第30項:アニー=トレアベルの長い一日。
グラスノアの一件からレスティアに戻ってきて約一週間が経ちました。
無断で学園を何日も休んだ私達はこっ酷く叱られ、罰として私は幾つかのレポートを提出することになってしまいました。
シグレ兄様やサン姉様達はクラスが違うのでまた違う罰になったそうです。
一週間が経ったといえども、私はその殆どを勉強の遅れを取り戻すために使ってしまったのでようやく今日からレポートに取り掛かれるというものです。
その為に私はレポート用紙を山ほど……ではなく前が見える程度に出来る限り持ってまず教室に向かうことにしました。
借りていたノートなども返さないといけませんから。
***
「だーかーら! あの城でお前さ、自分の事『某』とか言っただろ!?」
渡り廊下を歩いていると上位騎士組所属であり、聖騎士組のウェイバー様の大きな声が聞こえてきました。
その内容からして誰かと一緒にいるようです。
「しつこいな! 私はそんなこと言っていない!!」
その大きな声だけで分かっちゃいました。
おそらく一緒にいるのはウェイバー様と同じ聖騎士組のカノン様です。
あ、今姿が見えてきました。
「いーや、確かに言った! 俺がお前の落としたペンダントを渡したときに!」
「くどい! 断じて私はそんなことは口にしていない! 大体この一週間、お前は……ん? アニーじゃないか」
「話逸らすなって―――おお、アニー」
ちなみに金髪の方がウェイバー=グラハム様、黒の長髪の方がカノン=ウィアルド様です。
私との距離が五メートルくらいになったところでようやく気づいてくれました、良かったです。
このまま素通りされたら何かするところでした。
「お早うございます。カノン様、ウェイバー様」
「お早う。こんな朝早くからそれほどの量の用紙。何かあるのか?」
「この前の一件での罰です。この一週間はひたすらノートとか写してましたので、ようやく今日から……。ところで、カノン様とウェイバー様はどちらに?」
私が尋ねるとカノン様は露骨に嫌そうな表情を浮かべました。
あ、ため息……。
「私達もアニーと同じでな、今まで遅れを取り戻していたんだ。で、今日から先の一件の罰だ。よりにもよってこいつと同じ罰とは……何で、こいつとなんだ……サンは―――」
「こいつとはなんだ、こいつとは! バーン先生が決めたんだからしゃあねえだろ! 俺だってこんな罰なんて嫌だっつーの。お前はお前で何か隠してるしな」
「―――と一緒だというのに。……大体、人には多かれ少なかれ隠し事はあるものだ! 何故私が、お前に、自分の隠し事を教えねばならないのだ!」
ウェイバー様が途中で遮ったせいであまり聞こえなかった部分があります、気になります。
何よりサン姉様というのも気になる原因の一つです。
なので、お二人の間に割って入って話を聞きます。
「カノン様。サン姉様はどんな罰を言い渡されたのでしょうか?」
「お前にはデリカシーというものが―――……あいつはシグレと一緒に学園の離れにある天馬の世話だ。数が多い上に結構重労働だからな。―――だが、ついこの間はイグサ、で今日はサン。あいつは本当に節操なしだ!」
カノン様の後ろから黒いものが噴出している気がします、近しいものを感じます。
少し目を横に向けるとウェイバー様が一歩後ずさりしています。
「どうしました、ウェイバー様?」
あ、少しビクッとした気が……。
「い、いや。何でもない。それより、カノン! 俺らもさっさと終わらせに行くぞ!」
「やはりいつ出会うかでアドバンテージが出て……あ、ああ。分かった」
「そういえば、お二人はどんな罰を?」
尋ねると二人とも自身の武器を指差しながら溜息をつきました。
「これだよこれ」
「私達の罰は、レスティア周辺で被害を出している獣討伐の手伝いだ」
「まったくよ~騎士団は何やってるんだか。学生にまで討伐を手伝わせるなんてな」
頭を掻き毟りながら呆れ顔になるウェイバー。
その隣でカノンもウェイバーと同様に呆れ顔になっている。
「馬鹿かお前は。騎士団がそう何度も何度も獣の討伐のために赴くわけがないだろう。獣討伐の仕事は、討伐を生業にしているやつか自警団が行うものだ」
そうなのです。
騎士団は国の脅威になり得るものに対抗するために結成されたのです。
普通の獣が相手ならば騎士団は出動せずにただひたすら国のために己を磨いているそうです。
それでも、自警団が太刀打ちできない獣や魔物が現れたときは出動するらしいのです。
「……騎士って実際のところ、よくわかんねえよな」
「―――ああ、そうだな」
私もよく分からなくなってきました。
そういえば何で私ここに………って―――
「あっ!」
「? どうしたのだアニー」
あわわ、つい素っ頓狂な声が……。
「す、すみません! 私、このレポート早く終わらせないといけないので……」
「ああ。悪いな……邪魔したみたいだ」
「いえ! そんなことないです!」
「んじゃ、またな!」
そうしてお二人はまた何か言い争いながら私が来た道を歩いていきました。
それを見届けてから、私は教室へと向かいました。
***
「これ、ありがとうね」
そう言って私はノートを差し出す。
「役に立った? 私のノート」
彼女は私のお友達の魔法騎士組所属のユーリ=フェンデルこと、ユーリちゃんです。
私の銀髪とはまったく違う、シグレ兄様のような綺麗な黒のショートヘアをしています。
このクラスは治癒騎士組と魔法騎士組の混合クラス。
そして、ここでの私は兄様達といる時とはまた違う私なのです。
「うん。ユーリちゃんのお陰で何とか遅れ、取り戻せたと思う」
「よかった~! 私、アニーが急にいなくなったからビックリしたんだよ!!」
「ごめんね。心配かけて……」
ユーリちゃんはパッと嬉しそうな表情を浮かべて私の手を握ってブンブンと大きく振ります。
ちなみにレポート用紙はちゃんと机の上に置いてあるので大丈夫です。
「でさ、アニーは学校休んでる間にどこ行ってたわけ?」
「――――え、えっとそれは……」
