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君と創る歴史  作者: 秋月
第3章~王国騎士選抜試験~
32/48

第31項:動き出す大局

ゼルガドの朝はひんやりと冷たい。

それというのもゼルガドの国は三日月のような湖、その欠けた部分にあるためだ。

三日月にすっぽりと囲まれるように立つ国は豊かに栄え、レスティア・グラスノア・ゼルガドと列強三国のうちの一つに数えられるまでに至った。

現国王は温厚温和で知られた賢王であり、現在のゼルガドがあるのも彼の功績と言っても良かった。

が、しかし十年ほど前からは賢王と呼ばれていた頃の姿は見る影も無く、何かにとり憑かれたかのようにレスティアへの進軍を微弱ながらも進めていた。

それでも最初のレスティアへの進軍を決断する時の王は迷っていたが、今は異常とも呼べるほど激変し、普段は感情の無い目をしていて、何の前触れも無く唐突に何のためらいも無くレスティアへの進軍を命じるといった有様。

極稀に頭を抑え、その度に苦悶の表情を浮かべることもあったが直ぐにまた異常な王へと戻ってしまう。

主の身に起きている異変を感じる忠臣もいることにはいたが、最初にその異変を突き止めようとした臣下は王の怒りに触れ、斬り殺されてしまった。

また、王に異変が起きたのはある人物が来てからだと悟る者もいたが、そのことを追求しようとした者もまた斬り殺されてしまった。

それ以来、王の異変を口に告げるものはいなくなり、また常に王の傍にいる誰も知らない人物の事を追求しようとするものもいなくなった。

しかし、それでも疑念を持ち、この異常な事態を何とかせねばと思う者達も大勢いた。

その中での筆頭は現国王と、レスティアに殺されたと信憑性が無い噂が付き纏う今は亡き王妃の娘―――アイシャスであった。


ゼルガドの朝。

東の空は既に白んできていて、城下町では既に一日の活動を開始する者もいる。

城の一角、他の部屋よりも豪華な造りのこの部屋の窓が少し開いており、そこから冷たい風が流れ込んできていた。

がしかし、静かで穏やかな朝とは裏腹に、この部屋の主は悪い夢でも見ているかのように魘されていた。


「ぐっ…あぁ」


額には汗が浮かび、いつもなら陽の光に映えるであろう美しい金色の髪はベタリと張り付いている。

窓からの風が頬を撫でた時、アイシャスは弾けるように飛び起きた。


「はぁ……はぁ……」


呼吸を荒げたまま少しの間、時が過ぎた。

ようやく呼吸が落ち着いてきたというところで、額に張り付いた髪は指で払った。


「また、ですか」


最近、というより具体的にはあの一件―――父がおかしくなり始めた頃だっただろうか。

どうもその頃から度々寝ている最中に、何かに絞めつけられるかのように苦しくなることがある。


「病気? いえ、それは……」


ありえない。

自分の体のことは自分が最も良く分かっているし、寝ている間だけに発症する病気など……。

ベッドの脇の小さな鏡台に置いてあったタオルで一通り汗を拭う。

べとべとだった汗を拭き取った後、アイシャスはベッドから降りて開いている窓へと近寄った。

朝の冷たい風がなんとも心地よかった。


「やはり、あの男。お父様がおかしくなったのも、あの男が来てから―――」


そして自分もまた。

そう思ったとき、突然強い風が吹き、アイシャスの髪を揺らした。

強い風に目を細めながらも覗いた空にはまだ微かに月が在った。

それを見てふと、あることを思い出した。


「月の使者様…」


あの男―――この国の異変の原因であるかもしれない男が執拗に気にしていた存在。

詳しいことは知らないが、星の巫女である自分と関係があるらしい存在。

もしかすれば……。


「もしかすれば、その方ならこの事態を―――」


何とかしてくれるかもしれない。

それと同時に月の使者が太陽の巫女と共にいる事を思い出す。

それはすなわち、月の使者はレスティアにいるということを意味していた。

自分の母を殺したとされるレスティア。

正直なところ、未だ謎が多いがきっと自分は心の奥底で恨んでいるだろう。


「それでも、しかし…それでも」


今の自分には、そのような理由で奇怪な男の傍に居続け、成す術も無いまま事態が悪化していくのを傍観し続けていく事より、敵とされている国にいるが自分の力になってくれるかもしれないという希望に近い期待を持たせてくれる人物を訪ねる事のほうが良いと思えた。

