表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LOST MOMENT  作者: 梟の尻尾
5/6

LOST WORLD

「藍那ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「うわっ?!ちょ、いきなり何よ。ビックリするじゃない」

「え?」

「ん??あ、あんたやっと目覚めたわね」

「・・・・・・・は?」

「まだボーっとしてるみたいね。それより先生呼ばなきゃ。すみませーん、誰か来てくださーい!バカの意識が戻ったみたいなんです」

バカみたいな大きな声に反応してバタバタと騒がしい足音が近付いてきた。

 まっすぐにこっちに向かってきている。

「藍那ちゃんナースコールに向かって怒鳴らないでくれるかな~。詰め所のナースがビックリしてたわよ」

「ごめんなさい。コイツが目を覚ましたものだから驚いちゃって」

「先生ももうすぐ来るから藍那ちゃんは落ち着きなさいね。それにしてもまさか意識が戻るなんて奇跡としか思えないわ」

「本人の前でなんてこと言うんですか」

「ごめんなさいね。でも、それくらい信じられないことが起こったってことよ」

 いったい何のことを話してるんだ?

 いまいち意味が分からない。

「藍那・・・僕はいったい・・・?ってか、お前死んだはずじゃ?」

「はぁ~?何言ってんのよ。眠りすぎてボケたんじゃないの?そりゃ二年も寝てるからボケてもしょうがないんでしょうけどね」

「二年?」

「そうよ。君はあの事故から二年も眠り続けてたのよ」

「ちょっと・・・待ってくれ。僕は生きてるのか?」

「??だからこうして会話が出来てるんでしょうが」

「じゃあ、あれはいったいなんだったんだ。僕はいったい——————」

 さっきまでいた世界はどうなったんだ。

 もしかしてこれも過去の記憶を見ているんだろうか。

 いや、違う。あっちの世界の記憶があるんだから過去の記憶を見ているわけじゃない。

 ここは紛れもない現実の世界だ。

 ここが現実の世界ならさっきまでいた世界は?まさか、夢?

 それにしては現実感のある世界だった。

 それに最悪の目覚めになった最後のあれはいったい。

 考えれば考えるほどに頭は混乱の色を濃くしていく。

「目覚めたばかりで混乱するのもわかるけど、唸るほど考えるくらいならいっそ考えるのを止めた方が良いんじゃないかと僕は思うけど?」

「あなたは?」

「沖村先生よ。あんたの命を繋ぎ止めてくれた命の恩人」

「命の恩人はオーバーだよ。実際命は助かっても意識を取り戻させることは僕には出来なかったんだからね」

「でも、こうして目覚めたわけですから」

「ホントに僕も驚いてるよ。まさか意識が戻るなんてね」

「お姫様のキスで目覚めたのかしら」

「私そんなことしてませんってば!」

「二年間毎日お見舞いに来てたくらいだから、その間に一回くらいあってもおかしくないんじゃない?」

「してません」

「本当に?」

「ホントに?」

「本当か?」

「なんであんたまで確認してくるのよ。先生もそんなニヤニヤして期待しないでください」

「はっはっは。これはすまない。さて、冗談はこのくらいにして脳波の確認やら色々検査しないといけないな」

 すぐに院内用のPHSで連絡をとり手配を終えると僕を連れ出し検査室へと向かった。

 広い病院内には様々な人たちで溢れていた。

 病人やケガ人は当然のことながら、病院スタッフや清掃業者の人、薬剤会社の人なんかもいる。

 人で溢れているとういう日常がこんなにも新鮮に思える日が来るとは思ってもなかった。

 それに生きていることがこんなにも嬉しいこととは知らなかった。

「生きてて良かった」

 つい口から出てきた言葉を先生は聞き逃さなかったらしく優しく微笑んでくれた。

 一連の検査も済み先生と別れ病室へと向かう途中、入院患者が集まってテレビを見る憩いの場所で足が止まった。

 時間がお昼を過ぎていることもありテレビの中ではワイドショーが放送されているようだ。

 どこかの現場との中継らしく画面には、まだ生々しい血の跡が残っている道路が映し出されていた。

 昼間から気分の良い画面とは、お世辞にも言えない物を見て僕はその場を去ろうと足を動かしたのだが・・・。

「今日午前九時四十分頃、暁高校の横を通る県道○○○にて日比野明美さん十七歳が路上で倒れているのが発見されました。病院に搬送されましたが既に息は無く、車に接触した痕跡があることから事故によるものとして警察は捜査を開始しています。また、撥ねたと思われる車両は見つかっていないことから警察では事故から事件へと方針を切り替えたとのことです。今日は休日の為、学校に通う生徒も少なく目撃情報が乏しいようです。何か情報をお持ちの方は一報を頂けたらと思います。ご協力のほどを宜しくお願いいたします。それでは次のニュースです。先日起こった———————」

