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君と創る歴史  作者: 秋月
第2章~悠久の時を超えて~
23/48

第22項:緑の装飾商

荘厳な門を通り抜けた瞬間、俺達に馴染みのある感覚が襲ってきた。

体が捻られるというか、体が分解されるというか、存在自体が歪むような不思議な感覚。

そう、俺達は魔法によって転送されているのだ。

転送がどんな風にして行われているのか少しだけ興味を持った事があり、カディウスに尋ねてみた事があったが、彼曰く「魔法で転送するモノをそれら自体を構成している分子レベルにまで解析・分解して魔力で繋いだ道に流している」らしい。

正直言えば何を言っているかはさっぱり理解できなかったが分解されている意識は少しだけあった。

そんな不思議な感覚に身を委ねていると、やがて自分の体の一部一部が収束し、再び構築されていくかのような繋ぎ合わせられているように感じた。

ようやく視界に光が戻る。


「うぉっ!!?」

「ひゃっ!」


視界に光が戻った瞬間に目に映ったのは顔面すれすれのところを飛ぶ多くの鳩だった。

しきりに羽音を立てながら飛立った後には数枚の白い羽がひらひらと舞い落ちる。

やがて羽の壁が消えた時、目の前には広く綺麗な大通りが真っ直ぐに伸びていた。


「ここが…………グラスノア―――俺の……故郷」


広く綺麗に真っ直ぐに伸びる大通りの端には、市場のように露店が無尽に並び、途中でそれが切れているかと思うと大きな十字路だったりする。

ふと横を見るとポカンと呆けたままのイグサが立ち尽くしている。


「ビックリだね。グラスノアってこんな国だったんだ」

「? イグサは来た事がないのか」

「アタシは一度も来た事はないって。さっき身分証明しなきゃいけないってのも初めて知ったし」


そう言い終えると同時に辺りをキョロキョロと物見遊山のように見渡し始める。

目の前に猫じゃらしを見つけた猫のようにヒクヒクと動く耳と嬉しそうにパタパタ揺れ動く尻尾が何とも微笑ましい。

何はともあれ、大通りを進んでみる。

歩き出したシグレに気がついたのか、イグサも小走りで走ってきてシグレと足並みを揃える。

市場のような大通りは絶えず声が飛び交って人が犇めき合っていた。




   ***




『アラーリの蕾が一つ270クルツだよ、さぁ買った買った!』

『この鉱石があれば切れ味アップは間違いないね。お一つどうだい?』

『これは禁断の本だよ。とはいっても、別に禁止されてるわけじゃないけどね。まぁ、色んな意味で禁断なんだよ』


辺りからはまさに市での掛け声や会話に相応しい声が飛んでくる。

多くの露店が集結した『市場』はある意味、国を支えている基盤でもある。

その他にも基盤が多くは存在するだろうが、最も代表的な基盤が『市場』という存在だろう。

盛んな市場が一つあれば人は商売をするために寄り集まり、大きな額の金が動く。

多額の金が動けば更に人は集まる。

そのサイクルとその他諸々によって国は潤っていくのだ。

そして、各地から人が集まってくるということは様々な商品が店に並ぶという事になる。

それらを見て過ごすだけでも十分な暇つぶしにする事も可能だ。

人が混み合ってるので俺とイグサは出来るだけはぐれないようにしながら露店を見て回りつつ歩みを進める。


「凄いな……当たり前だけど見た事ないものでいっぱいだ」

「うん。こういう露店ってレスティアにもあるけど、そこでも見た事ないものとか滅多に見ないものが置いてあるし……やっぱり地方によって珍しさとかが違うんだ」

「城に行くのは……後にするか」

「そんなんでいいの?」

「別にいいさ。今更親父なんか―――」

