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君と創る歴史  作者: 秋月
第3章~王国騎士選抜試験~
34/48

第33項:自由を掴み取った少年

「勝負……ですかな?」


気のせいか、ウォルト氏の表情が少しだけ緩んだように見える。

カノンが何を考えているのかは知らないが、ここは口出しすべきところではない。


ウォルトの言葉にカノンは肯定の意を持って大きく頷いた。


「グラハム卿とウェイバー君。先程申したとおり、お二人の想いはどちらが強いかを比べることさえも出来ないほどに拮抗しているように思えます。これは私的な意見なのですが、拮抗しているのならばぶつけ合ってみてはいかがかと存じ上げます」

「……要は、勝負して自分の想いの方が強いと周囲の存在に証明しろ、ということですかな?」

「仰るとおりです」


ウォルトは目を閉じ、暫しの間口を閉じた。

だがものの一分も経たぬうちに目を開き、笑い始めた。


「ククククク、面白い。親と子供が互いの意地と想いを賭けて戦いの舞台に上がる、か。実に面白いじゃないか。カノン嬢、勝負の形式などはどのようにして決めるのかね?」

「グラハム卿の一存でよろしいかと」

「お、おい待てよ! 黙って聞いてりゃ何だよそれ! 圧倒的に親父に有利じゃねえか……ふざけんな!だいたい……」


カノンの言い草に不満を持ったウェイバーが抗議の声を上げて、座っていた椅子から跳ねるように立ち上がる。

そして更なる抗議の言葉を続けようとしたのだが……、


「黙れ」


カノンの威圧と静粛の言葉でウェイバーの抗議は一蹴された。

冗談でも演技でもなんでもない殺意を込めたかのような睨みは一瞬にしてウェイバーを黙らせた。


「お前は、今の今まで衣食住に限らず全ての面倒を見てくれた、生命を護り続けてきてくれた親に意見し抗議し逆らっているのだ。それがどういう事が分からないのか。お前に選択肢はない。お前の親であるグラハム卿が勝負をしてやってもいいと言ってくださってるのだ。本当ならば、有無を言わさずお前を連れ戻すことが出来るのに、だ。そこを譲歩してもらっているということを分かっているのか」

「ぐっ……」


成す術なく言葉を詰まらせるウェイバーは少しばかりたじろいだ。

まさか仲間であるカノンにそんな事を言われる等とは夢にも思っていなかったからだ。

自分に有利であるように配してくれる、そう信じていたのだろう。

だがカノンはあまりにも非情で、正しかった。

アニーは勿論、サンやイグサ、カディウスたちでさえもその態度に目を丸くし、呆気に取られていた。


「自分の思いを通したいと言うのならば、それ相応の力を見せろ。周りを納得させろ。自分の進む道は自分の力で切り開くのみ。そこには一切の妥協も何もない。例え、自分に不利な状況であっても、だ」

「…………………………」


ウェイバーには反論できない。

カノンもそれを承知していたのか、返事を待つ間もなくウォルトの方へと向き直る。


「勝負形式、ルールなどは全てグラハム卿にお任せいたします。それら全てを決定なされた後、ウェイバーを除く我らがそれ等についてチェックさせて頂きます。余りに彼に不利過ぎるルールなどであった場合は変更を要請させていただきます」

「うむ、ではそうしよう。…………ウェイバー」

「…なんだよ」


カノンに言い負かされ、下を向いていたウェイバーがウォルトの声で顔を上げた。


「お前は言ったな。仲間と共に強くなりたい、と」

「……それがどうした」

「その言葉が本当ならば、今までお前はこんなプライベートな家沙汰にまで付き合ってくれている素晴らしい仲間と共に切磋琢磨してきたはずだ。……その強さで、己が自由を勝ち取ってみろ」

「……ああ。しかたねえ……分かったよ。やってやろうじゃねえか!!」


ウォルトの言葉にウェイバーは沈んでいた気持ちが一気に明るくなった。

勝負形式は決まった。

ウェイバーが苦手とするペーパーテストやら何やらではなく、今までの成果を見せる模擬戦闘だ。

一瞬だったが、俺はウォルト氏が勝負形式を発表した時にカノンの鋭い目がきらりと光り、口元に笑みを浮かべたように見えた。


「では、グラハム卿。ルールを」

「うむ。……そうだな。今回はウェイバーの実力を見るために、ウェイバーには三回の試合をしてもらうか。ルールは簡単にいこう。時間制限なし、ウェイバーが三回勝ち抜けばウェイバーの勝ち。無理だった場合は私の勝ちだ」

