第八話 重積層迷宮都市ラトレイア と この世界 後編
「えと……失礼しました。どこまでお話しましたか……次は迷宮の成り立ちですね。【重積層迷宮都市ラトレイア】は丁度“現代”が始まった頃に、この地に国を築いた時の王によって建設が始まりました。そして、都市としての体裁を成した後も、例え王の代が変わっても、何百何千年と言う時間を掛けて増改築が行われ、今の形になって行ったと言われています。その理由はわかってはいません」
気を取り直し、続きを話し始めたサクラ。
何もわからない僕よりはマシと言うくらいで、迷宮については多くが不明なのは話の内容で察する。
「その後、いつだったのか……と言う事もわかってはいませんが、外界の人間が気付いた時には、既に王もそこに住まう多くの民も姿を消し、ただこの【重積層迷宮都市ラトレイア】のみがここにあった、と言う事です。詳細がわかっていない事ばかりで申し訳ありません」
「うん、大丈夫、十分わかった」
頭を下げるサクラだったけど、本当に十分わかったのでむしろお礼を言いたい。
「話を続けますね。これは、まだ推論の域を出ない話なのですが……実は王も民も【鉄棺種】になって今も迷宮を徘徊している、と言う研究報告も上がっています」
まじかー、さすがにそこまでは想定していなかった。
人間がどうやったらあんな風に……と考えた所で纏わり付いた肉が思い浮かぶ。そう言う方向はやめて欲しい。
「カイトさんは気が付きませんでしたか? カイトさんが襲われた個体“労働者”にも、その名の由来となった“棺”があった事を」
「は? ひつ……ぎ……? ごめん、逃げるのに精一杯で……」
「いえ、ご無事で何よりです。実は全ての【鉄棺種】は必ず“棺”を持ち、労働者でしたら背中に“棺”があります。そして、その中には必ず一体の遺骸が納められています。これも詳細はわかってはいませんが、実は【鉄棺種】自体が墓であり、それを守る守護者であるともされ、別名“墓守”と呼ばれているのはそう言った理由からです。昔は生物と思われていましたが、来訪者の方が“機械”の概念を伝えてからは、“ろぼっと”と言うのでしたっけ? そのろぼっとともされています」
何となくわかって来たと思ったら謎が謎を呼んだ。
さすがに混乱して来たのか、自分の頭の上から煙エモが立ち上っているのがわかる。
軌道エレベーターがある事から、【鉄棺種】は神代文明の産物なのだろうと推測は出来る。
では“棺”とは何なのか? サクラの話の通り墓だとしても、その理由には全く推測が及ばない。
それに、だとしたらあの纏わり付いた“肉”は何だ?
……思考する事も程々に、直ぐ考える事は止めた。
何故ならまだピースは足りていないから、どうした所で確信には至らないからだ。
視線を上げると、心配そうな表情のサクラが僕を見ていた。衛士まで『大丈夫か?』と言った面持ちだ。
「あ、ごめん。少し考えてみたけど、さすがに何だかはわからないね」
ここで僕は虎の子の《トゥーチャエフェクト》を発動する。効果はない!
「カイトさんでもわかりませんか……」
ん? 別に専門知識に造詣がある訳じゃないのだけど……何か過大評価されてる?
