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筆頭聖奏師と新人

 翌日。

 いつも聖奏師たちが朝礼を行う回廊にて。


「み、ミュリエル・バーンビーと申します! これから聖奏師として頑張りますので、よ、よろしくお願いします!」


 そう言って頭を下げたのは、ふわふわの茶色の髪を肩に流した少女だった。

 着ているローブはおろしたてであることが一目瞭然で、まだのりが利いておりぱりっとしている。顔を上げると、くりくりと大きな茶色の目が露わになった。


 湖畔地方の一般平民で、農民として暮らしていたというのが信じられないくらいの、愛らしい美貌を持つ少女だった。調査書には出身や経歴は書かれていても容姿までは記されていなかったので、セリアも内心かなり驚いた。


 セリアは隣に立って挨拶をしたミュリエルから、回廊に集まった部下たちへと視線を向ける。


「そういうことで、今日から私たちの仲間になったミュリエルです。昨日言ったとおり、指導は私が行いますが、皆でミュリエルを支えるように」


 はい、と聖奏師たちは声を揃えて返事をする。

 ミュリエルは軍隊のようにきっちりと統率された聖奏師たちの姿に怯えているように、大きな目をきょときょと動かしている。


(……緊張していておかしくないわね)


 公爵家の生まれであるセリアと違い、ミュリエルは王都ルシアンナに来るのもこれが初めてという。慣れない環境に戸惑うのも仕方ないだろう。

 セリアはミュリエルの肩に手を置き、不安そうな眼差しの彼女にそっと微笑みかけた。


「これから一緒に頑張りましょう。あなたの成長を期待していますよ、ミュリエル」

「……は、はい。よろしくお願いします、セリア様!」


 ミュリエルはそう言って、大輪の花が開いたかのように微笑んだ。














 こうして、ファリントン王国聖奏師団に新しい仲間が増えた。

 早速技能検査をしてみたところ、調査書にあったとおりミュリエルの才能は秀でていた。勉学の難しい環境で育ったため学力は致し方ないにしても、聖奏師としての素質は高いようだ。


「さあ、これがあなたの聖弦です」


 セリアはそう言い、台座に据えられていた聖弦の枠をミュリエルに差し出した。

 聖弦は、精霊の力が宿るという聖樹から作られる。祈りを込めて切り倒した聖樹を加工し、精霊の力が満ちた神殿の奥深くに安置して霊力を高める。新しい聖奏師がやってきたら、清められた聖弦を授けるのだ。


 おそるおそる受け取ったミュリエルは、セリアの指示を受けて枠で囲まれた空間に手を滑らせた。とたん、十八本の弦が張られたためセリアは目を丸くした。


(すごい……初心者でこれだけ早く正確に弦を張れるなんて――)


 聖奏師としての素質が高くても、すぐに弦が張れるとは限らない。一時間ほどで張れる者もいれば、一月掛かる者もいる。中にはなかなか張れないことで心を病んでしまい、そのまま聖奏師になれずに城を去っていった者だっているくらいだ。


 五年前、勉強を終えて王城に上がったセリアも今のミュリエルと同じように、当時の筆頭聖奏師の指示を受けて弦を張った。その時もあっという間に張ったため筆頭を驚かせたものだ。


(この子は、かなりの実力がある。……もしかすると、私を越えるかも)


 今のところミュリエルよりもセリアの方が数値が高い。だが、聖奏師としての力を失うまであと四年程度のセリアに比べ、ミュリエルはまだ六年近くある。その間にセリアを追い越してもおかしくはない。


(しっかり育てよう)


 いずれセリアがエルヴィスに迎えられて妃になったら、筆頭の座も退く。その時、ミュリエルが次期筆頭になる可能性も高いのだ。


 ミュリエルは目を輝かせて、自分が弦を張った聖弦を見つめている。

 セリアはそんな彼女を見、決意を新たにするのだった。














 しかし。

 決意したのはいいものの、物事はそううまくは進まない。


「無理です! 私、計算できないんです!」


 ミュリエルが悲痛な悲鳴を上げた。


(悲鳴を上げたいのは、私の方よ)


 彼女の向かいで計算の例題を書いていたセリアは、ずきずき痛む側頭部に手をやる。


 ミュリエルは聖奏師としての実力が非常に高いことが分かった。

 現に、たどたどしいながらも彼女が聖奏した結果、新人とは思えないほどの効果を発揮したのだ。


 これは期待できる――と皆は思ったのだが。


「大丈夫です、ミュリエル。さあ、ここからもう一度――」

「嫌! セリア様、どうして私たちが計算なんてしないといけないですか?」


 ペンを放り出したミュリエルが潤んだ目を向けてくる。隣に座っていた聖奏師がペンを拾ってデスクに置いてくれても見向きもしない。


(勉強が苦手なのはいいのだけれど、もうちょっと意識を変えてもらわないと)


 セリアは努めて笑顔で例題を差し出した。


「基礎教養ですよ。聖奏師とて、聖奏だけすればいいわけじゃありません。書類仕事だって任されるし、簡単な暗算も必要です」

「でも、私勉強は苦手なんです。私は聖奏をして、他の仕事は他の人に任せた方が効率がいいじゃないですか」

「効率非効率の問題ではありません。それに、常に側に誰かがいるとは限らないでしょう? ……さあ、ペンを持って」

「ううう……もう嫌ぁ」


 そう唸って、ミュリエルはデスクに突っ伏した。


(これは……ペネロペが可愛く見えてしまうわね)


 今年入団したばかりのペネロペも平民出身だが、今のミュリエルよりもずっと根性がある。泣き虫だがへこたれないし、あれでいて案外図太い子なのだ。

 それに比べ、ミュリエルは甘えん坊で、根気がない。聖奏は好きらしくてどんどん新しい楽譜を覚えるものの、勉強はからっきしで努力さえしない。


 結局、勉強時間が終了してもミュリエルは初級の計算さえできなかった。毎年新人の面倒を見ている年上聖奏師もお手上げの様子である。


「これだけ勉強の苦手な子は、初めて見たかもしれません」


 セリアより二つ年上の聖奏師は、ミュリエルたちが去った講義室でそう唸った。


「聖奏師としての実力はあるのですが、基礎学力が全く伴っていません」

「それに、あまり配慮もできないみたいですね」


 彼女と一緒に勉強道具を片付けていたセリアも嘆息する。

 先ほどペンを拾ってくれた先輩聖奏師に、何も言わない。

 喚いて周りに迷惑を掛けても知らん顔。


「そうですね。でも、そこは十五年間彼女が培ってきたものです。今すぐに変えるというのも難しそうですね」

「ええ。……大変なことにならなければいいのですけれど」


 セリアと聖奏師は互いの顔を見、嘆息するのだった。

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