 一つの事件の報道を終え画面は次のニュースへと変わった。

 場面が変わるまで表示されていた少女・日比野明美はポニーテールが特徴的な活発そうな女の子だった。

 一気に汗が流れ始めた。

 僕はこの子を知っている。

 いつのまにか握り締めていた手にもグッショリと汗をかいていた。

 自然と鼓動が強くなり脈が早くなっていく。

 あまりの事態に息をすることさえ忘れていたのか苦しくなって一気に息を吐き出した。

「お兄ちゃん大丈夫かい?顔色が随分と悪いようだけれども」

 周りでテレビを見ていた一人のお爺さんが心配そうに顔を覗き込んできた。

「だ、大丈夫です。ちょっと今の子が知り合いに似ていたもので驚いてしまって」

「そうか。そりゃ心配じゃのぉ」

「でも、たぶん人違いなんで。じゃあ、僕はこれで」

 フラフラとよろめいているのが自分でもハッキリとわかるほど僕は全身で疲れていた。

 あっちの世界で既に死んでいたと思っていた少女がさっき死んだと聞かされたんだ。驚くなというほうが無理な話だ。

 あの子がさっき死んだってことになると色々と事情が変わってくる。

 まずあの世界は不意に死んだ未練のある魂が集まる場所じゃないってことだ。今のニュースと照らし合わせると死んだ魂が集まるというより、死ぬ直前の状況を表している世界という方が正確なのかもしれない。

 それに死んだ時間だ。

 彼女が身に付けていた時計の時刻と死亡時刻がほぼ一致する。いや、ほぼじゃなくて完全に一致しているんだろう。

 ニュースじゃそこまで細かくは言わないだろうし。

 さて、どうしたものか。

 僕はあっちの世界で犯人の車を知っている。

 残念ながら犯人は乗っていなかったからわからないけど、車両が分かればあとは警察が自分たちで調べることだろう。

 問題はどうやって目撃した車両を伝えるかだ。

 さっき目覚めたばかりの僕が目撃しましたじゃ信用性に欠ける。

 だからって知ってて黙ってるのも気持ちのいいもんじゃない。

 どうしたもんか・・・・・・・はぁ~。

「なに大きな溜め息ついてんのよ」

「うわぁあ。いきなり驚かすなよ」

「普通に声をかけただけでしょ。失礼な言い方すんじゃないわよ」

「まったくお前はその辺のところは変わらないのな」

「あら~二年も経つと色々と成長して変わってるものよ。い・ろ・い・ろ・ね」

 言われれば確かに出るところはしっかり出ている気がする。

 まるであっちの世界で見た藍那並みだ・・・って待てよ。さっき見たニュースの事故をあっちの世界で先に見れたってことは藍那もこれから死ぬってことになるんじゃ?!

 おいおい、冗談じゃないぞ。

 生きててくれて安心したばかりだっていうのに今度は失う恐怖かよ。

 いつそうなるかも分からないって言うのにどうすれば・・・・・っ!!

