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君と創る歴史  作者: 秋月
第2章~悠久の時を超えて~
26/48

第25項:怒り、襲撃

「シグレ……か?」


目の前……というのはいささか語弊はあるが、玉座に座り、ジッと此方を見詰めてくる俺の父親と言う男。

ついさっき、回廊の壁に掛けられていた大きな絵に描かれたものとは少しばかり違っていた。

絵で見た若々しい姿ではなく、少し年老いた姿は老けたというよりも貫禄が出たという方が正しいだろう。


「…………」


静かで空気が凍りついたような状況の中でイグサが一歩前に出る。


「……え、えっと……グラスノア王。私は朧の里の頭領、カムイの使いで参りました、イグサと申します。王のご子息であらせられるシグレ王子をお連れいたしました」

「そうか、お前がカムイとサクヤの……。イグサよ、大義だった」

「も、勿体無きお言葉です!」


イグサはゆっくりと深く礼をしてから俺の横を通り、後ろへと下がった。

恐らく内心はかなり緊張しているのだろう。

早足だけではなく、右手と右足が両方出ている。


「シグレ、なのだろう?」


再び、確認するかのように問いかけてくる。

俺はずっと拳を硬く握り締め、歯を噛み締めたままだった。


「何故、答えない?」


悲しげな瞳を浮かべて此方を見てくるも、相も変わらず親父は玉座に座ったままだ。

ずっと探していたのなら……立ち上がって駆け寄ってきてもいいはずなのに。


「アンタが、俺の親父である、証拠は?」

「シグレっ!?」


咄嗟に俺はとんでもなく馬鹿な事を口にしてしまっていた。

それこそ、その林檎が本物の林檎である事を証明しろと言っているようなものだ。

それでも何か喋らなければ今すぐにでも親父に向かって行ってしまうかもしれなかった。

イグサは戸惑いながらも、いつでも俺を止められるように準備していてくれている。

親父は一瞬呆気に取られたような表情を浮かべていたが、すぐに我に返った。


「あ、ああ。しかし、父である事の証明か……」

「名前」

「……名前?」

「一つ目はアンタの名前。二つ目は俺の名前。そして、最後は俺の母さんの本名」

「……なるほど。王家の者は近しい者にしか全ての名を明かさない。確かにそれならば俺が父であるという証明になろう」


俺の言葉に納得したのか、親父はうんうんと頷き、右手を前に突き出して人差し指を立てた。


「一つ目である、俺の名前。俺はオーディン=オーフェニア=ベルナーク。わかっているとは思うが、このグラスノアの王だ」


親父のファーストネームは既にカムイさんから聞いていた。

全て言い終わるまで俺が黙ったままでいる事を見越していたのか、人差し指に続いて中指を立てた。


「二つ目のお前の名前。言うまでもないだろうが、お前の名前はシグレ=オーフェニア=ベルナーク。ちなみに名前のは由来は、お前が生まれたときに丁度雨が降っていたからそれに因んだんだ。……よく、生きていてくれたな」