「なになに~? 私にも言えない様なとこ行ってたの? まさか男? 男か?」
「そ、そんなんじゃっ……」
『おいっ!!』
ユーリちゃんに迫られている私の後ろから怒号に近い声が聞こえてきた。
久しぶりに聞く声だけど聞き覚えのある声です。
途端、今まで嬉しそうな顔をしていたユーリちゃんが一瞬で嫌そうな顔に早変わりしました。
「何よアーロン。あんた、何か用?」
後ろを振り返ると、赤い長髪のオールバックで目つきがやたら鋭いアーロン=ハリベル君がそこにいました。
ちなみにアーロン君も魔法騎士組です。
何やら機嫌が悪そうです……思わず一歩後ずさってしまいました。
「今の今まではテメェがやたらバタバタしてたせいで問い正しそびれちまったが……」
「ちょっと! 私は無視なの!?」
アーロン君はユーリちゃんを軽くスルーして私を睨んできています。
切れ長の目がぎょろり……ちょっと怖いです。
「アニー! お前、学園休んで上位騎士組の人達とどこ行ってやがったんだ!?」
「!」
ビシッと指差されてしまいました。
何故そのことを知っているのでしょうか……今、私の心臓は物凄くドッキンドッキンしてます。
「しらばっくれようとしても無駄だ。俺は見たんだ! お前が暫く学園にいなかった上位騎士組の人達と喋りながら表通り歩いてる所をな!」
「ええっ!? アニーってばそれ本当?」
あわわ……アーロン君だけじゃなくユーリちゃんまで迫ってきています。
どうしましょう……。
「確かあの時いたのは……つい最近編入していたアマガサキ先輩にイシュタリア先輩、ハーミレイ先輩、フェブレード先輩。それにウィアルド先輩とグラハム先輩、あと知らない人が一人。その知らない人除いてもこの学園じゃ有名な人達だ! 答えろ! 何でお前がそんな人達と一緒にいた!?」
「えー……アニーってばアマガサキ先輩と知り合いなの? アマガサキ先輩って言えば、学園編入翌日にバトって快勝したって人じゃん! 何で知り合いって教えてくれなかったの、ずっこいよ!」
「え、えと……」
ひたすら捲くし立てられて思わず口篭ってしまいます。
どうしましょう、何か言い訳できないものでしょうか。
「何であんな有名人がお前みたいな落ちこぼれと一緒にいるんだよ! 納得できねえ!」
「む。ちょっとアーロン! 今の言葉は聞き捨てならないよ。アニーは落ちこぼれなんかじゃないじゃないさ!」
「落ちこぼれじゃねえか! 治癒魔法の一つも満足に出来ねえ。属性が違う治癒魔法ならともかく、自分の属性のやつだってろくに出来ねえじゃねえか!」
あう……耳に痛い言葉です。
「ぐぅっ。そこはかとなく否定しずらい……」
そこは否定して欲しかったです、ぐすん。
隠れて傷心気味な私にアーロン君が追い討ちをかけてきました。
「さぁ、どういうことなのか説明してもらおうか!!」
「え、えと……その~~~」
私が黙り込んだせいで静かになってしまいました。
あう、いつのまにか教室の中にいる人達全員がこっちに注目しています。
そんな窮地に立っている中、教室の入り口のほうからまたまた聞き覚えのある声が聞こえてきました。
『ねぇ、君。ちょっと聞きたいんだけど』
『え……? ひゃっ!? ―――! どうしてこのような場所に?』
『いや、だからちょっと聞きたいことが……』
『何でも聞いてください!』
『う、うん……。ここって治癒と魔法の混合クラスだよね? 今、中に―――って子いるかな?』
『あ、はい! ―――だったら私も知ってます!』
『いや、そうじゃなくて。今、いるかな』
『はい! います!』
『悪いけど呼んでもらえるかい?』
『はい!』
その声は誰かと話しているようです。
でも、今この状況で勝手に振り向けばアーロン君が怒りそうなのです。
さりげなくユーリちゃんも興味津々でこっちを見ています。
『アニー~~~!! 貴方にお客様~~~~!』
「ひゃいっ!?」
あわわ、いきなり名前呼ばれたのでびっくりして声が裏返って……恥ずかしいです。
恐る恐る振り返ってみると入り口にはあの方が立っていました。
「はぁ!? なんであんな人が!」
「ひゃぁーー! アニーってばやるぅ!」
入り口に立っていたのは、薄い青のショートヘアで上位騎士組所属、賢者騎士組のカディウス=フェブレード様でした。ちょいちょいと手招きしています。
私は皆に注目される恥かしさに耐えつつ、カディウス様の元へと小走りで駆け寄りました。
「カディウス様! な、なにか御用でしょうか!」
「僕のお節介だとは思ったんだけどね、ほら。この前レポートを書くために図書室の資料席を取りたいけど取れなかったって言ってたじゃない?」
「あ!」
すっかり忘れてました!
この学園は真面目な方が多いので図書室の自動更新型目録の席はいつも満員なのです。
予約制なので取れなかったのは仕方ありませんが、私は予約するのを忘れていました……。
「あわわ! どうしよう……レポートの提出日まであと少しですし、今から予約しても間に合いません!」
必死で何か方法はないかと考えを巡らせますが何も方法は出てきません。
するとカディウス様はクスクスと笑い出してしまいました。
「あはははっ! やっぱりね。アニーの事だからそんなことだろうと思ってたんだ!」
「うぅ……酷いですカディウス様」
「ごめんごめん。そう思ったからアニーを尋ねたんだよ」
「ふぇ?」
カディウス様は一頻り笑った後、胸ポケットから何かを取り出しました。
チャリチャリと音を立てるのは何度か見覚えのある鍵でした。
「アニーの事だから、予約忘れてるだろうって思ってさ、僕が先生に頼み込んで予約入れといたんだ。ほら、僕は司書だからね」
「はわ! そうだったのですか」
カディウス様が図書室の司書だとは知りませんでした。
とてもお似合いだと思います。
「ということで、はい」
「あ―――ありがとうございます!」
そうして受け取った鍵をいそいそとポケットに仕舞い込んで、深々と頭を下げます。
これでレポートができるのですから当然のことです!
