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君と創る歴史  作者: 秋月
第2章~悠久の時を超えて~
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第29項:過去、美しき氷のセレナーデ 其の四

ヴァルナとの一瞬の出来事にシグレは接点となった唇に手を当てながら固まったままだった。

サンにイグサ、アニーも目の前で起こった惨劇ともいうべきものに衝撃を受け、唖然とした状態だ。

かくいう回りが固まってしまった原因の張本人であるヴァルナは何事もなかったかのように未だ凍り続け、シグレ達に隙だらけの己が巨躯を晒したままの紅龍の方へと歩みを進めていく。

そしてようやく、固まったままのシグレ達が状況を理解し始めた。


「今……キス、されたんだよな……ってうおおっ!!?」


ヴァルナの後姿を見続けていたシグレは背後からの気配を察知し、大きく右に仰け反る事で自分目掛けて飛来した五本の苦無を避ける。

その苦無を投擲したのは額に青筋を浮かべ、少し顔を赤らめながらも歯軋りを立て続けているイグサだ。


「な、ななな何やってんの、アンタは!!!?」

「待て! とにかく落ち着け! 今のは俺のせいじゃ………」

「問答無用!!!」


尾の毛を逆立てどこから取り出したのか今度は十数本の苦無を更にシグレに投擲。

シグレは自分に向かってくる苦無を幾つか掠めながらも紙一重で避けきった。

一方でアニーは何か黒いオーラを背後に浮かべながら俯きつつボソボソと何かを呟き続けている。


「兄様の馬鹿不潔節操なし私がこんなにも慕っているのにそれ以前に何なのですかあの人はいきなり現れて兄様とく、くくく口付けを……私だって兄様とそのあのその……」


頬を赤らめ顔に掌を当てながらブンブンと頭を振るアニーを他所にサンは龍へと向かってゆくヴァルナの後姿を見続けていた。

無意識に視界の端にシグレが映り、シグレとヴァルナがキスした瞬間が頭によぎると胸がズキッと痛む。


「(何故、胸が痛んだのだろう?)」


当の本人は何故か分からずに小首を傾げていた。

先程龍の方へと歩いていったヴァルナはというといつのまにかシグレ達の方へと戻ってきており、イグサの無数の苦無の投擲を片手で全て止めていた。

投擲に自信があったイグサはその光景に更に怒りを募らせヴァルナに向かって怒鳴っていた。

傍から見れば一つの修羅場なのだが、むしろ可哀想なのは無防備の状態で氷付けになっている上に放置されている龍のほうかもしれない。


「むっかーーー!! 何でアタシの苦無を全部止めんの!!」

「ヴァルナはマスターを守る存在です。それをしないというのは本末転倒なのですが」

「お、おいお前ら……」

「元はといえば元はといえば、アンタがぁぁぁ~!!!」

「投げる数を増やしても無駄なことです。貴方の腕ではマスターはおろかヴァルナに傷をつけることさえ不可能です」

「むっきぃぃぃぃぃぃ!!!」


更に投擲の速度を上げるイグサ、そしてその速さを上回る速さで氷結、叩き落すヴァルナ。

一見、永遠に続くとも思われる応酬だったが暫くして鬱陶しくなってきたのかヴァルナの額にも薄っすらと青筋が浮かび、こめかみがヒクヒクと動き始める。

片方の手で苦無を叩き落し続ける中、もう片方の腕がゆっくりと持ち上げられピッと真っ直ぐイグサを指差した。

その次の瞬間、


「ひゃっ!?」


何かがイグサの首を掠って離れた壁に深く突き刺さった。

青白い顔で恐る恐る後ろを振り向くと今まさに自分の首を掠めていったものが壁に深々と突き刺さり皹を入れている。

遠目だったが、氷で出来た小さな槍か何かだと認識できた。

ツーっとイグサの首の傷から血が垂れる。


「いい加減にしなさい。今は貴方に構っている時ではないのです」

「お、おい。ヴァルナ……イグサは仲間だからさ、あまり……その……?」


このままでは不味いと思いヴァルナを説伏せる。

とは言ってみたもののこんな言い方では抑えることは出来ないかもしれないが。


困った風の顔のシグレを見てヴァルナはイグサを横目で見やってもう攻撃の意志はないと確認すると、ガシッとシグレの腕を掴んだ。


「……元よりマスターとマスターのお仲間を傷付ける気などヴァルナには毛頭ありません。しかし、あの場合はああするしかなかったと自負しています。それよりも……此方へ」


掴まれた腕がありえないぐらいの力で引っ張られ思わずよろけてしまうも何とかバランスを保ちながらヴァルナの後を着いて行く。

ヴァルナが止まったのは先程凍らせた紅龍の目の前だった。


「ヴァルナと契約を果たした今のマスターであれば、あれが見えるはずです」

「何が…………ってあれは何だ……?」


言われるがままに紅龍を見上げて思わず目を疑い、目を擦る。

未だ動く素振りも見せない龍の身体には昔に本で見た曼荼羅をモチーフにしたような帯―――確かこういうのは呪印といったか、それらが絡みつき寄生するかのように龍の身体の隅々にまで行き渡っていた。


「おそらく高位の術者による呪印と何かしらの魔法具(マジックアイテム)との統合術式だと思われます。このように複雑に組み合わせられ、対象に絡みつくように敷かれた術式はヴァルナも初めて見ます」

「そんなに凄いものなのか……?」

「龍種は古来より場所によっては神聖な生物として崇められていることもあります。その所以は野生の生物の中でも圧倒的な生命力や知性、魔法抵抗力……そして尊敬の念さえも抱かせる誇り高さ。そんな龍種を自在に操り縛っているこの呪印は術者の力そのものを表しています」


