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笑わない龍血の姫と笑わせたい灰の騎士 ~ゲーマーが異世界を行く~  作者: ぼたもちまる
第一章 ゲーマーが行く 迷宮探索拠点都市ラトレイア
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第五話 異世界かと思っていたらどう言う訳かお茶漬けが出て来た

「……トさん、……カイトさん、着きました。起きて下さい」



 薄ぼんやりとしたまどろみの中、心地の良い声音が聞こえる。


 誰だ……病院の担当看護師さんはマッチョメンだったので肉体言語……ふぉー!?


 視界一杯のサクラに、急速に引き戻された意識は覚醒する。

 こここの状況はどう見ても《状態異常 膝枕》! 付加効果じゃなくて負荷効果だ。心臓的な意味で。


 覗き込まれているので、勢い良く起き上がると惨劇が起こると、咄嗟に認識し動けない。



「ごご、ごめん、寝ちゃってた?」



 ゆっくりと上体を起こす。僕の動きに合わせて、彼女も身体を引いてくれたので惨劇は回避出来たようだ。

 残念な事に、爆睡していつの間にか……と言う状況なので、膝枕の感触なんてあったものじゃない。

 ほのかに鼻腔をくすぐる甘い花のような香りだけが、これが現実なのだと教えてくれている。



「はい、お疲れになられていたようなので、横になっていただきました」

「あ、ありがとう」



 サクラは嫌がった素振りもなく、相変わらずの笑顔だ。

 これで初対面とは、思えばここに来てから好感度ゲージが仕事をしていない気がする。いや、無駄に全力稼働中だから最初から高いのか。

 もしくは罠……だとしても、こんな罠なら率先して突っ込むに違いない。間違いない。




 一頭立ての馬車から降りる。

 そうだった、迷宮から出た後に馬車に乗り込んだのだ。

 『外だ』と認識した瞬間から凄い眠気に教われていたので、多分馬車に乗ったと同時に寝落ちしてしまったのだろう。

 ほぼ徹夜の後に迷宮を彷徨ったり、異形に襲われて全力ダッシュしたりと、さすがに疲れもするか……。

 待合室と馬車とで少し休めた事で、今は多少気分は楽になっている。身体は筋肉痛が出始めているから、恐らく明日はやばい。


 馬車を見ると、御者台にはシルクハットを被り、卵のような異様に身体の丸い、ちょび髭の紳士が手綱を握っている。

 まるでお伽話に出て来るような……御者さんと視線が交わった所でお辞儀をする。

 これで『ホッホッホッ』とか笑ったら完璧なんだけど……



「ホッホッホッ」



 シルクハットを少し持ち上げ挨拶をする紳士に、僕は目を丸くした。完璧か。




 既に日は落ちていて、辺りは大分暗い。

 それでも、均等に配された街灯からは暖色の光が路面を照らしていて、明かりを持って歩く必要はなさそうだ。


 通りは現代地球の都市程ではないけど人も多く、馬車が擦れ違える広さの路は石畳で舗装され歩き易い。

 街並みは様々なデザインのものが混成されていて、高さは三階から六階程度。石造りの中世ヨーロッパ的な建物を中心に、どう見ても鉄筋コンクリートにしか見えない近代的な建物まである。

 遠目には、木造で和風な建物まで見えるのだけど……理由を考えると、やはり何百年もの昔から訪れる、僕達“来訪者”――とサクラが呼ぶ存在が、関係しているのかも知れない。


 路を歩く人々もまるで闇鍋だ。

 ここには、サクラと同じく何らかの動物の耳、尻尾を持った、所謂獣人が大多数を占めている。

 他にも人ベースではなく獣ベースな獣人、どう見ても竜にしか見えない人、何故か透けている人、翼が生えている人、服を着たスライム、と身体的特徴に統一性が全くない。

 地球人の概念の中にある言葉で説明するなら、“幻想人種”とでも言えば良いだろうか。


 異世界と言う事を考えると、僕達のような特徴のない姿をしている方が“亜人”となりかねないのかも知れない。



「カイトさん?」



 思索に耽っていた僕の傍らから、サクラがひょこりと顔を覗かせる。



「あ、ごめん、少し驚いていた。人がまるで物語の世界だなって」

「……そうですね。この世界には、カイトさんにとっての“人類”と呼べる人々は、来訪者以外に居ません。カイトさんにとっての“物語の中の人物”、それがこの世界に住まう全ての人々、と言う事になります……あの、受け入れて……いただけますか?」



 受け入れて……? 受け入れない地球人でも居たのか、いや、居たのだろう。

 悲痛な面持ちな彼女からは、不安な気持ちが伝わって来る。



「むしろ僕にとってはご褒美だけど。受け入れる、と言うよりは感謝するよ?」



 眩しい! 笑顔が凄く眩しい! 本当に嬉しそうだ。


 ゲーマーなら誰もが一度くらいは思う事、『この世界に行ってみたい、この世界に住みたい』。何かのゲームの中、と言う訳ではないのだろうけど、今の僕の状況はそれが叶ったとも言える状態だ。

 ……ゲームに限った事でもないか。感謝こそすれ、受け入れない訳はない。


 けもみみ美少女を悲しませる、なんて愚行こそ受け入れられない。

 そんな事が許される世界だとしたら、例え神にだろうと僕の渾身のシャウトが爆ぜる。トシコシダー!