「藍那、お前随分と大人っぽくなったけどまさかヒールのある靴とかは履いてないよな?」

「ヒール?まだ持ってないけど、なんで?」

「いや、持ってないならいいんだ。男勝りなお前がヒールなんて女性らしいもの似合わないから持ってるなら忠告しといてやろうと思ってな」

「そりゃ大きなお世話をしていただいてありがとうございますよ~だ」

 あっかんべーをしたブッ細工な顔を見ながら僕は内心安心していた。

 これでひとまず近いうちに死ぬことはない。

 もちろん回避できたわけでもないのだから安心は出来ない。

 根本的に回避するには運命そのものを変えなければならないだろう。

 そのためにももっとあの世界のことを調べてみる必要がありそうだ。

「なに真剣な顔してんのよ。似合わないし病み上がりなんだから病室に戻るわよ」

「似合わないしは余計だ。僕だって考え事くらいする時もあるんだよ」

「はいはい。だったらベッドの上で考えればいいでしょ」

 サッと僕の背後に廻り込んで両肩を掴み押すようにして僕を歩かせる。

 それはちょうど子どもの頃によくやった電車ごっこのような形になっていて恥ずかしいなんてもんじゃない。

 どうにか自分で歩こうと肩を降って振りほどこうと試みたがガッシリと掴んでいる藍那の手は容易には外れず、結局病室まで運ばれる形となってしまった。

「病室前~病室前~お降りの方はドーンと降りちゃってくださいな。ハイ、ドーン!!」

 病室のドアを開けるなり勢い良く押された僕の体は僕の意思とは関係なく前傾姿勢を保ちながらベッドに向かって一直線に滑り込んでいく。

 念をおしておくけど本当に僕の意思でベッドに向かっていったわけじゃない。

 偶然にもその線上にさっきの看護師さんがいたって止まることは出来ない。

 だからぶつかった挙げ句にベッドに押し倒す形になって僕の手が柔らかなものを揉んでしまったとしても不可抗力でしかない。

 たとえそこでしっかりと感触を覚えていて興奮してしまったとしても致し方ないことだ。

 そう僕は訴えたかった。

 弁明を口にするよりも早く制裁を受けることさえなければ。

 無情にも藍那のドロップキックが僕に炸裂したため僕は痛みで飛び起きる形となった。

「ぉ・・おふっ・・・いてぇーーーーーーー」

 ピョンピョンと飛び回る僕に藍那は冷たい視線を送るだけで何も言おうとはしない。

 看護師さんもしきりに胸を隠して顔を赤らめて驚いた顔をしているだけで誤解を解こうとしてくれる素振りは見えない。

「いきなり蹴ることないだろ」

「ほぉ~。強姦魔を退治して何が悪いのよ」

「そりゃ誤解だって。ねぇ看護師さん?」

「え?あ・・・・私なら大丈夫よ。今は彼氏もいないから何も問題ないわ」

 この人はいったい何を言ってらっしゃるんでしょうか。

 そういうボケは今いらないっていうのに。

「生き返ったかと思えばロクなことしないわね」

「だから誤解だって」

「藍那ちゃんあんまり責めないであげて。私なら本当に大丈夫だから。でも、もうちょっと優しく扱ってくれた方がお姉さん嬉しいかな」

「・・・・・・・・・・」

 ダメだ。この人壊れてる。

 藍那を説得することを諦めて状況を打破するほうが早いんじゃないだろうか。

 それならいっそ話を変える方向で看護師さんには出て行ってもらうか。

「そういえば藍那に聞きたいことがあったんだ」

「ふ~ん。私なんかに何の話があるのかしら?」

「ちょっと人前じゃ聞きにくいことでさ」

 チラリと看護師さんの方に視線を送り出て行って欲しいな~なんて思いを乗せてみる。

 それに気がついたのか僕と藍那の顔を交互に見ながらその場を立ち去ろうと立ち上がった。

 それと同じタイミングで病室にアナウンスが流れる。

「看護師の秋永さん看護師の秋永さん。至急病棟詰め所までお戻りください」

「あ、呼ばれちゃった。じゃあ私はこれで失礼するけど、藍那ちゃんにまで手を出しちゃダメよ」

 パチンと余計なウィンクなんかして病室を出て行く看護師、秋永さんだっけ?を見送る藍那の視線が細く鋭いものへと変わったような気がしたのは僕だけだろうか。

 そんな表情をすぐに消し去りクルンとこちらに顔を向けた藍那の表情は笑顔だった。

 ただし、温もりどころか寒気すら感じるような迫力のある笑顔だ。

 これだったらいっそ笑っていない方がまだマシだと思える。

「私にも手を出すの?」

「・・・・は?」

 いきなりの質問に思考が反応しきれず聞き返すのが精一杯だった。

「だから私のも触るのかって聞いてんのよ」

「ばばっばばばばばバカじゃないのか?!お前のを触るわけないだろ」

「あっそ・・・・・もういい。で、話って何よ」

 なんなんだこの反応は?

 触りたいなんていったら絶対に殴るだろうに否定したらしたでこんな暗く沈むなんて意味がわからん。

 僕にどうしろっていうんだ~~~~~~~~~~。

「なに?話なんてないわけ?だったら私も忙しいから帰るけど」

 さっきまで忙しさの欠片も感じられませんでしたけど。

 こいつこんなに面倒なやつだったっけ?

