第十四話 誰でも出来る【鉄棺種】の倒し方
「困りましたね……」
困っているのは僕だ。
今僕はサクラと一緒に湯船に浸かっている。
どう言う事かと言うと、悪漢に付けられた傷の治療と言う名目でだ。別にやましくはない……と思う。
湯に身体を投げ出し、半分仰向けになった僕のお腹にサクラが手を当てている。
温熱療法のような、何かそんな事をしているみたいで、ぬくい……とほっこり出来ない程にお腹が熱い。
傍にはバスタオル一枚のサクラなので、熱いのは別の理由もある。
「うん、困ったね。正直な話をすると、迷宮には興味がある。でも自分の能力を考えたら、近付くのは危険と判断している」
「はい、それを聞いて少し安心しました。来訪者の方の中には興味本位で迷宮に入り、そのまま帰って来なかった人が多く居るので……。元の世界に戻れた方が居るかどうかはわかりませんが、多くの方が亡くなっていると言うのは確かです」
「やっぱり迷宮に関して言い淀んでいたのは、僕を心配してくれていたからなんだね。ありがとう」
「ごめんなさい。危険を判断していただくのに、早くにお伝えしなければいけない事は沢山ありました。それに、私はまだ覚悟が出来ていなくて……」
まだ何かある、と言う事だろうか。
核心に迫る“やばい話”。ピリピリとした嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「そうだ、“第三種”について聞いても? 何だか高等種と言うのと同等に近い印象を受けたのだけど」
「はい、そうですね……“第三種”に関してはリシィさんも勘違いしているようなのですが、単純に地球人類種の事を指しています」
「単純な分類上のものかあ」
その割にはリシィの僕を見る目には、“期待”が込められていたようにも思える。
「いえ、実は……この世界の純血種にはなくて地球人にだけある特徴に、体内に“神脈炉”を持つと言うのがあります」
「え? 神脈って、地球では霊脈や龍脈と呼ばれているって言っていたあれ?」
「はい。理由は良くわかってはいませんが、地球人はこの世界の神脈から力を汲み上げ、体内で増幅する“炉”を持っているそうなのです」
「……この世界に来た後も、特に何か変わった感じはしないけど。どう言う?」
「そうですね、自覚に現れるとしたら“病気に掛からない”や“身体が軽い”と言った程度なので、変調に気が付かない方も多いです」
『キタコレ!』と思ったけどそんな事はなかった。
……と言うか熱い! お腹すっごい熱い! サクラさん!?
出来るだけ見ないようにしていたサクラの方を向くと、頬を上気させ視線と獣耳を落ち着かなさそうに彷徨わせていた。
湯は微温く調整してあったので上せたとかではないと思うのだけど、纏め上げていた髪が少し乱れ、汗で濡れた肌に張り付き絶妙に色っぽい。
「……サ、サクラ? どうしたの?」
「あ、はい! ごめんなさい、話の続きですね。それと、もう一つの特徴として……神脈炉は混血であったとしても、こど、ここ……こど、こ! 子供に……受け継がれます」
あー……半裸の状態でする話ではなかったですね。
どもり過ぎたサクラは、既に顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。その様を見て辛うじて冷静さを保てている僕。これは酷い。
暫しの沈黙が続くも、徐々に居た堪れなくなって行くので覚悟を決めて口を開く。
「え、えーと……と言う事は、サクラにもその神脈炉が?」
「は、はい! 私と、私の母はお爺ちゃんから神脈炉を受け継いでいます。その……そしてここからが重要なのですが、この世界の種族と地球人との混血は、神脈炉の影響で持つ力が何倍にも増幅されます」
「と言う事はサクラは……」
「はい。私としては、この力はあまり思わしくはなかったのですが……神代に起源を持つ焔獣アグニールの血と地球人の血が混じった事で、他に類を見ない力を発現してしまっています」
……な、なるほど?
サクラに対する周りの反応って、要するに崇敬や畏敬に近いものなのか?
