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君と創る歴史  作者: 秋月
第2章~悠久の時を超えて~
18/48

第17項:存在理由と事の発端

「俺の勝ちです」


息切れのせいで上手く発声できなかったが、それでもカグヤさんには聞こえたはずだ。

とりあえず切っ先をカグヤに突きつけたままでシグレは荒れた息を整える事に努める。


「勝っちゃった………」


小さい頃から自分が何度やっても勝てなかったカグヤに手加減されていたとはいえ、勝ったシグレにイグサは心から凄いと思った。

自分は何度やっても手加減してくれているカグヤには勝てなかったからだった。

そのカグヤはしばらくポカーンとしていたが、少しするとポッと紅くなり右手で頬を押さえる。


「もうっ! シグレ君のえっち」

「っ!!」


シグレはその言葉を聞いて馬乗りになっていた事を思い出し、一瞬で飛び退く。

シグレが飛び退いた事によって自由を取り戻したカグヤはゆっくりと体を起こすと、地面に突き刺さった東麒麟の元へ歩み寄ってガキンと音を立てて引っこ抜き、刀身を目を細めて見詰めて、何かに納得したかのように頷くと東麒麟を鞘に納める。

そして、クルッとこちらを向き、満面の笑みを浮かべる。


「私の負けやわ、シグレ君」

「待ちなさいっ!」


カグヤが喋り終わると同時に、サクヤが声を荒げる。

ツカツカと歩いてきてシグレとカグヤの間で止まり、腕組みをしながらシグレを見る。


「シグレ君には悪いけど、今の勝負、無しにしてもらうわ」

「なっ!」


サクヤの言葉に反応したのはシグレではなくイグサだった。

今まで座っていた木の上から飛び降りてきて、サクヤに駆け寄る。


「どういうことなのっ!」

「カグヤは本気を出していなかったの。お互い本気じゃない試合は試合なんかじゃないわ」

「サクヤはん。私はちゃんと本気でやったで? 途中からやけど」


イグサの問い詰めを無視して、淡々とシグレに向かって喋り続けるサクヤの言い分にサクヤの後ろでカグヤが不満気味に文句を言う。

それすらも無視してサクヤは話を続ける。


「里で三番目に強いカグヤがあんなのだから、他の者じゃ敵わなそうね……だから、私が相手するわ」

「母さん」


イグサがサクヤに向かって呼びかけるも、サクヤはイグサの方には振り向かない。

それでもイグサはサクヤを呼び続けた。


「母さん」

「私は最初から本気で行くわ。で、私が勝ったらシグレ君にはイグサの婿としてこの里にずっと居てもらうわ」


イグサのサクヤを呼ぶ声が少しずつ大きくなる。


「母さんっ!」

「もし、シグレ君が勝ったら私達は潔く諦めるわ。ね、それでいいでしょ?」

「母さんっ!!」


四度目のイグサの呼び掛けでようやくサクヤが振り向く。


「何かな、イグサ」

「えっと、その……」


サクヤと対峙した瞬間にイグサは歯切れが悪くなった。

目の前にサクヤがいるイグサは、シグレにはいつも学園で一緒に過ごしていたイグサより小さく見えてしまう。


「も、もう……やめて」

「……今、なんて?」


サクヤが一層冷ややかな態度をとる。


「だから……もう、やめてほしいの」


いつもより弱気なイグサはしどろもどろになりながらも、小さく呟く。

しかし、その言葉に応答は無く、辺りには試合前と同じような静寂が訪れる。

ふとした瞬間に、シグレはイグサの足が震えている事に気づく。

よく見れば耳も伏せていて、尻尾も力なく項垂れている。それだけ、イグサにとってサクヤさんは恐ろしいのだろうか。