「早速行ってくると良いよ。多いんでしょ? レポート」
「はい! 本当にありがとうございました!」
机の上に置いてあったレポート用紙の山を持ち上げ、また後でね、とユーリちゃんに一言残して図書室へと向かいます。
当然、教室を出る時にカディウス様に挨拶するのを忘れはしませんでした。
***
(カディウスside)
「あの、先輩」
アニーの後姿を見送っていると後ろから声が聞こえ、振り返ると先程までアニーと話していた赤髪の少年が立っていた。
どこか緊張した雰囲気を漂わせる少年はこちらを真剣な目で見上げてくる。
「失礼を承知でお伺いします」
「……どうぞ」
別に断る理由もなし。
僕はいつもどおり平常の顔で対応した。
「先輩とその、あ…あいつ。あ、アニーはいったいどんな関係なんですか!?」
少し顔を赤くする少年を見て僕は一瞬で悟ってしまった。
ああ、この子はアニーのことが―――なんだな、と。
それにしても僕とアニーの関係、か。
「知りたい?」
僕がそう訊ねると少年は大きく頭をブンブンと振る。
まだまだ若いなぁ、とか思っているといつのまにか教室中の子達の視線が集中しているのに気がついた。
それでもやっぱり本当のことを言えばシグレ達に迷惑がかかるだろうなぁ。
ということで、
「僕とアニーは、秘密の関係だよ♪」
満面の笑みと共に言い放ち、僕は咄嗟に身体強化の術式を展開。
脚力を強化して、全力で走った。
後ろからは全員の叫び声が聞こえてきたけど、こんなのもたまには良いかもしれない。
***
(アニーside)
レポート用紙の山を抱えながら図書室へとひた走ります。
カディウス様のご好意で席を取っていただいたのですからちゃんとしたレポートにしなければなりません。
そんな事を考えながら走っていると廊下の窓際にやたら寄り固まってしゃがみこんで窓の外を見上げている男性集団がいました。
見た目かなり変人集団です。
(いったい何をしてるのでしょうか)
不思議に思いながらも図書室への道はここを通らなければ殆どが遠回りなので仕方ありません。
変人集団(確定)の脇をこっそり通るとなにやら小声で聞こえてきました。
思わず耳を傾けます。
『やっぱ良いよな~あれ』
『おい。もっと寄れよ! 見えねーだろが』
『ああ……こんなことしても気がつかないなんて……やっぱ最高だよな~』
『ばれたら殺されそうだけど、怒っている風に見えてなんか考えてるみたいだから大丈夫だよな』
いったい何がなのでしょうか。
好奇心が擽られ変人集団(確定)の視線を辿ってみると簡単に理由が分かってしまいました。
(イグサ様……)
そうです、窓の外には腰から縄でつるしたバケツを提げ、忍び装束の帯に数本のモップを突き刺し、怒り顔でモップを使って窓拭きをしているイグサ様の姿があったのです。
忍び装束は動きやすいように鎖帷子の上に半袖の忍び専用の装束を羽織って、下はショートパンツ……いえ、スパッツみたいなので脚丸出しなのです。
変人さんが言うとおり、怒り顔ですが何かを考えているような感じです。
(この人達、不潔です)
イグサ様にお教えしようしましたが、その瞬間に私は思い出してしまいました。
イグサ様とシグレ兄様がグラスノアに行っている間ずっと二人きりだったことを。
自分にも分からないような何かが膨れ上がってきます。
(やっぱりやめとこ……)
何故でしょうか、私はお教えするのを止めてしまいました。
真っ直ぐに図書室へと向かいます。
『やっぱいいよな太もも』
『いやいや、それよりもあのチラリと見える脇が』
『いや、耳だろ』
『二の腕』
「……………………」
バンッ!!と私が投げた水を吸った雑巾は窓に命中し、ハッとイグサ様は廊下にいる変人さんに気がついたようです。
遠目でしたが変人さんの顔色が真っ青になっていくのが分かりました。
『あんたらーーーーー!!』
巻き込まれるのは流石に嫌だったので早々に立ち去りましょう。
***
そして歩くこと数分、とうとう私は念願の図書室へと辿り着きました。
…とは言ってもそこまで必死になってたわけでもありません。
とにかくレポートを始めるべく、カディウス様に取って頂いた鍵を使って複数の小部屋になっている自動更新型目録の内の一つに入りました。
見た限り、他の小部屋も満室。本当にカディウス様には感謝です。
「よいしょっと……」
手にあった紙の山を脇に置いて…いざ起動です。
目の前の机の端の方にある小さな枠型には自分のシンボルを当て嵌めます。
このシンボル、実は情報を保存するいわゆる一つの魔導登録器になっていまして、魔力で情報を書き込むことが可能なのです、知っていましたか?