「つまり、俺が勝てば俺は自由って事だな」

「ああ。―――だが、負けた場合は素直に結婚してもらう」


「やってやる!」と意気込むウェイバー。

それに反してウォルトは至って余裕の表情を保ったままだ。

何かしらの自信か、もしくは策があるのかは知らないが今のウェイバーはそう簡単には負けないだろう。


「ルールはそれ(・・)でよろしいですね?」

「無論だ。それ(・・)で構わない。場所は我が家の中庭でいいだろう」


カノンは一拍置いて俺たち全員をグルッと見渡す。

その意図に気づき、俺たち全員は静かに頷いた。

それを見てカノンは満足げに頷く。


「では、それで行きましょう。時間も時間ですし、何よりも双方に準備が必要なはず。勝負は明日の朝、ということでよろしいですか?」

「私は一向に構わんよ」

「俺もだ」

「……では、勝負は明日の朝九時からにしましょう」

「今日はもう遅い。泊まっていくといいだろう。おい、誰か彼らに部屋を」


ウォルト氏が声を上げるとすぐさまメイドが扉を開けて入ってきた。

遅い、と言ってもまだ夕方前だが寮に戻るのも面倒だったので俺たちはウォルト氏の好意に甘えることにした。ウォルト氏に礼を言い、部屋を出てメイドに案内されるがままに部屋へと向かう。

ウェイバーは自室に戻ったので、部屋は三つ用意された。

俺とカディウス、サンとアニー、そしてカノンとイグサの三部屋だ。

ヴァルナは精霊なので部屋は要らないし、ウェイバーの家に入る前にとっくに姿を消していた。

メイドが「ごゆっくりどうぞ」と離れ際に言葉を残して出て行くと同時に、サンたちが俺たちの部屋に入ってきた。各々がそれぞれ好きな場所に腰掛けるとベッドに腰掛けたカノンが皆に聞こえる程度の小さめな声で話し始めた。


「明日は皆、それぞれの武器を持ってきておいてくれ」

「……? 何故ですか?」

「相手があのグラハム卿、だからだ。誰か、彼について知っているか?」


カノンの問いかけに全員が口を閉じて静かになる。


「…グラハム卿はなかなかに狡猾な人物らしくてな。様々な事柄の隙間を上手く突いて自分の有利に事を運ぶのが得意だと聞く」

「それって……つまりどういうことなわけ? アタシそっち方面―――政治経済とか詳しいことはあんまり知らないんだけど……それが今回のこととなんか関係あるの?」

「別に今回のことに限らずこの世の中のほぼ全ての事柄に当てはまるんじゃないかな。戦いであろうと、政治であろうと、商売であろうと……相手の虚を突くことは、相手にとっては不意打ちも同然だからね。隙を突けば有利になり、突かれると不利になる」

「確かにそうだが、何故武器なのだカノン。カディウスのいうとおり、虚を突かれる事は自身の不利には繋がるが、それと私たちが武器を持つことに何の意味があるのだ?」

「それは……」


カノンが言おうとした矢先、その言葉を遮ってシグレが口を挟んだ。


「狡猾だけでなく、まだ何かあるんだろ?」

「……その通りだ」

「ちょちょっちょ、なになに? 一体どういうこと?」

「今説明するからそう急かすなイグサ」


逸るイグサを手で制するとカノンはテーブルにおいてあるグラスに入った水を飲みほす。

そうして先程の緊張の中の会話で乾いた喉を潤した。


「グラハム卿にはもう一つ有名な話があって、彼は大の勝負好きらしいそうだ」

「ふぇっ……それでは、さっきの勝負の話を持ち出したのも……」

「ああ。その噂に賭けてみただけだ」

「……カノンって案外博打打ちなんだね。僕だったらそんなのとてもじゃないけど出来ないよ」

「ふふっ。そうでもないさ。それに彼は勝負事になるとなんというか……その若返ると言うか……子供っぽくなるそうだ」

「子供、と言ったのか?」


サンが聞き返すとカノンは静かに頷く。


「まあ単刀直入に言えば、勝ちたいが故にどんな手でも使おうとする、といったところか」

「それはまた……確かに子供っていえば子供ね。大人としてそれはどうなわけ?」

「だとすれば、もし明日の試合で敗北の色が見えたら何かしらのアクションを起こしてくるってことですよね? 一体どうすれば……」

「そのための武器、だ」


カノンはニヤリと悪びれた感じで微笑した。

どこか悪を感じさせるようなその笑いは何処となく妖艶に見え、シグレもカディウスも少しばかり頬を赤らめて目を逸らす。

そんな二人をカノンはクスクスと笑い、他の三人は微妙そうな顔を浮かべていた。


その後、カノンにどういった作戦なのかを聞いても何も教えてはくれなかった。

ただカノンは一つだけこう言っていた。


『目には目を、歯に歯を。相手がどんな手を使ってでも勝ちに来るならば、それ相応の対応を取るだけだ』


そう言ってカノンは再び笑っていた。




   ***




夜が明けて次の朝。

時刻は九時まで五分前といった頃。

既に中庭には全員が揃っており、後は時間になるのを待つだけだった。

俺たちはカノンの指示通り武器を持ってきてはいるが大っぴらには見せずにウォルト氏にばれない様に各々それぞれの方法で隠している。

ある者は服の中に、ある者は花壇の中になど……一人大剣をあたかも柱の如く地面に突き刺している奴もいるが名前は言わずとも分かるだろう。


「正直なところ、私はウェイバー様に勝っていただいて欲しいです。互いが好きな相手同士でしたらいいですけど、やっぱり政略結婚というのはどうかと思います」

「だけど上流階級出身である以上、それはどうしようもない事だろう。俺たちは一人で生まれて一人で生きてきたわけじゃないんだからな。俺たちの勝手だけを通すわけにもいかない。それに、人事みたいに言ってるけど、アニーだって十分可能性はあるんだからな?」