 機嫌を良くした……と言っても、最初から機嫌が良い彼女が、案内の為少し先導して歩く。



「こちらです。もう暫く行くと、カイトさんが滞在する事になる宿処に着きます」



 通りを抜け、路地に入る。

 こんな路地にまで街灯がある。未発達のファンタジー世界を想定していたのだけど……ここは僕の思っていた以上に発展しているみたいだ。

 街灯は炎ではなく電球に見える。電気がある? ファンタジー世界に良くある、魔道具みたいなものなのかも知れないけど。




 坂を下る途中を、中程まで行ったあたりで歩みを止め、振り返ったサクラが僕に告げる。



「ここが、私の管理する宿処になります。今日からカイトさんの家でもあります」



 街灯に照らされた建物を見上げる。

 和風……ではなかった。モダンな西洋風、なのはサクラの格好を見ると以外だったけど、明治以降の日本建築を考えると別に和風に拘る必要はないのだと気付く。


 彼女に促され、路地に接した外階段を上る。

 建物は、それなりの勾配の坂道の途中にある為、一階部分? が半分埋まったようになっている。階段は中二階に上がる程の高さで、事実上二階が玄関と言う事になるのだろう。

 階段を上り切った所で左に折れる廊下があり、少し奥まった所に玄関の扉があった。



「少し、お待ちください」



 鍵を開け、中に入って行くサクラ。しばらくしてスイッチ音の後、明かりが点く。やはり電気的なシステムがあるようだ。


 室内に入ると、ほのかな香りが鼻腔を付く。上品で甘く、それ程強くもない控えめな花の香りだ。

 見ると部屋の片隅には、シクラメンのようなピンク色の花を咲かす小鉢が置いてあった。多分そのものではないのだろうけど、なるほど、彼女の纏う花の香りはこれだ。


 内部は見回す限りは喫茶店だ。

 入口から見て左側にカウンター、カウンターの向こうには食器棚を挟んで階段がある。そのまま視線を巡らすと、正面には奥に続く廊下があり、廊下を挟んだ右側の壁際にはやけにもっふりした印象の白いソファーが陣取り、その前に円形のテーブルと、テーブルと同じデザインの椅子が置いてある。


 そう広くはないようだけど、明治モダンな雰囲気の室内は隠れ家的喫茶店として、地元にあったら通うのも悪くないと思わせる造りだ。



「もう夜も遅いですが、お食事はどうしますか?」



 うぐぬぬぬ……その中に立ち、両の手を揃えて立つサクラが異様にベストマッチした存在感を放ち、思わず唸ってしまいました。



「そうだな……休みたいと言うのはあるけど、簡単に作れるものはある?」

「はい! 少々お待ちください、お茶漬けをお出ししますね」



 ……!? お茶漬けがあるの!? ありがたいを通り越して拝みたい。サクラさんまじ神。


 徹夜でゲームをしている時のベストオブ夜食の中でも、お茶漬けは三位以内には確実に入ると僕は思う。

 疲れている時にもありがたい。夏場でも即席のお茶漬けに冷えた烏龍茶を掛けて良く食べていた。



 とりあえずテーブルに座って、いそいそとカウンターでお茶漬けの用意をしている彼女を眺める。


 ……奇跡、だな。

 意味もわからず転移した奇跡、異形に襲われるも救われる奇跡、迷宮を抜け出せた奇跡、何よりも彼女――サクラに出会えた奇跡。

 途中何かの意図を感じた。だとしたら、この内のどれかに“必然”が含まれていたのかも知れない。でもやはり、その“必然”も含めて“奇跡”は起こったのだと、僕は思う。


 だって、何故か最初から好感度の高いけもみみ大正メイドさんとの邂逅とか、“奇跡”以外にどんな表現をしたら良いのか!


 僕は何だかわからない、ひょっとしたら神様的なそんな人が居るのかも知れない、下手したらEND GAMEだったと言うのはこの際置いておいて、向ける先のわからない感謝を何者かに捧げた。





「美味しい……! 美味し過ぎる!」



 程なくして、陶器の茶碗に木のスプーンを添えられたお茶漬けが出て来た。大根? の漬物と味噌汁まで添えられている。完璧だ。あれ、ここ日本?