単に僕は、設定や物語の間隙まで想像する事が大好きな、何たら脳って呼ばれる類のゲーマーの一種なだけなんだけど。
「うん、僕は推測が得意と言うだけで、専門家ではないからね。話を続けて」
「はい、では次は先程ご質問いただいた“探索者”についてです。カイトさんもご存知のトゥーチャさん達のような、迷宮を探索する者達の事を指します。本来は【神代遺構】を探し出し、内部に存在する【神代遺物】の発見を主な目的とする者の事を言っていたのですが、ラトレイアでは探索が本格化してから数百年経った今でも、在るとされる【神代遺構】に至っていないので、そのまま迷宮の探索者の意味として呼ばれています。そしてご質問の『危険ではないのか』……ですが、はっきり申しまして、数ある【神代遺構】を上回る危険がこの迷宮にはあります」
「理由は、やはり【鉄棺種】かな」
「はい、他の【神代遺構】どころか、【重積層迷宮都市ラトレイア】以外では確認されていない【鉄棺種】がこの迷宮には存在します。そして、その【鉄棺種】の存在自体が危険でもあり、この迷宮に探索者が訪れる理由の一つでもあります」
「僕の世界にもそう言うゲーム……遊戯があった。いや、遊戯と一緒には出来ないけど、危険を冒してでも挑む理由、それは【鉄棺種】自体が素材や取引の材料になる、と言う事かな」
驚いた表情のサクラ。
そう、命を賭ける以上、ゲームと一緒にするなんて事は、その最前線に居る者達にとっては冒涜でしかない。
それでも、話から容易く想像出来るものは狩りゲーだ。モンスターを狩り、その恩恵を受けて生きる。
更に踏み込んで言うなら、狩る事自体が人類の生存圏の確立ともなる。
ここまで来る過程であった数多くの防衛設備は、それがあまり容易くもないと言うのを連想させる。
それでもやらなければ、きっとこの街はあの異形――【鉄棺種】に侵奪されるのだ。
「はい、カイトさんの仰るとおり、【鉄棺種】はそれ自体が大勢を生かす糧になります。【鉄棺種】を構成する多くは私達が理解出来ない未知の素材で、わかり易い所で言いますと、装甲部等はそのまま防衛設備や探索者の装備として生かされる事になります」
『糧』……か、そう言うニュアンスではなかったけど、アレが実は食材になってるとかはやめて欲しいかな。
「……カイトさん?」
「あーいや、ちょっと思い出しちゃって」
またしても考え込む僕に、スススと寄って来て覗き込むサクラは本当に心配そうだ。
少しふんにゃりとした獣耳はつい撫でたくなってしまう。
けど今は話が優先だ。
「続けて」
「はい、カイトさんが遭遇した労働者ですと、一体でトゥーチャさん達のような五人パーティが一月は安泰な程の収入となります」
「え、結構あっさり倒してたけど、凄いな……」
「はい、トゥーチャさん達は下層探索証を持つ歴戦の探索者の皆様ですから。移送にも手間を取りますし、労働者程度はいつもは放置するらしいですよ?」
『程度』って言ったな。名前からしても、戦闘に秀でている感じではないので驚異ではないのだろう。
そうでなければ『程度』と言ってしまうサクラも結構強いのでは……と思わせるのだけど。
「じゃあ、今回は僕が追い掛けられていた所に遭遇して、助けてくれたと言う事だったのか。感謝してもし切れないな」
「ふふ、ですね。近い内にご紹介しますね」
「おー、ありがとう、助かる」
よし、お礼を言える機会を取り付けた。
これでまた《トゥーチャエフェ……ゲフッゴフッ、目的を見失わないようにしなくては。
「そして探索者の役割……いえ、義務でしょうか。その中に来訪者の捜索、保護と言うものがあります。来訪者は迷宮内にのみ“地球”から転移して来られ、いつからと言うのはわかりませんが、いつからか探索者によって迷宮内より連れて帰られるようになって、その存在が確認されました。そして来訪者の持つ技術、知識、と言うのは少なからずこの世界に影響を与えるものとして、広く認知されるようになります」
サクラが急に頭を下げた。え? 何?
「申し訳ありません。その為でしょうか、来訪者の持つ技術、知識、来訪者そのものまでを富に変えようとする、不逞の輩が最初期には多く居たと言います。酷い扱いをされ、命を落とした者さえ居たと聞き及んでいます。本当に、申し訳ありません」
「え、あ、ああ……そうか。うん、別に怒らないよ。大丈夫。そう言う事もあるだろう……だとしたら、多分今もあるよね。だからこそサクラのような役割があるのだろう?」
「……はい。事を重く見た行政府と探索者や民、来訪者の方々も一緒になって保護組織を立ち上げた、と言うのが私のような保護監督官の成り立ちです」
「ならサクラのした事でもないのだし、君やトゥーチャ達もそうだった、僕の事を凄く歓待してくれている。今はお礼を言われる側だと思うよ。ありがとう」
「あ……ありがとう御座います!」
ふわー!? サクラどころか、衛士まで勢いよく頭を下げてしまった。
うん、まあお礼を言うのはこっちの方で、昔酷い扱いを受けた人には申し訳ないとは思う。でもやはり、もう既に筋は違うのだ。僕に対して頭を下げるのは違う。
「なるほど、でも流れはわかったよ。だから僕は吃驚するくらい速やかに、保護監督官であるサクラに引き合わされたと言う事だね」
「はい、私達保護監督官は、普段は探索者ギルドに所属するギルド員としてその職責を全うしています。ですが、迷宮より来訪者の方が保護された段階で、その方がこの世界でつつがなく過ごせるよう、一人一人が専属として生涯お世話をさせていただく事になります」
……!?