「……………な…………のよ」

「…えっ?」


サクヤさんが何か喋ったのだろうか、イグサにはよく聞こえなかったみたいだ。

一番近くにいるイグサが聞こえなかったのだから、当然俺にも聞こえるはずはなかった。


「なに言ってるのよっ!!」

「っ!!」


サクヤの怒鳴り声にイグサが怯んで目を瞑る。


「イグサ、あなた…自分がなに言ってるのか分かってるの?」

「それは………」

「今、無理にでもシグレ君との関係を作っておかないと、いずれ私達の存在理由が無くなる。分かってるわよね?」

「………」


先程の怒鳴り声とは打って変わって、今度はイグサを諭すようなもの静かな声。

イグサは下を向いたまま、何も喋らなくなる。


「私は頭領代理、あなたは頭領の一人娘。私達は里の者全ての生活を守る義務があるの」


それは上に立つ者として当たり前のことだった。

どんな組織やグループでも、個人が集まって出来る団体には各々を纏めるリーダーが必要となる。

各々を纏めるリーダーにはそれ相応の責任や義務が生まれる。

忍びもまた、例外ではない。

今、サクヤさんはリーダー代理―――頭領代理としてイグサと話しているのだろう。


「だから、イグサ。あなたはこの里の未来のために……」

「それでも!!」


サクヤの言葉をイグサが大声で遮る。


「それでも……アタシは…」


イグサがチラッと俺のほうを見てくる。

その瞳は少し悲しげな色を浮かべていたが、すぐにその色は消えて学園にいるときの色に戻った。


「それでもアタシは、無理矢理に結婚なんて…嫌」


ピキッとサクヤの額に青筋が入る。

それを間近で見たイグサがビクッと震える。


「そう……じゃあ、あなたの我侭を通すために里の者全員を路頭に迷わせるつもりなの?」

「アタシは別にそんなこと!!」

「そういうことなの! この里の者は全員、忍びとして生きてきたの! 忍びとして生きる以外…道がないの」

「アタシは……そんなつもりじゃ……」


イグサの声が少しずつ涙声になっていく。

サクヤさんの方も必死らしく、先程からの叫びが悲痛だった。

それを黙って見ている頭領であるカムイさんが何を考えているのかは、俺には分からなかった。

しかし、自分も一応関係者だ。ここは意を決して、踏み込む。


「あの……」

「……なに?」


邪魔だと怒鳴ろうとする気持ちを押さえ込んで、平静を装ってサクヤは応対した。

しかし、気持ちを押さえ込んでいるせいか、握りこぶしが震えているのがシグレには見えていた。


「さっき訊いた時ははぐらかされたけど、なんで俺なんですか」

「だから、シグレ君が一番適任だと思ったから……」

「違いますよね? 俺じゃないと駄目な何かがあるんですよね」

「…………」


サクヤはキュッと唇を噛むと、少ししてからハァと大きく溜息をつく。


「………本当にあいつそっくり」


頭をぼりぼりと掻き毟りながら、遠い所を見詰めるかのようなサクヤ。

何かを思い出しているようなその目はどこか哀愁を漂わせていた。

やがてサクヤがシグレに視線を戻す。


「シグレ君は忍者ってなんだと思う?」

「……諜報活動や暗殺を生業にしている人達のことだと思います」


少し悩んだが本で読んだ事があったので、そこから一部分だけ抜き出す。

それを聞いて、サクヤは微笑した。


「そう。忍者は諜報活動や暗殺をする集団の総称」


ハッキリとした声で喋るサクヤの言葉を、周りを囲む全員が静かに聞き続けていた。

