序章 龍血の姫と――
この小説は連載中の拙作、『笑わない龍血の姫は僕の前ではツンデレない ~ゲーマーが異世界不条理を覆す!~』の第一章部原版になります。
情景描写は頑張っていますが、それ故に冗長でもあるので、ご覧頂ける場合はその点ご理解の上お願い申し上げます。
少女が倒れている。
目の前の血溜まりに、少女が倒れている。
視線を巡らす。
何が起きたのか――血溜まりの少女と、路面に倒れている自分。
硬い石畳を穿つ鉄針が目に入る、撃たれたのだ。
砲兵に視線をやると、建物を破壊しながらその巨体を揺らし、長い脚を一歩こちらに向けて踏み込んでいた。
……逃げなくては。
身体を起こそうとする、途端全身を駆ける激痛に、上手く起こせなかった身体は再び石畳を打つ。
「痛っ――! 何だって……」
その時になって初めて、僕は痛みの正体に気が付いた――右脚の肉が抉られている事に。
「ああああああああああああっっぐっうううう……クッ……ソ!」
激痛は全身を駆け巡り、どこが痛いのか、と言う感覚さえも麻痺させる。
このままでは――
路面を這い、血の筋を残し、少女の元へと辿り着く。
初めて出会った夜、月光と交じり融けてしまっているのではないかと錯覚した金糸の髪は、今は血に汚れ肌に張り付いていた。
全身を侵す痛みに堪え少女を抱えようとするけど、力の入らない身体は少女の軽い上体を上手く起こす事もままならない。
「逃げ……て……」
少女が、視線の定まらない瞳で僕に言う。
僕は、わかっていなかった。
労働者に襲われた時ですら、どこかディスプレイの外で第三者としてコントローラーを握っている。そんな感覚だった。
今、本当の“死”と言う現実に陥れられて、ようやく僕は愚かにも気が付いた――
これはゲームではない。
涙が滲む。
僕は、ゲームの中の選ばれた勇者でも、未踏の地へ果敢に挑む冒険者でも、ましてや善を成し悪を滅する“正義の味方”でもなかったのだ。
なれないのが悔しい訳ではない。僕は、何もかもを覆せる力も何も持たないただの一般人で、
何も出来ない事が、酷く悔しい――
大気を薙ぎ払う衝撃が右半身の傍らを抜ける。
辛うじて両腕を付き姿勢を保とうとするも、足りない身体は少女の上に覆い被さる形になってしまった。
揺さぶられた視線の先には、路面を転がる何者かの断ち切られた右腕。
「う、あ……ああああああああああああああああああああああああっっっっ!」
神経を灼き尽くす激痛と、怨嗟の心痛が無様な悲鳴を上げさせ、血溜まりが無常にも広がって行く。
ギゴンッ――と歪んだ足音が、一歩、そしてまた一歩、と近付いて来る。
ぐっ……う……こんな……所で、嫌だ……嫌だ……嫌だ……!
「カイ……ト……逃げ……」
――その時、こんな状態でも僕に逃げろと言う少女と、
照準と姿勢制御を破壊された砲兵が直ぐ背後まで迫る。
――いつか見た、ただ見守る事しか出来なかった血に塗れた少女が重なる。
必殺の間合いにまで捉えられた僕達に逃げる事は出来ない。
――“正義の味方”に憧れた少女。“正義の味方”に憧れ、どこまでもそう在ろうとした少女。
砲兵が、緩慢な動きで砲を向ける。
――結局、僕は“正義の味方”に憧れる事さえ出来なかった。
……いや、違う。
僕が憧れたのは、そんな少女の在りように対してだったのかも知れない。
なら僕は、今の僕に出来る事は――