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本陣の聖奏師

 地方住人たちからの支援を受けつつセリア一行は、デニスたちよりも一日遅れて王都に到着した。


「東側にグロスハイム軍が陣を張っている。そちらに行くぞ」


 そう言って騎士は丘を下り、グロスハイム国旗があちこちに掲げられている陣へと向かっていった。

 騎乗していた騎士たちが先行して事情説明しに行ってくれていたため、セリアたちが乗る馬車はすんなりと本陣まで通された。


「……ファリントンの国民もいるわ」


 馬車の窓から外を窺っていたセリアは呟く。

 てっきり本陣に控えているのはグロスハイム軍関係者だけだと思っていたのだが、明らかな一般市民の姿も多い。


「きっと、王都から逃げてきた市民をコンラート様が受け入れたんだ」

「敵国の人間なのに?」

「こうなっちまえば、敵味方の区別は国籍じゃ判断しないんだよ。刃向かうか従属するか。基準はそれだけだ」


 パウロはそう言い、馬車の進行方向にある天幕を手で示した。


「あれ、コンラート様の居場所だよ。といっても、今はディートリヒ様がコンラート様の名を名乗って突撃しているからね」

「……そう、なのね」


 デニスの名前が出てくると、チクチクと胸が痛んだ。


(デニス……どうか、早まらないで)


 いくらセリアが駆けつけても、聖奏する前にデニスがエルヴィスを討ってしまったらおしまいなのだ。エルヴィスが死に、呪いによってデニスの心臓が止まるまでが勝負だ。


 馬車は騎士たちに案内され、コンラートの天幕の前で止まった。セリアが騎士に促されて馬車を降りた、そこへ――


「セ、セリア様!」


 人混みの向こうから悲鳴のような声が上がった。

 反射的に振り返ると、騎士たちに腕を掴まれながらもこちらに駆けてこようとする少女の姿が。


(あの子は――!)


「メアリ!?」

「ああ、やっぱりセリア様だ! ……お願いします、少しだけでいいので話を――」

「暴れるな! 後にしろ!」


 騎士に怒鳴られたメアリは、そのまま引きずられていった。

 話ができないのは残念だがそれでも、懐かしい後輩の姿を見ることができた。


(コンラート様にお会いした後、話をしよう)


 そう決め、セリアは表情を引き締めて天幕に入っていった。


 天幕で、質素な衣服姿の青年が待っていた。身につけているものはともかく、整った容姿と引き締まった表情からは、確かな王族の風格が漂っている。

 セリアはその場に跪き、頭を垂れた。


「お初にお目に掛かります。ファリントン王国の聖奏師、セリアでございます」

「君がセリアか。ディートリヒから話を聞いていたよ」


 グロスハイム王国王子コンラートはそう言い、セリアを椅子に座らせた。


「早速だが――今の我が軍の状況は君も聞いているだろう?」

「……はい。エルヴィスさ――エルヴィス王を討つために、ディートリヒが城に突撃しているとのことですね」

「そうだ。……君は、ディートリヒの呪いのことも知ってしまったんだね」

「はい。すぐさまディートリヒを追いかけ、私の聖奏で呪いを解こうと考えております」


 そう言ったセリアはそれまで胸に抱えていた聖弦を膝の上に載せ、弦を張った。

 コンラートは目の前で弦を張る瞬間を初めて見たようで、きらきら輝く十八本の弦を驚きの眼差しで見つめてきた。


「なるほど、こうして弦を張るのだな。……もちろん、ディートリヒが命を失うことなく目標達成できるのならば、私にとっても非常に嬉しい。彼は優秀な部下だ。最初から彼本人がそのつもりだったとはいえ、国王と相討ちになるのはどうにかして回避したいと思っていたのだ。……確認するが、君はエルヴィスを救おうと思って駆けつけたのではないのだな?」

「……はい。エルヴィス王が討たれることは、覚悟しております」


 セリアは迷いない眼差しで宣言した。


 エルヴィスはセリアを棄て、ミュリエルを選んだ。

 そして十年前には、幼い子どもに残酷な呪いを施した。


 さらに――先ほどパウロから仕入れた情報だが、エルヴィスは王都に進軍してきたデニスたちを退けるため、呪術を行使して街に火を放ったのだ。家屋はもちろん、逃げ遅れた市民も巻き添えに。

 その炎は、王城から逃げ出してきた聖奏師の聖奏によって鎮火された。エルヴィスが城のバルコニーに立って炎を放っている瞬間を目撃した市民がいるとのことなので、言い逃れはできない。


(ずっとずっと知らなかった、いえ、知らないふりをしていた)


 エルヴィスは、善人などではなかった。

 国民の多くが、グロスハイムの民が、彼の死を願っている。

 グロスハイム軍が彼を討つことで国が生まれ変わると信じている。


(……それが報いなら。それが在るべき結末なら)


 セリアは、やるべきことをやるだけだ。














 セリアはコンラートに、デニスを追う前に聖奏師たちと話がしたいと申し出た。

 彼の了承を得てから、セリアは本陣を歩いて懐かしい元部下たちの姿を探す。


「……あ! セリア様、セリア様ぁ!」


 一人の聖奏師が大声を上げると、とたんにあちこちから懐かしい顔ぶれの者たちが寄ってきた。グロスハイム軍に保護されている国民たちが「セリア」の名を聞いてぎょっとする中、セリアは四人の聖奏師に抱きつかれた。