「そしてそんな高位の術者の呪印を解くことが出来るのは……」と続けるヴァルナの視線が一瞬だけシグレから逸れる。


その氷のような瞳は何を見ているのか。

そうは思いながらも俺は龍に刻まれた曼荼羅の呪印、そしてヴァルナから目を離すことが出来なかった。


再びヴァルナはシグレへと顔を向ける。


「そんな高位の術者の呪印を解くことが出来るのは、同等かそれ以上の術者、もしくはある特殊な属性を持つ者です。……今この場には一人……いえ、いません」

「……どういうことだ?」

「いえ、何でもありません。兎も角、この場に解呪を施せる人物はいません。結果、残された選択肢はただ一つです」


言うまでもないことだった。

紅龍の属性は炎、対してヴァルナの氷は見たままの氷属性。

属性因果を力の差で覆している、例えば蝋燭の炎を凍らせているようなものだ。

だが力は永遠のものではなく……春になれば自然に雪が解けるように、龍の氷もいつかは解ける。

その時はそう先ではないだろう。

氷が解ければ、この龍は再び呪印の力により操られ暴れだすだろう。

だとすれば……


「ここで命を絶ってやる方が、生き物としては幸せなのかもしれない」

「ヴァルナもマスターの意見に賛同です。今現在、龍は意識を失っているはずです。せめて楽に逝かせてあげるのがヴァルナ達に出来ることかと」

「ああ、そう……だな」


龍へと向き直り、シグレは月華に魔力を込める。

すると月華に雫が一滴落ちたかのごとく水色のオーラが波紋のように広がっていく。

魔力のオーラは刃を多い尽くしてなお広がってゆき、やがては月華を原型とした長い一振りの水刀が出来上がった。

長さはゆうに月華の三倍弱。

シグレにその刀が振れるのかと思えるほどの長さだった。

だが、予想に反してシグレは軽々と月華を振り上げ、試しに軽く振るっていた。


「マスター。御辛いのでしたらヴァルナが代わりに……」

「……ありがとな。だけどここは俺がやる。一つの命を奪うんだ。他人に押し付けて自分が逃げるなんて駄目だろ。命に遣り取りに、退路などあるはずがないんだ」


俺の言った事を理解してくれたのか、ヴァルナは小さく頷き一方後ろへと下がった。

これで俺と龍は一対一に向き合ったことになる。

この状況―――龍を氷付けにしたのはヴァルナだったが、今や俺はそのヴァルナの(マスター)だ。

だからこそ俺が向き合うべきだ。


シグレはいつのまにか自分に集まっているサン達の真剣な眼差しをバックに、ゆっくりと居合いの型を取った。


「…………ごめんな」


シグレに小さな呟きと共に振るわれた水の刀は巨大な氷を斜めに真っ二つに切り裂き、氷はズズズッとずり落ちて大きな音を立てて砕け散ってしまった。




   ***




「ふむ。まったく、月詠というのは相も変わらず厄介でイレギュラーな存在じゃの。人は変わっても冠する称号は伊達じゃないわい」


とある城の部屋の一角、老人の掌にある水晶球には今しがたのシグレ達の戦いの一部始終が移っていた。

部屋に灯してある蝋燭の炎の光を受けて老人の指輪が鈍く光を放つ。


「せっかく細工を施してグラスノアに侵入させた龍が子ども扱い。じゃが、今厄介なのは月読もむしろ守護精霊であるあの氷の最上位精霊か……」


水晶に映るヴァルナを見て老人は口の端を吊り上げて不敵に笑みを浮かべた。

右手で羽ペンを取り、羊皮紙に何やら怪しげな魔法陣を描き強い魔力を込める。

すると魔方陣は水を得た魚のように激しく光を発して、一つの光球が外へと飛び出していった。

再び老人は笑みを浮かべる。