思えてしまった。


「行きましょう。レスティアへ」


微かな希望と淡い期待を抱いて。

それが自分の、しいては国の未来に繋がるものと信じて、アイシャスは部屋を後にした。




   ***




聖シュバルツ学園の教師は基本的には生徒のものとは別に作られた寮に住み込むか、自宅からの出勤かの二つのどちらかだ。

多くの教師は自宅からの出勤であったが、シグレ達との面識が多くあるこの教師―――バーン=ゲートルは寮への住み込みを選んでいた。

与えられた部屋の大きさは約六畳半といったところだったが、別に不自由はしていない。

もっとも、部屋の中は教材や魔法書などで一杯だが。


『月と太陽は少しずつ明るさを増していき、星もまた自身から輝こうとしている。が、星には薄っすらと黒い影のようなものが纏わり付いている』

「そっか……」


一人暮らしのはずの彼の部屋から透き通るような女性の声が聞こえるのは決していかがわしい理由からではない。

実際、彼が喋っているの相手というのは鏡に映った狐の獣人である。

ちなみに何処かの童話の中の鏡などでもない。

水面や鏡などを介して相手との連絡を取るという、少し高度な魔法の一種である。


「たしかにあの二人、いや三人か。いなくなる前よか、帰ってきてからの方が明らかに魔力が上がってたな。だが何故にハーミレイの魔力まで?」

『なに、当然のことじゃな』


耳をピコピコと動かしながら、指を口元に当てて楽しげに笑う。

どことなく妖艶な動きも長年の付き合いからかバーンは動じない。


『向日葵や夜光華(夜に咲く花)のように、太陽や月の光を浴びて成長したまでのこと。月詠や天照は、目には見えぬ力の輝きによって周りに影響を与える。それも、ほんの一握りの者にだけ、な』


クフフと笑う女性。それに反して真剣な顔つきで考えふけるバーン。

バーンはその顔つきを崩さずに再び女性のほうへと目をやる。


「つまり、アマガサキや姫……イシュタリアに感化されたとでも言うのか。いや、作ることでさえも難しい『高みへの一歩を進める機会』をあの二人によって与えられているということか……」

『まあ、そんなところじゃな。じゃが、あの二人はあくまで機会(・・)を与えてるに過ぎん。お前が言うハーミレイとやらは機会を逸さなかっただけじゃ。それに、そういった変化が見られたのなら、何もその三人だけじゃないんじゃろ? 変化は』