 年月が経ってる証拠なのかもしれないけど、それにしてもまた随分と変わったものだ。

「話ってのは先生のことなんだ」

「先生?沖村先生がどうかしたの?」

「沖村先生のことじゃない。覚えてるか?高校の時の先生で武蔵野先生って」

「あの熱血堅物先生のこと?体育と教育指導担当の?」

 言ってることは間違いないけど凄い言われようだな。

「その先生だけど、まだ生きてるか?」

 僕の言葉は至って真面目だったと思うんだけど、藍那の表情は痛々しいものでも見るかのような顔をしている。

「あんた、あの先生を亡き者にしたいわけ?」

「なんでそうなるんだ」

「いきなり変なこと聞いてくるからでしょ。だいたいあの元気の塊みたいな身も心も堅物先生が死ぬわけないじゃん」

「そうか。やっぱりまだ生きてるんだな」

 今朝交通事故に遭った日比野という少女のことを考えると武蔵野先生が死ぬのもこれからのことなんだろう。

 そうなるとやっぱり藍那が死ぬのもこれから起こることってことになる。

 まだヒールとかを履いたりはしてないらしいから服装的な趣味に対する考え方が変わることを考えれば時間的な余裕があるんだろうけど、いつのことかはわからない。

 あそこにいた人たちが死ぬ時間もバラバラってことを踏まえると、あの世界は死ぬ瞬間の光景が集まっていることになる。つまりあの世界そのものに時間の経過は存在していない。たぶんだけど時間の流れから切り離されているのだろう。

 様々な人の死ぬ瞬間の集まる世界。

 理由はわからないにしろ、あの世界と現実のこの世界を行き来できる僕に何か出来ることはないんだろうか?

 せめて人が死ぬのを食い止めることが出来れば僕が生き返った意味もあるってものだろうか。

「あんた意識が戻ってからどうも考え込むのが好きになったみたいね」

 患者である僕がまだ立ったままだというのにそんなのお構いなしにベッドに腰掛けながら藍那が僕を指差して唇を尖らせている。

 どうやら放ったらかしにされているのが気に入らないようだ。それにさっきのこともあるし機嫌は最悪なんだろう。

 人がどんな気持ちで必死に考えてるのか分からなくて当たり前だけど、一方的に文句を言われるとムカついてくる。

「僕が何を一生懸命考えてるか分かるか?」

「そんなの知らないわよ」

「だろ?だったら勝手に拗ねるな。僕はこれからの生き方について考えてるんだよ」

「・・・・・・・・・せんせーーーんむむぐぐぐ」

 何を思ったのかいきなり大声を上げる藍那の口を塞ぐようにして僕は後先なんて考えることもなく反射的に飛び掛かり押さえ込んだ。

 それがいけなかったことに気付くこともなく。

 なんとか口を塞ぐことに成功したうえに幸いにも近くには誰もいなかったようで、人が入ってくる様子もない。

「お前何考えてるんだ?いきなり大声あげるなんて聞いた人が変な誤解をするだろ」

「だってあんたがガラにもないようなことを言い始めるから、どこか異常があると思ったんだもん」

 無茶苦茶だ。

 コイツの目を見る限り冗談で言っているわけじゃないことはわかる。

 だから余計に無茶苦茶なんだ。

 二年の歳月は僕にとってはちょっと前のことだが、歳月は確実に経っている。それでもちょっと前まで(・・・・・・・)はここまで無茶苦茶な性格じゃなかったと思うんだけどな。

「もう嫌なのよ。目の前でいきなりアホみたいに飛んでいって意識不明になるとか。あんなの私聞いてないもん。知らなかったもん。なのにいきなり車に轢かれて意識不明?それを見ていた私がどれだけの思いをしたかあんたにわかる?!たとえ死なないって知ってたとしても心配になるわよ。このアホ!」

