第三話
2日後。
霞京子は、生徒会室に呼ばれていた。
生徒会。
「霞君。君は、どう思う。」
霞京子は、工藤に声を掛けられ、はっと我に返った。
「え。」
「だから、八神一郎の合格させるかどうかだよ。」
工藤は、気の毒そうに言った。
京子は、何といっても、京大生ナンバー9の実力者である。
敗北は、してないとしても、彼女の攻撃が、受験生に防がれたのだから。
「彼の実戦での実力は、恐らく、京大生に匹敵すると思います。しかし、問題は、彼は、私との模擬戦で、
自らの能力を出していません。優秀な封印者であるかは、私には、分かりかねます。」
問題は、そこなんだよなと工藤は、思った。
封印者に、必要なのは、実戦の強さだけではない。
スキルのほうが、重要視される。
しかし、八神のあの模擬戦を見て、不合格にするには、惜しい。
工藤は、他の生徒を見て、
「役員の方は、どうおもいますか。」と尋ねる。
「別に、合格にしてもいいのでは。」
「私も、同意意見です。彼を不合格にする理由もない。現に、彼は、それなりの実力を見せてくれた。」
「そう、それに、西京大に入ったところで、実力がなければ、自然と退学、落ちこぼれになるだけの話。気にすることはない。」
他の生徒会役員は、他人事のように、話す。
確かに、西京大生として、入学しても、京大のレベルに付いてこれるかは、また別問題だからである。
「わかりました。では、入学を認めるということで。」京子も、同意した。
自分も、八神を気味悪く思うが、不合格にするほどではないと思っていたのだ。
自分は、ただの試験官で、ただ、八神の実力を見極めただけだ。
今後、あの少年と関わることは、ほとんどないだろう。
京子は、既に、八神から関心は、薄れていた。しかし、工藤は、さらに条件を出した。
「ただし、霞君、君は、彼の指導教官として、彼についてもらう。」
「そして、彼の能力を見極める。これが、試験をした君の任務だと思ってくれ。」
入学式
春。
桜が、舞い落散る中、八神一郎は、朝のマラソンをするため、だるい体を無理に起こす。
朝、6:00。
まだ、周りは、暗い。
が、今日から、西京大学に通わなければならない。
入学式は、朝の10時からだから、今日は、かなり時間に余裕があるな。
そう考えながら、マラソン着に着替える。
任務とは言え、日々の業務を行いながら、大学に通い、さらに、夜は、傭兵として働くのは、かなりきついことであった。
一郎は、眠そうに起きると、コーヒーとプロテインというとてもシンプルな朝食を行い、机に1つ置かれているパソコンに向かった。
軍から与えられた5、6年前のモデルのノートパソコン、サンクス1000型だ。
スーパーコンピュータの小型化により、大量のデータを家庭でも、処理することは可能になっている。
それにより、まだ、IT関係の企業、大学の研究などで、使用する場合は、コンピューターの処理速度の向上に、力を入れているが、家庭用パソコンの分野では、パソコンのハード面の問題の多くは、ほぼ解決しつつある。
だが、こういったコンピューターの向上に伴い、新たな問題も出てきた。
それは、大量に送られる情報で、必要な情報を抜き出す必要性が出てきたののである。
例えば、ネットで、一番、売れている模擬専用スーツを検索した場合、10万件ぐらいが、ヒットする。
そして、閲覧数が多いホームページが、上位にパソコンの画面に現れるのだが、近年、信頼できるホームページではなくなっているのだ。
ホームページの閲覧するを偽装するソフトの開発また、自動的に特定のホームページを閲覧する工作を行うなどし、閲覧数を上げている場合が多い。
さらに、検索されやすくするため、キーワードを多くする場合もあり、ネットで有力な情報を得ることは困難になっている。
ただ、最近のパソコンには、AI機能が、搭載しており、自動的に必要と不必要な情報を、分けてくれ、さらに、不必要な広告は、パソコンの画面に表れないように、ブロックを掛けてくれる。
しかし、学生の身分でもあり、一郎の安月給では、そんな高級なパソコンを購入するだけの余裕はない。
軍から払い下げられた中古のノートパソコンに大量に送られてくるメールを一つ一つチェックを入れていく。
野外活動練習の日程。
サバイバル技術訓練の講習。
軍専用特殊スーツの紹介。
膨大なメールの中から、今週必要な情報を、目を通しながら、スケジュールノートにシャーペンで書き込んむと、呪符を、数枚ズボンのポケットにしまいこみ、マラソンのため外に出た。
別に、魔法を使用しながら、マラソンを行うわけでないので、呪符を持っていく必要はないのだが、傭兵として、いつでも戦闘できる態勢をつくるという癖がぬけないのだ。
今日は、朝が、冷えるな。
一郎は、春の冷え込みを感じながらマラソンをする。
毎朝の訓練とはいえ、大学通いしながら、10キロのロードワークは、かなりしんどいものだった。
