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君と創る歴史  作者: 秋月
第1章~異なる世界~
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第10項:遠き夢への誓い 其の四

一時の談笑の後、俺達は爆発が起きている北の方角へ向けて駆けていた。

アニーのような生徒が他にもいるかもしれない可能性があるからだ。アニーに聞いたところ、同じグループだった他の四人とはバラバラになってしまったらしい。

そのアニーは今、俺の背中で幸せそうに支えられている。背負われている理由は単純明快で、アニーはカディウスのように身体強化の魔法が使えないからだ。

そもそも、身体強化の魔法はかなりの高レベルの魔法であるために使える者のほうが少ないんだとか。

ちなみに、幸せそうな理由は知らない。



「シグレ兄様の背中…あったかいです…」

「あ、ああ。そうか…」


アニーが背中に顔を擦り付けてくるせいで、俺は自分の顔が紅潮してきている事が分かった。

若干、周りの視線が痛い気もするが気のせいだろう。


「シグレ!変な事しちゃ駄目だからな!!」

「…その場合、周囲にお前はロリコンとして知れ渡ることになるだろうな…」

「だれがするか!っつーか、俺はロリコンじゃねえ!!」


イグサのいらない注意とカノンの嫌味というか皮肉がとんできた。

なんで背負ってるだけでこうなるんだ!!


「まぁまぁ…。アニーが身体強化できないんだし、仕方ないんじゃないの?」


カディウスがナイスなタイミングで二人を宥め始めた。


「…大体、カディウスは身体強化使えるんでしょ!? アニーにも使いなよ!」


とばっちりとばかりに、カディウスにイグサの火の粉が飛んできた。

思わぬ反撃にカディウスも言い返した。


「む、無理だよ。自身の身体強化だけでも難しいのに、他者を強化なんてそれこそ王国守護十騎士以上のレベルがないと!!」

「王国守護十騎士?」


カディウスの言葉の中に見知らぬ単語を発見する。俺の疑問を察知したのか、サンが口を開いた。


「王国守護十騎士とは、城に存在する十の騎士団を統括するそれぞれの隊長を指すんだ。騎士見習いにとっては憧れの存在とも言うべきものだ」


つまり、一から十までの騎士団のリーダーの総称。その総称は、まさに騎士として最高かつ最強の称号である。


「ふ〜ん…。じゃぁ、皆その十騎士を目指してるのか?」

「当たり前じゃない。アタシだって目指してるんだから! …といっても、十騎士の名はそれぞれが極秘にしているのが多くて実際に名前が知られているのは一人だけだったっけ?」

「そう。”豊穣の治癒騎士”であるアレナ=トレアベル。過去の騎士の中でも、最も強い治癒魔法を使えるらしいよ」

「ん?」


再び、カディウスの発言の中に疑問が生じた。そっと自分が背負っている少女に顔を向ける。


「アニーってたしか、ファミリーネームがトレアベルじゃなかったっけ?」


シグレの言葉に全員がバッとアニーの方を見る。俺に背負われているアニーはマズイといった顔をしたが、すぐに諦め顔になってショボンとした。


「そうです…。アレナ=トレアベルは私の母様です。学園では、気づいた人いなかったのに…」


ハァと溜息交じりの呟きは、俺以外を驚嘆させたらしくて皆唖然とした顔つきでアニーをみている。

周りの視線が痛いのか、アニーは俺の背中に顔を埋めてしまった。


「凄いや…。あのアレナ=トレアベルの血縁ってことは潜在能力も凄いんだろうな…」

「そ、そんなことはないです! 私なんかはまだまだ母様には程遠いです…」


アニーの治癒魔法は見た事はないが、それでもかなりのレベルなのであろう。実質、このサバイバルに参加できている時点でそれだけ優秀なのだろう。


「なるほど、だからアニーは更なる高みを目指すためにこのサバイバルに参加したのか?」


今まで謙遜していたアニーは、サンの言葉を聞くとズーンといきなり暗く落ち込んだ。

その唐突な変化にサンは焦るしかなかった。


「私、本当は来たくなかったんです…。でも、勝手に参加書類出されちゃって…」

「そ、そうか。すまなかった。嫌な事を聞いてしまったな」

「いいんです。私、こんな性格だからよく遊ばれるというかなんというか…」


弄られてる、弄られてるのか?

