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笑わない龍血の姫と笑わせたい灰の騎士 ~ゲーマーが異世界を行く~  作者: ぼたもちまる
第一章 ゲーマーが行く 迷宮探索拠点都市ラトレイア
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第九話 やらかしてくれた人 が あらわれた

「それではカイトさん、丁度正午を回った所なので、場所を移動して昼食にしませんか? ご紹介したい方も居ます」



 袖から取り出した懐中時計を見ながらサクラが言った。

 家にも時計があった事から、特に今は驚かない。この世界にも普通に時計がある。


 一日が二十四時間なのは変わらないけど、スマートフォンで確認した時刻よりも二時間程のずれがあった。

 異世界だし、迷宮内は時間も歪んでいると言う事なので、特に気にする要素でもない。



「うん、わかった」

「最後に、何か今までの所でご質問はありませんか?」



 ん……んー? 今聞いておきたい事か……それなら、こればかりは聞いておかねばなるまい!



「じゃあ一つだけ、“魔法”ってある?」



 ファンタジーかと思っていたらSFの世界だったので不安なのだけど、一応聞いておかないと収まりが付かない。

 何故か少し考え込むサクラ。



「“魔法”がどう言ったものか、と言う概念自体は来訪者の方から伝わっていますが、はっきり申しまして、体系化された“魔法”と言うものは存在しません」



 ……そうか、魔法が使えるようになれば、僕にも何か役に立つ事が出来るかなと考えていたのだけど。駄目か。



「ですが、その代わりに種族固有の特殊能力なら、この世界にもあります」



 そう言って、彼女が弾くように人差し指を立てると、指先に小さな火が灯る。


 ……!?



「何したの今!?」

「私は日本人の血が混じってはいますが、その前に、この世界の種の分類における“アグニール高等焔獣種”と呼ばれる種族の人間です。種族の特徴は火や熱を操作する器官を体内に持つ、と言う事です。でも、私はこの能力があまり好きでは……」

「凄いよサクラ!」



 思わず、勢いに任せて火が灯った彼女の手を握り締めてしまう。あまり熱くはない。

 まままずい、勢い余ってついなのだけど、これはセクハラ案件だ。元の世界だったら上司に問答無用で呼び出されます。



「あ、あわわ、ごごごめん」

「いえ……」



 顔を赤くして俯くサクラ、けれど表情はどことなく嬉しそうで尻尾も揺れている。


 僕に、と言うより“日本”に対して好感度が高いのは今までの所作で良くわかってはいた。人の夢は壊したくはないから、幻滅されないように言動にだけは気を付けなくては。


 それにしても、種族由来の固有能力か……それも魔方陣や術式で現象を操ると言ったものではなく、『器官を体内に持つ』と言っていた。

 どう足掻いても、普通の地球人では使えそうもない。残念。



「……ん? と言う事は、お風呂ってサクラが沸かしたの?」

「はい、そうですね。一般にはボイラーと言うものが普及していますが、私が熱操作をした方が長時間適温を保てるので、うちには湯を沸かす施設はありません」

「なるほど、丁度気持ちの良い湯加減だった、ありがとう」

「はい!」



 どう言う原理なんだろう……調べさせて、とは口が裂けても言ってはいけない予感がする。




◆◆◆◆




 今、僕達は少し格式の高そうな和風建築の前に来て居た。


 第一壁から元来た道を戻り、工房区と言う所に入って直ぐの所にある建物だ。

 石造りの洋風建築に囲まれて、そこだけぽっかりと和の情緒が突然居座っているのだから、さすがにこれは違和感ゲージが振り切れそうだ。

 如何にもな和風な引き戸の上には看板があり、この世界の文字と並んで『鳳翔』と漢字で書かれてある。



「カイトさん、ここで昼食にしましょう。一般的な日本食なら何でもありますよ」



 引き戸を開けたサクラに促されて暖簾を潜って中に入ると、店内はこれ以上ない程の日本然とした雰囲気に包まれていた。

 昼時と言う事もあって、テーブル席はこの世界の住人で埋まってはいるのだけど、何だかそれすらもあまり違和感には感じない。


 そんな中に獣耳も尻尾も角もない地球人が入って来たのだ、店内の喧騒は止まり、自然と注目を集めて視線に晒された僕はつい恐縮してしまう。


 カウンターの中には四十歳前後と見られる大柄でかなりごつく、角刈りで板前と言う風体のどう見ても日本人が、興味深そうにこちらに視線を送っていた。

 さすがにねじり鉢巻はベタ過ぎるとは思うけど。



「カイトさん、この方がゼンジさんです。私が日頃からお世話になっている、この店、日本料理屋『鳳翔』の店長さんです。カイトさんと同じ日本から来た方なので、日本語でも大丈夫ですよ」



 後から入って来たサクラに紹介されると、『なんだ、そうか』と言うように皆あっと言う間に歓談ムードに戻って行った。

 やはりサクラの影響力って、何かを超越した所にないか……?



