表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑わない龍血の姫と笑わせたい灰の騎士 ~ゲーマーが異世界を行く~  作者: ぼたもちまる
第一章 ゲーマーが行く 迷宮探索拠点都市ラトレイア
9/20

第七話 重積層迷宮都市ラトレイア と この世界 前編

 馬車に揺られる事およそ一時間、程なくして見えて来た第一壁は他の二つの壁よりも重厚な造りをしていた。

 大断崖と比較して小さく見えていただけで、全高は恐らく三十メートルは超えている。ちょっとしたマンションだ。


 壁の手前には大きな運河が街を横切っていて、運河も含めて迷宮に対する要害を思わせる。


 その証拠に、第一壁から運河を挟んだこちら岸には所々に防衛陣地が敷設され、パッと見はソ連製百五十二ミリ榴弾砲のような火砲が大断崖の方角を睨んでいる。

 最終防衛ラインがこの辺、と言う事になるのだろうか。最悪街を囮に榴弾の雨を降らせる……なんて戦術も考えられているのかも知れない。


 【鉄棺種】と言ったっけ、あの異形が外にも出て来る事確定じゃないかこれ。


 馬車は大通りと同じ幅の運河に架かる長い橋を進んでいる。




 ◆◆◆◆




 橋を渡り切ると直ぐに第一壁だ。

 壁に併設された建物の脇に馬車は停められた。



「これから第一壁に上りますね。カイトさん、お身体は大丈夫ですか?」



 筋肉痛で節々が上手く動かないのがバレていた。

 男として強がりたい時はあるから黙っていたのだけど……良く見ているね。



「ああ……結構筋肉痛だけど、大丈夫」



 あんまり大丈夫ではないけど大丈夫だ。



『アウ? サクラ、こんなところに珍しい?』



 建物に入る際、入れ違いに出て来た少女に声を掛けられる。


 ……お兄さん、ちょっとこの少女の将来が心配かも知れない。

 その少女は、どう言う訳かパーカーしか着ていない。

 大きく開いた胸元からはやけに艶々とした褐色の肌が露わになっていて、見える限り下着は着けていない。

 辛うじて下腹部はボタンで留めていて隠れてはいるけど、更に下に覗くのは素足で靴さえ履いていない。


 何この娘? サクラさん、まずいんじゃないですか?



『アディーテさん、こんにちは』



 何も! 言わない! これが日常のようだ。

 僕に気が付いたアディーテと呼ばれた少女が、近付いて来てスンスンと鼻を鳴らす。ビジュアル的にいろいろやばい! たすけてー!



『アウ? こいつなに? ぶっとばしていい?』



 何故そう言う結論に達したのかはわからないけど、安全かと思った街の中でまさかの暴力事件発生!



『ア、アディーテさん! その方はカイトさん、昨日■■された■■■の私が■■する■■■の方です! ぶっとばさないで!』

『アウ? そうか、それはごめんだ。私はアディーテ』



 幸いな事に語彙が単純らしく、翻訳は特におかしくは聞こえない。

 むしろ、この世界の言語で話すサクラが、何を言ったのか上手く聞き取れなかった。誤解を解いてくれたのだとは思う。


 良くわからないままだけど、目先の危機は迅速に去ってくれたようだ。素直な娘で良かった。



「僕は久坂 灰人。カイトでいいよ。よろしく、アディーテ」



 勿論サクラが翻訳して伝えてくれる。

 こんな所で望まずとも培われた《スルースキル レベルMAX》が役に立つとは、特にその服装には突っ込まなかった。



『アディーテさんは、今から■■■■■ですか? ■■見付かりました?』

『アウ……何もない。前の■■からもう■■■経ってるし、お腹空いた』

『そうですか、でしたら今度遊びに来てください。ご馳走します』

『アウ! そうか! なら遊び行く!』



 ……!?

 内容は良くわからなかったけど、ニッカリと笑うアディーテの口内には、サメやワニを思わせる鋭く尖った歯が並んでいた。

 あっぶな……サクラがフォローしてくれなかったら、あれで噛み付かれてたのでは。心の中でサクラに手を合わせる。



『じゃなカトー! また遊んでー!』



 苗字みたいになっちゃったよ、遊んだ記憶もないのだけど。

 そして、アウーって言いながら走って行ったと思ったら、そのまま河に飛び込んで行くアディーテ。


 一応会話の内容は説明してもらえたけど、サルベージ屋と言う事らしい。

 あの格好で?




