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君と創る歴史  作者: 秋月
第1章~異なる世界~
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第9項:遠き夢への誓い 其の三

時は自然に過ぎていった。夜空に浮かんでいた金色の月は姿を消し始め、星達もまた消失を始めている。

空は端のほうから徐々に白んでいき、樹海は真っ白な霧で包まれた。

夜中お互いに気持ちをぶつけ合ったシグレとサンは既に洞窟に戻り、休息を取っている。

しかし、サンがスヤスヤと眠っている時シグレはずっと起きていた。


「霧…か。ここは隠れるには十分…だけど、移動したほうが良いのか…」


ふとサンの方を見て、はだけている毛布を掛け直す。眠っている彼女の顔にはいつものような凛々しい顔はなく、幸せそうな顔があった。

昨夜の悲痛な叫びを上げていた彼女とはまったく違った顔だった。それとは別に疑問があった。

昨夜のサンの発言だ。


『どんなに親しくなっても!!どんなに時を共にしようとも!!壁がある!溝がある!決して超えられないものがあるんだ!!』


親しくなっても壁がある、長い時を共にしても溝がある。一体彼女は何者なのだろうか。

そこまで彼女と他者の間を阻むものとは一体何なのだろうか。

そこまで思考してから、其の何かについて考えていた頭をブンブンと振り回して考えを止める。

彼女が何者であろうと、自分には関係ない。サンはこの世界について教えてくれた。学園にも入れてくれた。

ここまでしてもらって、なお疑うならどうにかしている。


「さてと…皆を起こすか…ん?」


イグサ達を起こす為に立ち上がると、視界の端の方で何かが映った。イグサの方に向かって歩き出そうとしていたが、踵を返して洞窟の外へと向かった。

外は相変わらず純白の不気味な霧で包まれていた。一寸先は闇とはこのことだ。


「何か見えた気がしたんだけどな…気のせいか?」


頭をポリポリと掻きながら念のためにもう一度周りを見渡す。突如、右側の空に大きな火柱が舞い起きた。

シグレの目はたしかにその火柱を捉えた。


「ヤバッ…」


洞窟の中に急いで戻り、イグサの体をユサユサと揺り動かす。


「おい、起きろ!奴等が来るぞ!」


ひたすら揺り動かした。一分…二分…三分…。

しかし、イグサが起きる気配はまったくない。シグレは少しずつ苛々してきた。

苛々しているシグレの目に留まったのは毛布の隙間から出ているイグサの長く細い尻尾。


「いい加減起きやがれ!!」


ムギュッと尻尾の先をつねると、イグサの被っている毛布に変化が訪れた。

尻尾が出ている所からおそらく頭があると思われる方向にぶるぶると目に見える振動が伝わっていく。

そして、毛布がバッと舞い上がったかと思うと次の瞬間、シグレは吹っ飛ばされていた。


「いてえ!!何すんだよ!!」

「あ、アンタねぇ…。乙女の大事な所をよくも…」


俺を殴り飛ばした拳がワナワナと怒りで震えている。何で殴り飛ばされないといけないんだ、理不尽だ。


「仕方ないだろ!お前が起きないんだから!!」

「問答無用!」


イグサは両手の指の間に八方手裏剣を挟んで、腕を十字に交差させながら思い切り振りかぶるとシグレに向かって投げつけた。

手裏剣は空気をヒュンと切り裂き、シグレの後ろの壁にスコココッと刺さる。

手裏剣が刺さった壁はボロボロと崩れ落ちていた。


「危ねえ!!」

「よ、避けるな!」

「避けないと死ぬだろ!!」

「うるさい!!」


それから約五分間シグレとイグサの死闘が始まった。手裏剣が洞窟の中を何度も飛び回り、挙句の果てに火薬まで使い始めた。

必死で避けるシグレと必死で追いかけるイグサの応酬を止めたのは…


「うるさい!!!」


カノンだった。未だ眠そうな顔で額にはありがちな怒りマークが二、三個ぽつぽつと…。

そして、眠そうな顔つきでとても不機嫌そうなカノンに約三十分ほど説教されたシグレとイグサ。

説教が終わったのは、起きてきたサンとカディウスが必死の思いでカノンを止めてからだった。

今回の事件から低血圧であるカノンに朝は近づかないでおこうという決まりがカノンには内緒で定められた。




   ***




「なによ…。さっさと言えばよかったのに」

「聞かなかったのは誰だよ!」


微妙な上から目線のイグサの言葉にシグレは抗議する。


「アマガサキが爆発を確認してから約三十分か…。随分時間が空いているが、何かあったのか?」

「あんなことしといてよ‥ムガッ!」


カノンに聞こえるか聞こえないかのギリギリのところでイグサの口を俺、サン、カディウスが押さえた。


「どうかしたのか?」

「い、いや。何でもない。なぁ、カディウス?」

「う、うん。特に何もないよ」

「そうか」


カノンはスッと立ち上がると、外の様子を見るために洞窟の入り口へと歩いていった。

イグサの口はカノンが出て行ってから少ししてからようやく解放してもらえた。


「さっきも言っただろ!この事はカノンには極秘だからな!」

「わ、分かった…」


全員が了承の合図のために小さく頷く。今まさに、誓いが交わされた。

やがて、カノンがゆっくりと訝しそうな顔をしながら戻ってきた。


「爆発の炎がこっちに近づいている。ここはもう、離れたほうがいいだろうな…」

「そっか。サン、どうする?」


カノンの言葉を聞き、シグレがサンに決議の回答を求めた。一方、尋ねられたサンの目は昨夜の出来事で赤かったが、僅かな赤みがかかっていただけなので気づいているのはシグレだけだ。

