第11項:太陽の巫女の変化
気づけば俺は一人で立ち尽くしていた。
辺りには爆発によって起きた炎がゆらゆらと陽炎を作り出しながらも、木や草を燃料に大きく揺らめいていた。
自分の目に映るのは自分以外の仲間達だった。
そして、ゼルガドの兵士だった。
『シグレ……兄様……』
痛々しいほどに服が破れ、体中ボロボロなアニーがそこにいた。
『シグレ……お前だけでも…逃げろ』
兵士に頭を踏みつけられているウェイバーがそこにいた。
『……う……』
無意識に涙を流し、服の殆どが役目を失っているカノンがそこにいた。
『も……いやぁ……』
大きな雫を目から流して小さな抵抗をしていたイグサがそこにいた。
『…………』
既にピクリとしか動かないで地面に横たわっているカディウスがそこにいた。
『シグレ………』
俺はその声を聞いて恐る恐る声のした方へと顔を向けた。
そこにいたのは、学園での姿は既になくなっていて弱弱しく涙を流しているサンだった。
『シグレ……助け…て……』
目を背けたくなった。俺以外の仲間全員が酷い目にあっていて何故俺だけが無事なのか疑問だった。
腹立たしくも思った。
しかし、目を背けたくなった理由はそれだけじゃなかったのかもしれない。
こんなサンを、酷い目にあわされ弱りきったサンを見ていたくはなかったのかもしれない。
『シグレ兄様』『シグレ』『アマガサキ』『シグレ』『シグレ』『シグレ』『シグレ』
俺の頭の中に皆の声が木霊した。時に大きく、時に小さく俺の心を揺さぶる。
やがてそれらの声も一つずつ消えていき、最後に聞こえてきたのは―――
『シグレ……』
「うあああああああ!!!」
サンの悲痛かつ弱りきった声が俺の名前を呼んだ時、俺はガバッと跳ね起きた。
目に入ってくるのはいつもの自分達の部屋だった。
「はぁ……はぁ……」
嫌な夢を見た。あの戦いは終わったのに。
といっても、戦いの終わりは昨日の出来事だった。夢に出てくるのは当然だ、あれだけの事件だったのだから。
シグレが辺りを見回しても誰もいなかった。いつも挨拶をしてくる友人もいなかった。
「そっか…。あいつ、入院してたんだっけな」
あの戦いの後、俺達は国の騎士団によって保護された。他の生徒達も保護されたとバーンが言っていた事を思い出す。といってもうろ覚えだが。
イグサ・カノン・ウェイバーは兵士達との戦いで大きく傷つき、すぐに病院へ転送された。
また、カディウスも怪我こそしていなかったが精神に大きなダメージを受けていると言われて病院送りだ。
「学園……行かないとな」
まだ本調子ではない体をゆっくりと動かす。不思議と戦いでの傷はなくなっており、生活の支障をきたすものはなかった。
俺はいつの間にか、汚れていたはずのアメストリア学園の制服が綺麗になっている事にも気がつかず袖を通し、青に染まったシンボルを胸につける。
そういや、目立つ色じゃなかったんだよな、残念。
「あ………」
シグレが部屋の扉を開けると、そこにはサンがいた。腕組みをして壁にもたれ掛かっているところを見ると、俺を待っていたらしい。
シグレが扉を閉め、鍵をかけるともたれ掛かっていた壁からサンはスッと離れてシグレの隣に位置取った。
「……サン?」
「すまないが、一緒に行ってはもらえないだろうか」
「ああ、別に構わないけど……」
「すまない」
それから学園の寮を出て校舎内に入るまで俺もサンも無言だった。
とはいっても、校舎に入ればその静かさはどこかへ行ってしまってたちまち黄色い囁きが聞こえたり尊敬の眼差しが俺達を襲う事になる。
俺達は今、走っていた。
「な、なぁ! サン!」
「な、なんだ!!」
「この学園の生徒はこんなに! 追いかけっこが好きなのか!!」
「よく分からんが、ここまでされるのは初めてだ!!」
そう、今俺達は追いかけられている。男子生徒&女子生徒に。
その殆どが「キャーー!シグレ様ー!サン様ー!」とか「サインしてくれー!」とか叫んでいる。あのサバイバルが行われる前まではそんなことはなかった。
全速力で走っていると、目に留まったのはこの学園唯一の新聞部による新聞が張られる掲示板だった。