というわけで、これには私のパーソナルデータが入っています。
シンボルを嵌めて自身の魔力を通せば認識完了です。
パッとモニターが浮かび上がりました。
『―――治癒騎士組―――アニー=トレアベルと認識。―――魔質……適合。自動更新型目録起動します』
ウォンという魔法起動音が響くと、先程より大きなモニターが映し出されました。
これが自動更新型目録。
魔法により常時情報が更新され続ける巨大なネットワークなのです。
さて、何のレポートを書きましょうか。
「やっぱり興味ある事についてかなぁ……守護精霊とか属性とかだけど。とりあえず適当にっと」
モニターに映し出される情報のジャンルを適当に選びつつも目ぼしそうな物を探します。
あ、これなんかどうでしょうか。
「『舞闘部族の消失』……舞踏でもなく武闘でもないって……」
気になったので見てみる事にしました。
『辺境にその存在が確認されていた和の舞闘部族が約十年程前に謎の消失を遂げた。その戦い方は流麗、かつ舞うように美しかったために舞闘と称された。頑なに如何なる国にも属することを拒み、意志と力の強さ、そして舞闘の美しさ。何より義を誇っていたその部族は弱き者を助け、悪なる者を敵とする義の戦士と謳われていたが、その突如の消失は一時期、一部の者達を騒然とさせた。そもそも――――』
―――ウォン
私は途中でモニターを戻しました。
面白そうだったのですが長くなりそうなので後回しです。
ここはやはり、騎士に憧れる一人として守護精霊と属性について調べましょう!
「『守護精霊図鑑』……これです!」
胸に期待を抱いていざ開きます!
「はわっ!? ……ってひゃあ!!」
いきなり出てきた鬼のような絵に思わず引っくり返ってしまいました……痛いです。
こんな怖い絵を一番最初に持ってきて欲しくないです。心臓が弱い方だったらぽっくりと逝っていたところです!
それはともかく、気を取り直してページを進めていきます。
「ふわぁ……カッコいいなぁ。あ、でも可愛いのも……」
映し出された絵には守護精霊だけでなく、モデルとしてでしょうか。マスターの方も何人か出ています。
白馬に真っ白な翼が生えたペガシオ、小さいながらも高位の精霊で青の体にクリクリッとした目が特徴的なアクアドラゴン。
メラメラと燃え立つ炎に覆われた凄い迫力のブレイズレオに、小人がつるはしを持っているコロポックル。
ああ、可愛いです!
「いつか私にもこんな……」
そう呟きながら妄想―――じゃなくて想像します。
そうすると、ふとヴァルナさんを思い出してしまいました。
すぐさま頭をブンブンと横に振ってかき消しました。
「何で……あれ」
再びモニターに目をやると端の方に未確認精霊の項目がありました。
気になってたの開いて見ましょう。
―――ウォン
開いた項目の中には流石に絵こそはないものの、未確認とされている精霊の詳細などが載っていました。
詳細といってもこんなものは予測の範疇なのであまり意味がないとも思います。
『【各属性最高位精霊】
各属性にはそれぞれの属性が具現したといってもいい最高位の精霊が存在するとされている。これはあくまでも憶測の域を出ず、今までに存在を確認した者もいない。しかし、遥か昔の資料や残留物から最高位の精霊は人に在らざる存在でありながら、人であるという予測が――――』
一瞬頭の中にある人物……人なのでしょうか―――その人が浮かびました。
あえてスルーして次の項目を見ます。
『【装殻種】
守護精霊図鑑に載っている精霊に何かしらの武装がなされているとされる種。その戦闘力は並外れて高くまさに守護精霊の名に相応しいとされている。―――』
『【覚醒】
確認はされているがそれも極僅かという珍しい現象。マスターと守護精霊の絆が深く、相応の実力がなければ起きないとされている。マスターの魔力を守護精霊が取り込み、違う姿へと変化する。その力は変化前とは比較できない。―――』
…………もはや何がなんだかです。
私には夢のまた夢といったところでしょうか。
続いて属性の項目も覗いてみましょう。属性はまだまだ謎が多いらしく、レポートにするにはもってこいのはずです。
一旦、開いていた項目を全て閉じてメイントップへと戻り、画面をスクロールさせて属性の項目を探します。
幸いにもそれはすぐに見つかりました。
属性はまず大きく分けて二つに分かれます。
その二つというのが地元と天元の二つであり、一般的には地元が基本、天元が応用と言われています。
天元が応用といわれているのは地元属性を踏まえた上でしか使えないからだとか。
地元属性は炎・氷・風・樹・地の五つで、天元属性は力・水・雷・華・金の五つです。
炎は力、氷は水、風は雷、樹は華、地は金とそれぞれ系統別に繋がっています。
それぞれの属性には因果というものが存在していて、互いに強弱がハッキリしているのです。
戦いでは属性の使い分けが勝敗を決するといっても過言ではないそうですが、私はまだ地元属性しか使えないので戦い以前の問題です。
しばらく属性の特質などを見ながら画面をスクロールさせていくと私の目にふとある項目が止まりました。
「『因果から解放された属性』……」
目をパチクリとさせつつも私はその項目を選択しました。
すると殆ど文字が書かれていない画面が開かれました。
喰いつくようにその画面を覗き込みます。
『【光属性】
聖なる力を秘めた属性。その力は穢れを浄化し、心身を癒すとされる。
詳細は不明。
【闇属性】
暗き力を秘めた属性。その力は他者を呪い、全てを黒く染めるという。
詳細は不明。 』
「光属性……か」
初めて知った属性ですけどとても憧れてしまいます。
私は治癒騎士としてこの学園に入りましたけど成績優秀とはとてもいえない程度の実力です。
筆記試験ならば自信はあるのですけど実習では殆ど上手くいったことがありません。
その事を思うと、この間のグラスノアのお城での治癒術は上手くいったと思います。