「……シグレ?」

「………………………なんでもない」

「そっか」


少し静まり返ってしまったがすぐに周りのざわめきに打ち消される。

次に何てイグサに話しかけようかと頭を捻っているところに俺たちに向けてらしき声が飛んで来た。


『ちょっとちょっと! そこの黒髪の兄ちゃんに猫のお嬢ちゃん!』

「ん?」

「お、お嬢ちゃん……シグレが兄ちゃんでアタシがお嬢ちゃん……」


イグサが少しだけ項垂れて落ち込んでいるように見えたがとりあえず放っておく。

下手な事言ったらまた怒らせそうだからな。

俺達に声を掛けてきた女性は少し苦笑いしながらもこちらに手招きをしている。


『そっちの兄ちゃんが背高いからちいそう見えたけど、そうでもなかったわ。 アハハハ……まぁ、そんなことより見ていってくれへんか?』


商売に命を懸けているかのような女性の前の黒い布を被った机の上に乗せられているのは、傍らに値札が置かれている指輪やペンダント、イヤリングなどだった。

そのそれぞれが美しく煌く小さな宝石を携えている。


「装飾品を扱ってるんだな……本で見た事もある奴が結構ある」

『へえ……兄ちゃんのほうは宝石に詳しいようやね』

「ああ。少しね。知ってるって言ったって、この孔雀石(マラカイト)とかそこのクリソベルキャッツアイとかぐらい……』

『クリソベルキャッツアイ知ってるだけで十分詳しいって。大体、キャッツアイいうんはカボションの石に猫のような目が出る”キャッツアイ効果”の事を言うんやからね』

「まぁ、見た目が猫の目だから、安直にキャッツアイって思われてるんだろう。実際にキャッツアイ効果なんてもの、知ってる奴の割合は少ないからな」

『……兄ちゃん、ウチはアンタが気に入ったで! 最近はこないな話が出来る相手も滅法減ってなぁ…』


そう言って彼女は景気良さ気に大きく笑う。

それにつられて俺も少しだけ笑う。


『アハハハハ…ん?』


つい今まで景気良さ気に笑っていた彼女がふと笑いを止め、こちらの胸元をジッと凝視してくる。

何事かと思い、その視線の先を追うと俺の首から提げている銀のチェーンがあった。


『臭う……臭うで。これはかなりの珍品の臭い!!』


よくよく見てみると彼女の眼はオッドアイで、右目が薄い水色、左目が濃い緑だ。

そしてその視線は俺の胸元を向いていたかと思うとすぐに動いて俺のズボンのポケットへと移る。

その目は光り物を見つけた時の烏のように、目の前に魚を見つけた猫のようにキラキラと輝いている。

そして次の瞬間には視線は勢いよく俺に向けられた。


『兄ちゃん! その…ちょっとだけ見せてくれへん? ほんのちょっとだけでいいから……そのペンダントと指輪!』


ペンダントはともかく、ポケットに入れてあるのが指輪だと言い当てた事に呆気に取られてしまう。

しかも今なお、その子供のような瞳はこちらに向けられている。


「いや、これは………」


シグレが口篭ると彼女は一気に落胆し、涙目になる。


『そんな殺生な事言わんと〜…ウチに出来る事があったら何でもするさかい、頼むわ〜』


そう言って彼女は机の上から乗り出すと掌を合わせて懇願してくる。

乗り出した時に屋根が作る影から上半身が出て、彼女の白い布で巻かれたショートヘアの若草色が日光で美しく映えた。


『な? な?せやから頼む! このとおり!』

「わ、分かった分かった! その代わり、この国の事について教えてもらうぞ?」

『ホント!? この国の事なら任しときや! 国の情勢から近所の主婦達の他愛ない噂話まで何でもござれやで♪』


必死にせがまれ、結局OKとつい返事を返してしまうと女性はオモチャを買ってもらえる事になった子供の如く目をキラキラとさせる。