女性の言葉に、バーンは手元にあった幾つかの資料に目を向ける。

実際にここ最近で目覚しいほどの成長を遂げている生徒が何人かいたのだ。

壁を越えることが出来たかのような、生徒が。


「ああ。いたよ。今尚成長を続けているさっき言った三人のほかに、もう四人。大きな変化が見られるのがね」

『その四人全員が、あの二人と繋がりがある。そうじゃろ?』


どうやら全てお見通しのようだ。

変化が見られた四人。

カディウス=フェブレード、カノン=ウィアルド、アニー=トレアベル、ウェイバー=グラハム。

いずれもアマガサキ達と親密な者ばかりだ。


『で、これからどうするつもりじゃ?』


女性の目がきらりと光る。


「これ以上学園に置いておけば、何かしらの危険が他の生徒に伴う可能性もある。三ヵ月後の騎士団への選抜テスト。これを使おうと思っている」

『ああ、あれだね。じゃがあれは……』

「テストは卒業試験の難易度以上の上に、試験監督のえこ贔屓や裏での手回しなどありえない」

『受からなかった場合はどうするつもりじゃ?』

「その時は、二人を王国の管理の下、手厚く保護って事に」

『早い話が拉致監禁ってわけかの』

「人聞きの悪い。それよりも……」


続きを言おうとしたところで女性が眠たそうに欠伸をした。

緊張感の欠片も無いと悟りつつも、あからさま咳を一つ。


「ゴホン。あいつらが合格したら……じゃなくて、合格しようとしまいといい加減戻って来い。王国守護十騎士が一人、キューレ=アデット」


その瞬間、女性の瞳の奥が揺れる。

だが、すぐにふっと目を背けるとパタパタと尻尾が大きく揺れた。


「面倒くさい」

「おい」

「冗談じゃ」


再びクフフと笑う。

バーンは青筋が浮かびそうになるのを必至で堪えながらも、気持ちを落ち着けて話を続ける。


「今は冗談じゃないくらい緊急事態だってのが分かってるのか。星を擁するゼルガドと交戦中、その上守護十騎士十人のうち五人が行方知れずになったままだ」

『分かってるさね。それにしても全く……あいつらは何をやっているんだか』


キューレの言う『あいつら』というのは行方知れずの五人だ。

以前ゼルガドとの大規模の交戦があったとき、相手の大軍に止むを得ずに五人の守護騎士を出したが、未だに誰も帰還はしていない。

その交戦の結果は両軍全滅という痛み分けな結果で終わったとの報告だったが、五人が討ち取られたという報告は無い。

ただ報告されたのは両軍全滅ということと、守護騎士五人がいつの間にか消え去っていたことだった。

現在は引き続き捜索中だが、良い知らせは入ってはいない。


「とにかく頼むから戻ってきてくれや。俺とアレナだけじゃ、流石に辛いところもある。他の二人は頼りにならん」


一人は熱血馬鹿の単細胞、もう一人は頭はいいが引き篭もりの節がある理論野郎。

どっちも実力的には申し分ないのだが、いかんせんこういう事態には使い勝手が悪い奴らだ。


『まぁ、気が向けばな』


そう言って口元を手にある扇で隠す。

おそらく隠れてほくそ笑んでいるに違いない。


「はぁ……何かあったらまた連絡するわ」

『承知』


ブンとキューレの姿が揺らいだかと思うと、鏡は元の役割を取り戻し、バーンを映し出していた。


「さてと……試験布告用の術式をっと……」


最近、俺ってお人好しで苦労性なんじゃ……、などと考えながらもバーンは茶を啜りながら術式を組み始めた。




   ***




学園の中庭。

そこは生徒達の交流の場でもあり、修行の場でもある。

そんな十二分に広い中庭で今、二人の人影が対峙していた。

棍を持ったウェイバーと白い羽型の双剣を持ったカノンは、今まさに練習試合の真っ最中だった。


「はあぁっ!」


ジリジリとした緊迫感の中、先に動いたのはカノン。

地面を思い切り蹴り、超低空の移動でウェイバーに接近すると白の双剣―――ホワイトウィングで真下から斬り上げる。

かなりの急角度からのカノンの攻撃にも臆せず、ウェイバーは退いて避ける。

攻撃が空振りになったカノンも舞うように斬り上げからクルリと回って態勢を整えた。


「ヒョオッ!」


カノンの攻撃を避けてから間髪をいれずにウェイバーは踏み込み、突きを放った。

躊躇なく顔を狙うもカノンはそれを紙一重に避ける。


「おらおらおらおらおらー!!!」


突きのスピードをどんどん加速させ、手加減抜きにカノンの身体目掛けて穿つ。

それに負けじとカノンも紙一重……詳しく言えば服に掠り、小さな布切れが幾つも飛ぶほどに寸でのところで避け続ける。

暫くウェイバーの突きを避け続け、ようやく目が突きの速さに慣れてきた時、カノンは攻勢に転じた。


「甘い!」

「ちぃっ!」


ウェイバーが突きを放ち、それを一旦引き戻すその瞬間、カノンは棍の動きに合わせるかのようにウェイバーの懐に潜り込み、両手に在りし剣を振るった。


「ぐ!」


流麗に振るわれた双剣を棍を盾にしつつ何とか捌くも、元々手数の多い双剣の攻撃を防ぎ続けることは並大抵のことでなかった。

カノンが剣を振るう度、ウェイバーの服の切れ端、もしくは髪の毛が少し宙に舞う。

やがて捌き続けることが出来なくなったウェイバーは大きく後退するも、カノンは舞を舞うように華麗にステップし、再びウェイバーの懐に潜り込む。

そして再びカノンの鋭い剣の舞がウェイバーを襲った。




   ***




「ウェイバー。万事休す、ってところかな」


魔法書を見つつも時折、カノンとウェイバーの試合を見ているカディウスがぼそっと呟いた。


「私でもカノンが相手ならああなるだろう。カノンの武器はその速さ。シグレの刀やイグサの忍者刀なら応戦できるだろうが、いかんせんウェイバーの棍や私の大剣にしてみれば分が悪い相手だ」

「私とカディウス様はもはや論外とも言えます……やはり、対策を講じておくべきでしょうか……」


暢気に茶を啜りながらも冷静に分析をするサンとその隣で必至で何かを考えているアニー。

アニーはおそらく接近系の相手と戦う事になった時のことを想定しているのだろう。


「カノンもウェイバーも風の属性だから、属性による有利不利はないよね。後は如何に上手く戦うか、って感じだけど」


片手でクルクルとペンを回しながら、メモ帳に何やら書き込んでいるイグサ。

そのメモ帳の表紙には筆で綺麗に『秘』と書かれている。


「でも、やはりウェイバー様が不利なのではないでしょうか。ウェイバー様の武器は棍、主に中距離用だと思うのです。カノン様のあのスピードで近接戦闘に持ち込まれれば苦しいのでは……」

