第21項:荘厳気高き門
明朝、俺達はまだ少し肌寒く霧がたちこめる湖を出発した。
まだ日は昇っておらず、辺りは静寂に包まれている。
猫の血が混ざったイグサは寒さに弱いのか、はたまた寒さが苦手なのか分からないが毛布の中から意地でも動こうとはしなかった。
そんなイグサから無理矢理毛布を引っぺがした俺は当然抗議の罵声を浴びせられる事になったが、出来るだけ早く出発しておいたほうが良いはずだ。
グラスノアへ今日中に着く事ができるかどうかもわからないのだから。
***
湖を発ってから早数刻が経とうとした頃、ようやく辺りが開けた場所へと出る事が出来た。
丁寧に木々が並んであるそれはまさしく街道だった。
つまり、俺達はメアディ・アルを突っ切ってグラスノアへと続く街道へと足を進めていたのだった。
「…………もっとまともな道があったんじゃないのか?」
「母さん曰く、近道らしいの。多分、母さん達”限定”のね」
「……なんか、ドッと疲れが……」
「言わないでよ。哀しくなってくるじゃない」
街道は石畳で造られていて、所々に街灯が建てられている。
街道が続く先を見ても森の緑が見えるだけであり、後ろを見てもそれは同じだった。
まだまだ距離があると認識してしまい、思わず溜息が出る。
「まぁ、とりあえずこれで道は分かるからいいんだけどな」
運良くというべきか、たまたまというべきなのか、俺達が森を抜けた場所の丁度近くに道先案内板とも呼べるものが建てられていた。
それによれば、今俺達が歩いている先にグラスノアがあるのだとか。
それでも先は見えない。
「ホント。それだけが幸いだったよね。もし、あの看板がなくて逆の方向に歩いていたらと思うとゾッとするわ」
「まったくもってその通りだな。………そう言えば」
「ん?」
「この街道ってさ、見た限り森に囲まれてるけどさ。獣とかに襲われたりはしないのか?」
辺りを見渡しても見当たるものといえば街灯くらいだ。
獣対策として使える物は何一つない。
獣を追い払う実力のあるものだったら一切問題はないが、ここは街道だ。
商売のために行商人が通ることもあれば、一般人も通るハズ。
もし何もないのであれば危険極まりない。
「それなら大丈夫なの。ほら、あれ」
言葉と共にイグサが指し示した方向に視線を移すと、そこにあったのは…。
「街灯?」
「そ。あの街灯見て何か気づかない?」
「何か……」
そう言われて俺は改めて道の脇に立つ街灯をじーっと眺める。
形は少し独特で、明治時代の頃にあったような街灯を連想させる造りだ。
別段特別な何かで作られている感じもしない。
大きさも気になるような大きさではないし、立地場所も……。
「あれ?」
俺が声を出すとイグサは俺の顔を覗きこんでくる。
「分かった?」
「いや。何となくだが、街灯と街灯の間の距離がそんなに離れていなくないか?」
離れていたとしてもせいぜい五〜七メートル程度だ。
こんな距離じゃ、夜になればこの街道は光が滾々と照り続いて明るすぎるんじゃないだろうか。
「いいトコに目つけたね。シグレさ、今もこの街灯から光出てるの気づいてた?」
「光? ……確かによく見たら出てるな。こんな日中に何でだ?」
「あの光はね、獣を追い払う不思議な力が宿ってるんだ。あの光の動力源って何だと思う?」
「動力源………電気じゃないのか?」
「ぶっぶー。外れデース。こっち来てみて」
シグレが出した答えにイグサは両腕で×マークを作って大きく外れを表すと、シグレを引っ張って近くの街灯まで連れて行った。
引っ張ってきたシグレ腕を離すと何かを探すような手つきでイグサは街灯の後ろ側を触り、やがて何かを見つけたかと思うとカチッと音を立てた。
音が鳴った次の瞬間にカシャッと街灯の一部分に穴が開いた。
「ほら。中見てみなよ」
イグサに言われるがままに俺は街灯に開いた穴の中を覗き込む。
そこにあったのは……。
「石?」
中で動かないように設置されていたのは灰色とも銀色かもおぼつかない拳大の石―――というより鉱石だった。
設置された鉱石は真上と真下の方向に直線的な光を放出している。