 言うだけ言って目が潤んできている。

 泣かれるのは勘弁だし、言い分聞いてる限り反論の余地はない。

 そのままの状態で数分の時が流れた。

 なんとか涙を堪えきった藍那が落ち着き始め、押さえ込んでいた僕ごと体を起こそうとした。

 このタイミングが非常に悪かった。

 静かに動かされた病室のドアがストッパー部分で止まり完全に開け放たれた。

「おーい、検温の時間だよ———————って、あんたたち何やってんの?」

 何やら色々な医療器具やら薬を積んだカートと一緒に看護師の秋永さんが入ってきた。

 さっきまでのことなんかすっかり何事もなかったかのような満面の笑顔で入ってきた彼女だったが、そのまま凍りつくようにして停止(フリーズ)してしまった。

 もちろん僕と藍那も動けなくなり一時停止してしまっている。

 背中に流れるもの凄い汗を感じながら。

「あー・・・んんっ・・・・・えっと・・・・ドア閉めようか?」

 咳払いしてようやく出るようになった声から発せられた言葉は何とも言い難い言葉だっただけに僕と藍那は顔を見合わせてからその場を飛び退くようにして離れた。

 別にそういうことをしようとしていたわけじゃないのは確かだけど、変に気を使われたために一気に恥ずかしさがピークに達してしまったようだ。

「秋永さんバカ言ってないでこいつの体温をチャッチャと測ってやってください」

 パタパタと手を振って急かすように促す。

「測ってもいいけど、いま測ってちゃんと正確な体温が出るかしら?」

 デジタルの体温計を振りながら僕の方を見て面白いものでも見たかのような嬉しそうな笑みを浮かべている。

 この人絶対にこの状況を楽しんでるな。

 さっきはあんな反応を見せていたのに今はこの余裕たっぷりな感じ。

 大人って卑怯だ。

「私くらいじゃコイツは興奮なんてしないから測っても問題ないですよ。触りたくもないらしいし」

「お前まだそれ引きずってんのかよ。あれは言葉の綾と言うか、なんだ、ほら、素直に言えることと言えないことってあるだろ?」

「何があったかは知らないけど、どうする?」

「・・・・・測ります」

 そんなこともあったりしたせいか目覚めた一日目はバタバタと目まぐるしく過ぎていって気がつけば夕方も暗くなり始めていた。

 今の自分があるのが信じられないほどに生きていることを実感できた一日。

 こんな毎日を守り通すためにも僕は藍那の運命を変えなければならない。

 あっちの世界・・・仮にロストワールドとでも呼ぼうか。ロストワールドでは直接的にも間接的にも人に触れることは出来ない。

 これから先死ぬことが分かっている人たちを前にしても何も出来ないんだ。

 でも、事前に死ぬことを知ることは出来る。

 あっちでダメならこっちで何とか出来る可能性はあるってことだ。

 例えば交通事故に遭った日比野って子もあの時間にあの場所に行かなければ死なずにすんだはずなんだ。

 だったら藍那だって示された時間にあの交差点に行かなければ大丈夫なはず。

 時間は時計が教えてくれるんだから難しいことじゃない。

 注意すべき点はアナログでないとダメってことだな。

 時間・・・時計・・・・・・・・って、ダメだ。

 その肝心の時計すら藍那はしてなかったんだっけ。

「またボーっとしてるの?本当に大丈夫なんでしょうね」

 ベッドで横になっている僕の顔を覗き込むようにして表情を窺い見てくる。

 さっきまでギャーギャー言ってたくせに顔が近いことは何とも思わないのだろうか。

「何ともないから心配するなって。それよりそろそろ帰らないと暗くなるぞ」

 窓の外には赤々とした夕日が山の陰に入ろうとしているところだった。自分たちの歳を考えれば暗くなったくらいでどうこうってことはないんだろうけど、世の中何が起こるかわからないことを身を持って経験した以上、用心するに越したことはない。

 だからって帰り道に事故に遭ったりするなんてことはありえないはずなんだけど。

「じゃあ、私はそろそろ帰るけどじっとしてなきゃダメだからね」

「お前は母親か————————あっ」

「何よ?」

「家に連絡入れるの忘れてた」

「何の?」

「僕が目を覚ましたこと以外に何の報告があるんだ」

「看護師の秋永さんがしてくれたんじゃないの?」

「子どもじゃないんだから自分でするって伝えてたんだよ。やっべ~な」

「いいわよ。帰りに私が顔出して伝えておくから」

 持ってきていた鞄を肩に掛けてスタスタと病室のドアの方へと歩いていく。

 その後姿が妙に遠く感じられて不思議なことに涙が滲み出てきてしまった。

「気をつけて帰れよ」

「うん。明日も顔見に来るからちゃんと待ってなさいよ」

「ああ。楽しみに待っててやるよ」

 本当にな。

 軽く手を振りながら病室を出て行く藍那を見送って僕は天井へと視線を移した。

 ぼんやりと明るい蛍光灯が映し出す天井は白い壁紙のためか所々に小さなシミが浮かび上がっているのが目立つ。

 特にこれといってすることもない今となっては、静かな病室が寂しくも感じる。

 さっきまで騒がしいくらいだった病室内も言葉を発するものがいなければこれほど静かなものなのかと思うくらいに静かだ。

 もしかしたらまたロストワールドに来てしまったのかと思ってしまうような静けさだけど、室内換気のための換気扇の音が微かに聞こえてくる。

 それに空気が流れているっていうと変な感じだけど、僅かな動きが耳に入ってくるからここは間違いなく現実だと自覚できる。

「何よりこうやって呟く独り言が耳に聞こえてきてるから間違いないな」

 夕食まではまだ時間があるし、こうしてても暇だ。

 だからって眠ろうにも目が冴えていて眠れそうにない。

 今頃ロストワールドはどうなっているんだろうか。

 あっちでは時間の経過という概念はないみたいだし特に変化はないんだろうけど、こっちに僕がいる時間、あっちの僕はいったい何をして過ごしているんだろう。

 やっぱり寝ていたりするものなのか?