この掲示板は学園の至る所にあり、50m間隔であるのではないかと思うくらいだ。
俺は走るスピードに合わせて掲示板に張られてある新聞を無理矢理引っぺがした。
あれだけ数があるのだから一枚くらい剥がしても問題ないだろう、うん。
「シグレ! それは!?」
「学園新聞!!」
「内容はっ!?」
「えーと…うわ!」
新聞に目を通していたため前を見ておらず何かにぶつかってしまった。
それでも、俺がぶつかったのは壁でも柱でもなかった。ぶつかったのに、俺はほぼ衝撃を受けずにその場で立っていたからだ。
そして俺とぶつかった相手はペタンと尻餅をつき、「痛い……」と呟きながら衝撃を受けたお尻を気にしている。
「あっ、ごめん! 立てるか?」
シグレは尻餅をついている少女に手を差し伸べた時にようやく少女が誰であるか分かった。
「アニー……?」
「はい、一体どうしたのですか? 何やら急いでいたみたいですけど……」
「そうだった! 今話す暇はない、こっちだ」
「ひゃぅっ!?」
俺はアニーを抱きかかえると、サンとアイコンタクトを交わして急スピードで走り出した。
複雑な校舎を右左と幾度となく曲がり角を曲がり、上への階段をひたすら駆け上がった。
やがて、後方からの声は聞こえなくなると俺達は最後の階段を上りきり、その奥にある扉をくぐり抜けた。
俺達がたどり着いたのは屋上だった。
昨日の天気が嘘のように太陽がサンサンと俺達を照らし続けて、風が髪を撫でた。
「ここまで来ればもう大丈夫だろう」
「ああ、そうだな。悪かったな……勝手に巻き込んで」
俺はなぜか恍惚の表情を浮かべているアニーに謝ると、アニーはハッと我に返る。
「い、いえ! それよりもどうして逃げていたのですか?」
「多分、これに全て書いてあるんだろな」
シグレの手に握られているのはさっき掲示板から剥がした新聞だ。
アニーを抱えて新聞を握り締めながら走っていたので少々クチャクチャだが、そこは大目に見て欲しいものだ。
「で、シグレ。一体何が書いてあるというのだ?」
「今読む。えーと……」
シグレはしわを丁寧に伸ばしてから新聞の内容の所々を抜き出して読み始めた。
『氷の貴公子&太陽の姫巫女 ゼルガドの兵士を殲滅!』
『シグレ=アマガサキとサン=イシュタリア 二人はもしかしてそんな関係!?』
『氷の貴公子と太陽の姫巫女による誓い! ”この錆付き、腐りかけた時代を変えよう”』
『今回の出来事は、災難であると共に我が学園の誇りにもなるであろうby学園長』
『今回の事件により、二人のファン数が飛躍的に上昇! 今後この二人の動向が気になるトコロ!』
『その他諸々気になる奴は、次の新聞も読みやがれ、コンチクショー!!』
何だこの最後のコンチクショーって。やる気なのか投げやりなのかどっちだよ。
っつか、何だよこの記事。そんな関係ってどんな関係なんだよ、コンチクショー。
「……この太陽の姫巫女ってもしかして…」
「もしかしなくとも私しかいないだろう」
手を額に当ててやれやれといった風にサンは溜息を吐く。
そこへアニーが慌てていきなり謝罪に入った。
「す、すみませんです!」
「? 何故アニーが謝るのだ?」
サンが不思議そうに首を傾げると、アニーがシュンとして小さくなって話し始めた。
「私達、昨日大掛かりで帰ってきましたよね?」
「そうなのか、私は途中から記憶がないのだが……」
「俺も途中からあんま覚えてない」
昨日は疲れていたわけじゃない。それはサンも同様の事だろう。
疲れて意識を失うのなら、一晩寝て治るのは流石に無理がある気もする。
そう。昨日は何もなかったのに急に意識が途絶えたんだ。
「私達、城の騎士団に連れられて帰ってきたんです。それで新聞部が唯一意識がある私に迫ってきたんです……。兄様達は意識がなかったですし、カディウス様達は病院に直行しましたから」
この学園の新聞部はそこまでするのか、恐るべし。新聞部。
どこの世界の新聞部も同じようなものだな、とか思いつつもアニーの言葉に耳を傾けている。
「そ、それで…ひぐっ。私、…必死に逃げたんですけど……うぅっ。最終…的に捕まっちゃって……」