次の瞬間には俺の手をガシッと握り、ブンブンと振っている。


『ありがとな、ほんまにありがとな!』


その屈託のない満面の笑みにほんの少しだけドギマギするも振り払ったと思われないように軽く手を振って繋がりを解く。

幸いにも相手は振り払ったとは思わなかったらしく、とてもご機嫌の様子だ。


『ほんなら、先にそっちから質問してもえーよ。あ、でもこの国の事について何でもござれゆーても国の国家機密とかあたりは勘弁な?』

「分かった」

『よし。ほな、質問どーぞ』


ドスンと木の椅子の上に胡坐をかくと膝をパンと叩く。


「ここ最近で、この国に起こった事件について知りたい」

『ここ最近で?』


俺の問いに彼女は訝しげに眉を顰めた。


「そうだな―――今から十二、三年前の間くらいだ」

『……………………………何でそないな時期の事訊くんや?』


十二、三年前とはサクヤさんから聞いた、俺と母さんがいなくなった時期の事だ。

腕組みをしながら此方を見てくる眼がキランと光る。

普段なら逸らすであろうその視線も、今ここで逸らして引き下がるわけにはいかない。

俺はジッと女性の突き刺さるような視線で見詰めてくる目を見詰め返した。


「この国には着いたばかりでね………国の事について知るには過去の出来事、歴史を知ればいいと思ったからだ」

『過去の出来事、ねえ。別にそないな事知らんでも国の事は知る事できるんやないか?』

「そうかもな……でも、譲れないんでね。それとも、何か知られたくないような事でも?」

『……………………………………』

「返答は?」


此方を見詰めていたオッドアイは瞼で覆い隠され、彼女は「やれやれ」と小さく呟いて頭を布越しにぼりぼりと掻き毟り、やがて大きく溜息をついてから瞼を開いた。


『今から約四年前、天暦2763年、極泰山(きょくたいざん)麓の発掘場にて原因不明の落石』


機械のように彼女は出来事の羅列を続けてゆく。


『約七年前、天暦2760年、謎の集団催眠がこの国の兵士にかけられた。幸いにも騎士団長の働きにより他国への襲撃は起きなかった。……約十一年前、天暦2756年、この国のみならず、世界中の生態系がこの時から変わり始めた。生物の凶暴性が増加。そして………約十二年前』

「!」


そこまで言い切って彼女は言い淀み、表情を曇らせた。

俺は十二年前と聞いて心臓がドクンと跳ね上がる。

恐らく今の俺の目は見開ききっているだろう。

そんな俺を見ているのかいないのかは分からないが、静かに彼女は再び言葉を紡ぎ始める。


『天暦2755年、この年の初雪が降った日―――』


別にサクヤさん達を信じていなかったわけじゃない。


『城から……この国から』


ただどうしてももう一度、サクヤさん達とは違う人から


『王妃と皇子が消えた』


過去の事実を聞きたかった。


『それと同時期に、他国―――レスティアとゼルガドの両国の王妃も消えた』


実感が沸かなかった。


『いなくなった皇子を除き、消えた王妃達はそれぞれが月詠、天照、星詩と謳われていた』


受け入れ難かった。


『その後、天照だったレスティアの王妃はゼルガドの短剣を胸に突き立てられたままで、星詩だったゼルガドの王妃は血でまみれたレスティアの剣の横で胸を鮮血に染めたままで、発見された』


そのレスティアの王妃の、天照の後継者がサンで。


『しかし、月詠だったグラスノアの王妃とその子息である皇子の消息は掴めなかった』


俺の母さんが前の月詠で、今の月詠が俺で。


『レスティアとゼルガドの王妃が発見されて少しした頃。ゼルガドが王妃の仇討ちという大儀を掲げてレスティアに攻め入った。レスティアも同様の理由で立ち上がり、戦争が始まった』