 そうだとしたら場所を考えてこっちに戻ってこないとヤバイ気がする。

 例えば屋上から下を覗き込んでいる時に現実に戻ってしまったら僕の体は眠りについてそのまま・・・・・考えたくもないな。

 だいたいロストワールドが死ぬ者たちの瞬間の集まった世界なら、その世界で直接的に死ぬなんてありえないのかもしれない。

 死ぬ者たちの瞬間が集まった世界か。

 そこに藍那もいたんだよな。

 あいつ二年も経ってるって言うのに暴力的な性格はあんまり変わってなかったな。

 外見は———まあ、成長を認めてやるとして、それにしても僕が二年越しで目覚めたっていうのに落ち着き過ぎじゃないか?

 普通ならもっとこう慌てふためいたり歓喜の涙を流したりくらいあってもよさそうなものなのに。

『やっと目覚めたわね』だと。睡眠から覚めたのと同じような言い方しやがって。

 あいつの僕に対する感情っていったいどうなってるんだろうか。

「はぁ~~~~」

 あーでもない。こーでもないと考えているうちに時間は無駄に過ぎていってしまったらしく、さっきまでまだ夕日が沈みきっていなかった外が薄っすらと暗くなり灰色がかっていた。

 季節は冬なのだから日が沈むのも当然早い。

 それはわかっているのだが。

 だからってこんなにも早く暗くなるものだろうか。

 それになんでお前が目の前にいるんだ?