「あやつの力さえ抑えれば暫くは心配はなかろう。何せ、まだまだ準備には時間がかかるからの。本当に、しぶとい奴じゃて……星詩よ」


老人は光球が飛んでいったのを確認すると、水晶球を机の上に置いて部屋を後にした。




   ***




シグレが龍を真っ二つに屠り、玉座の間の軽い片付けが始まった。

その時にようやくウェイバーやカディウス、カノン達が合流。

シグレ達の手短な説明で状況を理解したのだった。


「ま、まじで? シグレがこのグラスノアの皇子?」

「道理で衛兵達が頑なだった訳だよね。今まで行方不明だった皇子の友達って言っても信じられるわけないし……いや、それ以前の問題なんだけどさ」

「驚いた……としか私には言いようがない」

「兄様がそんな身分の高い人だったなんて……」


それぞれが唖然としている中、事情を知っているイグサと大体予測はついていたサンにはあまり表情の変化はない。

だが、少しだけ落ち込んでいるようなオーラを纏っている。


「つーか、何だよあの超絶美人! 何であんなにシグレの傍にいんだ!? 一体どんな関係なんだよ!」

「確かにそれは僕も気になってたところだよ。あの距離感はただならぬ関係……」

「わ、私は別に! その……気になってなど!!」

「ズルイデスヨネ。突然現れてシグレ兄様の隣を独占状態……ただでさえ今は何やら気まずい状況な感じですのに……」


続いて話題はシグレの傍にぴったりと貼り付いているヴァルナへと移っていた。

ウェイバー達があれやこれやと大騒ぎしている間に、シグレはグラスノア王―――自分の父親であるオーディンの目の前へと進む。

状況を察してヴァルナはシグレの二メートル程後ろで既に止まって待機していた。

少し間を置いてからシグレが小さく呟く。


「俺は……俺はあんたを許したわけじゃない」

「シグレ様!」


オーディンが返答する前にレクリフがシグレの目の前に飛び出し、跪いた。


「陛下は……オーディン王は、ツバサ様とシグレ様を何度も探しに行かれようとしました。しかし、陛下は行けなかったのです!!!」


レクリフが言った言葉の意味をよくは理解できなかった。

ボソッと独り言かのように問いかける。


「どういう、ことなんだ」

「それは―――」

「そこからは俺が説明しよう」


「しかし……」と続けるレクリフをオーディンは手の動きで制した。

オーディンが前を向くとシグレと目が合う。


「言い訳に聞こえるかもしれない。嘘だと思うかもしれない。だが、最後まで聞いてくれ」

「…………」


俺は何も言うことは出来なかった。

それを察しているのか、俺の返答を待たずに話し始めた。



お前とツバサがいなくなったあの日、城はすぐに混乱の渦へと陥った。

王妃と皇子がいなくなったんだ、当然だな。

そして俺も城の中を駆けずり回って、大声を張り上げてお前達を探した。

あの時俺の傍にいたにはレクリフだけだったな。

俺達はバルコニーへと出た。その時だった。

空から異様な光の球が俺目掛けて飛んできた、物凄い速さだった。

ずっと城の中を駆けずり回っていた俺の体力は底を尽きかけていたし、焦っていたという事もあった。

俺は光の球を避け切ることが出来ずに、球は俺の脚に当たった。

その瞬間、俺の脚の機能は止まってしまった。


「……それ以来、俺は自分の脚で動けない。術士に魔法で運んでもらうという手もあったが、こんな状態の俺がいれば見つかるものも見つからなくなってしまう。だから、俺はこの場所を動かなかった。これが、俺が玉座を離れなかった理由、だ」

