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元筆頭聖奏師の考え

 麓町の小屋に軟禁されていたセリアがグロスハイムの者たちと話がしたいと申し出ると、屈強な男たち――どうやら、グロスハイムの騎士らしい――は、思いの外真剣にセリアの話を聞いてくれた。ちなみにパウロは先ほどからずっと壁際で丸くなっている。


「十年前、エルヴィス様から呪いを受けたのはコンラート王子じゃなくてデニスだった。そして、デニスは自分が呪いで死ぬことを承知でエルヴィス様を討とうとしている……そうでしょう?」

「……なぜそれをおまえに教えなければならない?」


 凄みのある声で脅されたが、セリアも負けていなかった。

 二年間で、自分より大柄な男性に詰め寄られたことが何度もある。今のように、ドスの利いた声で脅されたこともある。そんな場合でも、黙って泣いているだけでは解決にならないと、とうの昔に知っていたのだ。


 セリアは胸の前で腕を組み、男たちを静かに見つめ返した。


「……私の聖奏で、呪いを解くことができるかもしれないからよ」

「……はっ、それができたなら十年前にとっくに解いている!」

「私は二年前とはいえ、一時期筆頭の座にいたこともある。私なら――普通の聖奏師じゃ太刀打ちできない呪いにも対応できるかもしれない」


 完全な自信があるわけではない。

 これは、セリアにとっての賭だった。

 もくろみが外れたときはどうしようもないが、まずはここから出なければならない。

 そのためには、少々の見栄を張ってでも彼らを説得できるだけの材料を揃える必要がある。


 セリアの言葉に、男たちは怪訝そうな顔になる。


「……嘘だろう。十年前に相談したという元筆頭聖奏師からは断られたんだぞ」

「……私たち筆頭聖奏師は、王城に保管されていた禁書を読むことができる。その中には、あまりにも難度が高いからむやみに使ってはならない、と言われている禁断の聖奏の楽譜もあった。普通の聖奏なら無理だけど、禁書の聖奏なら効果があるはずよ。その元筆頭の女性は、禁書の聖奏を候補から外していたから断ったのかもしれないわ」

「はぁ? 二年前に読んだ楽譜を今でも覚えているのか?」

「覚えている」


 これには自信を持って肯定できる。

 禁書に記された聖奏は、筆頭だけに閲覧が許されるというだけあってなかなか手強いものばかりだった。実際に聖弦で弾いたことはないが、これも勉強のためだと思って普通の竪琴で何度も練習したし、その楽譜は今でも正確に頭の中に叩き込まれている。


「……私が覚えている禁書の聖奏の中に、高度な呪いを解くというものもあったわ」

「……それ、弾けるのか?」

「ええ、弾ける」


 セリアはしっかりと頷いた。今でも、その譜面を正確に思い出すことができる。

 だが――


「ただ、ちょっと難しい弾き方ではあるの。元筆頭の方が断ったのも、きっとこの難易度が引っかかったのだと思う。でも、私の記憶力を信じてほしい。うまく聖奏できたら、きっとディートリヒの呪いは解けるわ」

「……本当?」


 部屋の隅から小さな声が聞こえた。

 ずっと背を向けていたパウロが杏色の目を見開き、こちらを見ていた。


「ディートリヒ様、死なずに済むの!?」

「おい、パウロ――」

「ええ、うまくいけば」


 セリアはパウロに微笑みかけた後、男たちに向き直った。


「……だから、事情を話して。そして、私があなたたちに協力することに利益があると判断するなら、私を王都に連れて行ってほしい」














 数日間は、男たちの間で話し合いがあったようでセリアは放置された。

 そうして彼らの間でゴーサインが出たらしく、セリアは皆と話を詰めることになった。


「ディートリヒ様は、コンラート様の幼なじみだった。お二人が幼い頃は容姿もよく似ていて、後ろ姿だけでは我々も見間違えてしまうくらいだった」


 騎士はぽつぽつと語る。

 彼は王子とディートリヒの剣術指南役だったらしく、昔のこともよく知っていた。


「十年前、エルヴィスによって王都が襲撃された際、コンラート様は風邪のために離宮で療養されていた。その場にディートリヒ様もいらっしゃり、襲撃を聞いて我々はお二人を逃がすことにした。だが、ディートリヒ様は自分がコンラート様の身代わりになると言って聞かず、コンラート様の服を着てファリントン軍の前に立ったのだ」