 藍那・・・・・。

 その姿を確認したと同時に胸が締め付けられるような痛みと苦しみに襲われた。

 荒くなる呼吸を必死に沈めようと心に落ち着くように命じる。

 ゆっくりと改めて藍那の姿を確認していく。

 ピクリとも動いていないのに今にも動き出しそうな躍動感ある瞳。

 実際に履いているところをまだ見たこともないのに文句のつけようもないほど似合っているヒール姿。

 ワンピースを着こなして膨らんだ胸元はさっき見た藍那の成長と一致している。

 紛れもなく僕の記憶に新しく上書きされた藍那本人だ。

 ロストワールド。

 いつの間にかまた僕はこっちに来てしまっていたようだ。

 さっきまで病室のベッドの上で考え事をしていた僕が、またこっちの世界にいる。

 意識が戻る前の僕は過去の記憶とロストワールドを行ったり来たりしていた。

 そのスイッチとなるきっかけは多分眠り。

 過去の僕が寝るタイミングで意識はロストワールドへと来ていた。

 だったら意識が戻った今となっても切り替わるタイミングは一緒なのかもしれない。

 ボーっと考え事をしていたんだから居眠りしててもおかしくはないだろうし。

 自分の意思と関係なくこっちに来てしまうのは心臓に悪いけど、来てしまったからには藍那を救う方法を見つけ出すには好都合だ。

 それにはまずこの世界を完璧に把握しなければならない。

 常識を嘲笑うかのように存在するロストワールド。

 単純に未来が分かる世界なら喜ばしい限りだが、ここはそうじゃない。

 未来のない未来。

 それが分かったところで嬉しくもなんともない。

 そりゃまぁ性格がとことん捻じ曲がったような人間ならこの世界を利用して億万長者になることも夢じゃないだろうけど生憎僕はそんなことに興味を持ってはいない。

 この世界にあるのは絶対的な絶望と希望だ。

 矛盾するその二つのどちらの未来になるかは今のところ僕次第なのだろう。

 唯一この世界において動き廻れるうえに現実世界でも動ける存在。

 こっちで手に入れた情報を現実で生かして運命を変える。

 それが今の僕には出来るはずなんだ。

 藍那は近いうちにここで死ぬ。

 だったらそれを僕が変えてやる。

絶対に藍那を死なせはしない。

 気持ちの昂りを抑える事もなく大きな声で叫んでいた。

 その声がどれだけ大きく出たかはわからない。

 空気を振動させることのないまま僕の口だけが大きく開け閉めされたことは間違いないんだけど。

 それでも気持ちを放出できたような気がしてスッキリした。

 気持ちがスッキリしたついでに頭もスッキリしたのか、この世界を理解する上で思い当たる場所があることに気がつくことができた。

 今朝ニュースになっていたひき逃げ事件。

 あの場所に行けば何かつかめるモノがあるかもしれない。

 そうと決まれば善は急げだ。

 いつまた目覚めてしまうかも分からないのだから悠長に構えてはいられない。

 出せるだけの目いっぱいの全力疾走で学校まで戻る。

 あいかわらず人影は少ない。

 死ぬ瞬間の人たちが集まっていると仮定したはいいものの、それにしては人の姿が少ないような気がする。

 走りながら流れていく景色に人の姿がほとんど見当たらない町並みというのはちょっと不気味な感じがする。

 進んできた方向をたまに振り返ってみたりもするがやはり人影はない。

 まあこれで振り返って誰かがいるというのも不気味な話だが。

 そんなことを考え始めたら途端に振り返るのが怖くなってきた。

 世の中に幽霊なんかいない。

 そんなふうに思っている人でも深夜に鏡を覗くことは避けているという人は多いと聞く。

 幽霊なんて信じてないなら平気そうなものだけど、心理的無意識に不気味なものだと判断してしまうのかもしれない。

 僕の今の状況がまさにそうだ。

 この世界において僕以外に動ける者はいないはず。

 それでも、もしも・・・なんてことを思うと恐怖に支配されていく。

 目指す学校までの道のりもやけに遠く感じてしまうほどに。

 人間の五感のうち聴覚が占める感覚的知感能力の割合は大きい。

 見えていない場所でも距離や場所を判断できるし、足音一つで男か女か、いやそれ以上に体型や精神的状態だって分かる場合もある。

 生きているうえではこの上なく無意識に活用している聴覚が急に使えなくなることほど不便なことはない。

 ましてや聞こえないという感覚に慣れる間もなく現実に戻って聴覚は再び機能を取り戻してしまうのだから、いつまでたっても慣れはしない。

 誰もいない背後に注意を払いながら学校までようやく辿り着いた。

 学校横を抜ける道。

 そこに入るため校門を通り過ぎ学校の敷地の角を曲がった。

 正面には学校の裏を通っている道が見える。

 その道と自分が今立っている道はもちろん繋がっている。

 そして僕の視線の真っ直ぐ先に今朝ニュースになっていた少女の事故現場がある。

 事故が起こる前に僕が見た少女と車。

 その両方が今はもう存在していなかった。

 今でもハッキリと覚えている事故の場所。

 そこに立ってみても事故があったような痕跡はまるでない。

 もちろん少女・日比野明美の遺体もなければ血痕なんかもない。

 まるでなにもなかったかのように自然な状態だ。

 たぶんどんな科学分析をしても事故のあった現場だと証明することは不可能だろう。

 それほどまでに何も起こってはいないのだ。

 どうやら死ぬ瞬間が実際に訪れてしまうとこの世界においてその人は存在しなかったことになってしまうようだ。

 いや、それだけじゃないか。

 その人の死に関係したものも同時に消失してしまうのだろう。

 その証拠に事故した車も綺麗さっぱり消えている。

 もう一つ今さらながら気付いたことだが、僕がここで起こった事故現場を見たとき運転席には誰も乗っていなかった。

 あれは運転手の死ぬ瞬間がここではなかったからじゃないんだろうか。

 つまり誰かの死に関与した物はその時が来るまでその場に存在していても、死に関与した()はその者自身の死がその時でない限りその現場に存在することはないんだろう。

 そう考えるとこの世界に存在する人が少ないのも頷ける。

 現実世界において今現在存在している人が不慮の事故や何らかの事件に関係した最後を迎える瞬間が集まった世界がこのロストワールドだ。

 しかも現実世界における実際年齢とは関係なく死ぬ瞬間の姿のままここに存在している。

 それらを考慮すると寿命や病で死ぬ運命の者はこの世界に存在していることはない。

 だから町に人が少ないんだろう。

 皆がみんな事故に巻き込まれたり殺されたりして死ぬけじゃないのだから。

 ようやく少しずつでもこの世界がわかり始めたような気がする。

 まだその気になっているだけなのかもしれないが。

 さて、一応の現状確認は出来たわけだしこれからどうしようか。

 藍那を死なせずにすむ方法。

 一番手っ取り早いのは事故現場となる場所に藍那が行かないようにすればいいだけなんだけどそれは難しいだろう。

 今朝死亡した日比野のように時間が明確に分かっていればどうにかなるかもしれない。

 だけど藍那が何時にあそこで事故に会うかが分からない以上、ずっと避け続けることは不可能なことだ。

 それでも何か手をうたないと藍那は必ず死ぬ。

 何かしらの手段はないのか?