巷で俗に言う弄られキャラなのか。こんな子を元の世界のある所へ連れて行けば、一生帰って来ることはないだろう。


「でも、私来て良かったと思います。皆さんに会えたから―」


その言葉に、俺は少し笑みがこぼれた。きっとサン達も同じだろう。

アニーは、えへへと笑って照れ隠しをするように再び顔を俺の背中に擦り付けて来た。

俺達は談笑を続けながらも、着実に戦場へと向かって駆けていた。




   ***




俺達が到着したのは爆発が起きているところから数十メートル手前の小河だった。

河と言っても、そこまで幅は広くなく深さも足首が浸かる程度だ。河の側には爆発の跡が数箇所残っており、爆発によって吹き飛ばされた魚が虚しく飛び跳ねている。

周りの樹はメラメラと炎を纏って力尽きるように倒れている。

聞こえてくるのは未だ鳴り止まない爆発音と炎が燃え、弾ける音だけだ。そこに獣達の声はなかった。


「しっかし、あいつら。またこっ酷くやってくれたね」


イグサが河をひょいと飛び越え、耳を澄ませている。言わずもがな、敵の動向などを探っているのである。


「この樹海の樹は他では見られない種のものばかりなのに…。僕には分かる。樹達が泣いている」


カディウスは既に燃え尽きて真っ黒になった木の枝を手に取り、目を細めた。

樹の属性因子を持つカディウスだからこそ、樹の意思が分かるのかもしれない。


「後少し進めば、戦闘は免れないだろうな…。戦闘になった場合はアニーをどうする?」


ジッとアニーを見詰めながら、難しく考えているカノンを他所に当の本人であるアニーはイグサの隣で同じように耳を澄ましている。


「私が護る。なんたって、私はアニーの姉なのだからな」

「それなら、俺だって護らないとな。俺もあいつの兄なんだからさ」


フフッと笑うサンからはどこか気品があるようなオーラを感じる。それは何か分からないが、別に知りたいとも思わなかった。

サンの横顔を見ていると、本人がこちらに気づいたのか俺の顔を見た。


「何かついてるか?」

「いや、なんでもない」

「…やっぱり変わってるな、シグレは」


とか何とか話しているうちに、イグサとアニーが戻ってきた。イグサは河をひょいと跳び越えたが、アニーは跳び越えられないのでたどたどしく大きめの石を渡ってきた。


「どうだった?」

「サンとカノンの言うとおり。敵は戦場の中心に固まっていて、そこから少し離れた所に一まわり小さなグループが魔法を使ってる」


戦場の中心で固まっているのが前衛で、離れた所にいるのが後衛だ。標的は後衛で、それさえ潰せば近接の戦闘力が高い俺達のチームが俄然有利になる。


「でも、魔法組のほうには必ず護衛がいるだろうね。僕だって護衛いたほうが安心だし」

「だとしたら、一番スピードがある私が護衛を叩こう。なに、双剣の連撃と速さを持ってすれば他愛のない事だ」

「僕の魔法と一緒に攻めれば、陣形とかも崩せる。僕はカノンの意見に賛成だね」


素早く攻撃できるカノンの連撃とカディウスの魔法での急襲が成功すれば、一気に相手をかき回せる。

そうなれば、集中力がいる魔法は使えなくなって前衛が生きる。


「よし、それでいこう。とすれば、アニーを私が―――」

『覚悟しやがれええええ!!!!』


サンの話に唐突に声が割り込んできた。声より少し遅く、上から跳んできて着地したのは金髪の男だった。


「てめえら!ゼルガドの兵士だな!よくも襲ってくれやがったな、覚悟しやがれ!!」

「お前は…」

「泣いて詫びても問答無用だ!!」


カノンが何かを言おうとした矢先に、金髪の男は俺に襲い掛かってきた。手に持っているのは中国武術で使う棍だ。

中距離から突いたり振り回したりする言ってしまえば、棒。


「おらおらおらぁぁぁぁ!!」

「ちっ!」


怒涛の連続突きを放ってくる男に対して、シグレは腰に携えている鞘から漆黒の刀の月華を取り出して突きを受け流す。

キンキンと刃が棍を受け流す高音が辺りに響く。