「ま、待て。分かった、もう分かったから泣かないでくれ!」
アニーの恐怖と申し訳なさが混じった言葉に、流石のサンも焦ったのか必死で慰め始めた。
正直、俺もこれ以上は聞く気がしない。どんな目にあったかは聞かないでおこう。
「それでか……あの騒ぎは」
「本当にスイマセンでした!!」
「いや、謝る事じゃないさ。仕方のないことだしな」
そう、仕方のないこと。アニーの場合はそうなる。
理由はもちろん。アニーが周りから弄られキャラとして認知されているからであって別に甘やかしているわけではない。
その弄りに抵抗する術をアニーは持っていないのだから。
「そうだ、仕方のないことだ。……ところでシグレ、話がある。アニーもだ」
「? 何だ?」
アニーも俺の隣で?マークを出している。その光景はやはり子犬が上目遣いでこちらを見てくるように思えてしまう。
俺はアニーの頭を撫でたい衝動に駆られたが、そこは何とか理性でカバーする。
「今回の事件で、私はシグレやアニー。イグサ、カディウス、カノン、ウェイバーを本当の仲間と思えた。信頼できる、互いに迷惑を掛け合う本当の仲間として」
微かに微笑むサンは、いつも以上に凛としていて、そして優しそうだった。
例えるのならば……そう。彼女の、イシュタリアと言う名前と似ているイシュタル神。
古代メソポタミアに伝えられる戦いの女神。と同時に性愛の女神でもある。
まぁ、性愛の性はともかく愛ならぴったりだと思う。
ともかく彼女は真剣だった。
「だからこそ、私の全てを明かしたいと思う。私が隠している全てを」
「サン……」
あのサバイバルの夜、彼女は己と他者の間の距離がありすぎる、決して埋まらないと泣いていた。
それが今では、俺達の距離は礼儀などはあるものの仲間と呼べる程度まで縮まっている。
そう彼女は確信している。確信したいのかもしれない。
俺もサンの事を知りたい。仲間とは互いの全てを晒す事でより絆を深め合う事が出来る。
そう信じて。
「俺はサンの事を信じてる。たとえ、何かを隠していたとしても。俺にとってサンはサンだから」
「私もです。サン姉様。私にとってサン姉様は何であろうとサン姉様です」
「そうか…。ありがとう」
サンの瞳には少しだけ水滴が溢れてきたような気がするが、気のせいだ。
そう、気のせいなんだ。ほら、その証拠に口元が少し笑い始めている。
「ちなみに、私が全てを明かした際にはシグレの全てを明かしてもらうぞ?」
「えっ」
「そうだな……あんな事やこんな事を……」
「ちょ、ちょっと待て!」
「私は待たないぞ? 追いかけてくるが良い、どこまでも」
「何変な事言ってんだよ!」
走り出すサンを追おうとするが、一気に校舎の中に入って行ってしまった。
チラッと見えたサンの笑い顔がいやにでも印象に残った。何でだ?
「アニー、俺も行かないと。それじゃ、また今度な!」
俺はそう言ってサンを追って校舎の中へ駆け出した。
一人残されたアニーはぽかーんとしていたが、やがて我に返った。
「サン姉様の顔、少し赤かったです。シグレ兄様も少し赤かったです」
いつそんな所を見ていたのかは別として、ボソッとアニーは独り言をはじめる。
「もしかして、サン姉様とシグレ兄様は……」
やがて、両掌をぐっと握り締め誰もいない屋上に少しだけ大きな声で呟いた。
「私はサン姉様も好きですけど、負けられませんです! シグレ兄様はサン姉様以上に好きですから!」
メラメラと恋の炎が燃え上がるアニーを眩しく照らす太陽は、雲一つ被ることなくただ雄雄しく世界を見下ろしていた。
一週間更新しなくてすいません!!
前にも書いたようにテスト期間中で…ストックがあるから余裕ぶっこいて一週間更新しないなんて最低ですよね…アハハハハ(危険
勉強もあまりはかどらないまま明後日にテストを控えております。
まぁ、進級は出来るんですけどね!!
とりあえず、また更新は一週間先になるかもしれないとだけ…予告しておきます。
もしかしたら、水曜には更新できるかも。
全てはテスト次第です(おい
それでは!