明するかとサンが人差し指の関節を唇に当てて暫し思考に耽った。やがて思考を終えたのか指を唇から離すがサンは難しい表情を浮かべたままだった。
「あまり上手くは説明できないと思うがそれでもいいか?」
自信なさげなサンに俺は小さく頷く。
「分かった。…………あまり信じられないとは思うのだが、キューレ老は『世界の理』を断片的に覗く事が出来る」
「『世界の理』?」
聞き慣れない言葉に思わず聞き返してしまったが、サンは「ああ」と肯定の意だけを告げて続ける。
「この世界が今現在まで辿ってきた軌跡、そしてこれから辿るであろう現在から未来への道筋。数にして無限に存在するであろう、過去から未来への流れ。その無限に存在する流れを一つに纏めたものを『世界の理』という。それを断片的にではあるが知る事が出来る術というのが、キューレ老の一族に伝わる秘術だそうだ」
「ってことは、過去に起きた出来事や未来でこれから起きる出来事とかが分かるっていうのか? 冗談みたいな話だな」
「冗談ではなく事実だ。過去を知るのは勿論、道の分岐点の先に広がる様々な未来。そしてその中にある無数の情報をもたらす秘術。だが、術者は任意で情報の内容を選ぶことは出来ない」
「…どういうことだ?」
「―――世界自身が世界自身の為に過去・未来から情報を選び言葉として術者に授ける。そのプロセスに術者は介入できず、ただ世界が手渡す情報を受け取ることしか出来ない。まるで世界自体に意思があるかのように、何かに護られているかのように。そして、その授けられた言葉こそが『神託』と言われているそうだ。神に託された言葉、としてな」
「詳しいことは余り知らないのだがな」とサンは真面目な顔もそこそこに肩を竦めて見せる。
サンもそう言っていることだし、再びキューレの元を訪ねる必要があるかもしれない。
だが、今の状況ではそれが何時になるかは分からない。
もしかすれば自分達がこれからすべき事についての取っ掛りがその神託にあるかもしれない。
だとすれば聞いておくに越したことはないだろう。
「……さっき言ってた『世界の運命を握るもの』って奴の神託の内容、全部覚えてるのか?」
「とりあえずは、な。何分聞いたのが結構前だから私の解釈なども混ざってしまっているかもしれないが……それでも聞きたいか?」
「ああ、頼―――」
『はいはい注目~。注目~。……そこの男子共、注目っつってるだろーがっ! 話聞けやっ!」
突如パンパンと拍手のような音と共に聞こえてきた声によってシグレの言葉は遮られる。
すぐさま隣に視線で合図を送ると、サンは静かに頷いてソロソロと忍び足で先程まで騒々しかった皆の方へと近づいてゆく。
シグレも音を立てずにゆっくりとサンの後に続いた。
イグサたちの元に辿り着くと、すぐさま声のしてきた方へと身体を向けた。
一方で騎士選抜試験に準備万端の臨戦態勢で臨む生徒の群集の前に堂々と腕組みをして立つバーンは辺りをグルッと肝心の者がいるかどうかを確認する。
お目当ての人物は案外直ぐに見つかり、今はいつものメンバーで集まってこちらを見ていた。
少し前とは明らかに違う、一際目立つ魔力を持った集団に思わず顔がにやけてしまうも必死でそれをひた隠す。
教師としては自分の生徒が成長している様を見るのは嬉しいものだが、今はそんな事を考えているときではない。
バーンは集合している生徒全員に聞こえるよう大きな声で喋り始めた。
「んじゃ、これから騎士選抜試験を行う。これに合格すればお前たちも卒業試験すっ飛ばして晴れてお前たちも国を護る王国騎士の一員となれる。やるからには合格を目指せ、以上。ちなみに試験の合否はこの俺が独断と偏見とほんの少しの思いやりを持って務める」
直後、生徒たちが揃って不満の意を示すようにざわめき始めた。
しかしバーンは全くに気にも止めはしない。
「なお、選抜試験は別の場所で行われる。その場所までは俺が転移魔法で送る……くらぁっ! 騒ぐんじゃねえ!」
バーンが一喝すると当たりは瞬時にシーンと静まり返る。
騒いでいた生徒は以前の訓練でゼルガドの兵に襲われた者たちで、転移魔法を使うと聞いてまたあの時の様な惨劇に遭うのではないかと不安に駆られているのだろう。