サクヤさんが言った事は本当だった。


『ここ最近の目立った事件はこれぐらいやね』

「グラスノアは―――」

『ん?』

「グラスノアは―――王は何をしていたんだ?」

『グラスノア王は……兵を動かしたり忍びを使ったり、ありとあらゆる方法を使って王妃と皇子を探した。やけど、努力虚しく、見つかる事はなかった』

「王は―――」


自分の拳が痛いほどに握られている事、声が震えている事を彼女には悟られてはいないだろうか。

必死で心を落ち着ける事に専念する。


「王自身は、捜索とかには出たのか」

『出るわけ……うんにゃ、出れるわけないわな。王自身が玉座を、国を離れるんは相当の事なかったらあらへんな』

「家族が消えた事は相当の事じゃないのか!!!!!!」


思わずダンと机を叩きつけて、大声を張り上げてしまった。

周りはシンと静まり返り、女性は唖然としながらも此方を見ている。

隣でひたすら装飾品などをしきりに見ていたイグサも急な事に驚いたのか此方に顔を向けている。

シグレは唇をかみ締めながらも少しだけ視線を逸らす。


「悪かった。大声上げて」

『うんにゃ……。今のはウチが無神経やったわ。兄ちゃんにどんな事情があるんかは知らんけど、ごめんな』


止まった時が動き出したかのように周りは再びざわめきを取り戻し、賑やかになる。


「シグレ……?」

「ああ。大丈夫だ。………こちらこそ悪かった。いきなり大声上げて」


心配そうな眼差しで見てくるイグサを手と言葉で制し、声を抑えて謝罪の言葉を口にした。

俺が大声を上げた事に関しては気を使っているのか、本当に気にしていないのか、女性は気にしてないと言わんばかりに身振り素振りと陽気な笑いを返してきてくれている。


『だいじょーぶ。人にゃ、色々あるもんやし。さてと………他になんか聞きたい事はあるんか?』

「………今も、王は王妃と皇子を捜しているのか?」

『半ば諦め状態なんやけどな。捜しとる事は捜しとる………この国やったら至る所に捜索用の紙が貼られとる。一応、見たってな」

「ああ」

『ありがとな…で、他にあるか?』

「いや、もう十分だ」

「そっか………それじゃ〜……♪』


俺の質問が終わった事を確認すると女性の目が一瞬にしてキラリと光る。

明らかに待ってましたといった感じだ。

そんな彼女に思わず吹き出してしまいそうになったがグッと堪えて、まずは首から提げてある銀のチェーンに小さな水晶玉がついたペンダントを外す。

俺の一挙一動に彼女は一々反応し、艶やかに見えるくらいに頬が紅潮し、息切れが激しくなっている。


『ひ、久々やわ。こんな……こんな感覚は久しぶりやで……至高の品に触る事が出来る悦び。その光輝の栄華を直に拝む瞬間……』


途端、背筋がゾクッとした。

無論彼女の気迫と思わしきものにだ。

マニアやオタクが至高の品を目にした時の反応が目の前で再現されている。

だが、彼女から感じるのはそれだけではなかった。

戦いの時に感じるような、強敵と戦う時に感じる気迫―――彼女からはそれも感じられた。


「(でも、そんな風には見えないんだよな……)」


そして、俺の手から彼女の掌へとペンダントが渡った瞬間、彼女は水晶玉を陽の光に(かざ)して覗き込むように眼を細めた。

水晶玉は陽光を通し、透明だった自身の色を深い蒼にへと変化させてゆく。


「……驚いた」

『深い蒼に変わる……いうことはこの水晶は繋心の水晶(チェイニアトクリスト)やんか………。滅多に市場に回る事がないもんの一つやないかい……』


俺の事はまったく眼中に入ってないらしく、女性は水晶玉のペンダント片手に色々と専門的な事しているようだ。

小さな魔法陣の上にのせたり、赤い氷が入れられた水に浸したり。

やってる事は専門的っぽいのだが、当の本人はというと…。


『はああぁ〜。凄い、凄いわ〜。流石は十三晶のうちの一つ。この色、含蓄魔力量、属性の質。どれをとっても一級品。こんなん目に出来るやなんて、手に取る事が出来るやなんて……ウチは幸せもんやわぁ〜』