「ある特別な区域でしか採ることのできない不思議な鉱石。アルテミスって云われてるその鉱石が放つ光は獣を決して寄せ付けない力を持つんだってさ」
「不思議な鉱石……アルテミスか」
「不思議と云われる由縁はね、獣を寄せ付けない光もそうだけど。他にも幾つかそう云われる理由があるからなんだ」
「理由…ね。じゃあ、この光以外に何かあるのか」
シグレがアルテミス鉱を指差すとイグサは慣れた手つきで街灯の中からアルテミス鉱を取り出した。
それを気軽にポイッとシグレに投げ渡す。
「お、おいっ」
「実際に手で持ってみないと分からないからね」
イグサの言葉に疑問を持ちながらもシグレは手の中にあるアルテミス鉱を回したりしてみる。
そして、目の前で起きている光景にシグレは驚いた。
「これ、光が……」
「それがまず不思議と云われる一つ目の理由」
手でしきりに回しているアルテミス鉱はいくら回しても光を出す方向を変えなかった。
何事もないかの如くに光の直線は真上と真下に伸びている。
シグレが幾ら回そうとも、それに変化はなかった。
「どんな理屈でその鉱石が構成されているのか、何故一定の方向にしか光が出ないのかは分かってないの。常識では考えられない物の一つとして、アルテミス鉱は研究対象になる事も多いとか……」
確かにこんな不思議な特徴を持った鉱石をこの世界にもいるであろう学者達が放って置く筈はない。
その鉱石から放たれる光は獣を退け、その光は一定の方向にしか伸びないのだから。
「イグサ。さっき、不思議と云われる理由が幾つかあるって言ったよな?」
幾つかと言うことはまさかこれだけではない筈だ。
俺の手からアルテミス鉱をひょいっと取ると、イグサは何食わぬ顔をして上に軽く投げては再び受け止める動作を繰り返す。
「後の理由は実際に試すことは出来ないから口頭だけね。不思議と云われる理由の二つ目…ある一定以上の高さをアルテミス鉱が超えると、光は失われる」
「光が失われるって……それって光を出さなくなるって事か?」
「うん。これも科学的にも魔法学的にも理論が分かってないらしいんだけど……一説には大地に愛され、天空に嫌われた鉱石とかも言われてるみたい」
未だイグサに放られては受け止められているアルテミス鉱は輝きは失っていない。
ある一定の高さとはもう少し高いみたいだが、地に好かれ天に嫌われた石とは言いえて妙だ。
俺は前の世界から持ち続けている知識欲に身を任せた。
「で、他にもあるんだろ?」
「当然。とは言っても、残る理由は後一つだけどね」
ようやくというかなんというか、アルテミス鉱を弄るのに飽きたのか、イグサは手にあるアルテミス鉱を元の街灯の中の装置へと設置する。
イグサが設置するのと同時に周りが少しだけ明るくなった気がした。
「アルテミス鉱が光を出してた場所、覚えてるよね?」
設置し、光がちゃんと出ている事を確認するとイグサは再び街道を歩き出した。
慌てて俺も後を追う。
「ああ。真上と真下に出てたな」
「光の屈折って知ってる?」
「屈折?」
屈折といえばあれだ。
よく学校の授業とかで凸レンズ?だっけ…。
その凸レンズに光を通すと、進行方向が変わるって奴だよな……他にも水とかでも出来たはずだ。
「屈折はいっちゃえば光とか音の理みたいなもの。絶対に覆せないもの。自然にも屈折の原理で起きる自然現象があって、虹や蜃気楼、幻日に幻月。逃げ水とかも光の屈折で起きる現象だよね。そして、光は屈折しようが何処までも伸びる」
「ああ。一応聞いた事がある。でも、それが一体…」
「屈折した光が途中で消えるのって、信じられる?」
急に足を止めてイグサがこちらを見て微笑した。
「アルテミス鉱が上に放つ光は、アタシ達には理解できない機械や魔法で大きく展開させて…えっと、確か直径五メートルだっけ。それぐらいの円柱みたいな形で空に伸びてる」
「でも、直径五メートルだと少し隙間が空かないか? 確か街灯の間の長さって五〜七メートルあっただろ?」
「それでいいの。空を飛ぶ獣は少なからず翼を持ってるでしょ。まぁ、例外はいるけど」
まぁ、翼持ってなきゃ飛べないとは思うんだが。
それにしても例外ってのは気になる。
そんな事を心の中で思いながらも素直に頷いておく。