かなりの回数を受け流したところで、手が少しずつ痺れてきた。相手の突きが岩に穴を開けそうなくらいの威力だ。


「ぐっ!」


キィンと音がしたかと思うと月華はシグレの手にはなく、金髪の男の後方にザンッと突き刺さった。

男はニヤリと笑って、棍をシグレに突きつけた。


「ゼルガドの兵士ってのはこんなもんか。まぁ、いい。これで終わり―――」

「シグレ兄様に暴力を振るわないでください!!」


途端にガンと音がしたかと思うと、男の頭に大きなたんこぶができていた。

その後ろに立っているのは自分の杖を持って涙目になっているアニーだ。


「な、なんでこんなトコに子供…」

「こ、これ以上シグレ兄様に暴力を振るうなら…私のこの錫杖”リンメイ”が許しません!」

「いや、だからなんでこんなトコに…」

「君は何をやってるんだ?」


ツカツカとアニーの横にやってきたのは呆れ顔のサンだった。周りで見ているイグサ、カディウス、カノンも同様に呆れ顔で立っている。


「お前は俺を知ってるのか?」


どうやら金髪の男の方は面識がなさそうだが、サン達は知っている感じだ。


「コンタクトをつけなよ、馬鹿」


イグサが溜息交じりに言うと、男はいそいそと腰にあるバッグからケースを取り出してコンタクトを入れていた。

そして、再びサン達を見て驚いた。


「あーっ!!お前ら!」

「やっと気づいたんだね、ウェイバー…」


ウェイバーという男はサンやカディウスを指差しながら、口をパクパクさせている。

というか、コンタクト必要なのにつけてなかったってどうよ?


「帰ってきてたのだな。ウェイバー」

「おお、サン!相変わらず良いスタイルしてるな」

「…今すぐ地獄に送り返してもいいか?」

「スミマセン」


サンの凍てつくような冷たい視線にウェイバーはもの凄い速度で土下座をしていた。

上下関係が一瞬で分かる光景だ。


「ところで」


いつのまにか立ち直ったウェイバーが俺のほうを見た。翡翠のような緑の目がじっと俺を見詰めてくる。

その目には「良いライバルになれそうだな」みたいな炎が灯っていた。


「お前が新聞に載ってた氷の貴公子か。俺はウェイバー=グラハム。下位組からは疾風兄貴と呼ばれている」

「実際はただのスケベな男だ」


自己紹介の後にカノンが補足すると、ズーンとウェイバーは少し離れた所で三角座りをしていたが、立ち直ったのかすぐに戻ってきた。


「とまぁ、俺の自己紹介はこれで終わりだ。次はそっちの番、だろ?」

「俺はシグレ=アマガサキ。聖騎士組だ」

「おっ!俺と同じか。んじゃ、仲良くなれそうだな」


ニカッと笑いながら、バンバンとウェイバーはシグレの肩を叩いた。

よく大雑把な奴がする動作でこれをしてくる奴は大抵気さくで頼りがいがあったりする。

あくまでも大抵は、だが。


「だけど、同じクラスの割には今まで会ってないよな?」


シグレが聖シュバルツ学園に入ってから二、三週間が過ぎている。同じクラスのものなら全員と顔を合わせただろう。

だが、ウェイバーの顔は知らなかった。


「ああ、それは―――」

「ソイツ、入院してたのよ。生死をさ迷うほどの大怪我でね」


未だ呆れ顔のイグサがサラリと結構重大な事を言った。

その当人は今も周りの状況確認のために耳を澄ませている。


「大丈夫…なのか?」

「ああ。俺はこのとおりピンピンしてるぜ!」

「でも、生死をさ迷うほどの大怪我って何を…」

「ああ、それは―――」

「たしか、サンとカノンの着替えを覗いたんだったよね」


今度は川の水をボトルに汲んでいるカディウスがもの凄い事を言った。

あの二人の着替えを覗いたらそんな事になるのか。大体納得は出来るが。


「いやぁ。あれはさすがに死ぬかと思ったなぁ…」

「君が覗くのが悪い。だいたい、堂々と部屋の扉を開けて入ってきたのは君だろう」

「そのとおりだ。我々二人だけだったから生死をさ迷う程度で済んだが、他にあと一人でもいたらお前は死んでいた」


カノン…生死をさ迷う程度って、危険度マックスだぞ?そこ間違えちゃ駄目だぞ?