大半は何の話か分かっていない者達なのだと、顔で認識できる。明らかに分かっている者と分かっていない者の顔が違ったからだ。

俺もその一人だが、今の俺の顔はそいつらと同じような顔をしているのだろうか。

イグサやカグヤさん、カムイさんは当然知っているらしく、真剣な顔つきで聞いている。


「じゃあ、その諜報活動や暗殺は一体何のためにすると思う?」

「それは…」

「主のため」


俺の答えを聞く前にサクヤさんがその答えを明かした。


「陰に生きる私達はいつも裏方で仕える主を支えている。支えるべき主のために私達は危険を侵してまで敵陣に乗り込んで諜報活動や暗殺をするの」


サクヤの話を聞き、俺の脳裏を忠誠心という単語が()ぎる。

カムイさんやサクヤさん達ほどの人が仕えている主とは一体どんな人物なのだろうか。

少しだけ、カムイさん達の主とやらに興味が沸いた。

再び緩い風が辺りに吹くと、サクヤの髪がサラサラと揺れて凛としたシグレに空気が伝わってくる。


「だからね、仕えるべき主がいなくなってしまうと私達には仕事がなくなってしまう。生きる意味を………失ってしまうの」


サクヤの言葉が終わった瞬間に、周りから重い空気が漂う。

大人達は暗い顔で目を閉じ、まだ若い者達は何が何だか分からない様子で、小さい子供はそれぞれが親に抱きしめられて不思議そうな顔をしている。


「レスティアにもゼルガドにも高名な占い師がいるから、私達の様な隠密集団は必要ない。しかも、私達が今仕えている国からは―――主からはもうすぐ捨てられるでしょうね。……アイツは私達の事をどうとも思っていないから」

「ま、待ってください!」

「なに?」

「その話と俺がこの里を救うのとどんな関係があるんですか!」


シグレは思わず大声を出してしまうが、それにも怯まずにサクヤはゆっくりと空を見上げた。

まるで、何かを思い出しているかのように。


「それにサクヤさん達の事どうとも思っていない人になぜ、サクヤさん達は仕えているんですか!」


そんな者にサクヤ達がついて行くとはシグレには到底思えなかった。

しばらく無言だったサクヤは目線を空からシグレに向ける。

その目は、懐古と優しさ、悲しさを秘めたような………不思議な色だった。


「私が……私達が仕えていたのは、真に仕えていたのはそいつじゃない。私達をどうとも思っていない奴の配偶者である人に私達は仕えていた」


不思議な色を秘めた瞳が鋭く俺を見詰めては、陽光を反射する。

気づけばギャラリーも、イグサ達も全員が俺を見ていた。


「私達が仕えていたのは…………ツバサ=アマガサキ。私達の主であり、私の友達であり、…………シグレ君、君の母親よ」


刹那、俺の心臓がドクンと跳ね上がった。

俺と同じように元の世界の名前を変えた母さんの名を聞いたとき、俺の心臓は破裂しそうになった。

カムイさん達の主とは、自分の母さんだった。

母さんが、俺と同じようにこの世界を訪れて、この世界の人と触れ合った。母さんの言っていた話は、本当だった。

シグレが唖然としている中、サクヤが話を続ける。


「あなたの父親は……間接的に私達が仕えている事になる国―――”グラスノア”の国王」


父さんの話が出て来た時、俺の心臓は更に強く高鳴る。

焦燥感に襲われながらも俺の頭は冷静に機能していて、そしてある考えに行き着く。

サクヤさんの話が本当なら俺は―――。


「シグレ君。あなたは、グラスノア国王の一人息子であり、正統後継者。あなたは今はツバサと同じように名乗ってるみたいだけど………あなたの本当の名前は……シグレ=オーフェニア=ベルナーク」