少し懐かしそうに笑う親父を前に俺は目を背けた。


「…………」


無意識に背けた目は、窓の外に見える赤い物体を捉えた。


「これで、最後だな」


その赤い物体は一体何なのか、と思って目を凝らして見ようとした矢先に親父の声が聞こえてくる。

すぐに神経を赤い物体から親父の方へと集中させた。


「三つ目。この名前はお前たちがいなくなってからも、一時とて忘れたことはない。問いの内容は確か、本名だったか」

「…………ああ」

「俺と初めて出会った時にあいつが名乗っていた名。俺と契りを結ぶまで名乗っていた名だ。俺が唯一、愛しいという情を持って呼んだ名だった」


ふと、親父の視線がどこか遠い所を見詰めるかのように俺達から離れて上へと向いた。

昔の事を思い出しているのだろうか、哀愁を帯びた目は鈍く光っている。


「お前の母であり、俺が唯一愛した女性。……シグレ。彼女、ツバサは―――尼崎翼は今何処にいるんだ?」


刹那、俺の心の中で確信していた事がより明確なものへと変わった。

目の前にいるあいつは―――グラスノア王オーディン=オーフェニア=ベルナークは母さんがずっと待っていた男。

そして、俺が心のどこかで長い間ずっと憎み続けてきた男。


「なあ、シグレ。ツバサは何処にいるんだ? 一緒に消えたお前が無事という事はツバサも生きているのだろう?」


その瞬間、俺の中で何かが爆発した。




   ***




「だ・か・ら!! 何度も言ってるだろっ! 俺達はそのシグレの友達だっての!」

『そうは言われても、我々にはそれが真実か否かを確かめる術はない』

『たとえ真実だとしても。我々の判断だけで貴殿等をおいそれと城内へ入れるわけにはいかない』

「うぇ、ウェイバー。ちょっと落ち着きなよ」


大声で二人の衛兵に叫び続けているウェイバー。

困り顔でウェイバーの肩をガシッと掴んで押さえているのはカディウスだ。

サンとカノン、アニーは口論しているウェイバー達の後方で城を見上げていた。


「凄く、大きいですね」

「ああ。……レスティアの城と大差ないくらいの大きさだ」


ほわあ、と大きな口をあけてポカンとしているアニーの隣で、カノンが顎に手を当てて感心したかのように頷く。

一方でサンも上を見上げているのだが、その視線は城を見ているのではない事にカノンが気づいた。


「サン。一体何を見ているのだ?」

「カノンか。いや……さっき見た龍がかなり城に近いところで飛び回ってるからな……気になったんだ」

「城に?」

「それって、珍しい事なんですか?」


サンの言葉にカノンとアニーは視線を更に上げる。

すると、すぐに青の空の中に浮かぶ赤い物体がカノンとアニーの目に飛び込んできた。


「私が知る限り、龍種はあまり人に関与しようとしない。私達からにしても龍種は保護動物に当たる生き物であるし、龍からすれば私達はどうでもいい存在だ。だから、龍がこんな人里近くまで来るのは確かにおかしいな」


