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麓町での再会

 明くる日の昼過ぎ、セリアは館の子どもたちと一緒に緑の丘を降りていた。


「お出かけ、お出かけ!」

「姉ちゃんとお出かけ!」

「姉ちゃん、おれ、新しい靴がほしい! 今の、もう三つ穴が空いたんだ!」

「あたしはお人形!」

「そうね。マザーからもらったお金に余裕があったら、みんなのほしいものも買おうかしら」


 買い物メモを片手にセリアがそう言うと、子どもたちは「やったー!」と歓声を上げた。


 今日は子どもたちと一緒に麓町までお遣いである。

 セリアの同行者に選ばれたのは、八歳の少女と六歳の少年、そして二歳の少女の三人である。

 八歳と六歳の子は荷物持ちもできる年だが、二歳の女の子に関しては体力作りのお散歩の延長線上だ。きっと買い物の途中で疲れてしまうだろうから、朝から町で仕事をしている傭兵に預けて抱っこして連れて帰ってもらう予定だ。


 グリンヒルの館から、一番近い麓の町まで大人の足で十分程度。今日は二歳の子どもの歩調に合わせているので、倍近くの時間を掛けて丘を降りた。

 館で暮らす上で必要な日用品や食材は、専らこの町で購入している。そのため市の人とは顔なじみで、「今日のお遣いはセリアか!」と陽気に声を掛けてくれるようになっていた。


 お遣いといっても、百人近くが暮らす館用の食材をセリアと二人の子どもたちで持って帰れるわけがない。よってセリアの仕事は、館で必要な道具の注文をして代金を先払いし、後ほど店の若者に丘まで運んでもらうよう手配することだった。特別料金を払えば台車を出して丘の上まで商品を運んでくれるので、日中は男手が不足しがちなグリンヒルの館にとって非常に有り難いサービスである。


「……あ、丘の上の館のセリアさんっ」


 セリアたちが肉屋を訪れると、店番をしていた青年がうわずった声で応対した。


「こ、こんにちは。今日も買い物っすか」

「こんにちは。いつも重い食材を丘の上まで運んでくれて、ありがとうございます」

「い、いえ! セリアさんに重いものを持たせるなんてできないっすから。それにこれも俺の仕事だから、全然平気っす。もっと頼ってほしいっす!」

「ありがとう」


 青年が差し出した注文票に必要事項を記入しつつ、はて、とセリアは思う。


(肉屋の店番……あれ? なんだか最近、どこかで話に挙がったような)


 そう考えている間に注文票を書き終わった。

 青年が会計をしている時に子どもたちの笑い声がするので足元を見ると、少年と少女が店の前の看板をつついて遊んでいた。


「あ、こら。お店のものに触っちゃだめよ」

「でもこれ、つるつるして気持ちいいんだよ」


 少年がそう言って示すのは、看板のフチ部分である。つやつやしているのはおそらく、耐水用のニスを塗ったばかりだからだろう。


「だからってやたらめったら触ったらだめよ。うっかり壊してしまったら大変なことになるでしょう?」

「……はぁい」

「……なんだかセリアさん、お母さんみたいっすね」


 支払料金を提示しつつ青年が感想を述べたので、セリアはくすっと笑い手を横に振ってみせた。


「いやです、私はまだこんなに大きな子を持つような年じゃありませんよ」

「そうだそうだ。セリア姉ちゃんは姉ちゃんなんだ」

「お母さんとはちょっと違うもん!」

「す、すんません! からかおうと思ったわけじゃなくて、その、なんというか……俺とそう年が変わらないはずなのに大人びていて……真っ直ぐ前を見ているところとか、すごくきれいだな、ってずっと思ってて……」


 最後の方はごにょごにょと口の中でもつれるようになりながら言う青年の顔は、店の天井から吊された新鮮な赤肉よりも鮮やかな色に染まっている。

 セリアは指定された料金を財布から出しつつ、青年の顔をまじまじと見ていた。


(すごく、きれい?)


「……あの、それって?」

「え、えーっとですね。俺、二年前にセリアさんが館に来たときからずっと――」






「――セリア?」





 風に乗って届いてきたのは、懐かしい声。

 図書館でセリアを励まし、夕暮れ時の通用口でセリアを抱きしめた人の声。


 セリアは振り返った。

 ちゃりん、と財布からこぼれ落ちた小銭がカウンターに当たったようだ。


 買い物客が右往左往する町の大通り。

 そこに立ってセリアをじっと見ている人がいる。


 二年前よりも少しだけ長くなった髪を風に揺らせて。

 前髪から覗く藍色の目は変わっていなくて。


 彼はセリアを見、小走りで駆けてきた。

 最初は驚いたようだったその顔が徐々にほころび、人混みをかき分けて肉屋の前まで来て――


「……あ」

「……え?」


 青年の小さな呟きに、セリアは首を傾げる。

 彼はセリアの足元でうろうろする少年少女たちを見、セリアの足にしがみついている二歳の少女を見、そして肉屋の青年を見、しばらく黙っていた。


「……」

「……」

「……あの?」

「……」

「えっと、デニ――」

「そ、そっか! 二年経ったのだから、セリアが母親になっても仕方ないよね!」

「え?」


 青年はにこやかに言っているが、視線は明後日の方向を彷徨っている。

 ぽかんとするセリアをよそに彼はあはは、と笑い、手を挙げた。


「旦那との時間を邪魔してごめん。それじゃあ!」

「いや、ちょっと待って」

「いいんだよ、僕は君が旦那や子どもたちと一緒に元気そうにしている姿が見られただけで十分だから、これで――」

「待ってってば!」


 話を聞かない相手に苛立ち、セリアは足元にいた少女を八歳の子に託し、大股で青年の元までつかつか歩み寄る。既にセリアに背中を向けていた青年の上着を掴んで引っ張ると、うぐえ、と苦しそうな声が上がった。


「話を聞いて! あの人は夫じゃないし、子どもも産んでいないから!」

「えっ」

「えっ、じゃないの! 勝手に早とちりをして立ち去ろうとしないで! せっかく……久しぶりに会えたんだから、もっと話を……させてよ」


 最後の方は尻すぼみになってしまった。

 青年は襟首を掴まれたまま振り返り、セリアを見下ろしてふんわりと笑った。


「……そっか。僕、勘違いしていたんだね」

「そう言っているじゃない」

「ごめん、セリア。……久しぶり」


 その優しい声もふわっとした笑顔も、二年前と何も変わっていない。

 セリアはようやっと微笑み、しっかりと頷いた。


「ええ。……久しぶり、デニス」

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