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笑わない龍血の姫と笑わせたい灰の騎士 ~ゲーマーが異世界を行く~  作者: ぼたもちまる
第一章 ゲーマーが行く 迷宮探索拠点都市ラトレイア
6/20

幕間一 八城 桜 ファラウエア のその日

 久坂 灰人が迷宮から保護されて、寝落ちしていた頃――




「出来ました!」



 ここは日本料理屋『鳳翔』。

 監督官の仕事が休みの日には、こうしてお店の手伝いをしながら日本食の勉強をしています。

 出来上がったお味噌汁を小皿に取り分け、ゼンジさんに渡します。



「うん、美味い。新しい食材に挑戦しても良い塩梅だ。これならもう嫁に出しても問題ないな!」



 はっはっはっと笑うゼンジさんからお墨付きをいただけました。

 お嫁に行く予定はまだありませんが、いつか料理を振舞える相手が……と言うのは良いですね。


 出来れば……



「サクラっち! サクラっち! 大変ナ!」



 大きな声を上げ、まだ準備中のお店に小さな人影が飛び込んで来ました。トゥーチャさんです。



「どうしました? トゥーチャさん。確か今日は、下層区を目指すと迷宮に向かう所を見送ったと思うのですが……」



 歴戦の上位探索者のパーティであるトゥーチャさん達が、一日と経たずに何かあるとは思えないのですが……ただ事ではない様子です。



「それが大変ナ! 地球人! 来訪者保護したナ!」



 ゼンジさんも要領を得ないと言った風です。

 確かに、来訪者が保護されると言うのは、私達にとっても来訪者ご本人にとってもこれ以上ない一大事です。



「確かに大変ですが、今ギルドにはエリッセが居ますよ?」

「違うナ! 日本人! 日本人ナ! サクラっち、日本人を保護したナ自分の所にって言ってたナ!」



 本当ですか!

 確かに、親しくしている探索者の皆さんにはそうお伝えしています。


 保護監督官になってから三年。最後に日本の方が保護されてからは九年。

 ご本人の事を思うと、本当はこんな事は思ってはいけないのです。ですが、本当に私は、待っていたのです!


 ゼンジさんを見ると頷いてくれています。ありがとう御座います!

 私はお辞儀をしてお店を飛び出しました。





「待て、待つ、ナ……サク……ち、ぐる……し」



 はっ、路地を駆ける私の腕でトゥーチャさんが顔を青くしていました。

 つい勢いのままに、脇に抱えて飛び出してしまったようです。そっと地面に降ろします。



「ああ、トゥーチャさん、ごめんなさい。居ても立っても居られなくて……」

「ゴホッゴホッ……べ、別に良いナ。サクラっち、日本の事大好きナ」

「はい、トゥーチャさん、ありがとう御座います。では、失礼して……」



 今度は首が絞まらないように、背後に回り脇の下から手を回して抱え込みます。これなら大丈夫です。



「ちょ、ちょっと待つナ。べべ別にあたしは……アーッ!」



 一息に屋根の上に飛び乗ると、勢いのままに駆け出します。

 屋根から屋根へ、壁を蹴り、飛び越え、途中に河もありますが水上を走れば問題はないでしょう。


 これは……とてもはしたないですが、仕方ありません。

 礼に厚い日本の方なら、多少お待たせしても怒ったりはしないと思います。ですが、私がお待たせしたくはないのです。


 路面に着地し駆け出す際の衝撃で、迷宮から帰って来たばかりと思われる探索者の皆さんを吹き飛ばしてしまいました。



「ごめんなさーい! 後で謝罪に伺いますー!」



 私の駆ける衝撃で吹き飛ばされる人は一人二人ではありません、この区画は屈強な探索者の皆さんばかりとは言え、後で深く謝罪に伺わなければなりません。

 でも、仕方ないのです。来訪者の、日本の方をお待たせしたくはないのです!


 探索者ギルドが見えて来ました。丁度五分程です。これなら……



「はっや……ありえナ……」

「トゥーチャさん? トゥーチャさん!? 大丈夫ですか!? 場所どこですかー!?」




 ――ギルドの入口を掃除していたエリッセに見付かり怒られました。


今、私達は足早に階段を下りています。



「トゥーチャさん、本当にごめんなさい」

「だだ大丈夫ナ、相変わらずすんごいのだけは良くわかったナ」



 本当はちゃんと謝罪をしなければいけないのですが、今私は頬が熱くなって仕方がありません。

 どのような人なのでしょうか……そればかりが胸に思い浮かび、今直ぐまた駆け出したい気持ちです。

 狭い地下階段でそれをすると大変な事になり、エリッセにまた怒られるので出来るだけ静かに歩きます。静かですよ? 静かに歩いています。トゥーチャさん、下まで抱えましょうか? 首を凄い勢いで振っています。残念です。


 長い階段を下り、ようやく下に着きました。

 その方は待合室にいらっしゃるようです。足早に室内に入ると、待合室は閑散としていて人が居ません。夕方の今の時間ですと皆酒場に行ってしまうので、いつもこんなものなのです。


 ですが今日は、一番奥の机に伏せている方が一人……間違いなく黒髪です!