当然、前回のような事が二度と起きないようにするために対策はちゃんと準備してある。
バーンは生徒の不安を追い払うかのように叫んだ。
「お前たちが不安になるのも分かる。あの事件が起きてからまだ日が浅いからな。だが安心しとけ。今回は、前回の事件と王国直属の騎士団員選抜という事もあって、現役の騎士たちが試験会場となるアルガ山の周囲を警備してくれている。万が一のことがあっても直ぐに駆けつけてくれると言う訳だ」
途端に所々から歓声が上がる。
「その上、この騎士選抜は危険要素を減らす為、全員同じ場所に転移して行う。安全面は十分考慮してある。説明は以上だ。試験内容については転移してから説明する。何か質問は? …………ないようだな。んじゃあ、転移するぞ~」
そう言ってバーンは静かに目を閉じるとブツブツと何かを呟くように詠唱を始める。
右手の中指はほんのりとした淡い黄色の光に覆われ、宙を忙しなく動き回りその軌跡を残してゆく。
やがて転移の術式が組まれた魔法陣が完成すると、バーンは目をカッと見開いて魔法陣を押すように腕を前に突き出した。
直後、グラウンド全体を覆うかのような魔法陣が生徒の足元に出現し、光が辺りを包み込む。
光が収束し終わった時、グラウンドには誰もいなくなっていた。
***
アルガ山はメアディ・アルの森とは真逆の位置にあり、極泰山などに比べれば小さい山である。
が、そこに群生する植物や住み着いている獣は多く、また鬱葱と茂った草木や自然のまま残っている様々な地形。
その為、訓練などで使われることも多いのだった。
頻りに鳥たちが囀るアルガ山に光が現れ、続いて森の中の開けた場所にシグレたちは出た。
「おーし、今から試験の説明を始めるからよく聞けー」
再び衆目を集めんとパンパンと手をひた鳴らすバーン。
今度は騒ぎ立つこともなく皆の視線が一点に集中し、それを確認するようにグルッと周りを見渡した。
「……うし。それじゃあ、まず各自隣の奴とペアを組め。好きな奴とじゃないぞー。隣の奴とだぞー」
バーンの言葉にそれぞれが隣の人物を確認しては喜んだり落胆していたりといったところだ。
肝心のメンバーはというと……、
「お前とかよ……足引っ張んじゃねーぞ」
「それは私の台詞だな。邪魔になれば即斬るから覚悟しておけ」
ある意味互いに険悪な雰囲気の、ウェイバー&カノンチーム。
「…………残念。まぁ、よろしくね」
「…何が残念なのかは甚だ疑問ですけど、よろしくお願いしますねイグサ様」
微妙に此方を見ているような気がするイグサと微妙に黒いオーラを振りまいているアニーの、イグサ&アニーチーム。
「今考えれば、ペアを組むのは初めてだよね。せいぜい足手まといにならないように頑張らせてもらうね」
「此方こそ。君の魔法はとても心強いと思っている。ペアになれて光栄だ」
頬をぽりぽりと掻きながら苦笑いするカディウスと意気揚々としているサンの、サン&カディウスチーム。
そして俺はというと……。
「バーン先生。ペアとなる相手が見当たらない場合は……」
思い切って入学したての小学一年生よろしく手を挙げて進言する。
正直こんな目立つ様な真似は出来れば、いやむしろ絶対にしたくはないのだが、ここで意地を張っても仕方がない。
パートナーがいなければ試験云々以前の問題かもしれない。
そう思ってシグレは恥を忍んで進言したのだったが、それに対するバーンの反応は余りにも冷たかった。
「…アマガサキか。お前は一人で受験しとけや」
「なっ……!」
即座に反応したのはサンたち。
シグレに対して放たれた無情の言葉に抗議すべくバーンの元に向かおうとするサンたちを、シグレは何も言わず手で制した。
そして冷たい視線を向けてくるバーンに対して冷たい視線を返す。
「どういうことか、ご説明願えますかね…バーン先生」
「別に心配しなくてもいい。ペアでなければ試験を受けられないと言うわけではないからな」
「……………………」
「…それじゃ、今から第一次試験の説明を始める」
押し黙ってしまったシグレを他所にバーンが大きく言い放つが、その内容に生徒全員が動揺し、ざわめいた。
それもそのはずで、事前に告知された内容では『大まかに分けて一つ』とあったため、殆どの生徒はその文どおり試験は一つであるものと思い込んでいた為だ。