全く、自分の封印者としての能力を高めるためにこんなことをする必要があるなんて、思いながらと思わず、苦笑した。
こういう時、一郎は、自分が、封印者の中では、異端であることを、身に染みて思った。
魂を鍛え、己の精神力を伸ばすこと。
一郎が、マラソンや、筋トレをしている理由である。
世界で、魂の発見とは、ヨーロッパでは、「魔物」、日本では、「妖怪」と呼ばれている怪物をはじめ、「天使」や、「吸血鬼」など創造上の生物が、存在することを説明できるようになっている。
魂融合とは、人の魂と、このような創造上の生物の魂を融合させる技術であり、人では、不可能な力、魔力を扱えるようにする。
さらに、その魔力の源は、精神力というまだ、解明されていない力であり、現代の科学では、人が、伸ばすことが、出来ない力という学説が、多い。
しかし、ある学者の中には、己の肉体を鍛えたり、精神統一など、精神を鍛え、魔力を伸ばすことは、出来るという少数派も存在する。
一郎は、少数派の学説を完全に支持しているわけではないが、肉体を鍛えることにより、少なくとも、実戦力をあげられると考えていた。
毎日のマラソンは、肉体強化には、繋がっていると思うだがと思いながら、今日も、マラソンをしていると、携帯が、鳴った。
こんな朝早くに電話をかけてくるのは、軍人関係でも、自分の上司しか考えられなかった。
「もしもし、八神ですが。」
一郎は、息を整えるため、一旦、立ち止まり、答える。
「久しぶりね。一郎。」
携帯から、女性の声が、聞こえてきた。
「また、マラソンやっているの?今日、西京大学の入学式でしょ。」
相手は、やはり、一郎の上司、三条朋美からだった。
「隊長は、情報が、早いですね。」
一郎は、軽く受け流しながら、これだと、西京大学での試合もしっているなと思い身構えまえた。
「これでも、あなたの上官よ。部下の行動を把握するのも、仕事のうちなの。それよりも、大丈夫?試験の時も、西京大学の学生と互角に戦ったて聞いたわ。」
朋美は、やはり、試験のことを、知っていてそのことを、気にしているのだ。
「仕方がなかったです。そうでも、しなかったら、俺は、西京大学に入学することはできなかったと思います。」
一郎は、そこで、ふうっとため息をした。
実際、一郎は、西京大学の普通入試(他大学と同様に、筆記、実技が科せられる。)は、落ちていた。
理由は、現代でも、入試の情報公開は、されないので、不明だ。
だが、一郎の筆記で実力、また魔法学部特有の実技優先の制度を考えると、明らかに、実技で落ちたと考えるのが自然である。
そして、一郎が、西京大学魔法学部に入学するには、特別選抜入試、西京大学生徒に認められ入る方法しかなかったのだ。
「恐らくそうね。あなたの能力は、実戦向きだから。普通に、魔法実技だけだと、落ちて当然よね。ただ、あまり、調子に乗り、正体が、ばれないように。」
朋美は、念を押すように、言った。
「わかりました。出来るだけ、努力します。」
一郎は、心の中で、苦笑しながら、答えた。
自分の能力を隠し通しながら、西京大学を無事に過ごすこと。
西京大学の学生の魔法能力者のレベルは、傭兵の一郎から見ても、高かった。
特別選抜入試の時、対戦相手だった霞京子の戦い方は、もちろん、他の学生の戦い方も一郎は、早めに試験会場に入り、見学させてもらっていたのだったが、あれほど、無駄のない動きで、相手に組み伏すことができる魔法能力者もいないだろうと思っていた。
恐らく、特別選抜入試で、出場している学生は、大学で、魔法の座学だけを学んでいるとは、思えない。
一郎と同じく魔人と戦った経験を持つ者も数名いたと一郎は思う。
自分と霞京子とのわずか10分の戦いであっても、一郎の能力が異質であることに気付いた者も数人いただろう。
朋美は、そんな一郎の考えを気付いているのかわからないが、
「できるだけ、能力を隠すようにしなさい。特にゴーストミストは、注意して使用すること。」
と再び注意を加えた。
「わかっています。あの技は、軍専用の特殊技術ですから。」
一郎は、傭兵であるが、日本の特殊部隊が開発した技も、閲覧、使用する権限を持っている。
一般的には、どこの国にも、所属していない傭兵に対して、国が開発している魔法技術を使用する権限を持つことは、おかしいのだが、日本は、自国の軍事力を底上げするため、開発した魔法技術を傭兵に、提供し、その見返りに、安い給料で、日本の治安維持に貢献してもらっている。
金がすべてである傭兵にとって、命がけの任務を、十分なパソコンも買えないという安い給料で行うのは、わりに合わない。
多くの仲間の傭兵が、日本の依頼を聞いて、そういいながら部隊から去って行った。
一郎も、実際そう思うのだが、その分、日本の依頼を受けているため、最先端の魔法技術を一郎は、身に着けていた。
今回の一郎が、西京大学に入学したことも、日本の依頼であった。