そんな俺の心の叫びも虚しく、カノンはあっけらかんとしている。


「まぁ、そんな過去の事は水に流して…」

「流したら駄目だろう」

「とりあえず、水に流して…この戦場に近い場所まで来てるって事は、やるつもりだろう?」


サンの冷静な突込みを華麗にスルーしたウェイバーはさっきまでとは打って変わってまじめな顔になった。


「そのつもりだ。で、作戦会議をしている時にお前が突っ込んできたんだけどな」

「ハハハ。勘違いは誰にでもあるもんさ」

「勘違いのレベルじゃなかったよな」

「まぁ、過去の事は水に流して…」

「また流すのか」


駄目だ、こいつと話しているとなんでもコントになりそうだ。ここはさっさと行動に移るべきだろう。

そう判断した俺は、ウェイバーを無視した。


「じゃぁ、サン。行くか?」

「そうだな。さっさとこの戦いを終わらせるとしよう」

「おーい。シグレくーん。無視かー?」


ポツポツと聞こえてくる悲痛な叫びは無視だ、無視。

そうして、俺達のゼルガド魔法部隊奇襲作戦が始まった。




   ***




シグレ達が計画していたゼルガド魔法部隊奇襲作戦にはウェイバーも参加する事となった。

とは言っても、ウェイバーの武器は中距離用なので仕事は追撃になる。

シグレ達はこっそりと敵魔法部隊の真後ろに回りこむ事が出来た。ゼルガドの兵士は相手が学生だからといってすっかり余裕をかましているようでまったく気づかれずに回りこめたのは本当にラッキーだった。