「はわっ!? そうなのですか!?」

「騎士の良家同士の婚約なんてザラだろう。より良い血を残すために、騎士として優秀な家との政略結婚もあり得る。ましてや、現時点で最高の治癒術士と謳われるアレナ=トレアベルの娘ともあれば今はまだかもしれないけど、そのうち嫌っていうほど申し込みが殺到するんじゃないか? そうなれば毎日がお見合いの生活だな」

「ふぇ……私はそんなの嫌です……」


シグレが顎に手を当て、意地悪く言うとアニーは微かに涙目になる。

発言の一つ一つでコロコロと表情などが変わるのでなかなかに楽しいが、アニーはそのまま俯いてしまった。

こういった所が弄られる原因かもしれない、などと考えながらもアニーの肩をポンポンと叩く。

条件反射のようにアニーが顔を上げた。


「まぁ、どうしても嫌なら今のウェイバーみたいに戦えばいいさ。もちろん、生半可な気持ちじゃ駄目だけどな。本気で嫌なら俺も手伝うさ」


すると今まで泣きそうだった顔が一転して向日葵のように明るくなる。

はにかんだ顔で声を上げる。


「はい! その時はお願いしますねシグレ兄様! …………でも、相手がそのゴニョゴニョ……様なら……」

「ん? 何か言った?」

「い、いえ! にゃんでもっ! ……あう」

「あのさ、そろそろ始まるんだから静かにしたほうがいいと思うよ」


顔を赤くして再び俯くアニーを他所に俺は中庭の中央で対峙する二人の方へと視線を戻した。

時刻は九時、約束の時間が訪れた。


「三回お前が勝ち抜けばお前の勝ち。勝ちぬけなければ私の勝ちだ。私が勝った時は大人しく従ってもらうぞ」

「んなこと分かってるつーの。それより、俺が勝ったその時は俺の好きにさせてもらうからな」

「ああ、勝ち抜ければ、な」

「ちっ。せいぜい今のうちに余裕かましときな。その偉ぶった鼻っ面へし折ってやらぁ」


直立の状態からウェイバーは自身の相棒である棍の先をウォルトに向ける。

武器を向けられてもウォルトは微動だにせず、小さく鼻で笑うと右腕をゆっくりと上に掲げた。

ウォルトはそのまま後ろへ下がる。


「準備は良いか?」


ギュッと棍を持つ手に力を込めて、ウェイバーは吼えた。


「聖シュバルツ学園聖騎士組所属ウェイバーグラハム、いくぜっ!」


ウォルトはその言葉を聞き、上げた右手に力を込めて親指中指を弾く。

音が響くと同時に数体の首輪をつけられた赤く揺らめく狼が飛び出してきた。


「まずは小手調べだ。お前もよく知っているうちの番犬たちだよ」

「…………………」


もちろん『番犬』というレベルのものではない。

どんな犬も持ち得ない特徴的な鋭く大きな牙と人の肌など簡単に引き裂いてしまいそうな紅の爪。

そしてその身体に纏う深紅の炎。

それは俺が知る狼という存在には程遠いものだった。

アニーが怯えてサンの後ろへと隠れてしまう。


「さあ、見せてみろ。お前の言う仲間と共に鍛え上げた力を」


ウォルトが再び指で乾いた音を鳴らすと、今まで呻りつつもウェイバーを取り囲むように歩いていた炎狼が容赦なく一斉に飛び掛る。

だがウェイバーは全く動じずに棍を地へと突き刺した。

同時にウェイバーの周りに魔力が溢れた。


「”エア”」


言葉と共に大地から飛び出したのは眼には見えない風で作られた槍。

言ってしまえば長い棒である棍が苦手とする近距離戦に持ち込まれないウェイバーなりの工夫の一つだ。

無論他にも色々対策はあるが相手が複数かつ多方向から攻めてくる事を考慮しての反撃だった。

棍の先から巻き起こる鋭く研ぎ澄まされた風は地にぶつかり、反射するかのように周囲に広がり狼たちを捉えた。

身体を穿たれた狼はキャインッと悲痛な叫びをあげて動かなくなった。


「加減はしといた。ま、死んじゃいないだろ」


楽勝、とでも言わんばかりに棍を肩に担いでウォルトを見る。

しかしこれぐらいは想定内だったのだろうか、ウォルトは驚きも動揺もしていない。

シグレたちもまた、ウェイバーの実力は知っていたので驚きはしていない。

が、アニーだけは「凄いです」と叫びながら手をパチパチと叩いていた。


「ふむ。次、二回戦行くぞ」


再びウェイバーが構えを取る。

ウォルトは先程のように指を鳴らさず、メイドが今しがた持ってきた鳥篭のようなものを受け取っていた。

鳥篭についている小さな扉の鍵穴にこれまた小さな鍵を差込み、かちりと鳴らす。


「お前にこいつを捉えることが出来るかな?」


言い終えると同時に鳥篭がバンと開け放たれる。

遠目からだが中から何か小さく黒いものが飛び出したかのように見えた。

眼を凝らしていたイグサが小さく呟く。


「何あれ……にゅあっ!?」


何かに反応したかのようにイグサが奇声(?)を上げ、耳がビコビコ動き出し尻尾がビンと逆立つ。

突然挙げられたイグサの奇声にシグレたちは声の方へ振り向く。

振り向いた先には今にも飛び掛ろうといわんばかりの、獲物を見つけた獣のような目をした声の主がじっと中を見詰めており、シグレたちは思わず唖然としてしまう。