「旅人達に対処できない獣だったら翼広げたら余裕で横幅一メートルあるんじゃない? 知恵のある奴だったら翼とかたたんで入ってきそうだけどね。入った後は中が狭すぎて出れないって事になるけどね」
この街灯が何処まで続いているかは知らないが、多分人が通る所は殆どこの街灯で囲まれているだろう。
そうなれば簡単には出れない。
約一メートルの隙間を通るには殆ど直線的に行かなければ通る事も出来ないだろうな。
かといって、道なりに進んでもいつかは退治される運命だ。
イグサは何も言わなかったがそれは地上の獣からしても同じとなる。
容易に対処できない獣たちは皆、この中に入ることを極端に避けるのだろう。
つまりは本能で不利になることを悟るのだ。
「他の奴の結末を見て誰も入ろうとはしなくなるって事か」
「そゆこと。話戻すよ。で、真下にも光は伸びてるけど、正確に言えば地までは伸びてない」
「? どういう意味だ?」
「そのまんまの意味。この光、地面より数十センチ上で途切れてるの」
「…マジ?」
「マジ」
「マジかよ…」
俺の確認にイグサは真顔で答えた。
どうやら冗談でもないようだ。
「ホントに不思議だな」
「でしょ?」
「つーかさ、何でそんなの知ってるわけ?」
「情報収集は忍びの十八番だよ、シグレ」
「…情報源は?」
「…………女は秘密を持ってこそ美しく…こほんっ、なるんだよ」
小さく咳払いをするイグサの頬が少しだけ紅かった。
どうせ普段言わないような事を言ったから自分自身で照れてるのだろう。
少しだけ可愛いと思いながらも、紅くなってるイグサの耳が目に入り、ハッとする。
「お前、平気なのか?」
「へっ?」
何が?、と言わんばかりに紅味をまだ少し残しながらも此方へと振り向く。
「いや、だってお前、獣人だろ? 獣の血も混ざってるんならこの光、辛いんじゃないのか?」
イグサが何の種類と獣人かは知らないが言ってしまえば人と獣のハーフ。
ならばこの街灯の光はイグサにとっては毒なのでは。
そう考えたが、イグサは軽く笑って受け答える。
「ん。大丈夫。…確かにアタシには獣のそれも混ざってるけど、人の方が割合的には多いから」
「本当か?」
「くどいって。それより早くグラスノアへ行きましょ」
「あ、ああ」
急かすイグサを横に俺は少しだけ歩みを速めた。
「…………シグレってこんな時だけ鋭いよね」
他は結構鈍いのに、と加えて小さく呟くと微妙に聞こえたらしくシグレが振り向く。
「何か言ったか?」
「ん。何でもない」
そう。本当に大丈夫……だと思う。
こんな所で歩みを止めてられないから。
シグレの為にも。
何もなさげにシグレと歩くイグサの尻尾はだらんと力なく垂れ下がり、足に絡まりついていた。
***
それから更に二時間ほど過ぎた頃。
ようやく俺達の目に、目的地と思われるものが映った。
「イグサ」
「うん。多分、あれが―――」
その後に言葉は続かず、またその後に続く言葉は言わずとも分かっていた。
「行こう」
「うん」
俺達は歩き疲れた足に鞭を打って、水平線上に見える建築物まで走った。
しかし見えたからと言って近いとは限らない。
案の定、見え始めた場所からはかなりの距離があった。
そして何とかたどり着いた先にあったのは―――
「門?」
目の前に聳え立つと言ってもいいほどの大きさの門だった。
高さは俺達の何倍かしたくらい。
グラスノアへの入り口であろうそれは口を硬く閉ざしたまま、静かに佇んでいる。
「この門―――レスティアの城門に似てる……」
「レスティアの城門? レスティアの城にもこんな門があるのか?」
「……所々の模様は違うけどね。例えば―――」
イグサが指差す先は何の素材で出来ているかすら不明の門天辺付近。
目を凝らして見ると、大きく月の模様が刻まれ、その両翼に太陽と星の模様が月を支えるように刻まれている。
その月のバックには剣が斜めに描かれており、丁度斜め向きの剣の上に月が覆いかぶさっている感じ。
そして、剣の先には千切られたというか切り裂かれた鎖の絵。
「なんていうか、意味深な門だな」