サンは自分の横に急なときでもすぐ取れるように置いてある剣”サンライズ”を手に取り、立ち上がった。


「ここを出よう。今重要なのは、他のグループと合流することだからな」

「でもさ…。もし、また敵の兵士に会ったら…」


少し震えながらイグサがポツッと呟く。平気を装っているが、カディウスも少しだけ青ざめている。

ゴクッと隣にいるサンの唾を飲み込む音が聞こえたかと思うと、サンが剣を抜いて地面に突き刺した。


「その時は、私が――――」

「俺がやる」


いきなりのシグレの発言で、サンが驚いた顔で隣にいるシグレを見る。

イグサもカディウスも驚いた顔をしているが、カノンだけは「ほぅ…」と感嘆の息を漏らしている。


「敵と会ったら俺が戦う」

「シグレ…」

「血を浴びるのは男だけで十分。サン達は後方で援護してくれればいい」


シグレは確信していた。今の自分の目に決意の光が灯っている事を。

だがその決意の光は、すぐに消え去ってしまった。


「君は馬鹿だな」


隣で立っているサンの言葉によって。シグレはただ、キョトンとするしかなかった。


「昨日、君が言った事を忘れたのか?一人じゃないんだろう?」

「あっ…」


サンを見た後、周りを見渡すと皆の顔が自分に向かってバーカと言っていた。

その光景にシグレは笑いを零すしかなかった。


「シグレ、僕も男なんだけど?」

「ほんっとに馬鹿。アタシ達甘く見すぎてない?」

「今の世の中、男女差別はご法度だと思うが?」


自分がサンに向かって言った事を自分で忘れていた。

これほど滑稽な事はないな、と心の中で思うと笑いが無意識に零れる。


「ハハッ、俺含めて全員馬鹿か…」

「ああ、私達は馬鹿だからな。学園の仲間を助けるために、生き残るために平気で敵の中へ突っ込むんだ」


開き直り、少しふんぞり返ったようにして言うサンが子供っぽく見えた。

馬鹿になって少し得した気分だった。


「それじゃあ、行くか!!」


俺もサンも良い仲間に恵まれた。この仲間となら一緒に戦えると、一緒に無事で帰れると確信していた。

その決意が潰される時は、すぐにやってきた。




   ***




シグレ達が洞窟を出たのと同時刻。シグレ達がいた洞窟から少し離れた所で小さな少女が走っていた。


「ひっく…もう、やだよ…」


激しかった足の動きが徐々に小さくなっていき、最後には止まってしまった。

溢れる涙を抑える事が出来ない少女は手を目に当てて大きく座り込んだ。


「来たくなかったのに…ひっ…誰か…助けて…」


枯れ果てそうな小さな声と嗚咽交じりの泣き声は虚しく周りに浸透するが、近づいてくる爆発音によってかき消された。




   ***




離れた所で爆発が続く中、俺達もまた爆発が起きているほうへ向かって走っている。

標的がいないところでは誰も爆発など起こさないだろう。そう考えたからであった。

瞬発力のあるシグレとイグサが先頭に、臨機応変に素早く行動が出来るカノンと遠距離攻撃のためのカディウスが中央、追撃と援護のためにサンが後方で走っている。


「さっきから、全然敵が見当たらないぞ!」


シグレが大きめの声で叫ぶ。走っているため、普通の音量では聞こえにくい上に爆発音が混ざっているからだ。

シグレの問いかけには耳や鼻などの五感全てをフル活用しながらシグレのすぐ後ろを走っているイグサが応えた。


「多分、この爆発は魔法!!火薬のにおいがまったくしないから!!」