「久坂 灰人と言います。昨日、この世界に来たばかりの日本人です。宜しくお願いします」



 姿勢を正し、お辞儀をする。

 昨晩話に出て来た、ゼンジさんと言うのがこの人なのは間違いなさそうだ。



「おう、新しい来訪者か! 俺は早川ハヤカワ 善治ゼンジ。色々と大変だっただろう? 今日は俺の奢りだ! 好きな料理を注文してくれ!」



 はっはっはっと笑い、当たり前のように日本語で返される。

 周りのお客も、ここに居ると言う事は多少日本語が出来ると言う事なのか、『おう、よろしくな』と返して来る。


 店の雰囲気のせいなのか、ゼンジさんの妙に小粋な振る舞いのせいなのかはわからないけど、本来暗くなっても仕方がない筈の異世界転移と言う事象が、何でもない事のように感じられ非常にありがたい。

 サクラが日本好きなのは、祖父が日本人と言う以外にも、こう言う人が傍に居るからと言うのも理由の一つなのだろう。





『ご注文はお決まりですか?』



 ……獣耳大正メイドさん、再びだ。


 奥の座敷に案内され、日本語と異世界語で併記されているメニューを見ていると、注文を聞きに来たのはサクラとは別の獣耳大正メイドさんだ。


 顎の高さで切り揃えられた黒髪に、同じ色の大きく尖った獣耳と大きな尻尾、和服にフリルの付いたエプロン。

 なるほど、ここの制服と言う事なのか。


 さすがに日本語は話さなかったけど、こちらの日本語は理解している風だった。

 僕も英語しか対応していないゲームをやりたいと言う理由で、無理やり英語を読むようにしていたら、いつしか読むだけなら出来るようになっていた。

 僕の不純な動機と同列にしたら失礼だとは思うけど、似たような事なのかも知れない。



 サクラにニティカと呼ばれた女給さんに注文し、今は畳の上で寛いでいる。

 もう畳がある事にも驚かない。そう言えば宿処のベットも、布団の下は畳ベットだったんじゃないだろうか……。



「親子丼……お好きなのですか?」



 迷う事なく親子丼を頼んだ僕に、サクラが食い付いた。



「うん、好きだよ。親子丼と言うより、卵料理全般かな」

「そうでしたか。ご期待に添えるよう、私も頑張りますね!」



 意気を露わにするサクラからは、やる気が漲っている。

 卵のフルコースとかはさすがに止めるけど、サクラの手料理なら何でも来いだ。こんなに贅沢で良いのかと正直思う。


 ……でも異世界に来ている筈なのに、まだ異世界料理食べていないな?

 干し柿味パン……あれはどうだろう?