カノンが簡単にアニーの質問に答える。

それを聞いてアニーが小さく小首を傾げた。


「高低差がありますから、正確な龍と城の間の距離はわかりませんけど……結構近いですよね?」

「長く見積もっても城との距離は800メートルもないだろう」

「そ、そんなに近いのですかっ!?」

「あくまでも長く、だからな。実際の距離はもっと短いだろうな」

「はわわ……シグレ兄様、大丈夫でしょうか」

「アニー。イグサもいるんだぞ?」


カノンがシグレと一緒にいるであろうイグサの存在を告げると微妙にアニーの背後に黒いオーラが現れる。

それを見て一歩下がったカノンに気づいたのか、アニーは上を向いていた顔をカノンに向けていつものように笑った。


「ああ、そうでしたね。イグサ様も……いましたね」

「あ、アニー。なにか……黒いものが」

「? カノン様が何を言っているのか私にはわかりません」

「いや、もういい……」


カノンがアニーの心の一部分を垣間見た瞬間だった。

一方でサンは城付近の上空を飛び回る龍の事も頭の隅に置きながら、カグヤに言われた事とシグレの事について考えていた。


「オーフェニア=ベルナーク……。違うようで違わないような……」


この名だけは朧の里で思い出せたのだが、自分はこの名前を呼んだ記憶はない。

小さい頃に遊んでいた友達の名前ならば呼んでいない筈がない。

友達の名前はうろ覚えだがもっと短かった。

それこそ、二文字か三文字程度の呼びやすい名前だった気がする。


・・・・

・・・

・・





『えーと、よく分からないからトキ君でいい?』


茶色の髪の女の子が黒髪の男の子に尋ねる。

すると男の子は少し考えてからニカッと笑った。


『トキ……か。うん。別にいいよ!』

『それじゃあ、ワタクシもトキ君って呼ばせてもらいます』

『アタシも、トキって呼ぶー』


金色の髪を持つ女の子と赤い髪を持つ周りの子より一回り小さく、獣の耳がある女の子もそれに習ってトキと呼び出した。





・・・・

・・・

・・


「あの茶色の髪は……私、だろうか。……トキ……か」


何故あの男の子をトキと呼んでもいいか、と尋ねたのだろうか。

元の名前が長かったのか、はたまた難しかったのか。


「だぁーっ! 衛兵の奴、頭堅すぎだろっ!」

「普通、城内にいる人の友達だって言っても通してくれないよ。怪しすぎる」


理由を知るためにその前後の記憶を思い出そうとしている時に、衛兵に追い返されたのであろうウェイバーとカディウスがトボトボと歩きながら此方へ向かってくる。


「当たり前だろう。今のこのご時世に身元も分からない奴を城に入れる兵がいたら見てみたいものだ」

「でもよー……。中にシグレとイグサがいるのは明らかなんだろ?」


シグレとイグサらしき人物が城へ向かったという目撃情報がいくつもあったのでおそらく間違いはない。


「それはそうだが……」

「そもそも何でシグレとイグサがこんな城の中にいるんだよ?」

「そういえば何ででしょうか。シグレ兄様の知り合いでもいるのでしょうか?」

「シグレがこの城にいる理由……」


シグレがこの城にいる……いや、来た理由。

それ以前に何故、シグレは誘拐もどきな事をされたのだろう。

サクヤさんはシグレにかなり入れ込んでいた様子が見られた。

カグヤさんも―――。


『確かにシグレ君がこの里にずっと居てくれるんやったら私かて嬉しいわ。でも、元はといえば私等は里の未来のためにやったんやし。で、里の未来はシグレ君が保障してくれたんやから……。今となれば、もうシグレ君無理に迎える必要は…』


「朧の里の未来を……シグレが保障した?」


朧の里は今現在、中立と思われているが実際は一昔前にグラスノアの傘下にいたはず。

その朧の里の未来を保障できるほどの力を持つ、自分と同じ歳である彼。


「あの髪の色……もしかして……」


記憶の中の人物と違う部分があるものの、彼がその人物と重なる気がした。


「トキ君…………?」


私は無意識に大きく振り返り、シグレがいる城を再び見上げた。




   ***




「ふざけるなっ!!」


何かが爆発した俺は親父に斬りかかろうと月華に手をかけ、踏み込もうとするも待機していたイグサに羽交い絞めにされた。


「母さんも無事なはずだとっ!? 何処にいるだとっ!? よくそんな事を平気で言えるなっ!!」


いつのまにか俺は月華を鞘から抜ききっていた。

オーディンはシグレの怒号に唖然としていたものの、すぐに言葉を返した。


「な、何の事だ? 俺はただ、ツバサの安否を……」

「その口で母さんの名を呼ぶなっ!!」

「っ!!」


シグレの一言でオーディンは押し黙ってしまった。


「母さんは……俺と母さんはずっとアンタが来るのを待ってたんだ! 周りになんと言われようが、ずっとずっと耐え続けながらアンタを待ち続けた!!」


向こうの世界でずっと行方不明だった母さんが俺という子供を連れて突如帰ってきた。

周囲が何を訊いても答えずにただひたすら俺を育ててくれた。

色々と噂が立った。

家出、誘拐、神隠し、逃避行……。

それに加えて、俺と母さんが見つかった時、俺と母さんは貴族服を着ていたらしい。

それが噂に拍車を掛けた。

それでも母さんは黙って俺を育て続けてくれた。

自分の命が燃え尽きるまで。

これは母さんが死んだ後、母さんの父親、つまり俺にとって祖父にあたる人から教えてもらったことだった。


「だが、アンタは来なかった! アンタが来ると信じて母さんは……最期までアンタを待ち続けたんだ。命尽きる、その時まで……」


不意に俺の頬を何かが伝った気がした。

すぐ後ろからは微かな嗚咽が聞こえてくる。

依然として座り続けている親父の目は、驚いているのだろうかハッキリと開かれていた。


「ツバサが……死んだ?」

「ああ。そうだよ。アンタがのうのうと玉座に座っている間に母さんは……」

「俺は! 俺は必死に探した! お前達二人をどれ程の想いで探した事か!」

「……国を―――玉座を離れずにか」

「っ!」


俺はイグサに目で合図し、羽交い絞めでの拘束を解いてもらった。

心配そうな目で見られたが月華を鞘に納めた事によってなんとか納得してもらえた。


「忍びや兵……ありとあらゆる方法で探したらしいけど、アンタは動かなかった」

「それは……」

「それでも、たとえどんなやり方であったとしても母さんのもとへ来てくれたのであったなら良かった。だが、アンタは来なかった」


辺りに静寂が広まった。

ほんの少しの間だけだったが、それが何十分、何十時間ぐらいにも感じられたのは俺自身が揺れているからだろう。

俺が親父から目を背けるのと同時に、親父は口を開いた。


「俺は……もしかしたらと思っていた」

「…………」


俺が何も言わないにも拘らず、親父は続けた。


「もしかしたら、ツバサ達はツバサの世界に行ったんじゃないのか、と。そう思った俺は、ひたすら異世界へ行く方法を探し続けさせた。認めよう、俺はここからは動かなかった」