そう、ぶっちゃけて言えば俺は王子。

もといた世界とは何もかもが違う世界の、一つの国の王子。


「ちょ、ちょっと………待ってください」

「ええ。あなたも混乱してるみたいだし、いくらでも待つわ」


色々な事がシグレの頭の中を駆け巡っていた。

自分の事、母親や父親の事、元の世界とこの世界の事、王子という地位。

全てが混ざり合い、だがすぐにバラバラになり、交錯しあっている事が手に取るようにわかる。

今まで当たり前のように思っていた事が覆されたような感じがシグレに流れ込む。

考え込むうちにいつのまにか手に汗を握っていた事に気づく。

それを見て、少しだけ笑みを零してしまった。


「………お前らしくない。……俺らしくないな」


掌を見て思い出したのは先程イグサに言った言葉だった。

人に向かって「らしくない」と言っておきながら、自分らしくない考えをしている自分がおかしくて仕方なかったから、出た笑みだ。

俺は変わったんだ。そして俺は戻ってきただけだ。

運命なんかでも何でもない、ただあるべき場所に戻ってきただけだったのだから。

スゥと小さく深呼吸してから頭を横にフルフルと振って迷いを払い、しっかりと前を向く。


「もう大丈夫です」

「本当に大丈夫なの?」

「はい」

「そう。じゃあ、続けるわね。ツバサもあなたと同じ月の使者だった。この運命を変えるためにこの世界に来たの」


母親が自分と同じ月の使者という事実にまたもやシグレは驚愕した。

自分の知らない事を知るということは驚きの連続だということを身をもって痛感する。


「そして、私やあなたの父親、レスティアとゼルガドの各国の王妃とも友達だった。当時のレスティアの王妃は太陽の巫女、ゼルガドの王妃は星の巫女だった。ツバサはあなたの父親の国にいたの。住む国がまったく違う三人だったけど、いつもこの里で私も一緒に会っていた」


それは今とはまったく違う状況だった。

今では、レスティアとゼルガドは対立していてグラスノアはもはや傍観状態。

そして母さんは向こうの世界にいた。


「ほどなくして、ツバサとあいつは結婚してあなたを産んだ。丁度、同じ時期くらいにレスティアとゼルガドでも子供が産まれて……その時は、皆幸せだった」


サクヤが薄らと涙を浮かべる。今までの凛とした雰囲気は無くなり、声が震えていた。

昔を思い出し、悲しみが溢れているのだろうか。

俺は無言のまま、聞きふけった。


「シグレ君が産まれて、数ヶ月ほどしてからだった。突然、ツバサとあなたがいなくなって、それに便乗するかのようにレスティアとゼルガドの王妃も消えた。それから、各国が総力を上げて彼女達を捜索した。結果、見つかったのは……レスティアの紋章が入った血だらけの剣が傍らに落ちていたゼルガドの王妃とゼルガド特有の形の短剣が胸に突き刺されていたレスティアの王妃だけ。あなたとツバサは見つからないままだった。結果、レスティアとゼルガドは全面抗争するようになったの」


今起きている戦争の発端がそれだった。

互いに王妃が相手に殺されたと思えば、当然の出来事だった。

しかし、シグレにはどうしてもその話の内容が引っかかった。


「おかしいでしょ? 互いの国の王妃が相手の国を示すもので殺されるなんて。それに、その場にツバサはいなかった」

「………」


声も出さずにシグレは小さく頷く。


「怒りに燃えたレスティアとゼルガドの王は、話し合いもせずにいきなり戦争を始めた。グラスノアの王はずっとツバサを探していた。…結局見つからなくて、最近はずっと引き篭ってるけどね」

