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落ちぶれ聖奏師の未練

 セリアは工務店夫妻の店に運ばれて店内で休ませてもらい、冷たい水を飲んでいるとだいぶ体の調子も整ってきて皆にお詫びを言って回れるくらいには回復した。そうして館の傭兵が迎えに来てくれたので彼と一緒に帰ることになった。傭兵は「自分で歩ける」というセリアの主張を却下し、お姫様か何かのように丁重に館まで運んでくれたのだった。


「セリア姉ちゃん……もう気持ち悪くない?」

「おなか、いたい? ねえちゃん、だいじょうぶ?」


 自室のベッドに寝かされたセリアの元に、子どもたちが駆けてきた。

 泣きそうになっている四人は、広場でセリアが倒れる瞬間を目撃してしまった子たちだ。


(いくらショックな出来事があったといっても、子どもたちの前で倒れるなんて――)


 脆弱な己を心の中で叱り飛ばしつつ、セリアは努めて笑顔で子どもたちの頭を撫でた。


「大丈夫よ。ちょっと疲れてしまっていたみたいね」

「もう、いたくない?」

「ええ、お店で休ませてもらったから元気になれたわ。マザーからは一日休むようにと言われているから、明日になったらまたみんなと遊べるからね」


 傭兵に抱えられて館に戻ったセリアはまずマザーと話をし、「様子見のために一日休むこと」とのお言葉をいただいた。セリアの強がりも、マザーには全てお見通しだったようだ。


「……はい、そういうことだからみんなはここから出よっか」


 入り口の所に立ってやり取りを見守っていたエイミーがぱんっと手を打って子どもたちの注目を集め、その後ろで水差しとカップを持っていたマージも子どもたちに声を掛ける。


「下の広間でフィリパたちが待ってるから、おやつにしてきなさい」

「セリアのことは私たちが見るから、みんなは明日、セリアと遊べるまで待ちなさい」


 はーい……と、子どもたちは少々元気がないものの返事をした。去り際に、セリアに抱きついたり頬にキスをしたりしながら。


「……それにしても、あんたがジェイクに抱えられて戻ってきた姿を見たときには、さすがの私も肝が冷えたわ」


 子どもたちが階下に降りた後、そう言ってマージはサイドテーブルに飲み物セットを置く。


「子どもたちは泣いているし、デニスはいないし、あんたは半分気絶しているし」

「本当に気分はいいの? まだ顔が青白いけれど」


 エイミーもセリアの顔を覗き込み、不安そうに言う。

「大丈夫」と言いかけたセリアは口を閉ざし、しばし迷った後、答えた。


「……正直、まだあまりすっきりしない」

「でしょうね。……何があったのか、教えてくれる?」


 マージに問われた。


(……皆にも心配かけてしまったものね。でも――)


「……ごめんなさい。その、ここに来る前のことがちょっと絡んでいて」

「……そっか。それなら踏み込むわけにはいかないわね」


 思った通り、セリアの返事を聞いたマージとエイミーは引き下がってくれた。グリンヒルの館で暮らしている者たちは、互いの過去を詮索してはならないことになっているのだ。

 今セリアが相談できるのは、二年前のセリアを知っているデニスだけ。


「……その、デニスになら話ができそうだから、後で相談するつもり」

「なるほどね……まあ、彼なら大丈夫でしょう」

「セリアがそう言うなら仕方ないわね。あんたが元気になるのが一番だし」


 そう言って二人はいつもよりずっと柔らかい笑みでセリアを見つめてきた。


「それじゃ、子どもたちの世話もあるしセリアも考える時間が要りそうだし、私たちは一旦戻るわね」

「ご飯は食べられそう?」

「……分からない。その時間になったら相談してもいい?」

「了解。それじゃ、夕食の一時間くらい前になったら来るから、それまでにも用があったら声を掛けてね」


 二人の思いやりが有り難い。

 礼を述べっぱなしのセリアの肩を優しく叩き、二人は部屋を出て行った。

 足音が遠ざかっていくと、セリアの周りは一気に静かになった。いつもこの時間なら窓の外でさえずっている鳥たちも、今はなぜか一声も鳴いていない。


(……乗り越えたと思ったのになぁ)


 ぽすん、と体を後ろに倒すと、柔らかなベッドに体が沈み込んだ。いつもならマットレスはもうちょっと硬めなのだが、セリアのことを気遣って柔らかめのマットレスを準備してくれたようだ。


(私たちのことを、王都ではああいう風に語っているってことね)


 笑いたくなる。

 ばかばかしい、終わった話だと鼻で笑ってしまいたい。


 でも……できない。


 吟遊詩人の語っていた平民の娘――ミュリエルのことは、だいぶ踏ん切りが付いた。

 問題なのは。


 あの歌の内容が正しいのならば、セリアを棄てたエルヴィスはミュリエルを見初めたということになる。

 とはいえ、「平民の娘を蹴落とすためにお姫様が勝負を持ちかけた」というのは大嘘だ。それにセリアはミュリエルを殺そうと城に忍び込んでもいないし、牢に放り込まれてもいない。


(その辺りは、吟遊詩人が勝手に付け足した内容なのかしら――いえ、もしかしたら私が投獄されたというのも噂になっているのかもしれないわ)


 もしそうなら、セリアを勘当したランズベリー公爵家の皆はさぞお怒りだろう。公爵家から追い出したとはいえ、セリアが落ちぶれただけでなく狼藉を働いたなんて噂されていたら、気の短い叔父ならば今でもセリアを罵倒していることだろう。


(エルヴィス様が、ミュリエルと――)


 セリアは瞼を閉じて二年前、たった一月ひとつき間面倒を見た限りのミュリエルの顔を思い出す。


 なるほど吟遊詩人が謳ったように、かなりの美少女だった。平民だということが信じられないほど容姿は整っていたし、声も可愛らしかった。実のところ、歌唱能力はセリアよりずっと上だったと思う。


 彼女の聖奏に対する考え方には最後まで、賛同することができなかった。

 それでも、セリアは自分の力に自信があった。

 そして、エルヴィスに見初められているという自信も。


(私、まだエルヴィス様のことを未練たらしく想っていたのね)


 だから、こんなにも辛い。

 二年間、少しでも自分のことを想ってくれていたら、という未練があった。だからこそ、ミュリエルとの恋が歌になっていると知ってショックを受けた。 


(……そう、そうよね。ミュリエルは可愛らしかったもの。二年間も側にいれば、きっと――)


「っく……」


 大丈夫、大丈夫。

 仕方ないことなのだから、気にしなくてもいい。


 いくら自分を慰めても、こぼれる涙を止めることはできなかった。

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