「次に、一郎、あなたを西京大学に入学させた目的を伝えるわ。目的は、千年魔女の手がかりを見つけ、できたら拘束すること。」
「千年魔女ですか。本当に西京大学にいるのですか。」
今回は、難しいことを依頼してきたと一郎は、思った。
前回、前々回と大阪で、現れている魔人の討伐の探索、援護を頼まれており、魔人の能力、魔力など不明であったため、命がけの任務であったことは、変わりはなかったが、主体的に戦闘に参加したのは、日本の特殊部隊であった。
しかし、今度は、任務の難易度が違う。
傭兵である自分たちに、最強最悪の魔人、千年魔女を見つけること。
不可能に近い要求だし、なぜ日本政府が、傭兵にこんな重要な任務を任せるのかと一郎は不思議に感じた。
「隊長、大体、そんな依頼をどうして引き受けたのですか。まだ、十分に隊員の数も確保できていないはずでは?。その上、千年魔女の探すことは、国の最高重要事項ではないですか。一般の傭兵に任せるレベルではないはずですよね。」
「だから、最初は、断ったのよ。しかし、どうやら、政府の方でも、傭兵をもっと利用すべきという意見が出始めているのも、現実なの。」
朋美によると、政府の中でも、傭兵を日本の戦力だから、日本軍と同等と扱い、重要な任務付かせようという派閥と、傭兵は、単なる特殊なスキルを持った軍人だから、日本の治安維持活動に貢献してくれたらいいという派閥があるらしい。
そして、最近、後者の派閥は、前回、前々回と傭兵を活用できず、さらに、特殊部隊に隊員数十名を怪我させたことから官僚に責められており、以前より、勢いがなくなっているのだ。
「それに、日本政府の条件も前回より良くなっているし・・・」
そこで、朋美は、言葉を濁した。
そこで、一郎は、なんとなく、朋美が言いたいことが予想できた。
そろそろ日本政府も、傭兵は、傭兵としてただ給料を支払うことにより命がけの任務に就いてもらおうという考えが、強くなってきているのだ。
「そろそろ、隊長、俺たちも、傭兵として、生きるのか、軍人として生きるのか決めた方がいいと思います。」
「わかっている。考えておくわ。でも、今は、千年魔女のことよ。あの魔女は、あなたも知っている通り最強最悪の魔法犯罪者。魔女の正体に近づいた者は、間違いなく抹殺されている。あなたも十分気を付けて捜査して。」
「わかりました。」
「それと、特別選抜入試であなたと対戦した女の子。どう思う?」
急に、朋美は、真剣な言葉から、いつもの茶目っ気のある言葉に変えた。
「確か名前は、霞京子、1年先輩の方で、西京大学順位は9位。得意な魔法は、電気系・・・」
「そうじゃなくて、あなたの大学生活のパートナーとしてよ。」
朋美は、一郎の声を遮り、笑いながら言った。
「彼女とは、うまく付き合いなさよ。恐らく、あなたの大事な仲間になってくれると思うから。まあ、無理せず、西京大学でがんばってね。」
そういうと、朋美は、携帯を切った。
うまく付き合うか。
いままで、18年間、女性と付き合ったことがないのだが。
しかし、西京大学で、千年魔女を探すには、どうしても情報が必要だ。
パートナーは、必要だ。
しかし、どう声を掛けるべきか。
など、一郎は、くそ真面目に考えながら、再び、また走りだした。
千年魔女。
千年以上前に実際に存在が確認した魔女であり、名は、グリード=ブラッド、歴史上最強の魔女といわれており、現代、ようやく解明しつつある魂融合を、独自の技術と能力で可能にしていた天才である。
そして、古典の歴史書によると、数々の魔物の魂を、自分自身にはもちろん、人に融合させ、多くの魔法能力者を生み出し、影から、世界各国を操った。
古代ローマ、エジプト、イスラム帝国など、必ず、歴史上どこかの国が栄えていた理由は、この異能力集団の力が大きいと言われている。
だが、本当に恐ろしいのは、この魔女は、今なお、魂のみで、千年以上生きているということである。
現代は、多くの国で、魔法能力者の育成を計っており、超自然現象を操ることのできる魔法能力者の数が、国家の軍事力を、表している。
つまり、魔法能力の育成により、他国を侵略、世界征服も可能になるのだ。
しかし、どの国も、見た目上は、隣国を尊重し、紛争や戦争が起きないようにしている。
これは、第三次世界大戦が大きく影響している。
第三次世界大戦は、近代技術で、武装した魔法能力者を戦闘に初めて実戦投入した戦争であり、世界の半分の国が参加した。
多くの国が参加した分、被害も大きく、人類70億人の人口が、戦争後、35億人に減少し、さらに今まで人類が築き上げてきた科学技術の多くが、この戦争で、失われることになった。
現代では、各国は、多少の紛争はあるものの、大戦後、二度とこのような戦争が起きないように条約を結び、災いを起こす勢力を根絶することに力を入れている。
千年魔女亡霊は、勝手に、異能力者を作り出し、影から国を操ろうとする。
千年魔女を、見つけ出し、駆逐しようと各国が、躍起になるのも、当然であった。