「僕達の中では魔法が使えるのは僕だけだから、相手にするとなると厄介だよ!僕自身、攻撃魔法は得意なほうじゃない!」


魔法使い相手に遠距離戦を持ち込むのは得策じゃないことは全員重々承知だった。

だが、魔法使いを倒さなければ明らかに学園側(サン命名)が不利。


「なら、速さで攻めれば良い!!」


白い翼の双剣を両手で握り締め、周りを見渡しているカノンが大きな声で叫んだ。それこそ、敵に感づかれそうなぐらいの大きな声で。


「カノン、声が大きいぞ!…だが、その意見には私も賛成だ!我々には素早いものが揃っている!カディウスの魔法で牽制して、一気に攻め込むべきだ!」

「じゃぁ、それで行こう!イグサ、敵の場所は分かるか!?」


しかし、イグサは反応しなかった。何事かと思い、もう一度声を掛けようした矢先にイグサは叫んだ。


「待って!!何か聞こえる!」


イグサが声と手でシグレ達を止めると、頭の上にある特徴的な猫耳を静かに澄ました。

イグサの耳は両方が違う方向にヒクヒクと動いている。もともと猫の五感の中で最も優れているのは聴覚であり、隣の部屋の小さな虫が歩く音さえ聞こえるとか。

それほどまでに猫の聴覚は優れており、猫の獣人であるイグサもまた集中すればそれぐらいにまで聴力が上がるらしい。

やがてイグサの両耳がある方向でピタリと止まった。


「あっち…誰か泣いてる」


イグサが指差したのは、爆発が起きている方向だった。


「マズイね…。泣いてるって事は多分、学園の生徒だ」

「もちろん、助けに行くよな?」


シグレが全員に問いかけたが、皆当たり前な事を聞くなと言わんばかりに即答した。


『当然!!』


次の瞬間には思い切り走り出していた。



やがて先頭を走っていたイグサが立ち止まったのは、一本の大きな樹の前だった。

樹の周りには茂みがあり、草が少しだけ揺れて、中からは嗚咽交じりの泣き声が聞こえてきた。

シグレとサンが前に出てお互いの顔を見合って頷くと、イグサ達が見守るなかでゆっくりと茂みをかき分けた。

茂みの中で泣いて震えていたのは、小さな少女だった。その少女はシグレ達に気づいたのか、更に頭を抱え込んで震えながら叫んだ。


「こ、来ないで…。もう、いや…なの」


もはや恐怖が心を覆ってしまったのか、泣いておらずただひたすら震えていた。

シグレがしゃがみこんでそっと少女に手を伸ばして頭を撫でようとしたが、シグレの手が触れた瞬間に彼女はビクッと反応して震えを大きくした。


「ふえっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


ひたすら震えながら謝る少女にシグレだけではなく、サンもしゃがみこんで少女の頭に手を伸ばして一緒に優しく撫でた。

突然の出来事により、少女はバッと顔を上げるがポケーッとシグレ達の方を見ている。


「俺達はゼルガドの兵士じゃない。聖シュバルツ学園の生徒だ」

「えっ、えっ!ってことは…」

「そうだ。私達は君の仲間だ」


サンが少女の手を取ってゆっくりと立たせると、少女はいきなりサンに抱きついた。


「ど、どうしたのだ?」

「怖かったんです…。ホントに…ホントに…」


サンの胸の中で泣きじゃくる少女は安心しきっているように見えた。

やはり、サンはどこかお姉さん気質が漂っているのだろうか。少なくともシグレはそう感じていた。

どこか、包容力がある気高い感じを。