「そんなことはないだろう。ほら、ウェイバーが何かするみたいだぞ」


途端に先程まで本やメモ帳に目を向けていたカディウスやイグサまでもがそれらを閉じ、試合に集中する。

全員の視線の先では、ウェイバーがカノンから大きく後退していた。

俺は隣に置いてあった皿から煎餅を一枚手に取った。




   ***




体勢を立て直す暇も与えない程に激しいカノンの剣の舞は確実にウェイバーを追い詰めていた。

ウェイバーの額からは既に汗が流れ始め、剣戟を受ける棍を持つ手はかなり痺れ始めてきている。

一方カノンの方は汗一つ流すことなく華麗な舞を続ける。

もしこの時カノンと戦っているのがウェイバーではなく、普通の学園の生徒だったとしたら、既に己が得物を弾き飛ばされているか、攻撃を何とか凌いでいるもカノンの冷静な攻撃に焦りを覚えているだろう。

だがウェイバーは体力は消費してきてはいるものの、焦りを感じてはいなかった。


―――タンッ


絶え間ない剣戟のほんの一瞬の間を縫ってウェイバーは大きく跳んで後退した。

勿論カノンも相手に態勢を整える暇を与えまいと直ぐに地を蹴り接敵する。

ここまでなら先程と同じであった。

しかし、カノンの目は何かに驚くかのように大きく見開かれていた。


「調子に乗るなっての!」


ウェイバーは飛び退き際に棍を右脇に挟み込んでた。

そうして固定することで振り幅を小さくすることが出来、尚且つ威力を殺さないようにすることが狙いだった。

ウェイバーがにやりと笑った刹那、棍が風を纏い始める。

カノンが瞬時に低空移動の状態から片足だけを地に付け、鋭角に後方へと跳ぶ。

だが、逆にウェイバーは地を蹴ってカノンへと近づいていた。


「吹っ飛びやがれぇ!!」

「!!」


咆哮と共に小さく、かつ鋭く薙ぎ払われた棍は空を切った。

だが、棍が纏っていた風は本体を離れて吹き荒び、カノンを大きく吹き飛ばした。

その瞬間にシグレ達のほうから「おお~」という声が聞こえてくる。


「シッ!」


再びウェイバーは地を蹴る。追撃のために。

だがカノンも負けてはいない。

ウェイバーは風属性だが、カノンもまた風属性なのだ。

他者が起こしたものだが風は風、上手く風の流れに乗り態勢を立て直し着地する、と同時に即座に低空移動に移った。

追撃するウェイバー、迎え撃つカノン。二つの点が今まさに交差しようとしたその時だった。


―――ゴーーーーーン


中庭の中央にある時計の鐘の音色が鳴り響いた。

それと同時にウェイバーとカノンの動きも止まっていた。

ウェイバーの棍はカノンの顎を跳ね上げる一歩手前で止まっており、カノンの剣もまた、ウェイバーの首筋でぴたりと止まっていた。

この状態からではどちらが先に動こうとも相打ちになるのは目に見えていた。

二人は暫く睨み合っていたがふと笑みを浮かべ、互いに武器を下ろして一礼する。

少しするとウェイバーとカノンが此方に近寄ってきた。


「引き分けだな。次の勝負に持越しってところか」


俺がそう言うとウェイバーもカノンも一気に呆れ顔になった。

やれやれといった感じで肩を竦めて見せている。


「全く分かってねえな。シグレ」

「ああ。その通りだ」

「? 何がだ」

「時間になったからだっつーの。あのまま続けてりゃ、勝負は決まってた」


ベンチにかけてあったタオルで汗を拭いつつもそう言うウェイバー。

カノンも同感らしく、武器の調子を見ながら静かに頷いている。


「あ、あのー……それじゃあ、あのまま続けていれば一体どちらが勝っていたのですか?」


どうやらアニーの質問はウェイバーが期待していた内容だったらしく、ふふんと鼻で笑いながら誇らしげに口を開いた。


「勿論、俺に決まってるじゃねえか!」

「私だ馬鹿者」

「はあっ!?」


手に持っていたタオルを投げ捨て、ウェイバーはカノンに近づく。


「俺だろ」

「私だ」

「ざけんな。最後の一撃は俺のほうが速かったんだっつーの。時間になったから止めたやったんだぜ?」

「お前が踏み込んで私の顎を跳ね上げようとする一撃を放つ一連の動作を行う前に、私は既に左手のホワイトウィングの投擲動作に入っていた。勿論、右手はお前の首を狙った。鐘が鳴ったから止めてあげたのだ」

