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元筆頭と現筆頭

 城下町は既にデニスたちが血路を開いていたので、セリアの乗る軍馬は止まることなく王城に向かって疾走する。

 途中、ファリントン軍を押さえ込んでいたグロスハイムの騎士たちが、「ディートリヒ様は十字路を北に迂回して行かれました」と教えてくれた。


(城下町の近道……そっか、デニスはそういうのも全て把握していたのね)


 そうして二年ぶりに訪れたルシアンナ城を見ても、さして感慨も何もなかった。そういえば十五年ほどここで暮らしたのだっけ、という程度だ。今のセリアにとっての故郷はグリンヒルの館になっているのだから、当然である。


「エルヴィス王はどこだ!?」


 城内に馬を乗り上げた騎士が問うと、先行していた騎士が刃こぼれの跡がある剣を大階段の方へ向けた。


「謁見の間だそうだ。城門突破したのが先ほどのこと。まだ間に合うはず」

「分かった。……セリア、ここからは馬を降りる」

「分かったわ」


 騎士の手を借りて、セリアは馬から降りた。

 ――降りつつも、辺りが妙に静かなことが気になっていた。


(デニスがこの入り口を突破して間もないのに、どうしてこんなに静かなの――?)


 正面玄関ホールはがらんとしているどころか、戦闘の痕さえ残っていない。中には破損している調度品や血の痕があるが、それもほんのわずかである。


「兵は……ファリントンの軍はいないの?」

「……ああ。我々が突撃したときには既に、大半の者が逃走していた」


 先ほどの騎士が言ったため、セリアは息を呑んだ。

 城下町は激戦区となったとのことだから、王城戦はより激しい戦いになると思ったのに。


(まさかファリントン軍の上層部は、城下町でデニスたちが苦戦している間に逃げたということなの!?)


 コンラート王子の報告によれば、城下町戦でファリントン軍の将軍クラスの姿はなかったという。上層部は王城で最後の守りを固めているのかと思ったら、そうではなかった。

 彼らは、下級兵が囮になっている間に逃げてしまったのだ。


(……これが、この国の末期なのね)


 一旦騎士に聖弦を預け、身軽な状態になって走りつつセリアは唇を噛みしめる。


(たとえエルヴィスが生き残っても、国の再生は絶望的になってしまったのね)


 セリアが生まれ育った国は、こうして滅びていくのか。


「報告します! 奥の部屋で女性を発見しました」


 謁見の間に向かう途中、グロスハイムの騎士がそう言ってきた。彼はセリアの聖弦を持ってくれている騎士よりも下級らしく、まだ若そうな顔を困惑の色に染めている。


「その女性が、セリアを出せ、セリアのせいだと叫んでおりまして――」

「……おまえ、いろいろな者に絡まれるな」

「そういう運命の元に生まれたのよ」


 同行する騎士に呆れたように言われ、セリアは肩を落とした。


 セリアのせいだと喚く女性。

 心当たりは、一人しかいない。


「……いた! 見つけたわ、セリア!」


 騎士たちの怒鳴る声に続き、廊下の角から飛び出してきたのは若い娘。

 茶色の髪に焦げ茶色の目。着ているのはなんと、王女のために誂えられたかのような可愛らしいドレスだった。だがそのドレスもきれいに編まれた髪もぐしゃぐしゃに乱れており、憤怒の形相によって元来愛らしい顔立ちも台無しになっている。


「……斬るか?」

「ちょっと待って」


 ぼそっと物騒なことを言う騎士を止め、セリアは彼から聖弦を受け取って立ち止まった。

 騎士を振り払って走ってきた娘はセリアのもとまで来ると、きっと睨みつけてきた。


「どうして今になってのこのこ戻ってくるの!? 本当に、大変だったよ!」

「……」

「聖奏師たちは全然言うこと聞かないし、何かあったらセリア様セリア様ってうるさいし! 筆頭なのはあなたじゃなくて私なのに!」

「……」

「私たちを頼ってくれた騎士は、みーんな逃げてしまったの! ねえ、なんでこうなったの!? なんでこうなる前に、戻ってこなかったのよ!」

「それをあなたが言うの?」


 無表情で沈黙していたセリアも、さすがに驚いて問い返した。


「ミュリエル、あなたは自分の考えが正しいと思って、筆頭として改革をしてきたのでしょう? 聖奏の力は惜しむことなく皆に与えるべきだって」

「そうよ! 私が正しいのに、全然うまくいかないの! みんな、私のことが好き、私のことを守るって言っていたのよ!? それなのに、グロスハイムの連中が攻めてきたら全員、私を置いて逃げてしまうもの!」

