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ハゲた小説

ハゲを見て励まさないでください

作者: 月日 明

 全ての始まりはまだ俺が二十代の後半働き盛りのことだ。あの頃のことを俺は鮮明に覚えている。

 白髪が生えてきた。

 一本や二本、その程度の頃はこっそり鏡と向き合ってピュッと抜き、後はまだまだ見て見ぬふりができたものだが、その程度では収まらなくなった。

 十も二十も頭に生えてきたのだ。

 染めようかとも思った。しかしそれをすると何かに負けてしまうような気がした。

 そのままの自然体で俺は職場に出る。

 道行く人が皆振り返って俺を見ているんじゃあないか、なんて思いもした。

 たまに振り返ってみるとそこで俺を見ている奴は居ない。自意識過剰振りが恥ずかしく顔が赤くなってしまったが止められなかった。

 その職場までの道のり、俺は五回振り返った。


 頭を(なが)めないでくれ。

 その興味の視線は俺に効く。

 例え自意識過剰の勘違いとはいえ、そう叫びたくなった。



 円形脱毛ができた。仕事のストレスだろうか。今の仕事は結構ハードだ。だが辞める気はない。この仕事に俺は少しばかりの誇りを見出だしていた。だからきっとこの円形脱毛とも長い付き合いになるのだろう。ふう、と嘆息しながらも予想していた。諦めに似た感情を胸に燻らせる。

 そんな中、高校の同窓会があった。

 同窓と言っても十年も経てば大抵がただの他人だ。仲の良い奴なら連絡ぐらい取るものだし、わざわざ同窓会なんてものが無くても近くを寄ることがあれば気紛れに家を訪ねて会話を交えたりする。俺は同窓会にあまり価値を見出だしていなかった。

 しかしその日はその連絡を取っている数少ない友人から誘われた。ならば否応無い、と俺は参加を決意した。仕事休みの土日は近場で済ませたかったのが俺の気持ちだったのだが。

 同窓会の会場につく。顔と名前が一致しない男どもに適当に挨拶した後は誘ってきた友人とこれまた適当に駄弁(だべ)りながらやり過ごしていた。

 一人の男が近づいてくる。そちらの方を見ると担任の先生がそこにいた。

 なあ、先生。


 頭見て頬弛め肩を叩かないでくれ。

 その浮わついた視線は俺に効く。

 あんたも似たような髪だろうに。



 昔の写真を整理しているときに額が明らかに以前よりも広がっていたことに気がついた。自撮りなんて洒落た若者みたいなことをしていないからか、気づくのが遅かったらしい、目に見えて違っていた。だからなんだという話だが俺には大問題だった。

 少しずつハゲていく。そのことに恐怖した。震えた。悲しくなった。

 そんな俺は居酒屋に一人赴いた。やけ酒だ。酒でも飲んで、現実逃避でもしないとなってられなかった。行く途中、子供とすれ違う。子供が指差して笑っているような気がした。前までは俺もそちら側だったのだと声を大にして言いたくなったが我慢だ。

 何もないところで叫べばそれはただの異常者だ。人の目につく。これ以上余計な視線を浴びたくはなかったのだ。

 行きつけの居酒屋につく。カウンターにつくと録にお品書きも見ずビール一つ、と頼む。

 一刻も早くアルコールを胃にぶちまけたかったのだ。カウンターの向こう側に居る店主さんがてきぱきとビールを泡が溢れるくらいにジョッキについで、渡してくる。受け取るときに手が濡れた。ひんやりとした感触が手に残る。それが心地よくて目を細めて手でしばしビールを味わっていた。

 店主が何があったかと問うてくる。店主とも長い付き合いだ。何かあったことくらいお見通しだったらしい。

 俺は店主にいきさつを話した。

 すると店主は一瞬口をつまらせて、そしてまあ、良いことも有りますよ、なんて捻り出す。

 なあ店主。


 ハゲを見て励まさないでくれ。

 その哀れみの視線は俺に効く。

 ハゲ増すから、止めてくれ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 眩しい限りの文に目が眩みました 僕は男ですが、そのケがなくても、作者さんに惚れてしまうような文章ですね。 [一言] ごめんなさい、普通に面白かったです。
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