「んなのはとっくに分かってたんだよ。余裕で避けれたんだよ」

「いや、無理だったなあれは。直撃すれば致命傷。つまり、私の勝ちだ」

「俺だっつの」

「私だ」


激しい口論が始まってしまい、次第に中庭にいる他の生徒までもが何事かと此方を見てくるようになってきていた。

流石に不味いと思ったが、サンにイグサ、カディウスはまるでいつも通りとでも言わんばかりに何食わぬ顔で談笑していた。

俺は唖然とし、そんな俺の隣にいるアニーはひたすら慌てふためいていたが、何とか止めようとしたのか二人の間に割って入った。


「あのあの! お二人とも何か御用事があったから練習試合を中断したのでは!?」


ナイスだアニー。

俺は誰にも見えないようにこっそりとガッツポーズ。


「ああ、そういや……ってやべ! 急がねえと!」

「私も行かねば……」


そういえばどこへ行くのだろうか。

あれだけの本気の試合を中断したんだ、よほど大切なことに違いないはず。


「何か用事でもあるのか?」


俺がそう言うと再び二人は呆れ顔になった。


「バイトだよバイト」

「私も同様の理由だ」

「バイト?」


二人がバイトをしているなんてことは初耳だった。

といっても初めて会ってから言うほど時は経っていないのだから知らないことがあっても当然といえば当然だった。

何だかんだ言っているうちにウェイバーもカノンも片付けを終えたらしく、荷物を背負っていた。


「んじゃ、行ってくるわ。おい、カノン。今日は引き分けってことにしといてやるよ」

「アニー、シグレ。行ってくる。……それは此方の台詞だ」


俺達に一言ずつ残してから、互いに全く逆方向へと走って行ってしまった。

暫く俺もアニーも呆然としていたがやがてハッと我に返り、サンのほうへと振り返るといつのまにかカディウスとイグサの姿もなかった。

いつの間にかいなくなっていれば、誰かにそのことを聞くのは当然のことだ。


「カディウスとイグサは?」


俺の質問にサンは何てことなくあっけらかんと答えた。


「バイトだ」




   ***




「イグサ達だけではなく、この学園にはバイトをしている者が大勢いるのだぞ」


真っ直ぐ伸びる廊下を三人で歩きながらサンはそう言った。


「それってやっぱり、遊ぶための小遣い稼ぎの為でか?」


ちなみに俺はグラスノアを戻る際に父さんからこれでもかってぐらいに渡された。

あんまりな量だったのでサンに頼んで銀行に貯金してもらっている。

サンは無言で顔を横に振った。


「遊ぶ余裕のある富裕層の者達はバイトをする必要がない。親から小遣いと言うには多すぎる金を貰っているからな。この学園でバイトをするのは……」

「平民の方達、と言えば失礼ですね……。言ってしまえば援助が乏しい、もしくは期待できない方達です」


サンの言葉に割って入るアニー。

だがサンはその事を別段不快には思わずに頷いた。


「アニーの言う通りだ。バイトをする者たちの殆どは、生活資金の足しにするか、もしくは御家族への仕送りのためかのどちらかだ。まあ、大抵は前者だ」

「この学園は入学すれば住む場所は提供してくれますが衣食は別。自分自身で賄わないといけません。そのうえ授業料は平民の方々にはやはり高額も高額。授業料はともかく、衣食の費用まで出せる余裕がないのが現状みたいです」


向こうでも此方でも、貧富の差はやはり存在するようだ。

一部では金が有り余ってはいるが、一部では明日の生活さえも危うい人間も存在する。

いくら国に属する騎士を育てる機関とはいえ、国の財の多くを割けるわけでもない。


「私は母様があの、十騎士の一人なので……生活面で困ることはないのです。あ、でもでも無駄遣いも贅沢もしていません! 母様にそう言われているので!」


自分で言った事に慌てて補足するアニー。

補足しないでもアニーが富裕層の坊ちゃん達のような金の使い方をしているとは微塵にも思わない。

そこで俺はあることを思い出し、ボソッと呟くと二人に聞こえたらしく、サンは律儀に返事を返してきた。


「そういえば……俺がグラスノアから帰ってくるまでの授業料とかは……」

「ああ。あれは私持ちだから心配は要らないぞ? 全額返す必要はない。そのうち私に何か買ってくれさえすればな」

「え……」


ポツリと言葉を漏らし、ピシッと固まったのは俺だけではなかった。

アニーも目を丸くしている。

笑顔を浮かべていたサンもシグレとアニーの反応に小さく小首を傾げた。


「二人とも、どうしたのだ?」

「何故……サン姉様がシグレ兄様の授業料等の肩代わりを?」


俺が高速でサンの方に目をやると、サンはしまったと言わんばかりに冷や汗を流していた。


「シグレ兄様がグラスノアの王子様で行方不明になっていたこと。行方不明になってから十年ほど経ってこの学園に入学したこと。そしてイグサ様に頼み込んで両親の行方を捜索を朧の里の忍びに依頼して、先日ようやく見つかってグラスノアに行った事は聞きました。でも、よくよく考えてみれば幾ら王子様とはいえ行方不明になっていたのに何故この学園に入れたのでしょうか」