来訪者である地球人が、ここまで過剰に保護される理由の一つでもあると言う訳だ。むしろ一番の理由な気もする。
リシィが勘違いするのも納得が行った。
「うん、良くわかった。とりあえず、お腹も大分楽になったからもう上がろうか? 上せてもいけないし」
「あ、はははい!」
サクラが限界です。
◆◆◆◆
――五日後。
リシィとの話は、今の所保留になっている。
どうやら相当な名家らしいテレイーズ家からの申請では、探索者ギルドもおざなりには出来ないと言う事だからだ。
『凄いわね。将棋って奥が深いわ』
僕の傍で、リシィが机上の将棋を見て興味深そうに呟いた。
机には僕とリシィの他に、将棋の対局相手のヨエルと木彫りのパズルを一心不乱に弄っているムイタが居る。
カウンターの中では昼食の片付けをしているサクラとテュルケ。
リシィ達と出会った後、郵便配達を一先ず終えた僕は、空いた時間にヨエルとムイタに遊びを教える事にしたからこの状況だ。
将棋やパズルは親方の所に相談に行ったら既にあった。流石だ。
『王手! へっへー、また俺の勝ち』
『おお……ツギ ヒシャ カク ハイル シヨウ』
『ええー!』
僕は別に将棋は強くはないけど、一応ハンデとして飛車角抜きでやっている。
ヨエルは筋が良いのか、直ぐに飛車角抜きでなら接戦するまでになっていた。
『今度はお姉さんとやらない?』
『良いぜ! リシィねーちゃん、カイトにーちゃんよりやり易いからな!』
リシィは相変わらずのポーカフェイスだけど、若干不服そうにも見える。
どうも将棋のルールを教えた時から、学問の一種だと思っている節もあった。
リシィとテュルケは普段午前中はどこかに行っていて居ない、昼過ぎたくらいに戻って来ては座学の時間までこうして兄妹の相手をしてくれていた。
基本無表情なのだけど、感情がないかと言ったらそうでもなく、明らかな“目の色”として現れるのである意味わかり易い。
今の所把握しているのは、緑が今みたいな平穏な時、黄は他の色に混じっている事が多いけど関心を持っている時だと思う。赤は明らかに警戒や敵性の色。
他の色はまだ見ていない。そうして気が付いてみると、初めて会った時はまだ警戒されていたのか。
『にぃ~、ねむねむ~』
『あ、ムイタ。これ終わったら帰ろうな』
ちなみにムイタの中では僕が『にいちゃ』でヨエルが『にぃ』だ。
ヨエルは面倒見の良いお兄ちゃんだ、本当に。
そして一昨日から、午後は【鉄棺種】の講義だ。
サクラがそのまま講義を担当するので、流れで僕も受けている。
だけど、“流れで”と言うのはあくまで建前で、僕自身はどうしても受けておきたかった。
一日目は以前僕が受けた説明と対して変わりはなく、二日目に【鉄棺種】の種類や構造について。
もらった教科書にはイラスト付きで図解が載っていたんだけど、これは多分日本人の仕業だな……ノリがアニメ等で良く見掛ける『説明しよう!』だったから。
種類は僕が遭遇した“労働者”、既に話に聞いていた“正騎士”と“従騎士”。
他には“守護騎士” “砲兵” “騎兵” “戦車” “飛馬” “巨鷲” “巨兵”等々。
特に五十メートル級の巨兵が(未討滅)になっているのがやばい。
名付けに統一性がないのは、確認された年代も名前を付けた人もバラバラだからだそうだ。主に来訪者が名付けをしているとも。
『それでは、本日は“倒し方”を解説します』
教室で講義が始まる。と言っても、宿処のいつもの円卓でだ。
『お願いするわ』
『頑張ります!』
僕も二人の意気に押されて勢い良く頷く。
『“倒し方”と言っても、やる事は魔物を倒す時と変わりはありません。要するに“核”を破壊する、それだけです』