「…そうですか」

「まぁ、昔の話よ。それと、あなたとカグヤの試合は有効にしとくわ。流石に私も大人気なかったし………で」


気まずそうな雰囲気で過去の話を終え、物悲しげな顔から一転して笑いながらサクヤはシグレの両肩を掴み、接近する。


「シグレ君はイグサと結婚してくれるわよね?」

「そ、それに関しては断りますよ」

「むぅ……じゃあ、この里から好きな娘選びなさいっ!! なんなら私でもいいわよっ!」

「母さん!!」


さっきまでの真面目さが見事に消え去り、サクヤさんは俺と会った時の調子に戻っていた。

これがいつものサクヤさんの姿なんだろうと思う。

イグサに睨まれたサクヤは「冗談よ」と言いながら、手をひらひらと振る。

冗談で済みそうにないから怖い。


「でも、俺が王子ならこの里は大丈夫ですよ」

「誰にするか決めたの?」

「違います」


サクヤさんは本当に会ったときの調子に戻っていた。

そして、何故かイグサがホッと安堵したかのように胸を撫で下ろしていた。

そんなに俺との結婚がイヤだったのか。


「父さんにはこの里を捨てさせませんから。俺、サクヤさん達が好きですから」

「プロポーズ?」

「だから、違います」


しつこく食いつくサクヤを突き放し、シグレは月華を持った腕を前に突き出す。


「この刀に誓います。絶対に、この里を守るって」


シグレが言い終えた途端に周りから女性軍の黄色い声が上がり、男性軍からは唸り声が響いてくる。

今にも集まってきそうな勢いのギャラリーをサクヤがパンパンと手を叩いて静止させる。


「はいはい。解散解散」


周りからは不満の声が上がるが、サクヤが一睨みすると一斉に黙り込んでしまい、すごすごと散っていった。

こっちからは死角で見えなかったが一体どんなのだったのだろうか。

サクヤはギャラリーを追い払うとずっと黙りっぱなしだったカムイの隣に立ち、今までにないくらいに嬉しそうに笑っている。


「じゃあ、シグレ君。また後でね」

「………」


笑いながら手を振るサクヤと無言で顔色一つ変えずに手を振るカムイの組み合わせはなかなかにシュールだった。

でも、カムイさんが少しだけ微笑んでいるように見えたのは気のせいだったのだろうか。よく分からなかった。

次の瞬間には、黒い影がバッと飛び上がったかと思うとサクヤ達の姿はそこには無かった。

広場には俺とイグサ、カグヤさんだけが残った。


「ほな、行こっか。シグレくん、イグサ」

「行こっかって…何処に行くの?」

「勉強に決まってるやんっ」


そう言ってカグヤはドンとイグサの背中を叩く。勢い余ってイグサが前につんのめる。


「二人とも、強くなりたいんやろ?」


カグヤの言葉にシグレとイグサは顔を向き合わせる。

そして、一拍の間が空いた後に同時に言った。


「行きます」

「行く」

「ほな、行こか」


カグヤの後にシグレとイグサが続いて歩く。

途中で色々な方向から視線を感じたが、学園でも同じような視線をいつも浴びているので別段苦にはならなかった。

やがて着いたのは村の外れにある人が座れる程度の大きさの石が幾つかある場所だった。

端の茂みからはお地蔵様が顔を覗かせている。

俺とイグサは石の上に腰を下ろした。


「では、この私が直々に教えてあげよう」

「カグヤさん、口調変わってないか?」


イグサにそっと耳打ちするとイグサは苦笑しながら返してくる。


「カグヤ姉さんは変装すると、その服に合った口調になるからね。そのせいで最近喋り方がおかしくなってきてるし」

「そこ、喋らない!」

「「スイマセン…」」


先生っぽい物言いで叱られてしまった。

それもそのはずで、今のカグヤさんは髪を束ねて小さな眼鏡をかけ、ヒールを履いている―――女教師のスタイルだった。

手には教師や講師などが使う指し棒まで握られている。もう片方の手にはなんか色々入ってそうなファイルが握られている。


「それでは、まずは属性の因果について説明します」


そう言うとカグヤさんはファイルの中から一枚の大きな紙を取り出す。

それは俺も見た、試合でカグヤさんが書き出した表の紙だった。

シグレとイグサがまじまじと紙を見詰めていると、急にカグヤは紙を裏返し、表に何かを書き加えてから再びシグレ達に見せる。

表には今まで書いてあった線が矢印になっていたり、新たな矢印が書き加えられている。


「地元属性は基本、天元属性は派生―――つまりは応用。天元属性は地元属性の錬度が高くなければ使うことは出来ません。炎は力に、氷は水に、風は雷に、樹は華に、地は金の属性に派生します」