「レスティアの門はね、確か……太陽の模様が星の模様と並列して、月の模様の下にあった。太陽は左側だったかな……で、星と鎖が繋がってた」
「鎖、ね」
ただ、その一つのキーワードが心に引っ掛かった。
もしかすれば特に何も意味してはいないかも知れないけど。
「まあ、別に気にすることじゃないと思うよ。それより、早く入ろ」
「あ、ああ。……でも、どうやって?」
「…………………えーと…」
「知らないんだな?」
「あは、あはははは……」
『示セ』
「「っ!!?」」
引き攣った笑いをしているイグサに思わず呆れ顔をしていた時、唐突に聞こえてきた低音に思わず門のほうへと振り返る。
だが、門は先と変わらずに佇んでいる。
「気の……せいか?」
『示セ』
「なっ!?」
「ね、ねえ。シグレ、アタシの耳がおかしいのかな……門から声が」
「大丈夫だ。俺も聞こえた」
『汝ラノ身ヲ明カス物ヲ我ノ前二掲ゲヨ』
「身を明かす物…?」
「多分、身分証明しろって事じゃない?」
「ああ、つまり身の潔白を……」
「それ、違うと思う」
「そうか?」
「うん」
とりあえず何か身分証明になるものを探し始める…といっても無理矢理連れてこられたから何もない気が…。
ズボン右側のポケット―――何もなし。
左側―――小銭数枚。
その他諸々―――うーん。
「なんかあった?」
「いや、特には…そっちは?」
「忍者としてなら手裏剣とかあるけど……身分証明になんかなりゃしないって」
「サクヤさん達、何も言ってくれなかったよな」
「何かないの!? シグレの服って何かありそう!」
「お、おい! 学ランを脱がすな!」
制止の声を無視して、俺から無理矢理脱がした学ランをイグサがブンブンと振る。
そういえば最近、服が汚れてきたな…。
諦めて違う事を考えていると―――
―――カキーン
「ん?」
「おおっ!」
何かが下のコンクリートに落ちて金属音らしきものが鳴る。
イグサの目がキラリと光る。
「これ、指輪?」
「おい……それは」
赤とオレンジのコントラストがイグサの中で鈍く光る。
その光は門の方へと伸びてゆく。
すると―――
『身ハ明カサレタ。入ルガイイ、潔白者達ヨ』
低音が響いたかと思うと、今まで何の反応も示さなかった門がゴゴゴッと大きな音を立てながら左右に開いてゆく。
「……開いたね」
「ああ。…いい加減返せ」
そう言ってイグサの手から指輪をひったくる。
一応、傷がない事を確認してから右のポケットへと大切にしまいこんで置く。
「それじゃ、行くか」
***
一方、シグレ達が門を潜ろうとしている頃。
「だぁーーー! どこまで続いてんだよ、この道!」
「ウェイバー。静かにしなよ……僕だっていい加減疲れてきたしさ…」
ウェイバーが不満を漏らし、カディウスがそれを諫める。
先程からその応酬が続いていた。
「もうだいぶ近づいているとは思うんだが、サンはどう思う?」
「私もそう思う。というより、グラスノアへと近づいていると言った方が正しいかもしれない」
「ならば、急ぐか」
「………(コクリ」
無言で肯定するとサンとカノンが歩く速度を速める。
少々疲れ気味なアニーも必死になりながら着いてゆく。
「ハァ…ハァ…シグレ兄様……あれ?」
一瞬、アニーの視線の端のほうで何かがバチッと光った。
丁度ウェイバーとカディウスの向こう側だ。
すぐにその方を見てみるも、特に変わった様子はない。
「気のせいかな」
きっと疲れているのだろうと思いつつ速度を上げながらサン達についてゆく。
足手まといにならないように必死で。
そうしてアニーが小走りに走り去った後、街灯が怪しげにバチッと光っていた。
「最近出番ないねぇ」byバーン
キミレキ豆知識:シグレの制服のモデルは大阪の作者の高校の制服。
どうも、秋月です。
この度は更新が遅くなって誠に申し訳ありませんです。
自分が住んでいる地域がインフルエンザのせいで1週間休みになり、テスト期間が延びてその分テスト勉強などをしていたらこんな事に……。
学年あがると結構大変です。
しかし、ようやく落ち着いてきたのでこれまで通り、1〜2週間程度の周期で更新できそうです。
これからまた頑張っていくので、よろしくお願いします。