 そうしてエルヴィスは、王子の装いをしており本物とよく似た風貌であるディートリヒをコンラートだと勘違いしたまま、呪いを施した。

 グロスハイムの民は、唯一の生き残りであるコンラートを何が何でも生かしたいと願うだろう。だとすれば、グロスハイムはエルヴィスを討つわけにはいかなくなる。

 ここまではエルヴィスの計画通りだった。


 だが、実際に呪いを受けたのはディートリヒだった。

 これは、グロスハイムにとっての最大の切り札となる。

 出す場面を間違えば、グロスハイムはさらなる攻撃を受けるだろう。

 だが、正しいときに出せば――


 国民には真実を伏せた上で、ディートリヒはファリントンに渡った。

「カードを出すべき時」が来るまでにファリントンの内情を探り、力をつけ、復讐の時を待っていたのだ。


 戦後すぐはグロスハイムも疲弊しており、ファリントンの圧政に敷かれながら国を立て直すのにも時間を要した。たとえディートリヒがエルヴィスを討ったとしても、ファリントンが弱体化していない状況だと再びグロスハイムが襲撃されるかもしれない。そのためには、時間を掛けてでも国の再興に努めなければならなかった。


 その期間、十年。

 十年掛けてコンラートはグロスハイムを立て直し、ディートリヒはファリントンを調べ尽くして国の弱体化をはかった。


「……そうして、エルヴィス様の側近である邪魔な私を追い払って、心おきなく侵略できるようにしたということなのね」


 二年前の勝負でデニスが不正をしたことを思い出すと、今でも胸が痛い。

 そんな思いを押さえつけて自嘲気味に言ったセリアだが、なぜか騎士たちは困ったように視線を交わしていた。


「……まあ、そうだな。とにかく、ディートリヒ様は自分の命と引き替えにエルヴィスを討つつもりでいる」

「だから彼は、全てが終わったら私を解放するつもりだったのね」

「……おまえは、動揺しないのだな。過去のこととはいえ、エルヴィスはおまえの恋人だったのだろう? それに、おまえの生まれ故郷を滅ぼすと聞いて、平気なのか?」


 なぜか男は遠慮がちに問うてくる。

 セリアは眉間に皺を寄せ、ふーっと息をついて肩を落とした。


「……ファリントンの運命は、私一人があがこうとどうにもならない。エルヴィス様を助けるのが正解ではないことも、もう分かってしまった。それに、やっとしがらみから解放されたのよ。過去のことに引きずられ、縛られていた私を助けてくれた人がいるからね」


 それだけで彼らは、セリアの示す「助けてくれた人」がデニスであることを悟ったようだ。

 視線を逸らした男たちを見つめつつ、セリアは思う。


 エルヴィスを討てば、デニスも死んでしまう。

 死んでしまえば、後腐れもなくなってしまう。

 グロスハイムはコンラートが治め、君主を失っただけでなく元々弱体化しているファリントンはどこかの国に併呑されるだろう。

 そうなってしまえば、セリアが後出しであれこれ吹聴したって何も変わらない、ということだ。


(デニス、あなたは最初から自分が死ぬこと前提で物事を進めていたのね……)


 もしかすると、あの夜に彼がセリアに対して冷酷なほどの対応を取ったのも、もう二度と会うことはないと分かっていたからなのかもしれない。


 ――さよならだね、セリア。どうか、幸せにね。


(何が……!)


「……何が! 幸せに、よ!」


 それまで落ち着いた態度だったセリアが急に声を荒らげたからか、パウロはもちろん騎士たちもぎょっとしてセリアを凝視してくる。


「あれだけ優しくしておいて、ばれたら突き放しておいて! それでいて、『幸せに』ですって!? 無責任にもほどがあるわ!」

「優しく、って……ディートリヒ様、この女とそこまで進んでいたのか?」

「俺に聞くなよ……俺だって知りたいし」


 背中を丸めてぼそぼそと話す男たちの傍ら、セリアの勢いは止まらない。


「私のことは気遣って優しくしていたのに、助けてくれたのに! 最後の最後まで私に隠しごとをしたまま死ぬつもりなんて……!」


 デニスはいつでも、自分のことを伏せていた。

 それが彼の方針なら仕方ないと思っていたが、それでも「はいそうですか」と引き下がりたくはない。


 自分には、力があるのだから。

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