しばらくすると、少女が自分のしている事に気づいたらしく、サンから飛び退くように離れて一礼する。


「す、スミマセンでした!私、私…」

「へえ…オッドアイなんだね…」

「ふえっ!?」


少女は急に覗き込んできたカディウスに驚き、さらに飛び退いた。


「カディウス。怖がってるぞ」


「ごめんごめん」とタハハと笑いながら、元いた場所に戻る。

少女はその他愛のない会話に相変わらずポケーッとしていた。


「アマガサキ。ここはまだ危険だ、手早く紹介だけして移動するべきだ」

「そうだな。じゃぁ、自己紹介してくれるか?」


ポケーッとしていた少女は急に話を振られてびっくりしたが、すぐに体勢を立て直して手元にある杖をギュッと握り締めてシグレ達の方を見る。


「わ、私は治癒騎士組のアニー=トレアベルと言います。見ての通り、犬の獣人です」


銀のセミロングが少し揺れ、綺麗に澄んだオッドアイがシグレ達を捉えている。

彼女が着ている服には見覚えがある。確か、元いた世界の神社の巫女さんが着る巫女服だ。

マニアが見れば卒倒するくらいに似合っている。


「俺はシグレ=アマガサキ。聖騎士組だ、よろしくな」

「私はサン=イシュタリア。同じく聖騎士組だ。よろしく頼む」

「アタシはイグサ=ハーミレイ。忍騎士組よ、よろしくね」

「僕はカディウス=フェブレード。賢者騎士組に入ってるんだ。さっきは驚かせてごめんね」

「私はカノン=ウィアルド。聖騎士組だ。よろしく」


シグレ達が一気に自己紹介したために、銀髪の犬の獣人の少女アニーはかなり戸惑っていた。

おそらく、名前を覚えているのだろう。覚えないと失礼だ、とか考えそうな子だからな。


「えっと…シグレ兄様にサン姉様に、イグサ様、カディウス様、カノン様…。って皆さん全員上位組なんですか!?はわわ…」


名前は覚えたみたいだが、今度は俺達のクラスで驚いているらしく手をバタバタと振って慌てふためいている。

そういえば、カディウスが下位組にとって上位組は憧れの存在とか何とか言ってたっけ…。

それにしても…


「何で兄様なんだ?」

「僕は様だけだよね」


さっきアニーの口から挙げられた自分たちの名前の後についていたものが若干違っていた。

俺とサンだけが兄様と姉様で残りの三人は様付けだけだ。


「えっと…な、なんとなく…です」

「ふ〜ん。ま、アタシはいいんだけどね〜」


イグサのちょっとふてくされたような態度に再び慌て始めたアニーは小さな子犬のようだった。

あ、犬か。


「姉様か。初めて呼ばれたが別に悪い気はしないな」

「サン姉様」

「何の冗談だ?」

「いや、別に」

「そうか」


俺とサンのやり取りを見て、イグサは少しムッとした顔つきだったがアニーを含めた他の三人は笑ってくれた。

俺達は、その笑いを続けながら木の下を後にした。


この樹海編は当初そんなに長くなる予定ではなかったのですが、書いているうちにずるずると…。

妄想って怖いです。

まぁ、その妄想の産物がこの小説なんですが。

新キャラであるアニーの登場により、作者の苦手な多人数を動かすということの難易度がさらに上がりました。

あと一人出す予定なんだけど…どうなるやら。

とりあえず、こんな小説を読んでくださってありがとうございます!

それでは!

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