何て言った!? 『生涯』って言わなかった今?
「待って、『生涯』って言った?」
「はい、これからカイトさんが健やかに暮らせるよう、私、サクラが誠心誠意“生涯”尽くさせていただきます」
目が! マジだ!
ずっと、ここでの生活基盤が整うまでの間、案内してくれるものだとばかり思っていた。生涯? マジか。
いえ、獣耳大正メイドさんが生涯尽くしてくれるとか、正直『よきにはからえ』だ。だけど、どう考えても日本で培った倫理観の大破壊だ。まだ若そうなんだから、そんな若い内から将来設計決めたら駄目ではないか? 昨日今日出会ったばかりの相手に生涯付き添うトカ、マズ相手ノ信ヲハカラナイトダメダヨ? イントネーションがおかしくなって来た。落ち着こう。
「それは……決定事項なの? 僕は生活基盤を整えるのさえ手伝ってもらえれば……」
「ご迷惑だったでしょうか?」
「大丈夫だ。これからも宜しく!」
ぐわー! 勝てない! 僕は心の中で顔を覆った。
ぐぬぬ……拝むように縋られたら了承するより他にはない。
あろう事か獣耳は垂れ下がってるし、身体の影になって見えないけど、シュンとした尻尾を思い浮かべるだけで筆舌にし尽くし難い心境に襲われる。
道端に捨てられた哀しげに鳴く子犬を思い出させるのはずるい!
せめて、これからは彼女に対する日々の感謝を忘れないように生きよう。
その内何か報えるのなら、それをこの世界における当面の目標にしよう。
「そうしよう」
「はい?」
「いや、何でもない。続きは?」
「はい、とりあえずはこのあたりまででしょうか。いきなり多くを話すのも混乱しますし、これ以上は追々必要な時に必要なだけ……で構いませんか?」
「うん、それでお願い。さすがに頭から煙が出そうだよ」
おや、サクラも衛士も愕然とした表情をしている。ぷるぷるして今にも泣き出しそう。
「カイトさん! 何かご病気なのでしょうか!? 頭から煙が出るとは一体!? 治るのですか!?」
しまった、この世界にはこう言う言い回しはないのか。
そうだよな、異世界なんだよな。日本語が通じるから違和感が行方不明だったけど、表現に気を付ける必要はあるのかも知れない。
必死に説明をした。
改めて、監視塔からこの世界を見渡す。
遠くに見える外周壁の向こうには、地平線までを覆う広大な森林地帯が西に広がっていて、南に見える穀倉地帯はきっと多くの恵みをもたらし、東には対岸が霞む程の巨大な湖も見え大小様々な船が行き交っている。
そして、北側を覆い尽くす“大断崖”――【重積層迷宮都市ラトレイア】。
吹き降ろす風は少し強く思えるけど、この迷宮があったからこそ、ここまで栄えるに至った【迷宮探索拠点都市ラトレイア】。
街を見下ろす。
何だか、思っていたファンタジー世界とは随分違う文化のチグハグさに若干苦笑いが漏れるけど、この街から感じる熱量は元の世界への思いを薄れさす程に熱い。
地球への帰還……はどうなんだろうな。
サクラはその点については触れなかった。
つまり、そう言う事なのか。
理由はサクラの様子や話の内容から他にも思い至るけど、今はそれは置いておこう。
まずはこの世界を、この世界で生きる事から始めないといけない。
僕達の物語は、今始まったばかりだ!
おっと、終わりそうになったけど終わらない。
後ろで、両の手を揃えて姿勢良く佇む彼女に向き直る。
「さっきも言ったけど、改めて、これからも宜しく、サクラ」
握手しようと伸ばした僕の手を両手で握り、出会った時と同じ最上級の笑顔で返事をする。
「はい、カイトさん! これからも宜しくお願いしますね!」
この後、何故か号泣の衛士の二人にハグされた。
この世界の人達は本当に何なんだ?
第四話にサクラの身長に関する記述を、幕間一にカイトの容貌についてサクラの主観で追記しました。
と言っても“カイトの目線の高さにサクラの獣耳がある”程度の一文です。
今までカイトの外見を言及していなかったのは、読者の皆様の投影であって欲しいと思っていたからなのですが、さすがにぶん投げ過ぎはどうかと思い直した次第です。
一応実数値を言うと、設定上のサクラは獣耳を含まず167cmです。
本文中には実数値を出す予定はないのですが、その内キャラ紹介等で挿絵と一緒に出すかも知れません。
では、お楽しみください。