 迷宮を抜けて来られてお疲れなのでしょう。心配です。



「あの人ナ。サクラっちの言う通り、ごはんとかあげたナ『アリガトゴジャジャ……? ゴジャマシ』とか『オイシ!』言ってお辞儀してたナ、間違いないナ」

「そうでしたか。トゥーチャさん、改めてありがとう御座います。お礼は後日ギルドから送られますので、待っていて下さいね」

「レッテは『サクラの笑顔が何よりのお礼』だって言ってたナ。気にしなくて良いナ」

「ふふ、相変わらずですね。レッテさん達にも、また改めてお礼に伺いますね」



 ニッコリ笑うトゥーチャさん。本当に気の良い人達です。

 あの方が、トゥーチャさんのパーティに出会う事が出来て良かったです。



「それじゃ行くナ。迷宮にはまた出直すナ」

「はい、これから鳳翔ですか? トゥーチャさん、ナポリタン好きですものね」

「ナ! オイシ! は皆大好きナ!」



 話してる内に日本の方がお目覚めになられたようです。目が合いました。黒髪の、男性の方です。

 トゥーチャさんが、男性に向かいお辞儀をして行ってしまいました。

 ふふ、今日はいつものように宴会なのでしょう。スキップしながら行ってしまいました。本当に、ありがとう御座いました。


 視線を男性に戻します。思わず笑みがこぼれてしまいますが、私、変ではないでしょうか……緊張して来ました。

 その瞬間です! 急にその男性が立ち上がったと思うと、背筋を正し、深くお辞儀をしたのです!


 ああ……やはり、私の知る日本の皆さんがそうであるように、お爺ちゃんの話してくれた日本人がそうであったように、この方も礼儀に厚い日本人そのままの方なのですね。


 嬉しいです、凄く。私が憧れた、日本そのものの姿に。胸の高鳴りが止まりません。どうしましょうか。


 顔を上げられる男性。

 驚いて何かを考えられている様子……はっ、そう言えば、私には地球人にはない耳と尻尾があります。

 初めてこの世界を訪れる来訪者の方の中には、異質な姿を見て驚かれる方も大勢いらっしゃいます。

 早急に、安心していただかなければなりません。


 私は驚かせないように、細心の注意を払ってゆっくりと男性に近付きます。





「初めまして、異なる世界よりの来訪者さま。私は日本コミュニティ保護監督官、八城 桜 ファラウエアと申します。ようこそ、お越し下さいました」



 精一杯のおもてなしの気持ちを込めて、丁寧に挨拶をします。

 私を見て、再び考え込まれている様子ですが、焦ってはいけません。今は待ちます。


 その方は、堅実そうな面立ちに、背は私よりも高く細身で、やはり迷宮を抜けて来たからでしょう、とてもお疲れの様子です。

 視線は私の耳を見ていますが、これは自分の意思ではどうにも出来ないので、少し恥ずかしいです。



「は、初めまして。僕の名前は久坂 灰人と言います。えーと……ヤツシロさん?」



 お名前を伺えました! どう言う漢字を書くのでしょうか……海、人? 都かも知れません。素敵なお名前です。



「はい! カイトさん! 私の事は“サクラ”とお呼び下さい!」



 尻尾も揺れてしまいますが、これも仕方がないのです。止められません。



「わかった、じゃ、じゃあサクラ、色々と聞きたい事があるのだけど……」



 名前を呼んでいただけました。嬉しいです。



「はい、ここでは何なので、落ち着ける場所に移動してからお話しましょう。質問も、その時で構いませんか?」

「うん、わかった。ありがとう」



 表情まで、もう止められません。




 ずっと長い事、日本に憧れていました。


 小さい頃から、お爺ちゃんに話で聞かされていた異なる世界にある国。

 四季があり、水と緑の豊かな大地、そこに住む人々は皆礼儀正しく、大変な事があったけど、それでも挫けずに頑張って豊かになって来たと。

 この世界で出会う日本から来た来訪者の皆さんは、お爺ちゃんの話の中にあった通りの人達で、今もとても良くしていただいています。


 お爺ちゃんの、日本人の血が流れているのに、決して訪れる事は叶わない見た事のない故郷ふるさと。私にとっては遠い、遠過ぎる、お伽の世界。


 ずっと……ずっと、憧れていました。

 せめて、行く事が叶わないのなら、この世界に迷い込んでしまった日本の方のお力になりたい、支えになりたい、と。


 ……やっと、願いの一つが叶いました。


 今日、私は、カイトさんの専属保護監督官になります。

 “保護監督官”と言う肩書きはあまり好ましくないので、そうですね……メイド、ですね。専属メイド、良いかも知れません。これで行きましょう!


 今日はお疲れでしょうから、色々な事は後日にして、家に帰ったらまずはベットメイクでしょうか。ゆっくりお休みいただきましょう。

 あ、でも夕餉を召し上がるかも知れませんね。でしたら何か……日本食で優しいもの……お粥、いえ、お茶漬けにしましょう。


 ふふ、こんなにも早く料理を振舞える相手が現れるとは、思ってもいませんでした。



 不束者ですが、よろしくお願いしますね、カイトさん。

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