「……じゃあ、今もその脚は……」


オーディンは静かに目を瞑り、頷いた。


「動かない」

「っ!!」


いつのまにか静かになっていたウェイバー達にも衝撃は広がっていた。

一番衝撃を受けていたのはシグレだった。


「俺は……アンタに無茶なことを言ってたんだな……」


今にも消えてしまいそうなほど小さな声だったが離れたウェイバー達にもその言葉は聞こえた。

壊れた壁から入ってくる風が全員の髪を揺らしたかと思うと、瞑られていたオーディンの目はいつの間にか開かれていた。


「確かに俺の脚は動かない……だがな、俺は生きている」


更に強い風が中へと吹き込んでくる。


「ここ数年、俺は希望を失っていた。自分自身で探しに行けないことに、お前達が見つからないことに、世界を渡る術さえも見つからないことに。だが、俺の脚が動かなかろうとシグレと再開できた。命ある限り、手足がなかろうと人には希望がある! 希望がこの風のように背中を押してくれる! 希望ある限り、出来ないことなどない! 」


「それが世界を渡ることだろうとな」と付け足して微笑する。

無意識に俺は涙を流していた。

後ろからは……アニーだろうか、小さな嗚咽が聞こえてくる。

俺は無意識に、ある言葉を口にしていた。


「父、さん……」


オーディンは二カッと笑うとシグレに向かってチョイチョイと手招きをした。

シグレが少し躊躇はしたもののオーディンの前まで近づくと、オーディンは小さな声で耳打ちしてきた。


「よく帰ってきたな。ところで……」


オーディンがシグレの後ろをヒョイッと覗いて、再びシグレに顔を向ける。


「聞かせろ、誰が本命だ?」


ピシ。

その瞬間、俺の心の中で何かに皹が入る音がした。

今まで流れていた涙がピタリと止まる。


「…………」

「やっぱりあのイグサって娘か……それともって、ちょっと待てストップストップ」


無言のまま月華を突きつける。

冗談ではないと察したのか、両手を挙げて降参の意を示している。


「何やってるんだよシグレ」

「セクハラ的な発言されたとか?」

「まさかな」


カディウス達の予測は正解からそう遠くはなかった。

オーディンは喉元に刃を突きつけられ冷や汗をかいているが、レクリフは動じていない。


「落ち着け。今のは久しぶりに再開した親子のちょっとしたスキンシップだ。そう怒るな」

「ちょっとでも泣いた俺が馬鹿だった」

「まあ、こそこそ話すことでもないからな……お前の仲間にも関係があることだからな」


俺が月華を鞘に納めるとホッと安堵する。

耳打ちしていた時よりボリュームを上げてオーディンは喋り始める。


「お前、この後はどうするつもりなんだ?」

「この後?」

「グラスノアに残るかどうかって事だよ。俺的には王位を継いで欲しいわけだから、残って欲しいんだがな」


後ろでサン達がざわついているのが聞こえてくる。

「ま、答えは決まってるんだろうがな」と父さんが言ったが、その通りだった。


「今回の戦いで俺が弱いってことが分かったんでね。まだまだ王位とか継ぐのには相応しくないだろうし、仲間もいるから……学園に戻るさ」

「そうか……まぁ、今更だ。思う存分好き勝手やって来い。……ちゃんと戻って来いよ?」

「ああ。戻ってくるさ。絶対に」


そう言い残してシグレはオーディンの元からサン達に向かって駆け出した。

そこでようやく今まで黙りっきりだったレクリフが口を開く。


「昔の陛下そっくりでございますね」

「ん、そうか?」

「ええ。何よりも仲間が大事なところとか、面倒事がお嫌いなところとか……」

「褒めてんのか? それ」

「受け取り方次第です」

「……嫌なやつ」


そうして二人で苦笑する。

レクリフにとっては久しぶりに見た主の笑顔だった。


「あいつは……あいつ等は強くなるな。絶対に」

「ええ、私達を超えるほどに……」

「この先はおそらく茨の道。苦労なしに、努力せずに、傷つかずには通れぬ道」


仲間と共に歩いていくシグレを細めた目で見続けながら、祈るように呟いた。


「シグレ。汝、例え辛くとも尚進み続ける者であれ」



こうして、シグレ誘拐事件から始まったこの一連の出来事は幕を閉じた。

「このままでいいのかな……」byイグサ




※この小説は作者の勝手な都合により不定期更新です。

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