「では、さっきの打ち合わせどおりに」


サンが小声で全員を目で見渡して、確認を取る。シグレ達も了解といわんばかりに目で返事を返す。

奇襲の作戦内容はまず、カノンが高速で相手の陣中に潜り込んでカディウスの魔法と共に相手を霍乱。

その隙を突いて、シグレとイグサ、ウェイバーが第二段の攻撃をかます。

サンはアニーとカディウスの護衛だ。

作戦内容を反芻すると、シグレは大きく深呼吸をした。失敗は許されない命を賭けた戦いは緊張云々の問題ではないと分かってはいるものの心臓がバクバクしている。

全員が同じ気持ちらしく、空気が張り詰めた。


「いくぞ…。3…2…」


サンが小声でカウントダウンを取ると、カディウスは小声で魔法の詠唱を行い、カノンは対の剣を十字に交差させて突撃の態勢をとる。

サンの口が開始までの時を刻んでいく。


「1…ゴウッ!」


サンの合図と共にカノンがもの凄い速さで駆け抜けて行き、敵がカノンの存在に気づいた時には既に遅く、カノンが敵の一人を斬った後の事だった。


「命の自然の牙を見よ!走れ、樹木の戦慄!”薔薇茨(ローズ・ソーン)”!」


カノンが一人を斬り終えた後、すぐにカディウスの足元にあった緑の六芒星を刻んだ魔方陣が強く発光し、緑の光が敵の足元へ飛んでいった。

飛立った光は地面の中にスゥッと消え去ると、ガガガッと音を立て無数の薔薇の蔦がゼルガドの兵士達を襲った。

多くの者が悲鳴をあげる中、カノンは白い翼で流麗な乱舞を放っている。


「シグレ!!」

「分かってる、行くぞ!!」


サンの呼びかけに俺達は一気に走り出した。敵の兵士達は、カノンの乱舞とカディウスの魔法に手一杯で俺達の存在に気づいていない。


「おらぁぁぁぁぁ!!!!」


叫びと共に大きくジャンプし、敵陣の中に飛び込んで行ったのはウェイバーだ。

ウェイバーが飛び込んですぐにその場所の周囲の兵士は一気に弾き飛ばされた。

おそらく、棍で周りを薙ぎ払ったのだろう。


「アタシ達もいるよ!!!」


イグサは大きくジャンプして空中でムーンサルトしながら手裏剣を打つ。

持ち前の器用さで、あんな態勢からの投擲では普通は命中率が大幅に下がるだろうがイグサには関係ない事だ。

猫の身体能力を侮ってはいけない瞬間だった。

イグサの手裏剣は確実に相手の急所に突き刺さり、敵を倒していく。

これは負けてはいられない。周りがこんなに頑張っているのだから。


「すぅ…はぁ…」


俺は大きく深呼吸した後、息を止めて足に力を込めて一気に敵陣の中を駆け抜けた。

右手にある月華を薙ぎ、斬りつけ、斬り払って…その繰り返しが一様に続いた。


「ふぅ…」


俺が敵陣を駆け抜けきった時、今までそこにあった魔法部隊の姿はどこにもなかった。

そこにあるのは、今まで生きていた者達の哀れな末路の山ばかりだ。

それを見て、ようやく自分は人を殺したのだと実感した。

相手も自分達と同じように命を賭けていた。いや、今回ばかりは相手は命を落とすなど微塵にも思っていなかったはずだ。

なにせ、相手は俺達学生だったのだから。


「シグレ、一息ついてる暇ないよ。敵の前衛がこっちに向かってる」

「そうか…」


チラッとサンの方を見る。サンは怖がるアニーを抱きしめているらしく、アニーの顔は見えない。

こちらの視線に気づいたのか、サンが目で合図を送ってきた。

その内容は大体理解できた。「無茶はしないで頑張れ」と。


「おい、シグレ!ボーっとしてんじゃねえ!来たぞ!」

「今度はさっきのようにはいかないだろうな…」


ウェイバーの大きな呼びかけとカノンの状況判断の一言で俺はすぐに視線を前に戻す。

前から来ているのは数十人の前衛部隊だろう。各々が魔法部隊とは違う武具を装備している。

完全武装した兵士達が、がっちゃがっちゃと鎧などの金属音を出しながら歩いてくる様子はかなりの威圧感がある。


「シグレ、まさかビビッたの?」


イグサがニヤニヤしながらこちらを見詰めてくる。

正直ビビッてはいるが、ここで肯定すれば男が廃りそうだ。


「まさか。むしろ、一気にかかってきてくれたほうが楽だな」

「おーおー。流石は、氷の貴公子。言うねえ…」

「油断は大敵だ。気を抜かずに行くぞ」


俺達は少し油断していた。

魔法部隊とはいえ、正規の兵士の部隊を殲滅したからだ。

その油断もあっただろうが、実力にもかなりの差があった。


「がはっ!!」


俺は腹を強烈に殴られ、思わず体内の空気を吐き出して倒れこんだ。

俺の周りには数人の兵士が剣を携えて囲んでいる。


「ちく…しょ…。てめえ…ら」

「うるせえんだよ!!」

「ぐああああああっ…」


地面と平行に横たわっていたウェイバーの腹が兵士によって蹴りつけられた。

重い金属でできたソールレットを履いた足で蹴られた事によって、普通の蹴りより数段強烈な痛みがウェイバーを襲った。


「くっ…」

「へっ!良い女じゃねえか…。後数年もすれば絶世の美女になってるだろうな」


美しい黒の長髪を握られ、吊り上げられる様にするカノンの顔は悔しさと痛みで歪んでいる。

服や自慢の髪は土でドロドロになっている。


「このっ、放せ!!」

「暴れんじゃねえ、クソガキが!!」

「がっ…あ…あ…」

「おい、強くやりすぎだ。殺すなよ」

「分かってるって」


強く抵抗を示していたイグサも、男の一発のパンチで意識が朦朧としていた。

頭と両手を地面に押さえつけられ、目は弱弱しく開き閉じを繰り返している。


「隊長。こいつら、どうします?」

「そうだな…」


隊長と呼ばれた男は他の兵士とは違い、馬の背に乗り、やたら高価そうな剣を腰に携えている。


「男は殺せ…。女は…後は、分かるよな?」


隊長と呼ばれる男の言葉に、イグサとカノンの目が絶望へと変わった。

それに真っ先に反応したのはウェイバーだった。


「ふざけんじゃねえ!!そんな非人道的な事を平気ですんのかよ!!」

「まだ戯言をほざける体力が残ってたか…。よし、まずはソイツから殺せ。女の方は…そうだな、そこの黒髪からだ」

「や、やめ…」

「やめろ!!」

「うっせえんだよ!」


カノンの枯れ果てそうな声とウェイバーの叫び声が癇に障ったらしく、二人とも顔を殴られて沈黙してしまった。

そんな不穏な空気が包まれる中、一番苦しく辛い思いをしているのは隠れているサン達だった。


「くそ…」

「サン姉様…グスッ」


サンの胸の中で今にも大声で泣き出しそうなのを堪えているアニーは涙声だった。

カディウスは地面の草を握り締め、ギリリと歯軋りをしている。

サンは今葛藤の中にいた。


(私は何をしているんだ…。今すぐにシグレ達を助けに行くべきだ。だが…、ここで私が出て行けば、アニーとカディウスの存在も…)