◆◆◆◆




 アディーテと別れた僕達は、壁の上端より更に上、監視塔にまで登った。


 監視塔には僕とサクラ、衛兵が二人。

 正式には“衛士”と言うのだそうだ。衛士二人は緊張した面持ちで監視の任に付いている。


 ここに登るまでもそうだったのだけど、通り過ぎる衛士は皆サクラを見ると敬礼して行く。

 ……何だろう? 彼女に視線を向けても『何でもないですよー』的な表情なので、空気を読んでスルーした。



 僕達の視線の先には、大断崖が視界一杯に広がっている。



「カイトさん、これより先、ラトレイアの北側にあるのが探索拠点区。そして迷宮です。許可された探索者と支援者のみが入れる区画で、宿泊施設や探索者ギルドと言った関連支援施設から、実際の緊急事態に備えての防衛設備も、この区画に重点的に備えられています」



 そう説明するサクラの言う通り、壁の上には均等に配されたボフォース四十ミリ機関砲が見える。と言っても“もどき”なのだろうけど。


 僕を襲った【鉄棺種】は近接戦闘であっさりと倒されていた。

 つまり、あれ以上の機関砲が必要な相手が居ると言う事かな……正直あまり考えたくはない。

 特に熟考しなくても、高機動力を持つものや飛行するものが思い浮かぶ。


 もし、最初にそいつらに遭遇していたとしたら……うん、無理だった。


 監視塔から下を望むと、城塞都市を思わせる重苦しい石造りの街並みが広がっていた。

 大通りも第一壁を抜けた後から片側一車線になり、東西に一本ずつあるだけで、後は迷宮のように入り組んだ路地が建物の間を縫っている。


 しかし、重苦しいのはあくまで街並みだけで、その実、活気は他の区画の比ではなかった。

 通りには屋台が軒を連ね、その間には武装した探索者が武器や鎧を打ち鳴らし、屋台の料理に舌鼓を打っている。

 真昼間から酒を酌み交わしては喧嘩をし、間に入る衛士が忙しそうに今も駆けずり回っている。


 これは、オンラインゲームの中にある大都市の喧騒だ。それも黎明期の、あの何でもありの雰囲気。

 最近は積んでいた一人用ゲームを崩すのに精一杯だったので、何だか凄く懐かしく感じる。



「凄いね、何と言うか、活気が他の区とは比べ物にならない」

「ふふ、そうですね。ここは栄枯盛衰の体現でしょうか。その人が選ぶたった一歩の差で、零か十か、決まってしまう場所です。だから、どんな場所よりも、零にならない内は精一杯生き生きと生きる。そんな場所なのです」



 “零”とはつまり“死”だ。何かを失う、なんてものですら温い“零”だ。

 それを覚悟で“十”を目指して迷宮に入る。


 だからこそ、ここに居る人々は溢れ出る生気を身に纏っている。

 そんな存在になれるか? と問われたら、多分今の僕には無理だ。羨ましくは思う。


 トゥーチャ達を思い起こす。

 だから、彼等の表情はあんなにも澱みがなかったのか。



「そうか。正直羨ましいかな。地球に居た時、僕は終始あんな表情は出来ていなかったと思う」



 困ったように優しく微笑むサクラ。


 今は実際の所、感覚が麻痺して来た感じではあるけど、常識的に考えて“異世界転移”と言う異常事態だ。

 そんな中で、誰かが傍に居る、と言うのは救いだ。『羨ましい』とは、存外贅沢な物言いなのだと、言ってから始めて気が付いた。



 街の喧騒は、そのまま大断崖を飲み込まんとするように、崖を這い上がりその上まで続いている。


 いや、言い得て妙な事を言ったけど、どこからが迷宮?

 そう、迷宮と街の境界がわからない。大断崖に近付く程建物が高くなって行き、切り立った断崖に達すると、その先は崖に張り付くように遥か高みまで建物が連なっているからだ。


 “重積層迷宮都市”と言っていた。つまり……



「この辺も全部【重積層迷宮都市ラトレイア】だったりする?」

「はい、どこから、と言う詳しい事は私は知りませんが、外部に露出している部分は安全を確保された後、探索拠点の一部として使われています。この第一壁も、その昔は迷宮の一部だったと聞いています」