「……それでもまだ、あなたは自分が正しいと思っているの?」

「当たり前じゃない」


 今度はミュリエルがきょとんとする番だったようだ。


「私は二年前、あなたに勝ったのよ」

「……それがどうして、あなたが絶対に正しいということに繋がるの?」

「私が正しくて優秀だから勝ったのでしょう?」

「はい?」


 セリアの声が裏返ってしまった。

 ミュリエルはそのセリアの反応も意外だったようで、自分の周りを包囲するグロスハイムの騎士たちを見回し、鼻を鳴らした。


「私が間違っているのなら、そもそも二年前に勝ったりはしなかったはず。エルヴィス様も、私のことを高く評価してくれたし……ああ、そうそう、あなたってエルヴィス様のことが好きだったんですって? かわいそうに、エルヴィス様は、あなたのことはちょっとからかっただけって言われていたわ。今はね、私が手柄を立てたらお妃様にしてくれるって言ってくれているのよ!」

「あ、そう?」


 だからどうした、と言いたい。

 ミュリエルは何を言ってもセリアが動揺しないことに苛立っているらしく、髪を逆立てて指を突きつけてきた。


「と、とにかく! ファリントンを救いたいのなら、早く私に協力しなさい!」

「え、嫌よ」

「えっ?」

「私は、ファリントンがこうなったのは宿命だと思っているわ。エルヴィスには政治的手腕がなかった。あなたは聖奏師の役目を改革しようとして失敗した。……その結果がこれなのよ」


 セリアは一歩、ミュリエルに詰め寄った。


「現実を見なさい、ミュリエル。ファリントン国民の多くは貧困にあえぎ、エルヴィスはそんな国民を無下にしている。あなたも……守るべき部下たちを死地に赴かせたり、虐めたりしたのでしょう?」

「だから何なの? 私やエルヴィス様は偉いのだから、下々の者は私たちに従って当然じゃない」


 そうはっきりと述べるミュリエルはひょっとしたら、自分がかつては「下々の者」もとい平民だったことすら覚えていないのかもしれない。

 ミュリエルはセリアの言っていることが本当に理解できていないらしく、首を傾げて言った。


「あなたの言葉を借りるなら、皆はそうなるべくしてそうなったのよ。ペネロペたちも同じじゃないの?」

「っ……ペネロペたちは死んだわ。それも、ファリントン兵の手によって!」

「あ、そうだったの? でもそれもことわりっていうものじゃないの? そんなの仕方ないじゃない。徴兵が掛かったなら、死を覚悟して戦地に行くものでしょう? むしろ、戦地で殉職できたのだからペネロペたちも喜んで――」

「歯を食いしばりなさい、ミュリエル」


 無表情で言い放った直後。

 セリアの拳が唸り、ミュリエルの顔面にめり込んだ。


 頬に平手、なんて可愛らしいものではない。

 二年間、掃除や洗濯などの家事をすることで以前よりずっと逞しくなったセリアによる、全身全霊を込めた拳の一撃である。


 まさかセリアが手を出すとは思っていなかったのか、ミュリエルは潰れたカエルのような悲鳴を上げて吹っ飛んだ。何かが砕ける感触があったので、ひょっとしたら鼻の骨が折れたのかもしれない。


 ふーっと息をついた後、セリアは仰向けにひっくり返って絶叫を上げるミュリエルを見下ろした。


「痛いでしょう? でも……きっと、ペネロペたちはもっと痛い思いをしたわ」

「ひっ、あれは、ふろすはひふは……」


 鼻を手で押さえて叫ぶミュリエルだが、どうやら鼻血が出ているらしく声がくぐもっている。


「ええ、そうね。全てはグロスハイムの――そして私をわざと負けさせたデニスのせいなのでしょう」

「わざほ……へ? へにふ?」

「だから、デニスはここで死ぬべきではない。彼は生きるべきなの。彼を生かすために、私は行くの」


 そう言い放ち、セリアは振り返って騎士に頷きかけた。


「……待たせたわ。行きましょう」

「……その鼻血女はいいのか?」

「グロスハイム軍に任せるわ」


 セリアは言い、謁見の間に向かって駆けだした。

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