再びシグレが目を向けると、オーディンは頭を下げていた。


「その方法は……」

「今この状況が物語っているだろう」


見つかっていたのならば。

もし見つかっていたのならば俺がここで親父に対して叫んではいなかった。

今俺がここで親父と対峙しているのが、方法が見つからなかった何よりの証拠。


「本当に、すまなかった。お前にも、ツバサにも辛い思いをさせて……」


親父はずっと頭を下げ続けたままだった。

それを見て更に悲しさと涙が量を増やし、俺の頬を伝う。


「俺に……俺に謝らないでくれ。謝るくらいなら……さっさと世界を渡る方法を探し出して、母さんに会ってやってくれ……」

「……ああ。シグレ、お前に誓おう。グラスノア王、オーディン=オーフェニア=ベルナークの名に誓って、俺は決して諦めない。必ず、ツバサを―――」



「オーディン王、シグレ様っ!!! お気をつけくださいっ!!!」


突如、扉を開く音と叫び声でオーディンの言葉は遮られた。

何事かと後ろを振り向くと、腰のレイピアに手をかけ、もの凄い速さでこちらに向かって駆けて来るレクリフの姿があった。


「右手の方から、来ます!!」


レクリフの言葉に俺はすぐさま右の窓の外に目をやった。

俺の目に映ったのは、大きな球形の炎を今まさに口から放とうとしている真っ赤な龍の姿。


「イグサ、伏せろっ!」


すぐに後ろを向き、涙を流しているイグサに飛びついて地に伏せた。

次の瞬間、轟音が辺り一帯に鳴り響いた。


『グオオオオオオオッッッ!!!!!』


俺達は轟音と共にやってきた爆発によって吹っ飛ばされた。

続いて聞こえてきたのは、火球を放った龍の咆哮だった。




   ***




『い、一体何の音だ!?』

『おいっ。あれを見ろ!!』


衛兵が指を指した方向を見ると、真っ赤な龍が城の頂上に入っていく姿が見えた。


「危惧していた事が起きたか……」

「あれ、やばくねえか!?」

「まずいね……。あんな龍が城内で暴れたらそれこそ壊滅は必至だよ……」

「な、中にシグレ兄様がっ!!」

「アニー。イグサの事も心配してやってくれ」


ウェイバーとカディウスが冷や汗をかき、微妙に黒いアニーにカノンが突っ込む。

周りがざわめく中、サンは目を閉じて静かに掌の中の物を握り締めると、城を見上げる衛兵の元へと歩み寄った。


「すまないが」

『何用だ。今我らは貴殿等に構っている余裕は……』


衛兵が振り向くとサンはすっと手を差し出し、掌の中の物を衛兵に見せる。

すると衛兵達の顔はサーッと青ざめ、すぐさま脇によって頭を下げた。


『し、失礼いたしました!!』

『どうぞ、お通りください!!』

「すまないな。皆、通してもらえるようになった。行くぞっ!!」


サンの呼び声を聞いて全員が一斉に声がした方へと顔を向けると、すでに走り出しているサンの後姿だけが見えた。


「お、おい待てよ!!」

「というか、何で通れるのさ?」

「突っ込んでいる、暇はない!」

「待ってください。サン姉様!!」


城内へと駆けて行ったサンを慌てて追った。




城内に入ると、先に入ったサンの姿はもう見当たらずひたすら長い回廊が続いていた。

カノン達は進み続けているサンの後を追うべく、走り進んだ。


カツーン……

「ん?」


前を走っていたカノンが何かを落とした。

カノンはそれに気づいていないのか、足を止めずに走り続けている。

ウェイバーはカノンが落とした千切れたらしい短い紐付きの紫色の珠を拾って、カノンに呼び掛けた。


「おーい、カノンー!! 何か落としたぞー!!」

「!」


ウェイバーに呼ばれて、カノン一旦足を止めて小走りで戻ってきた。


「ほい。何か高そうな奴だな」

「ああ。助かった。それは某の……」

「某?」

「っ!」


カノンはバッと口を手で塞ぎ、ウェイバーの手にある紫の珠を引っ手繰るようにして取った。


「いや、なんでもない。拾ってくれて有難う」

「あ、ああ」

「先を急ごう。シグレやイグサ、先に行ったサンが気がかりだ」


そう言ってカノンは再び回廊の先へ走り出した。

一人ポツンと残されたウェイバーはさっきのカノンの口調を思い出す。


「……何だったんだ?」


気にはなったものの、今はカノンの言うとおりシグレ達が心配なのでとりあえず後回しにする。

止めた足を再び動かそうとしたのと同時に後ろから声がした。


「ウェイバー〜……速いってーーー!!」

「ま、待ってください〜〜〜」


頼りなさげな声を聞いて少し脱力してしまった。