その時、周りより逸早く我に返ったサンの眼が空中を飛翔する物体を捉えた。


「あれは……鼠?」


遅れて我に返ったシグレたちの眼がサンに続いて飛翔する物体を捉える。

驚異的な速さで飛び回ってはいるが、時たま停止している。

そして今再びその物体は宙で止まっていた。


「翼の生えた鼠…………もしかして飛鼠(フライトマウス)?」

「…そういうことか」


それならばイグサが過度に反応したのも頷ける。

理由は簡単、つまるところ猫の本能である。


「フフフ。相手が鼠ならば、当然といえば当然だな」


カノンが密やかに笑う。

一方で、視線を元に戻すとウェイバーが微妙に不満そうな顔つきで構えたままだった。


「真面目に戦う気があんのかよ、親父」


鋭く細められた目で睨まれるがウォルトは顔色一つ崩さず平静を保ったまま。

真っ直ぐ自分を見詰めてくるウォルトに内心多少イラつくもウェイバーは飛鼠へと目を向けた。

視線が自分に向いているのに気づいたのか、飛鼠は再び飛翔を始め、その姿が容易に捉えられなくなる。

目で捉えられないものを、棍で突く事も叩く事も容易ではない。


「ちっ……」


舌打ちするウェイバーの頬にピッと細い切り傷が入る。

それは一つ二つと瞬く間に増えてゆき、気づけば身体の至る所に切り傷が出来ていた。

それでもウェイバーは、動かない。

俺たちから見れば無数の線がウェイバーの周りを入り混じっているように見える。

少しずつ傷ついていくのを見ていられないのかアニーがオタオタし始めた。

そんなアニーは別として、俺たちは全く心配はしていなかった。

理由はさっきとほぼ同じ。

カノンに至ってはどう対応するのか見物だ、といった具合に腕組みして笑ってる程だ。

……イグサの目は忙しなく鼠を追っているが。


「はぁっ!」


ウェイバーが気合の一声を上げた。

その瞬間、ボフンと変な音が聞こえたかと思うと、ウェイバーの棍が鼠を正確に捉え音もなく穿っていた。

穿たれた鼠は突かれた勢いのまま飛ばされ、壁にめり込んだ。


「あ。ああ、あぁ~…………」

「ふぇっ? な、何が起こったんです?」


壁にめり込む鼠を見てイグサが声を漏らした。

目の前で何が起きたか分からず困惑するアニーの為に、サンが軽く注釈を入れながら解説を始めた。


「アニー。ウェイバーは風の膜を作って自分自身を囲んだのだ」

「それって……どういうことですか?」

「そうだな……飛び回っていた鼠はウェイバーを狙っていた。つまり幾度となく離れては再び接近するヒット&アウェイを繰り返していた。ここまではいいだろうか」


アニーがコクコクと頷くのを見てサンが続ける。


「そこでウェイバーは自分を囲むように……球体の風の膜を作ったわけだ。鼠が離れた頃合を見計らって、な。すると次はどうなると思う?」


サンが問うとアニーが難しい顔になる。

見守るサンはとても楽しそうだ。

少ししてアニーは何か閃いたかのように手を挙げて「分かりました!」と叫んだ。


「あの鼠は攻撃と離脱を交互に繰り返していて、離脱したと同時にウェイバー様がその瞬間を見計らって風の膜を張ってしまったので、それに気づかずに攻撃しようとして膜にぶつかってしまったのですよね!」


「どうでしょう」と少しだけ自信なさげにサンを見詰めたが、サンが微笑しながら小さく頭を縦に振るとその顔はパァと明るくなる。


「概ね正解だ、アニー。アニーの言うとおり、あの鼠はウェイバーが張った風の膜にぶつかり、貫通はしたものの多大な空気抵抗を受けて減速。結果、スピードが落ちたところをウェイバーの棍で突きとばされたんだ」

「凄いです! 流石ウェイバー様です!」

「最初からそうすれば良いのに、しばらく別の事で悩んでたよねウェイバー」

「ま、いいんじゃないか? 鼠の攻撃自体は大した事なかったわけだしな」


鼠につけられた傷を見やるも、大した事ないだろうと判断し放置する。

まだ体力も十分に残っている状況であと一戦。

ウェイバーは気を緩めずにウォルトに向かい合い。人差し指だけを立てて見せつける。


「あと一回。あと一回勝てば、俺の勝ちだな」

「勝てば、な。三回戦目、行くぞ」


有無を言わさずにウォルトは指を唇に当て、指笛で高い音を奏でた。

その音と共に姿を現したのは黒の燕尾服を身に纏った一人の老獪の執事だった。

その姿にウェイバーは一歩後ずさる。


「じ、爺……」

「ほっほっほ。またまた坊ちゃまご冗談を。じじいなどと呼ばれるのはいささか心外ですぞ」

「違っ……」


爺と呼ばれる老人は目を光らせ、スラッとした細剣を腰の鞘より抜き放った。

切っ先は真っ直ぐ、ウェイバーの喉元へ向ける。


「本音を言わせてもらいますと、このような事はしたくはありませんのですが……私めも旦那様と同じく坊ちゃまを心配する一人のつもりです。この勝負、勝たせてもらいますぞ」