顔は緩みに緩みきり、至高の品―――俺のペンダントに頬ずりをしている。

やがて頬ずりを止めるとクルリと俺の方へと顔を向けた。

目つきはやけに真剣だった。


『兄ちゃん』

「なんだ」

『このペンダント、ウチに譲っt』

「駄目だ」

『酷い! まだ最後まで言ってへんのに!!』

「駄目なものは駄目だ」

『………………譲ってくれたらイイ事したるで?』

「余計に却下だっ!」

『ちぇ〜…、お堅いなぁ。しゃあない、諦めるわ』


残念そうに、かつもったいなさそうに、それでいて渋々といった感じで俺の掌にペンダントを置く。


『それにしても、結構なモンやとは感じたけど、まさかそこまでのモンやとは思わんかったわ。十三晶なんて何処で手に入れたんや?』

「さっきも呟いてたけど、十三晶って何なんだ?」


多分、何かの総称だとは思う。

だがそれぐらいしか分からないし、いまいちピンと来ない。


『ナンや、知らんのかい。十三晶言うんはな、特別な力を持った十三種類の水晶のことや。だから十三晶な。それぞれの水晶の力は違ってて、雄心・開福・天眼・繋心・栄華・信義・知樹・絶縁・普平・転芯・受愛・軌跡・奏人の十三の力があるんやで』

「なるほどな。納得」

『ちなみに殆どのモンが市場に出回る事は滅多になく、奏人の力を持つ水晶は取り扱い禁止にさえなっとる。理由は秘密やで』

「ああ。大体予想はつく」

『そんなら助かるわ。…さて、それじゃそろそろ大本命と行かしてもらうで〜♪』


そう言って手をワキワキさせながら目を爛々と輝かせる。

シグレは小さく溜息をつくと、制服のポケットから先程身分証明に役立った指輪を取り出す。

指輪が女性の視界に入った瞬間、「きゃーっ!!」と彼女が嬉しそうに声をあげる。


「俺はこの指輪についている宝石の名前も種類も知らないんだ。もし、アンタが知ってるなら教えて欲しい」

『ええよええよ! ささ、お姉さんに見せてみ!』


そう言い終えるか終わらないかのうちに彼女は俺の手から指輪を引っ手繰ると目を細めて指輪に嵌め込まれた宝石を覗き込む。

暫くして顔を上げたかと思うと、目をパチクリさせ、指輪を机の上に置いて自身の足元にある箱の中から色々と引っ張り出している。

どうやら何かを探していたらしく、無造作に投げ捨てられた物は彼女の後ろの壁に当たっては落ちる。

ようやく目当てのモノを見つけた様子。彼女の手にはぶ厚い冊子が握られていた。


『カルサナイトでもなし。黄水晶(シトリン)やないし……黄瑪瑙(イエローアゲート)でもない』


よく本で見た事のある単語が女性の口から放たれては消えてゆく。

冊子を捲るスピードが徐々に上がってゆき、本当に中身を見ているのかさえも疑問に思うほどにまでのスピードにさえ達している。

やがて全て読み終えたのか、パタムと本を閉じると大きく溜息をついた。


『このウチも知らん。国家出版の宝石辞典にも載っとらん。兄ちゃん、そんな宝石何処で手に入れたんや?』

「……それは秘密」

『秘密です、って…せやかて、未知の宝石に加えてウチの見たてではその宝石の純度はかなりの高さや。それに結構大きい。下手せんでも億や兆単位の額の金が動くほどの代物やで…』

「それでも、これについては何も言えない」

『…そっか。まぁ、ウチかて人が言えない言うてるもんを深く詮索するような野暮な奴やあらへん。そこまで言うんなら何も聞かんとくわ。それにこの宝石の名前も分からんかったし』