 サクラが深呼吸をする。姿勢を正し、僕に向き直る。



「カイトさん、まずは大まかなこの世界の歴史から、ご説明しますね」

「わかった、よろしくお願いします」



 何となく畏まってしまう。



「まず、この世界の歴史は大きく三つに分類されます。“神代期” “崩壊期” “現代”です。“神代期”とは栄華を極めた神の時代。詳細はわかってはいませんが、その痕跡は世界各地に【神代遺構】と言う遺跡として残り、そこから出土される【神代遺物】や技術、知識によって国家の富が容易く左右される事から、現代においても強い影響力を持っている時代です」



 “神代”……今までも度々話に出て来ていた、この翻訳器を作った文明か……。



「次に“崩壊期”、この時代に何があったのかは、記録が失われている為に最も“不明”とされている時代です。わかっている事は、神代文明を崩壊させる程の出来事があったと言う事のみで、その破壊の痕跡は今も世界各地に残り、この大断崖もその破壊の一つだと言われています。来訪者の方の中には“みっしんぐりんく”? と表現されている方も居ました」



 歴史スケールの大きさは、大断崖や空にアレがある事から気が付いていたけど、下手をすると現代地球よりも高度な文明が存在していたのかも知れない。


 それに“ミッシングリンク”。主に古生物学等で使われる、日本語で言う所の“失われた環”だ。

 神代期と現代の間の生物の進化形態に隔たりがあると言う事だろうか?

 崩壊期が関わっている事は十中八九間違いない。


 小さい頃から冒険家インディ先生の映画とか大好きだったから、遺跡とか遺物とかこう言う話はワクワクするのだけど、これはそんな胸が躍って良い話ではないとも思う。


 サクラの話は続いている。



「そして“現代”、今の私達の時代ですね。時期としては、大体一万年から一万二千年前の間から始まったと言われています。ここまでで、何かご質問はありますか?」



 うん? 丁度良いタイミングだから、気になっていたアレについて聞いておこう。

 僕は指先を空に向けて彼女に尋ねる。



「あれも【神代遺構】?」



 空、いや宇宙に浮かぶ、薄ぼんやりとしか見えないけど、その存在は決して見逃す事の出来ない巨大建造物がそこにはあった。



「はい、その中でも最大の【神代遺構】とされる、【天の境界】と呼ばれる遺跡です」



 間違いなく、地球人の概念の中にもある“軌道エレベーター”だ。“軌道リング”らしき部分も存在する。


 ただしそのものではなく、地上からでもわかる程に崩壊が進んだ残骸だ。

 延長して行くとリングになるのだろうなと思わせるだけで、崩壊の際に地上に墜ちたのか宇宙の彼方へ飛ばされたのか、その大部分が失われている。


 あれが地上へ墜ちたのなら、文明の一つも滅んでしまうだろう。

 逆もまた言える、軌道リングが破壊される程の何かがあったのだ(・・・・・・・・)、と。



「うーむ、やっぱり軌道エレベーターかなあ……ファンタジーかと思っていたらSFだった」

「!? あれが何かご存知なのですか?」



 僕の呟きにサクラが驚いた。衛士まで驚いた表情をしている。言葉が通じている筈はないので、驚いた彼女に驚いたと言った感じか。

 いや、日本語理解してる人が他にも居る可能性はあるのか。



「あ、いや、僕も詳しい事は知らないよ。僕達の世界でも、まだ計画以上のものは出来ていないし。簡単に説明をすると、宇宙……空の上の世界に行く為の港や、そこに物資を運び込む役割をする為のものだね。ものによっては対宙対地攻撃なんてものもこなすだろうけど」



 勿論これはゲームからの知識で、自分なりに少しは調べた事があるとは言え、あまり誇れるものではないし必要以上に詳しくもない。

 だけど、神妙な表情で頷いているサクラにはそれでも十分だったようで、衛士も同様に頷いている。ここの衛士は日本語伝わっているみたい?



「実は……あの【天の境界】から落下した一部が、【重積層迷宮都市ラトレイア】の深層にあるとされる【神代遺構】だとも言われていて、些細な情報でもとてもありがたいのです。カイトさん、本当にありがとう御座います!」



 ほあー!? サクラさん近い!

 両手を握り締められていて、逃げる事も出来ない。


 でも確かあれって、自力で位置の調整をしないとずれて行くとかではなかったっけ?

 だとしたら、今もシステムが生きているって事にもなるのだけど……。


 とりあえず、落ち着いてもらった。

昨日に引き続き、第三話、第四話の改稿をしました。

整理のみで変更や追加もないので、引き続き先をお楽しみください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