これ以上何を言っても無駄だとウェイバーは判断したのか、覚悟を決めて棍を構える。

額には冷や汗が浮かんでいた。


「ほっほっほ。昔はよく手合わせしていましたな。さてさて、どれほど成長なされたやら……。では参りますぞ!」


言い終えると同時に老人は踏み込み、細剣による突きを放った。

迷いのない突きは真っ直ぐにウェイバーの喉を貫こうとしたが、寸での所でそれを避け、身体を捻っての遠心力を加えて棍を振るう。

だが老人はそれを見透かしていたかのように身体を屈めてそれをかわした。

老人がかわした瞬間、ウェイバーの背筋がゾクッと震え、脳内に危険信号が走った。

信号に従うままに弾ける様に飛び退いたウェイバーが元いた場所には細剣の切っ先が止まっていた。


「ほっほっほ。昔ならばこの一撃で勝負は決まっていたところですな。それを反射的にかわされるようになられて……時が経つのを感じますな」


しみじみとした表情を浮かべる老人に比べて、ウェイバーは焦りからか息を切らしていた。

話から察するに小さい頃にウェイバーは爺と呼ばれるあの老人に稽古をつけて貰っていたらしい。

短い間に息を整えたウェイバーが吐き捨てるように小さく息を吐き出した。


「変わってねえな爺。忘れてたよ、アンタが俺の大振りの攻撃を避けたところから、よく反撃してきてたこと」


嫌なことを思い出したような顔で言うウェイバーに対し、老人は笑って返す。


「ほっほっほ。いつ何時でも全力なのは良いことですが、全ての攻撃が大振りではこのようになる、とお教えしようとしていたまで」

「…そうだな。俺はアンタにその事を嫌って言うほど身体に叩き込まれた。そのおかげで今俺はこうして立っていられる。アンタが出てきて少し萎縮してたみたいだな。今の俺は昔と違うってのによ……。爺、俺は自由を掴むために、アンタを、倒す。全力でな」

「望むところです。……いざ、尋常に」


二人が口を閉じると場は静まり返り、暫しの静寂が訪れる。

が、それも束の間のことだった。


「おらぁぁぁっ!」


ウェイバーが大きく振りかぶり愛用の棍を老人に向かって全力で投擲した。

自分に向かって風の力で加速しながら飛来してくる棍を最小限の動きで避ける。

しかし、避けると同時に老人は自分の目を疑ってしまった。

それもそのはずで今まで自分の目に映っていた筈のウェイバーが忽然と姿を消したからだった。

視線を縦横無尽に動かすもその姿は見当たらなかった。

どこへ……、と老人の脳がウェイバーの行方についてフル回転していた時、彼の長年の経験がそれを察知させたのか、老人が急に後ろを向いて細剣を構える。

次の瞬間、突如現れたウェイバーが振り下ろした棍を細剣が受け止めた。

一瞬ヒヤリとしたものの、安堵の息を漏らしつつ老人は笑う。


「……少しばかり侮っていたようです。ですが、まだまだですね」


ギリギリと力を加えてくる棍を細剣で受け止めつつも自分の横の地面に目をやれば、まるでなにか燃える物体が通ったかのように地面が焦げた跡が残っており、それはウェイバーが現れた方まで続いている。

黒線を引いたかのような焦げ跡にはバチバチと微かに紫電が残留していた。


「地元属性『風』の派生、天元属性『雷』。属性の中でも一、二を争う速さの特性を持つ雷を脚に宿して目に留まらぬほどの超超高速での回り込み、と言った所ですか……棍を投げたのも認識を遅らせるための布石……」

