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笑わない龍血の姫と笑わせたい灰の騎士 ~ゲーマーが異世界を行く~  作者: ぼたもちまる
第一章 ゲーマーが行く 迷宮探索拠点都市ラトレイア
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第十二話 都合の良い神や悪魔はどこにも居ない

 郵便配達員として、街角で兄妹と知り合ってから万事事もなく五日が過ぎた。

 兄妹の事はルニさんにも伝え、父親からの手紙が来たら教えて貰えるようにお願いもしてある。



『今日もないなあ。カイトさんはそれがどう言う事かわかってるんねえ?』

『ハイ 迷宮 ハイル キケン』

『うん、それにこれは良くある話。カイトさんも、あんまり気にして心を痛めんようになあ?』

『ハイ ダイジョブ』



 そう、良くある話なんだろう。

 出来るとしても祈るだけ、と言うのは何とももどかしい。



『デハ イテキマス』

『はい、いってらっしゃいな~』



 郵便局での職業体験は今日で終了だ。

 兄妹の事があったので当初の予定より倍に延長してもらったけど、その間も手紙は来ていない。

 勿論続ける事は出来る。せめて父親の安否がわかるまでは見ていてやりたいと言う気持ちもある。


 ただ、まだ明確にはならない曖昧な感じでだけど、“探索者”と言うものに興味が湧いてしまっていた。

 困った表情をするサクラが目に浮かぶし、探索者になったからと言って何が出来るでも、何を覆せるでもない事は重々承知なのだけど。



「でもな、地球人なのに探索者になっている人が居るってわかったら、自分でも何かせずにはいられないよなあ。どうしよう」



 迷宮内で、来ているかどうかもわからない両親の痕跡を探したいと言う理由もある。

 目に見えている迷宮の規模を考えただけでも、砂漠でダイヤの原石を探す程の徒労になる事もわかっていた。



 そんな事を考えながら、足早にこの六日目で大サイズになった鞄を肩に街を巡る。

 胸に抱えてしまったモヤモヤとした思いは、今集中しなくてはならない事からしたらあまり宜しくはない。



『あれ、カイト兄ちゃん、今日早いな?』

『にいちゃ~』



 ヨエルとムイタだ。



「え、あ? 道間違えたー!」

『カイト兄ちゃん?』

『あ、ああ……道 マチガウ』

『あははっ、しょうがねえなー。いつも一番地から順番に回ってるんだろ? ならこっちの通り行けば抜けられるぜ』

『おおお、アリガトウ ヨエル』

『間違って迷宮入り込むなよー』

『にいちゃ~バイバ~イ』



 それは洒落にならないので、さすがに御免こうむりたい。


 兄妹と別れてから元のルートに戻り郵便配達を続けるも、どこか身が入らない体ではいつもよりも時間が掛かっている事にも気が付けずに居た。




 気が付いたのは東の空に赤みが差して来てからだ。



「ああっ!? もうこんな時間!?」



 別に夕方が終業時間と言う訳でもないので焦る必要はないのだけど、残った郵便物の束を見て少し気が急いてしまう。



「いけないなあ、気にした所でどうにもならないんだから、まずは日を生きるのに気を引き締めねば」



 周りからは、ブツブツ独り言を呟いている怪しい来訪者に見えているのは間違いない。

 頭を切り替えて、今まで以上に迅速に終わらせよう。




◆◆◆◆




 結局、粗方配達が終わったのはそれから二時間も経ってからだった。


 陽は落ち、辺りは暗く、既に月が屋根の上にその姿を見せていた。

 救いは月明かりと街灯で明るいと言う事だ。



「はあー、もし文明未発達の異世界に転移していたら、今頃野盗に襲われている所だったよ」



 空になった鞄は軽く、歩く妨げにはならない。郵便局への帰路を足早に歩く。

 遅くなった原因は最初に身が入っていなかった事と、いつものルートよりもかなり外れた位置に一軒配達先があった事だ。卒業試験か何かだろうか。


 通りから大分離れたせいで人通りも少なく、街灯で明るいとは言っても、歩いているのが自分一人になると途端に心細い。

 やはりここは僕にとっては今だ異世界なのだ。


 ああ……サクラの笑顔が心に沁みる。早く帰ろう。



『――付かないでっ!』



 そうそう、ゲームだとこう言う時に限ってイベントって起きるんだよね。


 ……って、おぉいっ!