 ほのかなお茶の香りが出汁の味を引き立て、スプーンで口に頬張ると、噛んだ傍から出汁と混ざり合ったお米の甘みと、鮭っぽい何かの塩みが口いっぱいに広がり、噛めば噛む程に心が和んで行く。

 無我夢中に、スプーン一杯ずつ減って行くのが惜しく思える程に、お茶漬けは勢い良くその量を減らす。僕まっしぐらだ。


 隣ではサクラが、僕の食べるのをにこやかに見守っている。

 食べている所を見詰められるのは非常に食べ難いのだけど、仕方ない。腹減りに美味しいは勝てない。




 食後の緑茶を出されながら――緑茶……だな? サクラが話し始める。



「明日は、実際にこの街をご案内しながら、この世界の説明をさせていただきます。本日は、お疲れかと思いますので、カイトさんがお休みになられるまでの時間、質問に対する回答と言う形でお話させていただきますね。何か、気になった事は御座いますか?」

「あー……気になる事だらけ、と言うのはあるけど。その前に、僕の接し方はもっと砕けてもらって構わないよ? お世話になるのはこっちだし、サクラは僕の召使いじゃないんだから」



先程、地下階段を上っていた時の、若干地が出ていたと思われるサクラを思い出す。僕はあのくらいの方が魅力的だと思う。



「……はい! カイトさん!」



 そうそう自然体が一番です。でないとゴッフッ! 心の中で血を吐く。薄かろうと厚かろうと、仮面を被るのは疲れるからね。最悪入院にまで至る程に。



「では、改めて……何かありますか?」



 こ、これは伝説の“トゥーチャエフェクト”!

 別に伝説でもなんでもないし、エフェクトと言う訳でもない。ましてやトゥーチャ専用でもない。ここに来て何となく僕は、トゥーチャの首を傾げる行動が周囲に及ぼす影響を鑑み、一種の現象として“トゥーチャエフェクト”と名付けて勝手に崇めていた。


 今はサクラが、ほんの少しだけど首を傾げてこちらを向いている。



「とりあえず、あの迷宮? について聞いておきたい。あれは何?」



 彼女の表情から、気を引き締めた事がわかる。それなりに覚悟が必要な話なのだろう。

 覚悟……はあるかどうかわからないけど、僕に出来るのは受け入れる、と言う事だと思う。



「はい、カイトさんが最初に見た、いえ、居た、でしょうか。カイトさんが居たのは、【重積層迷宮都市ラトレイア】と呼ばれる、この世界にある中でも最大級の大迷宮です」



 “迷宮”と聞くと、普通いくつもの階層で構成されているものを思い浮かべる。

 翻訳のミスとかでなければ、“重積層”なんて大層な言葉を付けると言う事は、その規模が尋常じゃないと言う事を表しているのだろう。



「実際に明日お見せしますが……ゼンジさん……あ、この方も日本人なのですが、ゼンジさんは『空前絶後の神話級大迷宮』と表現していました」



 “空前絶後の神話級”からは北欧神話に出て来るユグドラシルを僕は連想する。世界を体現する世界樹。人一人の想像力では及ばない程の規模を持つ。

 つまり、そう言う事なのだと、暗に伝わって来る。



「なるほど、とてつもない規模だと言うのは何となく伝わった」

「はい、【重積層迷宮都市ラトレイア】、今は単に“迷宮”と呼びますが、この世界に遥か昔から存在する【神代遺構】の上に建てられたと言われている巨大建造物です。そして今私達が居るのが、迷宮に隣接して作られた【迷宮探索拠点都市ラトレイア】です。今“ラトレイア”と言うとこちらを指して呼びます」

「どっちも都市でややこしいけど、迷宮の方を“迷宮”。街がある方を“ラトレイア”ね、わかった」

「はい、内部は深層に行けば行く程に真っ直ぐ歩けない程空間が歪んでいて、本格的に探索が始まって数百年経った今でも全容はわかってはいません。そして空間が歪んでいる、これは時間や次元すらも……と言われています。つまり――」



 つまり――



「異なる世界、カイトさんの世界、“地球”にも繋がってしまっていると言う事になります」



 僕は喉を鳴らす。

 つまり僕はそこに、運良くなのか運悪くなのかはわからないけど、入り込んでしまったと言う訳だ。

 今もまさに、内部ではその空間とやらが歪んだ状態と言う事なら、今この時も誰かが迷い込んでいるのかも知れない。誰だか知らないけど、何てものを作ってくれたんだ。


 額に手を当て、考え込む僕のもう片方の腕にサクラが手を添えてくれる。温かい、良い娘だ、本当に。思わずホロリと行きそうだ。



「ごめん、大丈夫。だとしたら、今も迷宮内には彷徨っている地球人が居るのかも知れない。そう考えたら、不安になってしまったんだ」



 心配そうな表情のまま、優しく微笑む彼女。



「はい、お察しします。事実、来訪者の方の保護は偶然に頼るしかなくて、その大多数は、迷宮内で……命を……落としている、と言われています」



 途端に泣き出しそうになるサクラ。別に彼女が気に病む事ではないと思うのだけど、こればかりはどうしようもない。



「……私、私は……カイトさんが、無事に、保護されて……とても嬉しい、です」



 柔らかな暖色の室内灯の下、一筋の涙が桜色を湛えテーブルに落ちる。


 僕はその悲しそうな笑顔に、何か報いる事は出来ないのだろうか……。

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