カグヤが一つずつを差し棒で指し示していく。


「地元属性の属性因果と天元属性の属性因果は同じで、力は水に強く、水は雷に強く、雷は華に強く、華は金に強く、金は力に強いのです。私が負けたのもシグレ君の属性があの時、氷から水に変わったせいです」

「いいなぁ…。私も天元属性使いたいなぁ。地元と天元の両方使えたら戦い方のバリエーション増えるのにな…」

「俺だってたまたま発動しただけだよ。使いこなしたわけじゃない」


羨ましそうにシグレのわき腹をつつくイグサの指を払いのけて、再び紙に目線を戻す。

すると、紙があった場所には紙は無く、代わりにカグヤの顔があった。


「たまたま、なんてことはありません。シグレ君に力があったから、あの土壇場で水の属性が発動したのです」

「でも……」

「発動し・た・の・で・す」

「…はい」


カグヤのもの凄い迫力に押し切られてしまった。

隣では足をバタバタさせているイグサが苦笑している。


「ここからは大切なので、ちゃんと聞いてください」


カグヤが差し棒の先でクルクルと宙に円を描きながら、紙を突きつけてくる。


「地元と天元の因果に加えて、他にも因果が存在します。口で説明するのも面倒なので書き出します」


…聞いてくださいって言わなかったっけ。

そんな事はお構いなしに、新しい紙をファイルから取り出し、しばらく筆を動かした後に書き終えたのか紙をこちらに向けてくる。

紙には箇条書きで因果が書き込まれていた。



・炎 → 氷&金  ・力 → 水&地

・氷 → 風&力  ・水 → 雷&炎

・風 → 樹&水  ・雷 → 華&氷

・樹 → 地&雷  ・華 → 金&風

・地 → 炎&華  ・金 → 力&樹

※地元属性を小さな五角形、天元属性を大きな五角形で現して、小の五角形を大の五角形で囲んで矢印を書くと分かりやすい。


「……最後の注意点ってなんですか?」

「因果の表の書き方」

「そうですか…」


見れば分かると思うが、矢印の先にある属性が得意だという事だ。

例えば炎は氷と金に強いなど……天元属性さえあれば苦手な属性でも対処できるというわけだ。


「そういえば、地元属性と天元属性を同時発動させる事によって達する事が出来る極みがあるらしいわ」

「極み?」

「カグヤ姉さんはどんなものか知ってるの?」

「先生と呼びなさい。具体的には何も知らないわ。だって、私が知ってる人でその極みに達した人いないし」

「サクヤさんやカムイさんでも?」

「ええ、そうよ」


あの二人でさえ到達できない属性の極みとは一体何なのだろうか。

興味はあったが自分には到底届かない場所にあるものなので今は考えないで置く。


「じゃあ、次は守護精霊について話しますね」


いつのまにか巫女装束に着替えたカグヤが属性因果表をシグレとイグサの膝の上において、手に握っている箒を地面に置く。


「守護精霊?」

「それ、アタシ知ってる。人が産まれ落ちた時から魂と共に常に一緒にいる精霊の事でしょ?」


イグサが小学生のように手を挙げながら自分の知識を誇示するかのように説明する。


「そのとおりです。守護精霊とはいわば守護霊のようなもの。何が違うかといえば、具現するか具現しないかね」


カグヤは口に指を当ててピィィィィと指笛を鳴らす。

指笛が響き渡ったかと思うと、どこからは大きな羽音が聞こえてくる。

だんだん大きくなるその音は確実に自分達に近づいている事が伺える。


「クゥちゃん!」


カグヤが叫ぶ先にはこの里に来るのにお世話になったエア・ドラゴンのクゥの白い姿があった。

羽音の発生源はそのクゥだった。

大きく翼を羽ばたかせているせいで辺りの茂みが風でザワザワと揺れる。

やがて、クゥは地に降りた。


「クゥちゃんは私の守護精霊なの。守護精霊は具現してるからこうして触れる事が出来ます」