「………………………………」


老人は余裕があるらしいのか、一つ一つウェイバーが行った動作の解析を行っていた。

―――俺から言わせて貰えば、何処にそんな余裕があるのだろうか、といった具合だが。

隣ではイグサがもはや興味なさ気に小さな石を三つほどお手玉している。


「……爺、アンタも耄碌(もうろく)したもんだな」

「…何ですと?」

「こっから抜け出せるからそんな風に余裕かましてるんなら話は別だけどよ、俺はチェックかけてるんだぜ?」


「まあ気づいてないならチェックメイトで俺の勝ちだけどな」と嘲る様にウェイバーは笑う。

老人には、かつての教え子が何故、この状況で自分の勝ちだなどと宣言して笑っているのかが理解できなかった。

困惑する老人にウェイバーはキッパリと言い放った。


「やっぱり気づいてねえみたいだな爺。だったら動かねえ方がいいぞ。今から、見えるようにしてやっからさ」


老人は黙ったままウェイバーの言葉通り動かないでいた。

いや、むしろ動けないでいた。

目の前にいる教え子は自信に満ち溢れ、かつ自分に忠告までしている。

以前から知っている彼は言葉の駆け引きなど一切使わない真正面から飛び込んでくるタイプだった。

自分達の元を離れてからどうなったかは分からないが、本能が、身体が何故か動くことを拒絶する。

動けないままでいる老人を前に、ウェイバーは魔力を込めた。

それによって次第に浮き彫りになってくるものに老人は思わず絶句した。


「な、なんと…………」


老人が絶句するのも無理はなく、今までなかったであろうはずの無数の風の槍が老人の首に突き刺さる寸前で停止していたからだ。

何より驚いたのはその槍の数にではなく、魔力を込めた風で創った槍の存在を自分に全く覚らせなかった事にだ。

ある一定以上の魔力を持つ者は、精製魔法や付加魔法、強化魔法などを使う際に任意で魔力が放つ気配を隠蔽―――消すことが出来る。

それを見破るには様々な方法があるが、一番簡単なのは体内を血液と共に循環する魔力の一部を目に集中させることで消された気配を察知することが出来る。

だがその方法は互いの実力差の値によって、視認するために必要な、目に集中させなければならない魔力の量が増減する。

隠蔽している相手の方が実力で自分より劣っているならば、目に集中させる魔力は少なくて済むが、相手が格上だった場合、必然的に必要な魔力は多くなる。

勿論老人も戦いにおいての必須技術であるこの技術―――『ハイド』と呼ばれるこの技術をこの戦いでも使用していた。

それでも、見えなかった―――それが何を意味しているのかは言うまでもない。

老人が口をパクパクしていることに満足したのか、ウェイバーは力を込めていた棍をスッと下げた。


「チェックメイト、だろ?」

「驚きました……たった数年でこうも容易く追い抜かれることになろうとは……私めの完敗でございます」


老人が自身の敗北を宣言すると、ウェイバーはニカッと笑い、空いた手を払うように下へと振り下ろす。

すると老人を囲む槍は消え、腰が抜けてしまったのか老人は座り込んでしまった。

それを見て満足そうにするウェイバーはビッとウォルトに向かって指差す。


「どうだぁ親父。これで文句ねえだろ!」




   ***




「ウェイバーが勝ったから、僕たちの出番ってないんじゃ?」

「ってことは、アタシたちがわざわざスタンバイしてた意味ないじゃない!」

「イグサ、分かってるよな? 何もなければそれが一番良いんだぞ。……ま、そんな簡単にいくはずないだろうけどな」

「はわっ! そうなのですか!?」


シグレの言葉にアニーがガガンとショックを受ける。

大方、ウェイバーが勝利を決めてしまったから既に自分達たちは戦わないで済む、とか考えていたのだろう。


「ここで素直に負けを認めてくれればいいのだがな。そうもいかないだろう。皆、やはり手はずどおりに行こう」

「だが、カノン。私たちがこんな事をして、ウェイバーもグラハム卿も納得するだろうか」

「大丈夫だ。ウェイバーはともかくグラハム卿を押し黙らせる手は打ってある。……ほら、動き出したぞ」


中庭の中央で、ウォルトはタガが外れたかのように高らかに笑い出していた。




   ***




目の前で突然笑い出したウォルトにウェイバーはわけが分からなくなっていた。

―――確かに勝ったはずだ、そこにウォルトが笑う要素などあるはずがない。

戸惑うウェイバーを他所にウォルトは笑い続け、やがて笑い終えたかと思うと見せつけるかのように手を高く上げて、指で音を弾き出した。

響き渡る音を聞きつけてか、大量の獣がウェイバーをグルッと取り囲む。

ウェイバーは思いもしなかったこの事態に叫んだ。


「おいっ! どういうことだ親父!」


声の大きいウェイバーが怒鳴っても怯まず、ウォルトは淡々と返す。


「どうって、まだ三回戦は終わっていない。ただそれだけだが?」

「ふざけたことぬかしてんじゃねえぞっ! 爺が三回戦の相手だっただろーが!」


それを聞いてウォルトは嘲るように鼻で笑う。

ウェイバーの怒りはますます募るばかりだった。


「誰が、何時、相手は一人と言ったのだ? 一回戦のときは複数相手でも何も言わなかったではないか」

「ぐっ……テメェ、卑怯だぞこのヤロー! 大人気ねーぞ!」

「お前に大人気がないといわれようと私は大人だ。それに卑怯と言うのは少し違うな。私は規約……つまりルールを利用したに過ぎん。今回のルールは三回勝負で、時間無制限。お前が勝ち抜けるかどうかで勝敗が決まる。それだけだったはずだ」