「その事は気にしないでくれ。……ありがとう」

『礼を言うんはこっちやて。こんな素晴らしい品を二つもお目にかからせてくれたんや! ホンマにありがとな!……………なぁなぁ』

「?」

『この指輪、ウチに譲っ……』

「却下」


『やっぱり……まぁ、分かっとったけどな』と笑いながら俺の掌の上に指輪をポトリと落とす。

それを少しだけ見詰めてから俺は大事にポケットへとしまいこんだ。


『ところで、兄ちゃんの連れの姉ちゃんは何やっとるんや?』

「連れ?」


俺の連れといえば、当たり前だがイグサである。

さっきもちゃんと俺の隣にいたはずだが……。

そう思って隣へと視線を向けるとイグサが徐にしゃがみこんで机に手をかけ、装飾品を凝視していた。


「イグサ?」

「……………………ぅ〜ん」

「おーい、イグサ〜」

「…………むぅ…………」


よほど夢中になっているのか、全く応答がなく変な唸り声を挙げている。

どうしようかと考えた矢先に視界の端にピコピコと動くイグサの尻尾が映った。

それを見た瞬間、俺の中の悪戯心がムクムクと湧き上がってきた。


「…よし」


俺はそっとイグサの後ろに回り込んで、手をゆっくりとユラユラ揺れている尻尾に近づけてゆき………


ムギュッ

「わにゃッ!!?」


揺れる尾を掴むと意外にフワフワした感触がした。

いや、前にも掴んだ事あるけどさ。

感触を確かめながらクニクニと掴んでいると、すぐさま俺の顔目掛けてイグサのパンチが飛んで来た。


シュッ


「な、何する!!!」

シュシュシュシュッ


「いや、だって呼んでも反応しないしさ」

シュシュシュシュシュシュシュッ


「呼んでも返事しなかったら人の尻尾掴むのか!!」

シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ


「いや、それはただの俺の悪戯」

シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ


「むきーーーー!!!」

シュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュシュッ


皆さんもお気づき?だろうが、この会話の間中イグサはずっとパンチを放ち続けている。

俺はそれを全て紙一重のところで避けている。

やがてイグサが疲れたことでようやくパンチの嵐が収まった。


「で、なんでそんなに見てたんだ?」

「……………………」

「なんか理由ぐらいあるんだろ?」

「…………アタシ、さ」


イグサは隣にある机の上の装飾品をチラッと見てから話を続ける。


「小さい頃からアクセサリーとかには興味はあったんだ。でも、母さんはそんなのつけるの許してくれなかった。まだ早いって…」

「……」

「よく遊んでた友達はそういったアクセサリー、店で売ってるほど派手じゃないけどつけてた。…羨ましかった」

「イグサ…………」

「里から離れてからはそういったもの、買う機会も確かにあった。でも、不思議とアタシには合わない気がした。アタシみたいなのがつけても可愛くないって。だから、買わなかった」