アニーは自分達より小さく頼りなげな感じはするも、時たまとても鋭い少女だった。

ちなみに俺とサン、イグサの三人が学園に入る前に既に会ったことがある事と、月詠と天照という謎の使命を帯びた存在であるということはまだ皆には秘密だったりする。

流石に自分がこの国の姫であることは漏らさないだろうが、グラスノアから帰ってきて直ぐに俺とイグサに一度話してしまっていることもあるのでかなり心配だ。

そういえば、イグサもグラスノアで昔の事を思い出してから薄々サンの立場には気づいていたらしい。

名前の共通点、あの時楽しそうにしていた母さん達の関係などから……らしい。

と、今はそんな事を考えている場合じゃなかった。


「サン姉様は貴族のお家出身……ですよね? 私はイシュタリアという家は聞いたことがありませんけど……」

「ああ、それはだな、その……」


しどろもどろに言葉を紡ぐサンの顔に焦りの色が窺える。

その目は明らかに此方へと向けてきている。

君にも責任があるだろうとでも言いたげな目は誰が見たって助けを求めているような目だ。

俺はとりあえず拙いながらも助け舟を出すことにした。


「サン、唐突だけどさ……ウェイバー達は何の理由でバイトしているんだ? 生徒の多くがその……経済面での理由というのはさっき聞いたけど」

「! た、確か……ウェイバーは家庭の事情か何かは知らないが家を飛び出してきたと言っていたから実質独り立ちの状態で月一で来る家からの手紙にはうんざりしていたな。カノンは家に全ての面で迷惑をかけたくないと言っていた。カディウスは只ならぬ事情だとか…これも多分家関連だろうな。イグサは忍びには色々要る、とか」


助け舟に安堵したのか、後半は少し落ち着いて話すことが出来たようだ。

それにしてもイグサは別にしても他の皆は色々と事情があるらしい。

だが、アニーの追求はその程度の誤魔化しでは止まらなかった。


「それで……先程の話ですけど」


アニーの目がきらりと光って見えた。

そういえばアニーは犬の獣人だったんだよな……。


「や、やっぱりあれだな! そういった家庭の事情もあるんだし、一部だけでも奨学金とかそういった制度があればもっと才能ある多くの騎士が育つと思うんだ!」

「あ、ああ! そうだな! 私もそう思っているし、父もそういった才能ある者を手助けできるよう尽力はしているんだが、なんともいかなくてな……」

「あの!」


俺達が必死なのを見破っているのか、アニーは会話の途中でも強引に自己の存在を主張してきた。

ここで会話を止めなければそのうち何かで殴ってきそうな勢いだ。

アニーの目は少しばかり冷たくなっていた。


「サン姉様のお父様はそのような政関係に携わっているのですね」

「一応、私の父上はその……私の家は端くれながらも貴族であるからな。末端の家名など知らなくて当然だ」

「そうですか」


アニーは如何にも不服そうに、怪訝に顔を顰めている。

シグレもサンも内心ハラハラした状態だったが、アニーは特に何も言わずに溜息をついた。

何かバレてしまったのではないかとシグレとサンの心臓は跳ね上がった。


「別に……私は何か人には言えない裏があるなどとは思ってはいません。ただ、そのような態度をとられると何か隠し事があるような気がしてなりません。私だけ……仲間外れみたいじゃないですか」