「ぐっ……」


言葉を詰まらせるウェイバーに構わず、ウォルトは堂々と主張を続ける。


「そのルールに一対一で戦わねばならないと言うルールは存在しない。これは戦略だよウェイバー」

「そ、そんなのただの屁理屈じゃねーか! だったら何だ、どっかの傭兵を雇うとかでもルールで縛られてなければアリだってのか!」

「そこは常識で考えての任意だ」

「っこの、ハゲ親父!」

「禿げてなどおらん!!」


再び口論が始まる。

だが、ウォルトは直ぐに気を取り直してコホンと咳を一つ。


「ふん、まあいい。これら全てを倒せればお前の勝ちなのだからせいぜい頑張れ」


言い終えた瞬間、ウェイバーに大きな蛇が鎌首を縮めて、一気に襲撃をかける。

ウェイバーは蛇の攻撃を察知は出来たものの、迫り来る歯牙を避けるには一瞬反応が遅れてしまった。

顔面に向かって飛び掛ってくる蛇に対してせめて目だけはと、棍を盾に腕で顔を庇う形で目を閉じた。


「………………………?」


しかし、いつまで構えていても蛇の攻撃による衝撃は訪れなかった。

不審に思い恐る恐る目を開けて見ると、自分の足元には細かく切断された蛇の屍骸が落ちており、右を向けば腕を十字に交差させ蛇を斬り捨てた後のカノンの姿があった。


「お、お前…………」


カノンはウェイバーに対して何も言わなかった。

だが、それに不満が一杯だったのは言うまでもなくウォルトだった。

カノンの行動に抗議の声をあげる。


「これはどういうことですかなカノン嬢。これは我らグラハム家の問題。それにウィアルド家の貴方がしゃしゃり出て来るのはいささか筋違いでは?」

「おや、これはまた可笑しな事を仰りますねグラハム卿」


カノンの目が妖しく光る。


「私はこの場ではウィアルド家の者である前に彼、ウェイバーの仲間です。仲間に助太刀するのは当然のこと。違いますかな?」

「……屁理屈を申しな―――」

「屁理屈、ですか! では、私もこう申させていただきましょう。ルールに、一対一で戦わねばならない、とはないと。仲間が助太刀してはいけない、というルールはないと」


更にカノンが妖艶に笑う。

ウォルトは自身が口走ったことを逆手に取られて呆然と立ち尽くす。

その間に、いつのまにシグレたちはウェイバーの周りに集っていた。


「酷い傷です……今、治しますね」


アニーが治癒の術式を展開し、傷の治療に当たる。

ウェイバーの治療の間にシグレたちが獣を次々に切り伏せて行く。

それは一方的なものだった。

シグレの氷が全てを凍結させ、サンの炎が全てを焼き尽くし、イグサの飛び道具は飛翔する獣の急所を捉え、ウェイバーの魔法は鋭く尖った樹の針を形成して獣の身体を貫き、カノンが動いた軌跡上に存在するものは全てが切り裂かれた。