「メニューを見た感じ、和食ばかりと言う訳ではないんだね。洋食に中華、結構何でもありだ」

「はい、ここは元々“地球の食を再現する”と言う目的で私の祖父の代に開かれたお店で、今はもう『地球料理屋』と言った方が正しいのかも知れませんね」



 来訪者保護のシステムに関しても、食に関しても、先にこの世界に来ていた地球人のお陰で、驚く程の恩恵として新たな来訪者に返って行く。

 先達に足を向けて眠れないなこれは。


 まだここに来た昨日の今日で決められる事なんてないけど、僕も何か役に立てる事は出来ないだろうか。


 ふーむ、ゲーム……を残してどうするのかとは思うけど、需要はどうなんだろう。

 今朝、路地を元気に走り回っていた子供からは、普段何で遊んでいるのかと言うのはわからなかった。

 その内、トランプとか将棋なら手作り出来そうかな……もうありそうな気もする。



「お爺さんは料理人だったの?」

「いえ、鍛冶師でした。この店で今も使われている、包丁や鍋と言った道具は全ておじ……祖父が作ったものですね」

「お爺ちゃんで良いよ。僕も祖父の事は爺ちゃんと呼ぶし」

「は、はい」



 真っ赤になってしまった。嗜虐心に目覚めそうな気がしたけど、駄目です。



 程なくして出て来た親子丼は、とろっとろの卵と程好く甘い出汁が鶏肉とご飯に良く絡んで、異世界に居る事を本当に忘れさせてくれる程に美味しい。

 自分で作るとパッサパサで苦い親子丼が完成するので、この辺は自分でも学んだ方が良い気がする。

 うん、サクラと一緒に台所に立つのも悪くなさそうだ。


 サクラは魚の塩焼きを丁寧に解して食べている。

 魚の開きと塩焼きの差はあるけど、朝も焼き魚だった。サクラは獣人的な意味で猫系なの? 犬系だと思っていたんだけど、どっち?



「サクラは、魚好きなの?」



 少し考え込んだ後に返事をする。



「そうですね、肉よりは……と言ったくらいでしょうか。カイトさんはやはりお肉でしょうか?」

「んー、僕も肉よりは魚、かな。苦手なのはネギくらいかなあ」



 それも味、ではなく食感が駄目だ。焼いてあると平気なのだけど。



「そうなのですね。ふふふっ」

「ん? そんなに可笑しかった?」

「いえ、ごめんなさい。好きな食べ物でトゥーチャさんを思い出してしまって」

「トゥーチャ?」

「はい、トゥーチャさんはこの店のナポリタンが好きなのですが、ケチャップで口の周りを染めながら、口いっぱいに頬張る姿が思いの他可愛らしくて。思わず思い出してしまいました」

「何それ、可愛い」



 これは、紹介してもらう時のお礼は食事にしなくては。

 今世紀最大の妙案に違いない。




 そうして歓談も程々に、食べ終わってお茶を啜って一息ついていると、唐突に勢い良く開いた襖からゼンジさんが入って来た。

 座敷に上がり込んで来るや否や、いきなり僕の肩を掴んで部屋の隅へ連れて行き、肩を組んでの内緒話をコソコソと始める。


 サクラにすっごい怪しまれているけど。



「カイトって言ったか。それで、どうだ?」

「……どうだ? とは?」

「サクラだ。夜布団に潜り込んで来たり、風呂で背中流してくれたりはなかったか?」

「は? どう言う?」

「なに、日本風おもてなしって事で、日本男子なら喜ぶって教えてやったのさ! 」



 ……あんたの仕業かー!? 何してくれてるのこの人!?

 それを言うなら“日本風お約束”ですよそれ。



「いや、背中は流しに来てくれたけど、直ぐに出て行きましたし。布団には……気が付きませんでした」



 爆睡していたから気が付かなかっただけで、僕が目を覚ます前に潜り込んで出て行った可能性はあると思う。



「何だ、別に遠慮しなくても良いんだぞ? 年頃の日本男子がこの世界に来る確立なんてそう高くないんだ。サクラを思って、婿になってみないか?」

「何言っているんですか? 知り合ってまだ一日と経っていないのに、そそ、そう言うのはしっかり時間と段階を踏まないと駄目です。本人の了承も得ずに、立場を利用して力尽くと言うのも、それこそ日本男子としてはいただけません」



 僕の言い分に、『はぁー』と関心したように肩を離すゼンジさん。

 振り向き、今度は訝しげなサクラに話し掛ける。



「サクラ、こいつの嫁になるなら俺は許すぞ。もうちょっと筋肉はあって欲しいが、気の良い奴だ。俺が太鼓判を押す」



 ほあー!? 何言ってくれてるのこの人!? 見て! サクラも挙動不審になってるから! 尻尾も尋常じゃなく逆立っている。


 その時、どう見ても瞳がぐるぐるしているサクラがゆらりと立ち上がると、まるで動画の始点と終点以外の間が全て抜けたように、全く挙動が見えなかった右ストレートがゼンジさんの頬に炸裂していた。



「ぐっぼあっ! ……おう、サクラ、やるようになったじゃねえか……これならいつでも嫁にごっはああああああああああっっ!!」



 入って来た時と同じように、勢い良く襖を突き破り廊下に退場して行くゼンジさん。


 ははっ……こんな華麗なKO勝ち、見た事ないや……。

ブックマーク、評価、ありがとう御座います。

自分で思っていた以上の励みになっているので、これに報いれるよう何かしら形にしてお返し出来たらと思っています。


物語的な転機まで後二、三話と言った所で、暫くはほのぼのします。

引き続きお楽しみください。

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