そう呟きつつ、頬をぷうと膨らませて如何にも拗ねていますよ的な感じを醸し出す。

瞬間、サンの顔が紅潮していく。

この時サンは葛藤していた。

目の前にいるとてつもなく可愛い生物に全てを話すか、それとも全てを隠し通すか。

シグレにはサンの葛藤の内容が容易に見て取れていた。

そして、俺が何かしらのアクションを起こさなければサンは真実を話してしまうかもしれない。

覚悟を決めるしかなかった。


「はぁ……分かった。全部話すよ」

「シグレ!?」


途端にアニーの顔がパァッと明るく輝きだす。

作戦成功、もしくはしてやったり……といったどちらの意味にでも取れるような顔だ。

一方サンは俺の言葉で葛藤の中から戻ってきたらしく、目を丸くさせてこちらを見ている。

そんな中、俺は心を落ち着かせるために小さく深呼吸。

そして俺は選んだのだった。


「実はな……俺とサンが初めて出会った時、サンが数人の男に絡まれていてな、そこを俺が助け出したという訳だ」

「ふぇ?」

「は…………………?」


嘘をつく事を。


「それは山の中だった。俺が自分のルーツを求めてさ迷い歩いていた時に聞こえてきたのは男達の声だった。すぐさま駆けつけてみればそこには温泉の中で悔しそうに少しずつ後退するサンと数人の変態どもがいたんだ。で、俺がその男達を始末してサンはお礼がしたいと言ってきたから学園の入学料を出してもらったという訳だ」

「「……………………」」


サンはポカンと呆然としており、アニーもまた明らかに疑いの視線を此方にぶつけてくる。

当然と言えば当然だがよくもまあ、こんな嘘を思いついたものだ。

その時だった。


「はっ! ……おい、シグレ。私はそのような事は一度もがぁっ!?」

「あはははははは……」


せっかく俺が考え付いた馬鹿らしい嘘がサンの一言で砕け散ってしまう前にサンの後ろに回りこんで口を塞ぎ、暴れるサンを取り押さえる。

こうなったらとことん嘘を貫くしかない。

アニーは依然として疑いの目を向けていたが、やがて口を開いた。


「私にはサン姉様がそのような下賎で品のない人達に遅れをとるとは思えません……」


俺もそう思う。

だがここは誤魔化していかなければならない。


「考えても見るんだアニー。俺は温泉の中で、と言っただろう。風呂に服を着、武器を持って入る奴はいないだろう。裸イコール無防備という訳だ」


……自分で言っていて馬鹿らしくなってきた。


「もがっ……私は常に武器を傍にもがぁっ!」


何とか俺の手を口からどけて反論しようとするサンの口を再び塞ぐ。

それでもアニーの疑いはまだ晴れない。


「それで、そのお礼が何故学園の入学料の肩代わりだったのですか? 今までの話を纏めれば、シグレ兄様がグラスノアに行くまでの衣食やその他諸々全てサン姉様が出していた事になりますけど。兄様はルーツを探していらっしゃったんですよね?」


ぐ……また痛いところを。


「ルーツを探すにはどうしても強さが必要だったからな。多少時間はかかろうとも、騎士の育成機関に入りさえすれば強くなれると考えたんだ。結果的にルーツは見つかったんだけどな」