やがてウェイバーの傷の治療が完了する。


「終わりました…きゃっ」

「サンキュ」


完治するやいなやすぐさま飛び出し、残る巨大な熊らしきものに突撃。

『猪突猛進』という言葉がウェイバーの頭に浮かぶがそれをかき消して突き進む。

雷の力で加速し、そのスピードを棍に乗せ、目には見えない速さで相手の腹を抉るように穿つ。

その衝撃は熊の腹を突き抜け、後ろにまで飛び出す。

熊は呻きすらあげずにズズンと地に伏した。


「最後の最後に良い所だけ持って行ったなウェイバー」

「まぁ、そう言ってやるなって」


微妙に拗ねたサンをシグレが軽くフォローする。

一方、カノンに裏をかかれたことを悟ったウォルトは再び獣を呼ぶために指を鳴らそうとした。

が、それも澄んだ謎の一声で動きを止められる。


『いい加減になさいっ! 見苦しいですよ!』


その声にウォルトの身体はビクッと震え、動きを止め、ソロソロと後ろへと振り返る。

そこに立っていたのはオレンジの綺麗なストレートロングヘアを持つ如何にも礼儀正しそうな女性と、その女性と同じ髪の色をしたショートヘアの若い青年だった。

青年はやれやれといった感じの呆れ顔でウォルトを見詰め、女性は明らかな怒り顔だ。


「何が戦略ですか! 全く大人気ないっ! その上、やり返されれば自分もやり返そうとなさって……子供ですか!」

「い、いや……これはその……」

「……今回ばかりは見損ないましたよ父さん」

「…………………………スミマセンデシタ」


二人に気圧されてウォルトはすっかり意気消沈してしまった。

執事である老人にウォルトを任せると、二人はゆっくりと此方に歩いてきて軽く会釈する。


「リア=グラハムと申します。此度は我が家の主人がとんだ失礼を……許してください」

「同じくファング=グラハムです。ウチの弟が、随分お世話になったみたいで……」




   ***




それからの事態の進展は早かった。

ウェイバーの母であるリアと、同じく兄であるファングに連れられてウォルト氏は暫く違う部屋で説教。

戻ってきた頃には半分くらい魂がはみ出ており、トボトボと歩いていってしまった。

半日ほど学園での生活はどうなのかとか、ウェイバーの普段はどうなのかと頻りに聞かれたりで俺たちはひたすらその返答に奮闘していた。

話題の中心である当の本人のウェイバーは照れているのか真っ赤な顔をしてひたすら顔を背けたままだった。

そして時が経つのは早く、時刻は既に夕方で陽は沈みかけている。

シグレたちは学園に転移魔法で送ってもらうことになり、グラハム家の門前に来ていた。


「カノンさん。これからもウェイバーと仲良くしてあげてね。気難しい性格だと思うけど」

「い、いえ……私は別に………」

「あら違ったのかしら。てっきりうちのウェイバーのために頑張ってくれているとばかり……」

「リア様! その、冗談を仰らないでください」

「あらあらフフフ。お似合いだとは思うんだけどね」


微妙に頬を赤く染めるカノンにリアはケラケラと飄々と笑った。


「不肖の弟ですが、これからもお願いしますね」

「まっかせなさい!」

「ちょっとイグサ。もうちょっと丁寧にさ……」


ドンと胸を張りながら叩くイグサにカディウスが小声で囁くとファングも小さく笑う。

イグサは恥かしそうにしながら後ろへと下がった。

そんな中、いまだ照れているのか門の壁にもたれ掛かったままのウェイバーにシグレが声をかける。


「俺ら、先に帰るから少し話していったらどうだ?」

「……余計なお世話サンキューな」

「どういたしまして」


言葉の内容に反してウェイバーは少しばかり嬉しそうだった。


リアさんと話していたカノンや物珍しげに門の装飾を見ていたサンとアニー、ファングさんと話していたカディウスとイグサが老人の展開した転移魔法陣の上へと乗る。

リアとファングに一礼してからシグレたちは老人による転移魔法で一足先に学園へと跳んだ。

残ったのはウェイバーと、リアとファングの三人だけだった。


「良い仲間、持ったもんだな」

「…ああ」

「大切にしなさいよ。あれだけ人の為にしてくれる仲間なんて一生出来るか出来ないかなんだから。それもあんなに多く」

「…ああ」

「たまには顔見せに戻ってこいよ。お前がどんな道進もうとここはお前の家だ。家の事は俺に任せとけ、な?」


ニカッと笑うファングにつられてウェイバーも「ああ」と笑い返す。

ファングが突き出した握り拳に自分も握り拳を作ってゴンとぶつけ合った。


「貴方も早く良い娘見つけなさいよ。ファングはもういるんだから、私それだけ心配なのよね~他は特に心配してないんだけど」

「おいおい」


母親としてそれはどうなのだろうか。

全く変わりのない母親に少しだけ笑みが零れた。


「あのカノンちゃんなんてどう? 貴方にぴったりだとは思うんだけど」


カノンの名前が出た瞬間、ウェイバーの顔が僅かに紅潮する。

その僅かな変化をリアは見逃さなかった。

ウェイバーの両肩に手を乗せてニンマリと微笑む。


「ウフフ。頑張りなさいよ」

「ち、違っ!」

「見たところライバルはあの黒髪の……シグレ君だっけ?」

「母さん。その辺にしといてあげなよ」

「あら何故? 息子の恋愛話ほど面白いものなんてないじゃない!」


キャッキャッと嬉々声高に声を上げるリアにウェイバーとファングは二人同時に溜息を一つ。

変わりないのは良いのだが、変化がなさ過ぎると言うのもどうなのだろうか。

とりあえずこれだけは言っておきたい、と口を開く。


「言っとくけどな、シグレは友達(ダチ)で、カノンが俺のライバルだからな」

「あらあら、女の子がライバルなら尚更負けられないわね。せいぜい見損なわれないように頑張りなさいよ?」

「っ…分かってるよ。んじゃ、俺もう行くわ。あいつらも待ってるだろうしな」


リアたちに背を向け、転移魔法陣の上へ乗る。


「あ、そうだ」


何かを思い出したかのようにウェイバーは振り返った。


「帰ってきてからまだ言ってなかったから今、言うわ。…笑うなよ?」


リアとファングが顔を見合わせる。

ウェイバーはコホンと咳を一つしてから、少し照れくさそうにしながらもニカッと笑った。


「ただいま、んで……行って来るわ!」


言い終えると同時に転移が始まり、ウェイバーの身体が光に包まれ始める。

少々呆気にとられていたリアとファングだったがすぐに叫んだ。


「行って来い俺の自慢の弟……ウェイバー=グラハム!」

「いってらっしゃーい!」

「おぅ!」


最後にガッツポーズを決めてウェイバーは転移した。

残されたのはリアとファングの二人だけだった。

リアがぼそっと呟く。


「変わったわね。あの子」

「ああ……友達がいなかったあの頃に比べたら段違いに、ね」

「貴方も含めて二人とも自慢の息子よ?」

「俺からすればアイツは自慢の弟だよ。俺にはないものを持ってる」

「それって?」

「自分を貫くっていうか、自由を求める心、っていうのかな?」

「何それ」


リアがクスクスと笑う。

ファングは空を見上げると既に陽は沈みきり、遠い空の端から金色に光る月が顔を見せている。

時は既に夜。

全てが闇に包まれ、月の光に抱かれる時間だった。





―――これは、自由を掴んだ少年のお話。

ウェイバー「あれ、俺が主役の話のはずが……なんかカノンのが目立ってね?」

カノン「……ニヤリ」

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