サンが葛藤している間に、無常にも時は過ぎ去っていった。

横たわったウェイバーの首には剣が突きつけられ、吊り下げられたカノンの衣服にも剣が突きつけれていた。

全員の目から涙が滴り落ち、もはやどうにも出来なかった。




   ***




場所は変わって、カイス湖のほとり。

キューレは自身の持つ水晶玉の異変を感じ取り、外に出ていた。

キューレの持つ水晶玉は、いつもの青い透明さを消して赤く鈍く光っている。


「今までこんな事はなかったな…。太陽と月が怒りだす。ようやく、止まっていた運命の歯車が動き出す…」


そう呟くと、太陽も月も出ていない曇天の空を見詰めた。




   ***




隊長の男が手を少し上に上げ、「やれ」と言った。

その瞬間、剣が動き出す前に事は起きた。


『やめろおおおおおおお!!!!!』


悲痛の叫びよりも早く、二つの光が天より轟いた。

一つは、横たわっているシグレのところに。もう一つは茂みに隠れているサンのところに。

突然の光に、兵士達の手は止まっており吊り下げられていたカノンもドサッと地面に崩れ落ちた。


「な、なんだ。今のは!?」

「分かりません。急に光が…」

「お、おい。ここにいたガキはどうした!?」

「なにっ!さっきまでそこにいたはずだぞ!」


何度見ても、三人しかいないイグサ達を見て兵士達はどよめき始めている。

そのどよめきを隊長が一喝して鎮めた。


「ええい!静まれ!どこかにいるはずだ、探せ!」

「ここだ」


隊長の男が大声を上げて命令すると、兵達のざわめきの中から凛とした声が響き渡った。

隊長を含め、兵士が見たのは少し離れた木の下にいるシグレだった。

しかし、さっきとは違う何かが兵達に恐怖を募らせた。


「探しているのは…俺の事か?」


シグレは静かにそう言った。

その様子を見ていたのは、兵達だけではなくカディウス達も見ていた。


「シグレ…?」

「シグレ兄様…。…サン姉様?」

「カディウス。アニーを頼む」

「え、ちょっと!」


アニーをカディウスに渡すと、サンはビュンと跳んで行ってしまった。

サンがかなりの速度で低空移動をしたために、兵達はサンのいきなりの出現にさらに慌てふためいていった。


「ええい!お前達、鎮まらんか!相手はガキ二人だけだ、怖気づくんじゃない!」


男の必死の鎮静の言葉にも拘らず、兵達は恐怖していた。


「シグレ」

「分かってる」


二人に言葉による意思の伝達は必要なかった。

お互いの心の中が手に取るよう分かってしまう感覚に襲われるも、二人は冷静だった。

そして強く地面を踏み込むと、次の瞬間兵達にとっての地獄が訪れた。


「ぎゃぁあああ」

「く、来るなぁ!!」


自分の目の前の人間が殺され、周りの者が次々と殺されてゆく。

そんな現実を兵は受けきれなかった。恐怖心が自身を覆ってしまい、もはや何もする事は出来なかった。

ただ、目に映らない自分の想像の範疇を超えた者に殺されるのを待つ運命に他ならなかった。


「貴様ら!あいつらは消えてるわけじゃない、落ち着いて…グハッ!?」


男の言葉は最後まで兵には伝わらなかった。

二つの刀身が、男を中心として十字に交差して鮮血に染まっていた。

その刀身を支える男と女は、それぞれ黒く朧気に黄色い光を灯す目と、赤とオレンジで染められた真っ赤な目を持っていた。

兵達にとって、それは闘神と戦乙女の如く映っていた。

隊長を失った部隊は烏合の衆となり、シグレとサンに恐れをなしたそれぞれがバラバラに散っていった。


「これは…」


ようやく到着したレスティア王国の正規軍と担任のバーンが目にしたのは数十もの死体が散らばる丘の上に立ち、闇のような髪を揺らしながら漆黒と金色の刀を持つシグレと髪を結んでいた紐が解け、美しい茶色の髪がさらさらと風でなびいている赤き太陽のような刃を持つ大剣を持つサンだった。

そのあまりの清閑な光景に、ただ唖然とするしかなかった。


仲間と正規軍に見つめられる中、シグレとサンは言葉を交わした。


「シグレ…」

「ああ…」

「もう、二度とこんな気持ちを私は味わいたくはない。自分の愚かさ、弱さを嘆くこの苦い気持ちを」

「俺もだ。だけど、そのためには強くなるしかない」

「そうだな。強くなって人を、国を、世界を、時代を変えるしかない」


シグレとサンは自分の剣を斜め上に上げ、宙で交差させた。


「私達の手で」

「俺達の手で」


『この錆付き、腐りかけた時代を変えよう』


二人は誓いを立てた。

今ある全てを否定し、全てを変えるという誓いを。

ようやく樹海編が終了いたしました。

もうすぐ、私の学校がテスト期間に入るので更新が遅れるかもしれません。

一応、ストックは作ってあるんですがね…

とりあえず、これからも頑張りますのでよろしくお願いします。

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