「……そうですか」

「もがもが」


未だサンは俺の腕の中で暴れている。

気のせいかもしれないが、アニーの視線が先程より一層冷たくなっている気がする。

何かこう……鬼気迫っているような。


「何故、そのような事を頑なに隠していたのですか?」

「それは……そう、サンがその、暴漢に襲われて成す術がなかったというのが恥かしいとか、騎士見習いとしての面目がどうとか言うから―――」


俺がそう言うとすぐさまサンの抗議の視線が飛んでくる。

私はそんな事は言ってない、といった視線が突き刺さるがここは無視だ。


「私には、サン姉様がそのような事を仰る方には思えないのですが」

「うっ……」


アニーの言うことも尤もな話だ。

サンだったなら、そのような事になってしまえば自身を不甲斐ないと感じ、更に精進に励むことだろう。

ましてや隠して置いて欲しいなど……。

シグレが考えに耽って黙り込んでいる間に、当の本人であるサンは必死で自分の口を押さえつける手を引き剥がそうと試みていた。

やがて手を引き剥がすことに成功し、自分の発言を遮るものがなくなったと同時にサンは口を開いた。


「アニー! 私はっ―――!?」


サンの言葉は今度はアニーの人差し指によって遮られた。

少年がほぼ羽交い絞めの状態にしている少女の唇に人差し指を当てる少年達より一回り小さい少女。

端から見れば結構シュールな構図だな、と思ってしまう。

サンも普段のアニーからは考えられない行動にはびっくりのようだ。


「もういいです。お二人がそこまで必死にお隠しになられるならよっぽどの事情だと思うのです。迷惑かけて、すみませんでした」


ペコリと一礼。

俺は羽交い絞めにしているサンを解放する。


「でも……」


ゆっくりと頭を上げ、此方に見えてきたアニーの顔は笑顔だった。


「そのうち、教えてくださいね?」


その屈託のない眩しい笑顔にシグレとサンは微笑を浮かべて頷いた。




   ***




場所は移り、今は学園中央にある掲示板へと俺達は向かっていた。

先程までの遣り取りが嘘のように俺達は今後のことについて話す。

今度の事と言ってもいつ学園行事があるだの、テストはいつだっただのそんなことばっかりだ。

やがて中央の掲示板に着くとそこには大きな人だかりが出来ていた。


「わ……凄い人だかりです。何か重大なお知らせでもあったのでしょうか?」


目の前の圧倒的な人の数に左隣のアニーが思わず感嘆の声を上げる。

それに反してアニーの向こう側にいるサンは渋い顔だ。


「全く。このように我先にと互いに押しのけていたら誰も見れないではないか。少しは考えて……」

『マスター』


再びサンの言葉は遮られる。

今日何回目だろうな、とか考えつつ姿の見えない守護精霊の名を呼ぶ。


「ヴァルナ」


その瞬間、俺の目の前に俺達と同じ年くらいの少女が現れる。

空のような雪のような水色のその髪は大きく揺れ、十人擦れ違えば十人が振り向くと言っても過言ではない絶世の美少女(ウェイバー談)。

実際、いまヴァルナがここに出現した時、俺達以外の生徒の視線の殆どを独占している。

しかしヴァルナは全く気にしていない様子で平然としている。


『マスター。このような所で何をしておられるのでしょうか。お見受けしたところ、何か困っているご様子ですが』


サンやカノンとはまた違った凛とした声はとても澄んでいて幾人かの生徒はうっとりした表情を浮かべている。

俺は掲示板に着いてからの状況を手短に話す。

するとヴァルナは……


『あそこに新しく浮かび上がった術式の内容は既に把握、全て記憶しています。必要であるならば、今ここでマスターにお伝えしますが、いかがいたしますか?』

「ああ、頼むよ」


別に断る理由もなし。

サンとアニーも同意見らしく小さく頷いた。


「それでは……」


ヴァルナはまるで記憶の中を覗き込んでもいるかのように目を閉じ、ゆっくりとしたスピードで話し始めた。


『騎士選抜試験実施のお知らせ

 

 此度、今までに幾数回か実施されてきた騎士選抜試験を三ヵ月後に実施する。

 尚、この選抜に合格した者は問答無用で学園卒業者及び騎士の資格を与えられることになる。

 試験の内容は大まかに分けて一つ……て分ける必要ねえな。

 試験に必要なものは度胸と実力。それ以外は特に必要なし。

 この試験は不定期なものであるからして、この機会に生徒諸君には是非挑戦してもらいたい。

 つーかとりあえずあれだ。「少年少女よ、野望を抱け」だ。

 ん? 何か違う気がするがまあいいか。

 挑戦するものは職員室まで直接、願書を叩き付けに来い。 

 尚、下に記述する者は強制参加。

 

 聖騎士組 サン=イシュタリア

      シグレ=アマガサキ

 

 上記二名は絶対参加だ。さぼんじゃねえぞ。 以上。』


「…………はぁっ!?」

「何なのだ、これは」

「はわぁ……騎士選抜試験……」


俺達は言うまでもなく多種多様な反応を示す。

掲示板を見ることが出来なかった生徒もヴァルナの話を聞いたのか、ざわざわとざわついている。

記憶の根底を探ることを止めたのか、ヴァルナはゆっくりと目を開いた。


「これ書いたの、絶対にバーン先生だよな」

「十中八九……いや、確実だな」


そう呟きつつもバーンが脳裏に浮かび上がってくる。

茶でも啜りながらこの術式を作っている最中のバーンの姿が。


「全くなんだっていうんだ……わけが分からない」

「同感だ。何故私達二人が強制なのだ? 別に強制せずとも参加するに決まっているだろうに」

「いや、そうじゃなくて……」


確かに強くなろうと決意はしたが、何故このタイミングで選抜試験。

いや、それはいいとしても何故俺達二人の名前が強制参加者として挙がっているのだろうか。

バーンは何かを知っているのか。

色々考えているうちにふと、思わず溜息をつく。

丁度その時、ヴァルナが声をかけてきた。


『お話の最中まことに申し訳ないのですが、マスター』

「はぁ………何だ、ヴァルナ」


次の瞬間、ヴァルナの口からは予想だにしない事を告げられる事になるとは全く予想していなかった。


『ヴァルナは呪われてしまいました』

「…………………は?」


俺の悩みの種がまた一つ増えた瞬間だった。

「最近アニーの出番が多くねえか?」byウェイバー

「日頃の行いです!」byアニー


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