『それなら簡単そうに思えるけど、そう言う訳ではないから講義があるのよね?』
『はい。【鉄棺種】には、魔物が持つ甲殻よりも遥かに硬い装甲が備わっていますから、核に至る手段が必要になります』
魔物と戦った事も見た事もないので、簡単そうには思えないのですが。
トゥーチャ達に助けられた時に見たパイルバンカーも、実は威力を全て伝える為に装甲を掴んでいるのだとか。『はぁ?』だよ。
『貫通力の高い……攻撃ね。それなら私の神器でどうとでもなりそうだけど』
『お嬢さまの【銀恢の槍皇】なら、どんな装甲もペラペラの紙同然です!』
『頼もしい限りですが、【鉄棺種】は恐らく神代由来だと言う事を忘れないでください』
『……!』
神器に、ジルヴェ……何? 【神代遺物】とは違うのだろうか。やばいなこの人達。
『リシィさんの神器であれば、話に聞いている限りではそのまま破壊出来る可能性があります。ですが、万が一それが不可能だった場合……』
『不可能だった場合……?』
『他の探索者も利用している“侵蝕”を以て討滅します』
何だか良くわからないけど、少し興奮して来てしまった。
自分でも倒せる可能性があるのではと言う願望のせいか、今までは持ち上げられて落とされる事が多かったから。
瞳が黄に若干赤が混じっているリシィと、正に『ゴクリ……』と喉を鳴らし手に汗握った風のテュルケ。
『【鉄棺種】が生体組織に侵蝕されているのは昨日触れた通りですが、その生体組織は装甲の内部にまで侵蝕しています』
『ご覧ください』とサクラは机の下から漫画単行本サイズの板……【鉄棺種】の装甲を取り出し机の上に置く。
見ると迷宮で最初に見た奴と同じだ。緑色の塗装に赤茶けた露出を見せる地。
しかし明かりの下で良く見ると、その赤茶けた部分が湿り気を帯びている事がわかる。
「まさか、これ……」
『はい、この赤茶色になった部分が生体組織に侵蝕された装甲です』
『初めて見たけれど、こんな状態になっても動いているのね……』
『うえぇ……気持ち悪いです……』
そう、蠢いている。
普通これバイオセーフティレベル四とかだ。間違いなく深刻な収容違反だよ。
『人間には害はないので、触っても大丈夫ですよ?』
ないんかーい!
『どうぞ』と言う風なサクラはひょっとしてサドっ気あるの? 絶対に嫌だ。
『サワルタクナイ』
『同意するわ』
『あのあの……私も触りたくありません』
満場一致により可決された事によりSC……じゃなかった、装甲は仕舞われた。
『ご覧になった通り、生体組織に侵蝕された装甲はその構成を破壊されます』
『そうか、つまりそこを狙えば良いと言う訳ね。思っていた程難しい事ではなさそうね』
『はい! お嬢さま!』
んー……どうだろうな。
僕は正騎士を見ている。あれの装甲には侵蝕がなかった。
破壊された所にあったとしても、最初の労働者からは考えられない程に銀一色だった。
『慢心は駄目です。侵蝕には個体差がありますから、確実に核に届くかどうかと言うのは相対してみるまではわかりません』
やはりたしなめられる。
そうでなければ、恐らくラトレイアでも“強者”に位置するだろうサクラが『危険』とまで言う筈はないからだ。
そしてリシィも間違いなく“強い”。
だから慢心が油断になって最悪を生む。
僕は力の上では弱者だからこそそこまで思考が及ぶ、と言うのは皮肉が効いているけど、軍師とか司令塔としての役割なら出来るのでは。ストラテジーならそれなりに……。
何となく方向が見えた気がしたけど、護る対象が居ると言うのは弱点ともなるか……。
夕食の準備の時間になるまで講義は続く。
“核”の場所、それだけはしっかりと頭に刻み込む。