 運命を変えるような手段は・・・・・。

 目を閉じて情報を遮断し集中して考える。

 もともと音が聞こえないぶん視界を閉ざせば外界からの情報ほとんど完全にシャットダウンさせることが出来る。

 ほのかに流れる空気の動きが肌を通して鋭敏に感じられるのもそのせいなのかもしれない。

 それにずっと気付かなかったが匂いも感じ取れる。

 味覚は・・・たぶん生きていると思う。

 何かを口にしてみないと確実なことは言えないけど感覚的にはあるような気がする。

 どうやら五感のうち使えないのは聴覚だけということになりそうだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・。

 不意に何かがひっかかった。

 何かがおかしい気がする。

 いったい何が?

 違和感程度にしか感じない小さな引っ掛かりが僕の脳裏に生まれた。

 この世界の構築において僕は何かを見落としているのか?

 だとしたらいったい何を・・・・・?

 わからない。

 肌を撫でるように抜けていく風はどこか生温い。

 それに腕の一部だけに妙な違和感を感じ始めた。

 震えてる?

 恐怖や寒さで震えているわけじゃない。

 不自然な震えは次第に大きくなり震えは揺れへと変わっていった。

 自分の意思に関係なく揺れ動く自分の腕を見るというのは気持ちが悪いものだ。

 まるで何かにとり憑かれたように独りでに動き続ける腕を抑え込む様にして僕はうずくまった。

 それにも関わらず腕はその動きを一向に止めようとはしない。

 もはや気持ちが悪いとかそんなレベルではなくなっていた。

 どうにかしないと気でも狂ってしまいそうなほどに不気味なそれを振り払うかのようにして勢いよく起き上がった。

「キャッ?!」

 その瞬間、可愛らしい悲鳴が聞こえた。

 聞こえるはずのない音が声となってハッキリと聞こえていた。

「大丈夫?」

 誰だ?

 僕に誰かが話しかけている?

「もしもーし大丈夫ですか~?生きてますか~?」

 この声どこかで聞き覚えがある。

 確か今日聞いたばかりの声だ。

 名前は——————————。

「・・・秋永さん?」

「は~い。よかった。また意識が飛んじゃったのかと思って心配したわよ」

 看護師の秋永さんは僕の腕を持って手首に指をあてていた。

 どうやら脈拍を測っていたようだ。

 もしかしてさっき感じたのって。

「秋永さんずっとここに?」

「ええ。夕食の準備が出来たから様子を見に来たんだけど反応ないから驚いちゃったわよ」

「ちょっと寝込んじゃってたみたいです」

「そうみたいね。かなり揺すってみたけど起きないから先生も呼ぼうかと思ってたところだったのよ」

 起きないから揺さぶるって対処の仕方として間違ってるんじゃ・・・・・・・。

 まぁそのおかげでわかったこともあるから良いとするかな。

「なにニヤニヤしてるの?はは~ん。さてはエッチな夢でも見てたな」

「そんな夢見るわけないでしょ!」

「いいっていいって。男の子なんだから隠さなくっても大丈夫よ。藍那ちゃんには内緒にしておいてあげるからさ」

「あいつは関係ないでしょ?!だいたい決め付けないでくださいよ」

「はいはい。それじゃご飯持ってくるから待っててね。あ、続きを見ようと思って寝るの禁止ね。すぐだから待ってなさい」

「ちょっとおおおぉぉぉぉ!!」

 ああ、出て行ってしまった。

 あの人悪い人じゃないんだろうけど、看護師として大丈夫なのか?

 それ以前に女性として問題があるんじゃ。

「エッチな夢・・・・か」

 そんな夢だったらどんなに良かったことか。

 あんな世界を見ることに比べれば天と地ほどの差がある。

 違うな。

 ロストワールドは夢の世界じゃない。

 さっき確信したけど僕自身は完全に現実世界と結合(リンク)しているようだ。

 現実の世界で体に触れられればロストワールドにいる僕にも感触や温もりが伝わってくる。

 思えば肌に触れる空気の感じもそうだった。

 最初ロストワールドに入った時は凍えそうなほど寒かったじゃないか。

 あれは僕が死に掛けたことで体温が落ちたせいなのかもしれない。

 さっきは温度管理のされた病院内だから寒さを感じなかった。

 適温だからこそ生温く感じたのだろう。

 結合しているなら眠りが世界を行き来するスイッチになっているのも頷ける。

 逆に言えばロストワールドで僕の身に何かが起こったら現実世界の僕は影響を受けてしまうんだろうか?

 例えば体が傷ついたら現実の僕も同じ箇所に傷を負うとか。

 う~ん、どうなんだろう?

 ・・・・そういえば、前にロストワールドで畳に鼻を打ちつけたことがあった。

病室内の洗面台に備え付けられた鏡で鼻の頭を確認してみても打ちつけたような痕は見当たらない。あくまでも現実世界の僕が結合における(ホスト)になっていると考えて問題はなさそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