「………………はぁ」
つい溜息をついてしまったかと思うと、いつのまに属性の項目が書かれた画面を閉じて、地属性の治癒術の教本を引っ張りしていました。
レポートをしなければならないというのに……それでも私は低レベルの治癒術から高レベルの治癒術までひたすら術式を覚えようとしていました。
それからどの位経ったでしょうか。ふと、声が聞こえてきました。
『それは、自分とは違う他の存在に教えるために術や技を書き記した伝書ですか?』
「はい。そうです…………ってはわぁっ!?」
不意に問われた問いに思わず答えてしまい、一瞬ハッとして声の方向に振り向くと、目の前に見覚えのある人がいて、咄嗟に飛びずさってしまいました。
その人は、一体どうしたのだと言わんばかりに私の方を見ていました。
「い、一体どこから入ってきたのですかヴァルナさん!」
『ヴァルナはどこにでも入ることが出来ます。方法は秘密です』
そして再び画面に目をやりました。
雪のような水色のストレートロングヘアに雪の結晶を模した髪飾りをつけたこの人―――ヴァルナさんはシグレ兄様の守護精霊だそうです。
この人が、シグレ兄様とき、きききキスを………。
『アニー』
「ふぁい!」
あう、急に声をかけられて声が裏返ってしまいました。最近こんなのばっかりです。
『アニーはこれに書かれた術技を覚えて、どうするつもりなのでしょうか?』
「? どういうことですか」
ヴァルナさんは真剣な眼差しでこちらを見てきています。
吸い込まれそうなエメラルドの瞳がとても眩しいです。
『アニーが使う魔法とは、ここにも書かれていますか?』
「当たり前じゃないですか。これは自動更新型目録ですよ? 世界中のありとあらゆる情報がこれには詰まっているのです!」
『それは、公に知られている…いわゆる公式である情報ですね? それでは、非公式の情報は?』
「ふぇ?」
『ありとあらゆる情報と仰りましたが、例えば魔法。これに書かれている情報などはおそらく騎士や自衛団など国に属している者たちが情報源なのでしょう。それでも、人はやはり秘密を……もたずにはいられぬ存在。隠し事は誰にでもあり、自分だけの物を欲し、他者とは違う何かを常に求めているはずです。国に属しないものが持つ魔法はおそらくこれには書かれていないはず。いえ、その前に国に属する者ですらこれに書かれていない魔法を隠し持っている可能性も否めません……。結果、この自動更新型目録は不完全であると……何も考えずにそんなものに書かれている情報だけを当てにしてただひたすら書かれた魔法を覚えることに意味があるのでしょうか……アニー?』
「…………はっ」
いけません、ヴァルナさんの主張(?)に頭をガンと殴られた感覚に襲われ、唖然としてしまいました。
私はヴァルナさんに主張すべく、大きくゆっくりと深呼吸してから此方を見つめてくるエメラルドの瞳と向き合いました。
「そ、それでもここに書かれている魔法は……魔法は……多くの騎士の人達が使っています。この学園でも、ここに書かれている魔法を使っている人が殆どです……。もし、これらの魔法を学んでも意味がないというのなら私は……どうすればいいのですか。ただでさえ、私は落ちこぼれなのに……」
喋っている途中で目頭が熱くなってきてしまいました。
私は落ちこぼれ……自分の系統である地属性の魔法でさえ、ろくに使えない落ちこぼれです。
実習が苦手で苦手で。それでもお母様のように立派な、誇り高い治癒騎士になりたくて。
実力が不足しているというなら知識で補おうと、そう考えて一心不乱に勉強しました。
そんな私が頼りにしていたのは学園で配られた魔法教本でした。
自動更新型目録から魔法で回線を繋ぎ、目録にある魔法の理や詠唱、術式の全てが浮かび上がる魔法の指導書。
そこに書かれている内容を誰にも負けないくらい読み返して読み返して、何度も試して。
そうすれば、実力不足を補えると思っていました。でも現実は、そう甘くありません。
誰よりも勉強したはずなのに、誰よりも下手で。
その時は挫けそうになりましたけど、いつか努力が実ると信じてやってきました。
いくら落ちこぼれと言われても私は平気でした。本当のことだと割り切っていますから。
でも今、目頭が熱くなってきているのは多分ヴァルナさんに、私のやり方を否定されたような気がしたから……。
「努力だっひぇ……誰にも……誰にも、ひっく。負けないぐらい……やってきたんです! でも、でも……」
ヴァルナさんの目を直視できず、私は俯きました。
少しずつ目が潤んでいるのが自分でも分かりました。
『アニー』
静かですが凛とした声が私の名前を呼ぶのを聞くと、私は服の袖でグシグシと目元を拭きます。
俯いていた顔をゆっくりと上げると、そこには優しげな瞳をしたヴァルナさんが微笑んでいました。
『すみません。言い方が悪かったようですが、ヴァルナは決してアニーが魔法を学び、覚えることが無駄と言っているのではありません』
「わ、私もすみません……」
私は慌てて頭を下げました。
『アニー』
「は、はい!」
再び自分の名前を呼ばれて弾ける様に頭を上げます。
どうしてでしょうか、ヴァルナさんに対してはとても礼儀正しくしないといけないような気が……。
『アニーはアニーなのです』
「え?」
『アニーはアニーであって他の誰でもありません。世界にたった一人存在する、アニー=トレアベルというヒトなのです。他と違っていても何ら不思議はありません』
私にはヴァルナさんが言っていることがよく分かりません。
哲学……のようなことなのでしょうか。
ヴァルナさんはゆっくりと私の頭を撫でてくれました。
『アニーの、いえ…この学園の殆どの者達が行っていることは……いわゆる摸倣です。摸倣は決して悪いことではありません。むしろ全ての物事は摸倣から始まるといってもいいぐらいです』
「摸倣から……始まる」