「お会いしたかったです、セリア様!」

「覚えていますか、ヴェロニカです!」

「会えてよかった!」

「セリア様、うわぁぁぁぁん!」

「みんな……私も会いたかったわ。辛い思いをさせて、ごめんなさい」


 二年前よりも大人になった少女四人をまとめて抱きしめるには、セリアの腕の長さが足りない。

 ひとまず、セリアに抱きついて泣きだしてしまった一番幼い少女の頭を撫でつつ、セリアは四人の中で最年長のヴェロニカに話を聞くことにした。


「ひとまずあなたたちが無事でよかったわ。……皆は?」

「……セリア様が去られてから、年長だった先輩が六人退職しました。新しく入ったのは――途中で辞めたアーリンを含めて五人で、ミュリエル様を含めた十八人で活動をしていたんです」


 ヴェロニカはこぼれる涙をローブの袖で拭いつつ語る。


「ミュリエル様が筆頭になったのが、一年くらい前。それからは私たちもミュリエル様の通りに動かないといけなくて……酷かったです。仕事部屋の前はいつも患者がたむろしていて、それもたいした怪我でもないのに来るんですよ。ミュリエル様に叱られるから、用のない人は帰れと言うこともできなくて。……休む暇もなくて、新人の子たちもあっという間にぼろぼろになってしまったんです」

「そんな……」

「これ以上ここにいてはいけないと思って、私たちはあの子たちを逃がしたんです。でもそれをミュリエル様に知られたらすごく叱られて、叩かれて――ますます私たちへの待遇は悪くなりました。あれこれ用件を引き受けるのはミュリエル様でも、実際に活動するのは私たちです。最後には、ミュリエル様は聖奏師団に寄らずに陛下のお部屋にばかり行っていました」


 ヴェロニカはさりげなく衝撃発言を口にしたが、既にセリアは動揺しなくなっていた。

 ああ、そうなのか、と嘆息するばかりだ。


「……結果としてファリントン軍は聖奏に甘え、弱体化してしまったのね」

「はい。……あ、あの。セリア様にお伝えしなければならないことがあるのです」


 しどろもどろになりながらそう言ったヴェロニカは、懐から巾着袋を取り出した。そこから出てきたのは、三つの金属板。

 セリアも二年前までは所持していた、聖奏師団の聖奏師である身分証明証である。


 ――ちらと見えたその表面には、ヴェロニカたちではない別の少女三人の名前が彫られている。

 嫌な予感がした。


「……それは?」

「……私たちを助けてくれたデニスさんが、渡してくれたのです。……その、国境戦に徴兵された仲間たちの――遺品です」

「っ……!」


 反射的に、セリアはヴェロニカの手から金属板をもぎ取る。

 震える手で掴んだそれには、黒く掠れた血がこびりついていた。

 そこに記されている名前は――


「ルイーザ……ソニア、ペネロペ――!」

「戦死じゃないんです、ファリントン軍に殺されたそうで――」

「なっ……んですって!?」


 愕然とした。

 彼女らは無理矢理徴兵されてこき使われた上、最期には味方の兵によって殺されたのだ。


 セリアはぎゅっと証明証を握りしめた。


 真面目なルイーザ。

 ちょっとぼんやりしているソニア。

 うっかり者で泣き虫なペネロペ。


 みんな、死んでしまった。

 それもグロスハイム軍にではなく、味方の手によって。


 三人とも、今年で十五歳前後だったはず。

 これから、女性として美しく咲く時期を迎えるところだったのに。


 セリア様、セリア様、と人なつっこく呼びかける声が、笑顔が、セリアの脳裏に蘇り、証明書を握る拳が震える。


「……私が、意地でも城に残っていれば――!」

「おやめください、セリア様! ペネロペたちは、セリア様を恨んでなどいません」


 ヴェロニカがきっぱりと言い切った。

 彼女は拳の固めすぎで血管の浮き出ているセリアの手に触れ、そっと握る。


「ペネロペたちは、徴兵が決まったときも毅然としていました。……あのペネロペもですよ? そして、セリア様に教わったことを活かし、いつかセリア様によいご報告ができるように頑張ってくると申して出発しました」

「ヴェロニカ……」

「ペネロペたちの死は、私たちにとっても痛恨の極みでした。しかし、私たちにとってはあなたの元で学び、成長できたことが何よりも幸せです。……どうか、セリア様のなすべきことをなさってください。私たち、セリア様のことが大好きですから」


 そう言ってヴェロニカは微笑んだ。

 セリアは数度瞬きし、目尻に浮かんだ涙をぐいと拭って身分証明証をヴェロニカに返した。


「……ありがとう。ヴェロニカ、これからの聖奏師団を――頼みます」


 セリアの決意の籠もった言葉に、証明証を懐に入れたヴェロニカは目を見開いた。

 聖奏師の中でも年長組で聡い彼女は、セリアがこれから何をしようとしているのか察したのかもしれない。


 瞳が揺れ、そして確かな決意を持って彼女は頷いた。


「……かしこまりました。……セリア様。ペネロペが、いつかセリア様に再会できたら伝えたいことがある、と言っていました」

「…………何かしら?」

「自分で靴下を繕えるようになった、とのことです」


 そう告げたヴェロニカの目尻から、透明な滴がこぼれ落ちていった。

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