カグヤがクゥの頭を撫でると、クゥは大きな尻尾をゆらりと動かして甲高い鳴き声を出す。


「逆に守護霊は具現していないから、触る事も出来ない。それに私達には見えないしね」

「見守ってくれてるって言えば聞こえはいいけど実際憑かれてるだけってことね」


イグサの身も蓋もない言い方はその実、守護霊には失礼ではないだろうか。

主と共に戦ってくれるのならば守護精霊は謂わばガーディアンという存在になるのだろう。


「で、どうすれば守護精霊って具現できるの?」


イグサが急かすようにカグヤに尋ねる。

その質問にカグヤは先程地面に置いた箒を手にしながら唸る。


「うーん……シグレ君やイグサならもう具現できると思うんだけど…。あとは……きっかけ?」

「きっかけ…か」


シグレは肩肘をついてカグヤに擦り寄るクゥを見る。

ドラゴンの守護精霊が具現できたらさぞや便利だろうな、などと少しだけ邪な考えにふける。

イグサもイグサで何かを必死に考えているらしく、うんうん唸っている。


「うん、なにかきっかけがあれば………あ」


カグヤがクルクル回していた箒が手から滑り抜ける。

カグヤの手からすっぽ抜けた箒は回りながら飛んで行ってしまった。

その先にいたのは―――。


「痛っ!」


シグレだった。

シグレに当たった箒は光ったかと思うとカランと音を立てて、地に落ちる。

箒とシグレの頭との間で光った青い光はしばらく宙を舞ったかと思うともの凄い速さで飛んで行ってしまった。

シグレはというと箒が当たった場所を押さえながら呆然としていた。


「あ、具現」

「…………………」


カグヤが箒を拾ったついでに、とってつけたかのように言う。


「こんなの嫌だあああああああ!」

「カグヤ姉さん、カグヤ姉さん! アタシもアタシも!」


里にはシグレの叫び声が木霊した。その傍らには何やら自分を指差してカグヤに言い寄るイグサの姿もあったという。

その後、シグレはイグサの家に泊まることになり、サクヤやカグヤに絡まれ続ける事になった。

その陰ではイグサがずっとムスッとしていたとかいないとか。







シグレがサクヤやカグヤに絡まれているのと同時刻。

メアディ・アルの上空では一体のドラゴンが飛んでいた。

そのドラゴンの背には数名の人の影がギャアギャアと騒ぎ立てている。


「だから、違うといっただろうが!」

「うっせえ! ちょっと違っただけじゃねえか!」

「ちょっとだと!? お前は事の深刻さをわかっていないのか!?」

「シグレはイグサと一緒なんだろ! なら、心配する必要ねーじゃねーか!」

「だから心配なんだ、馬鹿!」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

「ふ、二人とも落ち着け………シグレとイグサが二人きり……はぁ」

「あわわわ……暗いです恐いです森です〜」

「アニー? なんか文章おかしくない? というか…僕らいつになったらシグレに追いつけるのかな…」


夜中の十二時二十三分現在、サン達は迷っていた。

「皆〜俺の事覚えてるか? え、覚えてない? 俺だよ、第一話で出ていた時雨の友達の神森勇人。そーそー、サッカー部のエースストライカーの。影薄いって言わないでね、傷つくから。それはそうと、もう出なさそうだった俺がまた出れるという話が作者の脳裏の浮かんでるらしいんだ。もしかしたら英語の武山も出てくるかもしれないから、楽しみにしといてくれよな。…え、もう出番終わり?」

※本当です。


今週のキミレキ豆知識:カグヤの変装のレパートリーは専用の服がある職業の数だけあるとか。


次の更新予定日:おそらく一週間後。

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