『しかし摸倣だけを行っているのは、いわばスタート地点でひたすら準備をしているだけのようなものなのです。大切なのは摸倣した後にいかにそれを活かすか、です』
私はひたすらヴァルナさんの言葉に耳を傾けていました。
今、私は大切なことを学んでいる。それを確信してのことです。
『ここの者達はまだ未熟なようです。スタートで準備をしてはいるものの、スタートから一歩も踏み出そうとはしていない。ひたすら準備だけで、踏み出す意志と勇気がないのです。周囲がまだスタートしていないから自分もスタートしないでおこう。そんな所でしょうか』
ヴァルナさんはやれやれといった感じで肩を竦めて、溜息をつきました。
『だからといってアニーが彼らに合わせる必要はないのです。例え周りから、何を言われようとも』
「えっ?」
ヴァルナさんは私の反応を気にも留めずに話し続けます。
『アニーはアニーなのですから、周りと同じでなくていいのです。同じである必要は全くないのです。アニーは、アニー自身を信じてスタートすればいいのです』
「私自身を、信じて……」
『ヴァルナが言えるのはここまでです。後はアニー次第。何事もすべからく自分で考えるのが大切なのです』
「あ、待ってください!」
ヴァルナさんは目を閉じると、スゥッと少しずつ体が薄くなっていきます。
いきなり消えようとしているヴァルナさんに必死に叫びます。
「もし、もし自分で答えを出せなかったら! どうしたらいいのですか!」
消えようとしていたヴァルナさんは体が薄くなったまま、目を開きました。
その目は私を見てはいなく、全く違う方向を見ていました。
『その時は……素直に聞けばいいのです。アニーには大切なヒトたちがいるはずです。ヴァルナのマスターもアニーの味方のはずです』
そう言ってまた少しずつ消えてゆきます。
「あ。あまりマスターに淡い感情を抱かないことです」とだけ付け加えて、ヴァルナさんはいなくなってしまいました。
私は暫く呆然としたままでしたが、ヴィジョンの小さなノイズ音でハッと我に返りました。
モヤモヤとしたものが私の胸の内に渦巻いたままでしたが、とりあえず私はすっかり忘れてさっていたレポートに手を伸ばしました。
***
あれから数時間が経過して、私はやるべきレポート全て終えることが出来ました。
時間帯は昼というには少し遅く、夕方というには少し早いといった頃合でしょうか。
ビッシリと文字で埋め尽くされたレポート用紙も無事提出し終わり、ようやく自由時間といったところです。
しかし、ヒトとは不思議なものであって。
忙しかったり暇がない時は、自由が欲しいと思いますが、いざ自由になってみればする事がなく手持ち無沙汰になってしまいます。
今の私はまさにそんな状態でした。
特にしたいと思うこともなく、テクテクと中庭を歩いていると、ふと数時間前の、ヴァルナさんが言ってたことを思い出しました。
『アニーはアニーなのですから、周りと同じでなくていいのです。同じである必要は全くないのです。アニーは、アニー自身を信じてスタートすればいいのです』
本当に周りのヒトと同じでなくて良いのでしょうか。
多くのヒトがしている方法をしないのは、間違いなのではないでしょうか。
歩きながら必死に考えるも、私には難しすぎるのか、全く答えが出ません。
そういえばヴァルナさんは、分からなければ素直に聞けばいいとも言っていました。
誰に聞いてみるべきでしょうか。
思い当たる人物の名前を呟いて挙げていると、なにやら人だかりが出来ていました。
「何だろう……」
こういう時でもやっぱり興味というものは沸いてしまいます。
私は人だかりのすぐ後ろまで歩み寄って何があるのかを確認しようとしましたが、前の人達が多い上に、私より背が高い人達なので全く前が見えません。
おまけに人だかりは中央を十分に空けてグルッと開いた部分を囲うように、いわゆるドーナツ状に広がっていたので、回りこもうにもどうにもなりません。
聞こえてくるのはヒトの歓声や女の子達の黄色い声、そしてそれらにも負けないような剣戟音。
誰かが練習試合でもしているのでしょうか。
たかが練習試合、それでも沸き立つ好奇心は抑え切れません。
私は辺りを見渡して、なにか土台になるようなものはないか探しました。
そこで都合よく見つけたのは小さなベンチでした。ちょうど誰も座っていません。
私はいそいそとベンチを引っ張ってきてその上に乗ってみました。
ベンチのおかげでだいぶ高さが加わったものの、まだ少し前の人達のほうが背が高いです。
「うぅ~……こうなったら、えい!」
痺れを切らしてしまった私は何とか見えないかと、ひたすら飛び跳ねました。
それでも目いっぱい飛び跳ねてようやく見えるといったところなので良く見えませんが、ぎりぎりのところで何とか中央で戦っている人達が見えました。
その人達が見えた瞬間、私は目を丸くしてしまいました。
「シグレ兄様……サン姉様……」
中央で戦っていたのは、私が最もお慕いするお二方でした。
***
(シグレside)
一時間前だっただろうか、天馬の世話を終えた俺達は学園の中庭へと戻ってきていた。
天馬の世話は存外楽しくてあっという間に時間が過ぎてしまった。
今はもうフリーであり、これから何をしようかと考えている。
サンより少し前を歩きつつもそんな事を考えていると、サンが俺の背をつついてきた。
「どうし―――」
後ろを振り返った俺は驚愕して言葉が途切れてしまった。
俺の背をつついていたのは、サンが愛用する大剣の切っ先だったからだ。
俺が愕然としているのを見て悟ったのか、サンは慌てて剣を下ろした。
「す、すまない! 別に殺そうとか刺そうとか思ったわけではない!」
上気した頬が焦りなどを感じさせたが、背後には微妙に黒いオーラがあるような気がしたが、スルーしておこう。
俺はサンと向き合った。
「正直焦ったぞ。いきなり剣を突きつけられてたんだからな」
そう言って苦笑する。
