帰る場所
「僕、君に言わなくちゃいけないことがたくさんあるんだ。ごめんとか、ありがとうとか、いろいろ」
王城の謁見の間では、これっきりだと思って事情を説明したし、謝った。
だが、それだけではとうてい足りない。
セリアを騙したことも、嘘をついたことも、悲しませ、傷つけたことも、ちゃんと話をして謝りたい。
死を覚悟していたデニスの元に駆けつけてくれたこと、身を擲ってでもデニスを生かしてくれたことに感謝したい。
そして――
「愛している。心から愛しているよ、セリア」
たくさんの愛の言葉を伝えたい。
どうせ叶うはずがないと諦めていた恋心は、死の呪いから解放されたデニスの胸の中で再び激しく燃え上がっていた。
もう、邪魔をする者はいない。
デニスは、呪いや運命や死に怯える必要がない。
だから、伝えたい。
「待ってるよ。ずっと待ってるから……帰ってきて、セリア――!」
――花の匂いがする。
微睡みの中から目覚めたセリアは、ぼんやりと辺りを見回した。
見渡す限り、真っ白な世界。
てっきり冥土の花畑に来てしまったかと思いきや、そうでもなさそうだ。
――風の音がする。
どこからか風が吹いているのだろうか。
見渡しても、風が吹いてきそうな場所はなさそうだ。
――誰かの声がする。
自分の名前を呼ぶ声。
「セリア」と愛おしそうに囁く声。
「姉ちゃん」と呼んでくる子どもの声。
セリアは手を伸ばした。
会いたい。
みんなに会いたい。
生きたい。
みんなと一緒に生きたい。
帰りたい。
緑の丘の館に帰りたい。
「――ス」
あなたに会いたい。
あなたと一緒に生きたい。
あなたのもとに帰りたい。
「デニス――!」
セリアは両手を差し伸べ、その名を呼んだ――
花の香りがする。
耳元で風が囁く。
心地いい。
体はふわふわしたものに包まれていて、よく分からないけれど温かい何かがセリアを支えている。
セリアは寝返りを打った。
温かい、気持ちいい。
「……セリア?」
優しい声。
大好きな人の声。
このぬくもりに包まれて、もうちょっと眠っていたい。
そう思って、ぬくもりに頬擦りしたのだが――
「セリア、目が覚めたのか? セリア!?」
悲鳴のような声に、セリアはしぶしぶ目を開けた。
まず見えたのは、青色の布。
これは何だろうと思ってぺたぺたとそれに触れていると、急に世界が反転した。
そして見えたのは、セリアを見下ろす男性の顔。
男性にしては長めの金髪がセリアの頬を擽り、限界まで見開かれた藍色の目がセリアの顔をくっきり映し出している。
ああ、この人は。
セリアを見つめるこの人は。
「……デニス?」
「っ……セリア! よかった、目が覚めたんだな!」
「……? 何のこと?」
セリアは眉間に皺を寄せた。
目が覚めた、ということは今の今までセリアは眠っていたようだ。
だが、自分が眠っていたという自覚はあまりない。
(……あら? そういえば、王都はどうなったのかしら)
だんだんと頭の中もはっきりしてきた。
確かセリアは、デニスを救うために決死の覚悟で禁断の聖奏を行ったのだ。
そうしていると真っ白な世界の中にいて、謎の声がセリアに――
「セリア」
考え込もうとしたが、デニスに名を呼ばれたとたん、頭の中に戻ってきたいろいろなものが再び吹っ飛んでしまった。
藍色の目と深緑の目が視線を絡める。
大事なことも考えなくてはいけないことも、何もかもが吹っ飛んでしまった後に残っているのは、「この人が好き」という単純な感情だった。
「デニス……無事だったのね」
「うん、セリアのおかげだ」
「……私たち、どっちも生きているのね」
「ああ、僕たちは生きている」
「……ここは、グリンヒル?」
「そう、全てを終わらせて、帰ってきたんだよ」
そんな問答を繰り返している間に、だんだんとデニスの顔が近づいてきていることに気づいた。
最初はデニスの顔全体を見られたのに、今は熱っぽく緩められた彼の双眸しか見ることができない。
「……君が目を覚ましたら、たくさんのことを言いたいと思っていたんだ」
「……うん」
「でも、今言いたいことはひとつだけ」
デニスの目が細められ、ふっと甘い吐息がセリアの唇を優しく撫でていった。
「君のことを愛している」
「デニス……」
「世界中の誰よりも大好きだよ、セリア」
聞きたかった。
この言葉を聞きたかった。
(デニス……)
好き。
デニスが好き。
一緒に生きたい。
「デニス、私も」
「っ、セリア」
「私も、あなたのことが好き。好きだから、生きたいから、一緒にグリンヒルに帰りたいから――だから私、目が覚めたのね」
セリアは微笑み、ややぎこちない動きでデニスの首の後ろに腕を回した。
セリアが体を動かしにくいことに気づいたデニスは、自ら体を動かしてセリアのしたいようにさせてくれた。
「私と一緒に生きて、デニス。あなたの罪を、私も一緒に背負うから」
「セリア――」
「心から――愛しています」
二対の瞳が、互いを見つめ合う。
熱の籠もった吐息が互いの唇を湿し、絡み合う。
デニスの体が傾いだ。
彼が何をしようとしているのか悟り、ほんのり頬を染めたセリアは大人しく瞼を閉ざす。
春の日差しに溢れる緑の丘。
二人の唇が重なる、その瞬間――
「……うわぁぁぁぁっ! セリア姉ちゃんが、起きてるぅぅぅぅぅぅぅ!?」
甲高い絶叫が野原を震撼させ、セリアとデニスは弾かれたようにぱっと離れた。
「本当だ! ね、姉ちゃんが、起きてる!」
「ねえちゃーーーーーーん!」
セリアが体を起こしていることに気づいた子どもたちが、怪鳥のような絶叫を上げながら全速力でこちらに駆けてきていた。
二人は顔を見合わせ、ファーストキスが失敗したことを悟って同時に赤面した。
「……えっと」
「……」
「こ、子どもたちも元気そうね!」
「あ、うん。みんなも君が目を覚ますのを楽しみにしていたんだよ」
「そ、そうなのね」
何となく気恥ずかしくなってしまい、セリアとデニスは同時にそっぽを向いてしまった。
子どもたちがセリアに突撃してきて、とばっちりを受けたデニスが吹っ飛ぶまで、あと十秒。