 何処からか、言い争う人の声。

 うーん、痴話喧嘩とかそう言う類のものなら、変に第三者が首を突っ込む訳にもいかないんだけど……。


 声がした路地裏を覗き込む、影になっていて正確に把握は出来ないけど状況的に二対三と言った所だ。

 まずは大柄な男が三人、その男三人に壁際に追い詰められたようになっている残りの二人。


 ……何てこった……メイドさんだ。


 今度は大正メイドではなく、黒地に白のエプロンドレスの西洋メイドさんだ。

 やけに背の低いメイドさんが、背後に立つもう一人を男達から庇うように立ち塞がっている。

 そのもう一人はフードを目深にマントを羽織っているので、体付きから女性かな? と思わせるだけで表情は伺えない。


 何かを話してはいるのだけど、聞こえて来るのは威勢の良いメイドさんの声だけだ。



『それ以上近付いたら! ……あのあの、そう! ぶっ飛ばします!』



 ……断言しよう、無理だ!


 『ぶっ飛ばす』と宣言するも、メイドさんの身長は百四十センチあるかないかで、体格も相まってとても小柄なので男三人に向かうにはあまりにも非力だ。

 対して、向かう男達を一言で言い表して行くなら“トカゲ男” “トラ男” “ゴーレム”だ。人なのかどうかすらわからないゴーレムなんて、メイドさんの倍以上の身長がある。体積で比較したら言うまでもない。


 しかしどこか躊躇するような男達、うん? サクラの例もあるし、ひょっとして見掛け以上に何か凄い……ああ、あれは迂闊には手を出せない。


 そう、小柄な見た目とは反するように不釣合いな程に大きいメイドさんの胸部が、決して背後には通さないと言う強い意志の元に、両手を広げ余計にその存在を誇張して男達に向けられていた。