バーンはざわめく生徒たちに何かを叫ぼうとし口を少し開いたのだが、途端に諦め顔に変わり開いた口を閉じて軽く俯き、目に留まらぬ速さで宙に魔法陣を描きドンと前に押し出した。
その瞬間だった。
ドゴンッメキャメキャッと鈍い音が響き渡り、それと同時に今まで騒々しかった生徒が一斉に音がした方へと顔を向ける。
視線の先には先程まで無かったであろう地割れに飲み込まれ、数本の謎の金属で出来た槍に貫かれている哀れな姿に変貌している大木が佇んでいた。
沈みつつある大木の脇にはシグレに向けた時と同じ様な冷たい目をしたままで立ち尽くすバーンの姿があった。
「国を護る騎士を目指そうって奴が、小さいことでガタガタ騒ぎ立てるんじゃねえよ。臨機応変に状況に対処するのが騎士ってものだろうが」
唖然としてか、はたまた恐怖からか辺りはシンと静まり返る。
バーンは何処からともなく取り出した分厚いノートを大雑把に開き、ざっと中身に目を通した。
「…一次試験はそのペアで複数の獣との戦闘を行ってもらう。まず最初に一番重要なことを言わせて貰うが、この試験は勝敗という結果だけを求めているものではないという事を覚えておけ」
先程の冷たい印象が目に焼きついて離れないのか、今度は誰一人口を開きはしない。
バーンは特に気にせず話を続ける。
「―――確かに勝利も重要だが、今回の試験で見るのは適応力や協調性。如何に即席で組んだパートナーと力を合わせて勝利に繋ぐかを見せてもらう。だが、ここで注意しておく」
開いたノートをパタンと閉じ、バーンは目を細めた。
「今回はあくまで内容を見るものであって結果が良ければいいという物ではない。まあ、結果も良ければそれに越したことは無いんだがな。例えば片方が相方を無視して突っ込んだ挙句、相方共々ズタボロになりながらも何とか勝利したとしても俺はそれを評価しない―――する以前の問題だ。勿論、そんな事は無いだろうがな」
こんな事を注意するのは実際にそんな事が起きないようにするためだ。
いくらペアを組んだからと言って勝ち負けが問題ではなく内容を見るなどといえば、自身の良い所を見せようと皆躍起になるものである。
結果、自分一人で片付けようとしてパートナーと協力しない輩も出てくるのであって。
そんな奴らを見るのはうんざりだし、それが若く血気盛んな学生であれば尚更である。
「戦い方が重要になる事は言うまでも無い。どちらが攻撃に徹するか、どちらがサポートに回るか……はたまた二人で背中を任せあいながら特攻するか、もしくは臨機応変に役割を変えるか。それは各々の自由だ」
ここで少しばかり口を開く者たちが出始める。
大方、作戦を練っているのであろうがバーンの視線に気づくとすぐさま口を閉じた。
「俺は試験中ペアを見ると同時に個人も見ている。適切なサポートをしたのに、それを相方が活かせず結果負けてしまったとしても俺はサポート側を評価する。逆もまた然りだ。良いところはちゃんと評価してやるから安心しとけや。名前を呼ばれた奴とその相方は前に出て来い。―――さて、最後に言っておくことがある」
真剣な眼差しをしている生徒たちを見て思わず口の端が吊り上がる。
『昔は自分もこんなんだったな』などと心の中で呟きつつも、威厳の在る姿を保つ。
今の自分は聖シュバルツ学園の教師である前に、王国守護十騎士の一人バーン=ゲートルである。
ならば自分が言うべきことはこれだけだ。
「互いを信じて全力で臨め、以上だ。ではこれより…………騎士選抜試験を開始するっ!!」
バーンの叫びのような声と共に、自然に囲まれたこの場は異様な熱気に包まれた。
今日、この時を境に、アルガ山は騎士を志す者たちの決戦の場となったのだった。
「はわわ……始まってしまいました騎士選抜試験。ウェイバー様の一件の時より強くなったシグレ兄様たちの戦いが始まります。私ですか? 私は強くなったかどうかも分かりませんので自信ありません……。えっと(カンペチラ見)、この試験でシグレ兄様たちは更なる成長を遂げるようです。また、懐かしいあの場所に再び……?頼りない受験生作者ではありますが頑張って更新するのでどうぞよろしくお願いします、だそうです。えっと、不肖の作者共々、今後もよろしくお願いします(ペコリ」