サンの顔は更に真っ赤に染まっていく。
「すまない……」
サンの方は意気消沈といった具合。
俺は別に怒ってはいないが、理由を聞くことにした。
「で、どうしたんだ?」
俺が尋ねると、サンはポツリポツリと呟くように話し始めた。
「私と君、そしてイグサ。グラスノアの城から帰ってきてから昔の話を根の深いところまで話し合って……とても懐かしかった」
「ああ。そうだな」
グラスノアで俺達は昔のことを思い出した。
三人全員が忘れていたのは意外だったが、まだ小さかったし、感情的原因もあったのだと思う。
サンは微笑していたが、それは少しずつ険しくなっていき、剣の柄を握る音が聞こえそうなくらいに強く握り締めていた。
「懐かしい反面、私やイグサが君にずっと護られていたという悔しいことも思い出した」
「……あれは相手がグリフォンだ。仕方ない。現に、俺も結局は助けてもらった」
「それでも! 君は戦った。私達のために」
遠い昔の事実とつい最近の事実。
その二つをサンは重ねている、そんな気がした。
「そしてこの間も、私達のためではなかったが、君は戦った。私達にはまだない『力』で」
「それでも……結局は助けられた」
俺とサンの視線が一点に交差する。
「私と君は、強さこそ差があれど、立場は似ている。私にはまだ『力』というものはない。だが、私はこの国の姫であり、天照。君はグラスノアの王子であり、月詠」
サンの口からは久し振りに聞いたその言葉。
その言葉が意味するのは……他者との圧倒的な違い。
「今はまだ、天照と月詠が何をすべきための存在なのかは分からない。だが、特別であるということは分かる。君は前に言ったな。壁なんて壊せばいい、と」
思わず固唾を呑む。
「私も今の仲間が好きだ。イグサ、カディウス。カノンにウェイバー、アニー……微妙に気に食わないがヴァルナも。君も同じだと思う。それでも、私は迷っている。君が言ったとおり、壁を壊すべきなのか否か」
サンは俺の首筋に剣を突きつけ、俺に動くことは許されなかった。
「問おう。君は、平凡な生涯を送れぬ高貴の身分と、未だ謎の役割を承ったその身。この二つを知って尚、仲間と共に在ろうとするか」
あの時の俺は知らなかった王子と月詠の二つの意味合い。
王子であれば、まず普通の生活は送れない。
謎に包まれている月詠も、今の仲間と過ごすにはおそらく障害と成り得るものだろう。
その障害は予測できないがおそらくは……仲間を傷付ける。
それでも…。
「王族の身分。母親から引き継いだ天照と月詠という謎の称号。この二つはきっと仲間を襲うだろうな」
政治的に利用するために、何らかの目的への道を遮るために。
俺はゆっくりと月華を鞘から抜き取り、サンの首筋に突きつける。
「共にいて襲われるというのなら護ればいい。迫り来る脅威を払えばいい」
「………………どうやってだ?」
今選択を間違えれば、俺は容赦無く斬られるだろうと感じるほどの圧迫感。
だが、俺にはサンが何を望んでいるか
張り詰めた空気の中でサンが望んでいるであろう答えを口に出した。
「強く、なろう。龍を片手であしらえる位」
「……壁は?」
「あいつらだったら、俺たちが何もしなくても突き破ってきそうだな」
俺が真面目に言ってのけると、サンはもう我慢できないといった具合に笑い始めた。
流石に笑われるのは予想外だったので少しムッと来る。
俺の様子に感づいたのか、サンはすぐに軽く謝ってきた。
「く…ふふ、すまない。そうだな、強くなろう。一緒ふに。龍を簡単にあしらえる位に、な」
もはや真面目な話は終わっていた。
先程までの話は、王子兼月詠のシグレと姫兼天照のサンの会話。
今からは、ただの学生のシグレとただの学生のサンの会話だ。
「さて」
互いに切っ先を首筋から離すと、サンは一歩後ろに跳び退って剣を構えた。
それに呼応して此方も刀を構える。
「お相手してくれますかな王子様」
「お相手いたしましょうお姫様」
そして現在に至るわけである。
いつのまにか俺達の周りはヒトで一杯になり、俺達は舞踏でも見せているかのように戦う。
サンもそう思ってるのだろうが今は練習試合中なのだ。
例え練習でも一切手を抜くことはしない。
それが相手に対する礼儀だ。
「はぁ!」
サンが己の身長を越そうかという大剣を振りかぶり、一直線に断ち切るかの如く振り下ろす。
俺は月華でその重い一撃を受け止め横に逸らすかのように受け流す。
流された剣に引っ張られること無く、サンはしっかりと地に足をつけており、勢いをつけて回し蹴りを放ってきた。
即座に反応し、左手でそれを受け止め、俺は月華でサンを穿つ。
サンも負けじと即座に反応し、大剣を盾代わりにして俺の突きを防いだ。
一瞬互いに睨み合い、次の瞬間には鍔迫り合いになった。
「やるな、お姫様」
「そちらこそ、王子様」
互いに嬉しそうに笑いあう。
が、すぐに真面目な顔に戻り、弾けるように両者とも後ろへと飛び退いた。
全体を見通してサンとの距離を測ろうとした時、俺の目にはあるものが映った。
ピョンコピョンコと飛び跳ねているような二つの銀色の物体。
群集であまり良くは見えないが、陽の光を受けて少し煌いているその髪には見覚えがあった。
想像している人物が必死の思いで飛び跳ねている姿が頭に浮かび、思わず吹き出してしまった。
当然、対峙しているサンは何事かと剣を下ろした。
俺がピコピコ動いている物体を指差すと、サンもそちらを見て吹き出した。
「サン」
「ああ、分かっている」
俺達は武器をしまい、想像している人物のほうへと歩き出す。
周りにいる者達は感嘆を漏らしたり、残念がるなど多種多様だったが、シグレ達が近づくと途端に人だかりがバッと横に逸れていき、その人物までの道が出来た。
その人物は小さなベンチの上に乗っていて、急に周りが開けたせいかキョトンとしていた。
そこで俺達はまた、吹き出した。
***
(アニーside)