 良識ある男性であればある程に決して手を出す事が出来ない、例え問答無用にそこに触れようものなら、更に容赦のない天中殺が下る。

 社会的な意味で、己が存在そのものが“抹殺ロスト”するのだ。


 と言うか、本当にどうしよう。案件だよねアレ。



『あっ、あうっ……!』



 考える間もなかった。

 トカゲ男がメイドさんの肩を掴み、勢い良く横に払い除けたのだ。


 人としてどうか、男としてどうか、と言う以前に僕の紳士としての矜持に反する行為だ。


 石畳に倒れるメイドさん、それを見たフードの人物が腰に下げた剣に手をやる。



『やめろ!』



 後先を考えないのは良くないとは思う。

 だけど、自分でも良くわからない衝動に突き動かされ飛び出してしまったのだ。

 路地の入口に姿を現し、自分でも吃驚するくらい偶然にも流暢に声を上げた所で、何も策を用意していない事に気が付く。



『何ダお前は』



 男達がこちらに向く。



『ソ、ソレ ヨイ ナイ ナ?』



 路地裏に何とも言えない微妙な空気が流れる。

 助けに入った筈のメイドさんにまで『何だこいつ』的な目で見られている。


 ああ……もう良い、やってしまった事は仕方がない。

 僕に注目が向いてる隙に逃げてくれ。その後で僕も逃げるから。



『本当に何ダお前は?』



 ゆらりゆらりと長い尻尾を揺らしトカゲ男がこちらに近付いて来る。

 やばい、殴られるだけで済むのかこれ? いや、来訪者だと分かれば――


 次の瞬間腹部に強烈な衝撃を受けた。

 目にも留まらぬ所ではない、大きく踏み込んだ男の抉り込むような拳が、瞬く間に僕の腹に打ち込まれたのだ。



「げえっ! がふっげへっ! げええええっっ!」



 前のめりに地面に膝を付きえずく。堪え切れない涙が滲み、灼熱に沸いた腹は痛みを我慢出来ない。

 トカゲ男は容赦がない、一瞬で抵抗も逃げる事も出来なくされた僕の頭を横合いから蹴る。

 無様に壁に打ち付けられ、切れた額から血の筋が垂れる。



『何ダこいつ? 警士隊かと思ったガ弱過ギる』



 視界が明滅し、揺らいだ視線で見上げると、トカゲ男はまるで虫でも見るかのような目で僕を見ていた。

 情けない、戦う力があるなんて思い上がっていた訳ではないけど、本当に僕はこの世界では何一つ抗う事が出来ないのか。



『げほっ、はぁ、はぁ……ヤメ ロ ケンカ ナイ ダメ』

『はあ? 力のない雑魚ガなに人様に指図してるんダ?』



 メイドさんとフードの人物は呆然とこちらに視線を向け、逃げようとすらしていない。

 これじゃ殴られ損だ。




 ――力が欲しい。




 よろよろと身体を起こす。

 壁を支えに膝立ちになるので精一杯だ、トカゲ男を見上げる。

 下手したら殺されるかも知れない。それでも……負けたくはない。


 負け惜しみだとわかっていても、男達を睨む。

 酷い事になるとわかっていても、言葉を止められない。




 ――何もかもを覆せる力が欲しい。




 この胸に滾る衝動がどこから来るのか、僕自身にも良くわからない。



『ヤメロ ト イッテイル』



 苛立つトカゲ男、ならせめて、こちらが倒れる前に噛み付いてやる。




 ――常在不変の何者にも決して侵されない力が――欲しい。






『こいつ……ブち殺……』



 その時、言い掛けたトカゲ男は何かを感じ取ったのか、突然踵を返し一息に僕から距離を取る。

 甘い花の香り、柔らかい風を纏って、大正メイド服の少女が闇夜の空から僕の前に優しく舞い降りる。


 僕からは影になっていて彼女の表情は見えない。



『またか。何ダお前等ブっ殺してやろうか!? ああ!?』



 怒気を荒げるトカゲ男。

 だけど、トカゲ男が行動を起こす前に何かに気が付いたトラ男が声を上げる。



『……!? 待て、こいつ■■鉄槌だ! 三年前の■■■を沈めた焔獣アグニールの■■■!』



 途端顔色を変える男達。



『なっ!? 騎士殺し!? 何でそんな奴がここに!?』

『まずい! 逃げ――』



 どんな体捌きと歩法があればそれを可能にするのか、瞬きの一瞬で目の前から掻き消えた少女は男達に接していた。

 粉雪を受け止めるような緩やかな仕草で、少女の伸ばした腕は逃げようとしたトカゲ男の背に触れる。


 次の瞬間、路地裏にズンッ――と重く響く衝撃音と共に大気が弾けた。


 人智を超えた力に押された空気は荒れ、踏み込まれた足は硬い石畳を事もなげに割り、衝撃は大気を伝わり路地の出口を求め殺到する。


 ……これは……重い。

 目に見えない圧迫が痛みに疼く腹を打ち据え、僕は身動き一つ取れない。


 トカゲ男は、ただの掌底一打で残りの男達を巻き込んで路地の奥へと吹き飛ばされて行った。轟音と共に石壁に激突し、その姿を瓦礫の下に消して行く。




 ……力の差は歴然じゃないか。

 僕と男達の差、男達とサクラの差、そして僕とサクラの差。


 言葉にならない思いが胸を打つ。


 既に傍らには、膝を付き寄り添うように身体を支えてハンカチで僕の血を拭っているサクラが居た。

 瞳には大粒の涙が月光を反射して光っている。



「ごめんなさい、後一歩早く駆け付けていれば……」



 断じて彼女のせいではないのに、僕の自分を顧みなかった行動がサクラを泣かせてしまった。



「……ごめん。僕の方こそ無謀が過ぎた。本当にごめん」



 最善は最初からサクラに頼る事だった。


 勇敢と無謀を履き違え、出来る事と出来ない事を認めず、女性に頼る事を良しとしなかった無駄な矜持と無駄な正義感が、結局最悪だった。

 『無駄』だとは言いたくはないけど、実力が伴わないのであれば、やはりそれは“無駄”となってしまう。


 元居た世界と同じく、力を欲しても、そう都合良く与えてくれる神も悪魔もこの世界には居ない。



「サクラ、いつもありがとう」



 困ったようにサクラが笑った。

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