「それは―――」

「可愛い子や綺麗な子がつけることでアクセサリーとかは初めて映える。だから私には必要ない。でも、たまに未練がましく見ちゃうんだけどね」


テヘへと舌をチロリと出しながら小さく笑う。

俺にはそれが無理をしているようにしか見えなかった。

少し考えてから、俺は机の上に値札つきで置いてある蜂蜜色の鈴を一つ取って尋ねた。


「これ、いくら?」


俺の意図を察してくれたのか、女性はニカッと笑った。


『そやな。本当なら琥珀の鈴は五千言いたいとこやけど、プレゼント&お友達良心価格で特別に千でいいで♪』

「ありがとな」

『どういたしまして♪』


俺は指輪を入れたほうのポケットとは逆のポケットから小銭を十枚ほど取り出して女性に渡す。

彼女は『まいど!』と言って渡した小銭を握り締めた。


「ちょ、ちょっとシグレ!」

「ちょっと顔上げろって」


半ば無理矢理イグサの顔を上げさせると首にある首輪に鈴を取り付ける。

イグサが動くと澄み切った音色が響いた。


「似合ってるぞ」

「ちょ、ちょっと! 人の話聞いてた!?」


なぜか顔を赤らめながらもイグサは抗議の色を隠せないでいる。


「聞いてたさ。お前はアクセサリーは可愛い子や綺麗な子にしか似合わないって言った。で、お前は似合っている」

「っ〜〜〜〜〜〜///」

「だが、アクセサリー―――装飾品は女を飾ってより綺麗に見せるためのものだ。似合わないと思ったら違うの探せばいい。絶対似合う奴があるはずだからな」


ポンとイグサの頭に手を乗せてクシャクシャにする。

イグサは驚き目を瞑りながらも、鈴に手を当てている。


「で、でも……」

『彼氏のプレゼントは素直に受け取るモンやで〜姉ちゃん』

「「彼氏じゃない!!」」


二人同時にハモリながら叫ぶ。

まさかの出来事に女性は目を丸くしてから大きく笑った。


『アハハハハ、わかったわかった。でも、ちゃんと受け取っときや』

「ま、そういうことだ」


イグサはまた自分の首につけられている鈴を見た。

そのまま下を向きながら照れたように顔を赤らめる。


「あ、ありがとう………」

「どういたしまして」




   ***




「じゃあ、俺達もう行くな」

『ああ。この先の広場に、行方不明の二人の写真があるから、王様んためにも一応見といたってな』

「分かった。それじゃな」


軽く会釈を交わすと、彼女も二パッと笑って手を振った。

俺は未だ照れているのか無言のイグサを引き連れたまま、露店を離れた。




   ***




『ほんま、何モンなんやろなぁ…。あないな珍しいモン持ってるし……』


ほふぅ、と一息ついてから再び今までいた二人の顔を思い出す。


『漆黒の髪に琥珀の瞳の兄ちゃんに、髪の赤い忍び装束着た姉ちゃん……。あれ、この特徴…どっかで……』

『ジャンヌ隊長!!』


頭を捻っている所に自分を呼ぶ声が聞こえた。

振り返れば、甲冑と兜をつけ、槍を持つ兵士が二人ほど立っている。


『また商売をしていたのですね』

『いい加減控えてくださいと、あれほど申しましたでしょう』

『貴方様はこの国の守護騎士隊隊長なのですから、もう少し己の立場を考えて行動してください』

「あはは……分かっとるって。で、何の用や?」


そう言いつつ、頭に巻いていた白い布を取ると綺麗な若草色の髪が踊る。


『はっ! レクリフ様が至急城に戻るように、との事です』

「はぁ、あのじいちゃん。一体何の用やねん……」

『至急、お戻りを!』

「分かった分かった。ほな、戻ろか」


ジャンヌと呼ばれる女性は素早く露店を片付けると、端に隠してあった剣を腰に携える。

歩き出すジャンヌの斜め後ろに二人の兵士が付く。

ふと、ジャンヌは後ろを振り返る。


「(…………何かありそうやな。あの二人…。ま、勘やけどな)」

『? どうかされましたか?』

「いや、なんもない。まぁ、関係あったらイヤでもこの先また会うやろな」

『?』


何の事か分からない兵士を他所にジャンヌは再び城に向かって歩き出した。




   ***




一方、サン達はというと……


「だあああああ! 一体何時になったら着くんだよ!」

「くどい。さっさと歩け」

「てめ、カノン! お前はイライラしねえのか」

「私もいい加減にして欲しいとは思ってはいる。だが、そんな事口に出しても変わらんだろう」


言い争うカノンとウェイバーの少し前を歩いているのはサンとカディウス、そしてアニーだ。

正確に言えば、アニーは歩いていない。


「サン姉様……」

「気にしないでいいぞ、アニー。アニーにはまだきつかったな」

「もうゆうに六時間以上だからね。流石にアニーじゃ無理だよ。僕も結構きついし……」

「すみません…」


アニーが歩くのはもう無理だと判断し、サンが一時間ほど前から背負っていた。

もちろん、他の三人とは交代はしている。


「それにしてもまだ着かないな…。いっその事ウェイバーを吹っ飛ばしてどれぐらい距離があるのか確かめるのはどうだろうか、カディウス」

「良い案だと思うけど、やめときなよ」

「そうか…むぅ」

「私の気のせいでしょうか。何かさっきから嫌な予感が」

「私もだ。……むぅ」


この先、サン達が門に辿り着くのは更に三十分ほど先となるのだった。

「出番ねえなぁ〜」byバーン



どうも、秋月です。

まずは最近更新がやたら遅くなってる事を謝りたいです。

ごめんなさい。

そして、期末テストが近づいている…あわわ。

また更新が遅くなるかもです…。

そういえば前々から思っていたサンとカノンの見分け方についてですが、あれです。

サン:騎士風の喋り方だが天然馬鹿っぽい

カノン:厳格な騎士風の喋り方


これで行こうと思います(おぃ


それではこれからも頑張っていきますのでよろしくお願いします。

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