思わず溜息をついてしまう。


「はぁ。お前らが遅いんだっての!! 急げよ!!」


そう返してからウェイバーは再び走り始めた。


「そんな事言ったって……僕等は魔術系なのに……」

「カノン様もウェイバー様も酷いです……」


こうして、ウェイバー達とカディウス達の距離はどんどん開いていったのであった。




   ***




咄嗟に火球を避けたものの、細かく砕け散った瓦礫が俺の背中に大量に乗っているようだ。

しかし、幸いにもダメージを受ける事はなかったために少し力を加えれば動ける重さだ。

俺はレクリフのお陰で九死に一生を得たらしく深く息を吐き出した。

するとすぐ近くからイグサの声が聞こえてきた


「あの……シグレ……」

「ん?」

「助けてもらって……その、悪いんだけど……退いてもらえると助かる、かな」


少し顔を傾けて横を見ると微妙に頬を赤くしたイグサがいた。

俺はイグサと一緒に吹っ飛ばされた事をすっかり忘れていて、しかも今は抱きしめる様な感じで転がっている。


「ああ、悪い。今、退くから」

「う、うん」


イグサの首に回していた腕を引き抜き、地面に立てて支えるようにして力を入れる。

やはり背中に乗っていた瓦礫の重さはたいしたものではなく、案外あっさりと起き上がる事が出来た。

砂埃を払い、すぐさま火球が飛んで来た方へと目を向ける。

目を向けた先にあったのは巨大な穴、そしてそのすぐ隣の玉座の手前で龍の炎をレイピアの切っ先で防いでいるレクリフの姿、その後ろで玉座に座ったまま静観しているオーディンの姿だった。


「炎を……どうなってるんだ?」

「多分、力の属性だと思う」


俺に続いて起き上がってきたイグサが曖昧ながらも俺の疑問に答えた。

身体についた砂埃を払いながら、ジッとレクリフの方を凝視している。


「力の属性はその名の通り、力を操る。力って言ってもその種類は何百何千とあって……魔力だったり攻撃の威力だったり……磁力や抵抗力、浮力、引力、揚力なんかの力の度合いを操る属性。人によってどの力の度合いを操れるか、操りやすいかは別だけど……何かの力を使ってるんだと思う」


天元属性である力の属性は地元属性である炎の属性の派生だ。

イグサも地元属性は炎であるから、自分がこの先使う事になるであろう力の属性について勉強していたのだろう。


「だけど、属性の発動だっていつまでも続けられるわけじゃないよ。その人の体力とか才能にもよるけど……龍が十時間以上炎を吐き続けた例もあるみたいだし」

「十時間……」


かなり非常識なレベルだ、どう考えても。


「俺達がどうにかすべきだな」

「でも龍を相手にするのはちょっと……」

「たとえ……どんな生物でも、属性の因果は変わらない。そうだろう?」


そう、たとえ相手が龍だろうが、鬼だろうが。

属性を持っているのならば、因果は成り立つ。

それを聞いたイグサは大きく頷いた。


「あの龍は炎属性。シグレの水の属性が発動すれば有利に戦える。アタシだって……」


言葉に続けてイグサは腰の忍び刀を逆手に抜き取り、腰を低くして構えを取る。


「アタシだって、朧の里の頭領と頭領代理―――カムイとサクヤの娘なんだ。アタシだって、戦える!!」


イグサの目に迷いはない。

俺も腰に携えてある月華を静かに抜いた。


「覚悟はいいか?」

「いつでもオッケー」

「それじゃあ……行くぞ!!」


俺達は互いに頷き、同時に龍に向かって駆け出した。




   ***




グラスノアから果てしなく離れた広大な岩石地帯。

その一角に、岩石地帯の荒涼には似つかわしくない雪を連想させる、白のような水色のような髪をした少女が立っていた。


「マスターの力を察知……。距離……とにかく遠く」


サラサラと流れる髪をそっと押さえて遠くを見詰める。

細められた目はスターサファイアの如く美しく煌いた。


「何故このような場所に具現したのかは謎ですが……ようやく会えますね。マスター」


少女はボソッと呟くと、膝を曲げて大きく跳んだ。

彼女が立っていた岩盤は粉々に砕かれ、宙を青色の線が横切った。

次回予告

「マスターを傷つける事は、何人たりとも許しはしません」

「お前は……一体……」


注意:次話が予告どおりになるとは限りません。




キミレキ豆知識:属性は大抵、父親か母親のどちらから受け継がれる。

ごくたまに、先祖の属性が受け継がれる事も。

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