気づいた時には、私の前に会った人の壁は開け、シグレ兄様とサン姉様が此方に歩いてきていました。
周りのヒトからの視線を感じます、痛いくらいに。
それもそのはずで、ただでさえ上位組の方は憧れの的になることが多いのに、その中でもルックスも実力も申し分ない兄様たちはアイドル的な存在です。
そんな兄様たちが私に向かっているのですから。
私が戸惑っていると、シグレ兄様が声をかけてくれました。
「どうしたんだ、アニー」
この綺麗な黒のショートヘアをした方が上位組所属、聖騎士組のシグレ=アマガサキ様。
それは異世界での名前らしくて、本当の名前はシグレ=オーフェニア=ベルナークというそうです。
「私達に何か用事か?」
そして此方の茶色のポニーテールをした方がおそらく私の最大のライバルであり、私の尊敬するサン=イシュタリア様です。
あ、今の最大のライバルはヴァルナさんかも……。
「「アニー?」」
「ふぇっ!」
あわわ、また考え事をしていたせいで声が…。
人の前でも考え事するのは悪い癖です、直しておかないと。
「す、すみません。ぶらぶらしてた時にここの人だかりを見つけて。何かな、と思って覗いてみたらシグレ兄様とサン姉様が居たので…つい」
実際には頭の天辺しか見えていませんでしたが、髪の艶やかさで分かってしまいました。
兄様も姉様も綺麗な髪です。
「そうか。俺達は天馬の世話が終わったから、訓練してただけなんだけどな。いつのまにか人が集まっていたんだ」
「ああ、熱中している間に、いつのまにかな」
そう言ってお二人はまた笑っていました。
そんな場面を見ると、やはり最大のライバルは姉様と実感します。
あ……兄様達にヴァルナさんの言ってた事を聞いてみようかな……。
そう思って笑いあっている兄様達に声をかけました。
「あの、もしよければ聞きたいことが……」
「ん。どうしたのだ?」
「実は……あ」
周りの痛いくらいの視線が集まっている事に今更気づきました。
流石に人前であんな事を言うのは……。
でもでも、サン姉様が話を聞いてくれるために目線を合わせるように屈んでくれていますのに。
周りの視線を気にしている時、ハッとシグレ兄様と目が合ってしまいました。
シグレ兄様は一旦目を逸らして、何かを観察するかのように辺りをグルッと見渡してから、もう一度私の方を見ました。
「場所、変えるか」
「ふわっ!?」
一瞬にしてシグレ兄様に持ち上げられ、声が出てしまいました。
いわゆるお姫様抱っこというものでして……その結構恥かしいです。
そして周りの視線が突き刺さるようになって来ました。
「行くぞ、サン」
「ああ」
そう言ってシグレ兄様とサン姉様は走り出しました。
***
ようやく止まったかと思えば、そこは屋上でした。
シグレ兄様は私がバランスを崩さないようにゆっくりと下ろしてくれましたが、嬉しいような勿体無いような気持ちです。
サン姉様がむっとした感じだったのも少し気になります。
「ここなら気兼ねなく話せるだろ?」
「あ、はい。実は……」
それから私は図書室でのヴァルナさんとの会話の内容を全て話しました。
兄様たちは何も言わずに聞いてくれました。
そして、私が全て話し終えたときに口を開きました。
「ヴァルナがそんなことを……。まぁ、とにかく簡単なことだよ、アニー」
「私もそう思うぞ」
「兄様たちにはヴァルナ様の言ったことが分かるのですか?」
そう訊ねると二人とも大きく首を縦に振りました。
「周りが摸倣―――真似事ばっかりやってる奴らと同じでなくていいと言っているなら、アニーはヴァルナの言うとおり、そいつらより前に進めばいい」
「?」
前に進めばいい、とヴァルナ様にも同じ事を言われましたが、ピンと来ません。
私の気持ちを察してくれたのか、サン姉様が私の頭の上にぽんと手を乗せました。
「発展。私はそう思う。人一倍努力を重ねて、今のアニーは魔法の基礎土台は出来ているはず。そこからアニーなりの……自分だけの、自分に最も適した魔法を作り出せばいいのではないか?」
「私だけの、魔法……」
「俺達だってそうだ。皆それぞれ自分にあった技や魔法を使う。そのために作り出す。摸倣は下拵えって事だ」
摸倣は下拵え、新しい自分だけの魔法を作っている間は調理中、そうして出来上がった魔法が完成した料理。
私の中でそんな方程式のようなものが出来上がりました。
思わず嬉しくなってサン姉様に抱きついてしまいました。
「ありがとうございます!」
「私達は何もしていないぞ? なぁ、シグレ」
「ああ、そうだな。アニーが自分で考えて答えを出したんだからな」
本当に私は嬉しかったです。
お二人に、私のやってきたことは間違っていないと肯定してもらえたのですから。
喜びで舞い上がっていると、シグレ兄様が突然提案してきました。
「アニーも吹っ切れたみたいだし、何か食べに行くか」
その提案にサン姉様が勢い良く反応しました。
「シグレ! 私はラム肉が食べたいぞ!」
「そうだな……アニーは何がいい?」
「私もサン姉様と同じのがいいです!」
私も姉様に負けないくらいに元気良く応えるとシグレ兄様は吹き出していました。
ちょっとはしゃぎ過ぎてしまいました……顔が赤くなっていくのが分かります。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
これがアニー=トレアベルの一日でした。
「ちょっとさ、アタシってば覗かれ損っ!?」byイグサ
(この小説は作者の妄想10割によってお送りしております)
「まあまあ……それはそうと作者は今年の春、とうとう高校三年。大学受験というものが待ち構えているらしいよ」byカディウス
「更新が遅れがちなのは単に飽き性なだけなんだけどな」byウェイバー
「しかし、私達が常に鞭打ち続けるのでどうか見捨てないでやってくれ」byカノン
「次回は、マスターとヴァルナの熱い物語を……」byヴァルナ
「うそを予告しないでください!」byアニー